#4877/5495 長編
★タイトル (EJM ) 99/ 6/30 17:10 (200)
お題>空(2) 青木無常
★内容
歩きはじめる。
交差走路の下をでると、あらためて雨滴がヴェリオを打ちはじめた。くすんだ色
あいのビル壁のあいだをぬって、小路に足をふみ入れる。
つぎの街区にぬけると、つきだしたひさしの下で雨をさけた一団の視線が、いっ
せいにヴェリオに集中した。
生体年齢がヴェリオとほとんど変わらぬであろう、若い集団だった。五人。いや、
六人いる。ただそこにあるだけで、燃えさかる炎のごとく強いものを発散する意識
が、刺すようにヴェリオの魂を責めたてる。
かれらに悪意がないことはヴェリオにもかろうじて理解できた。それでも、無数
の針で責めたてられるような苦痛をヴェリオは覚える。
足をはやめる。放浪をはじめて以来、人間の多量に棲息する場所にいるときはい
つも足早に歩いていた。
故郷では、足を使って移動することなどほとんどなかった。同胞たちと日がな一
日、密林にうずもれたまま腰をおろし、ふりそそぐ霧雨をぼんやりとながめて過ご
していた。
“緩衝施設”で最初に強制されたのは、立って、歩くことだった。うまくできずに
いると“世話係”は強い不快の感情をヴェリオにぶつけてきた。
こっけいなことに、当人はそれを隠しているつもりらしかったが、その強烈さは
いやでもヴェリオの意識を灼いた。
不快さをとり除きたい一心で、懸命に“世話係”の意をくみとり、うまくできる
ように黙々と練習をくりかえした。勤勉さを“世話係”は喜び、“枯れ枝のよう”
だったヴェリオの足に徐々に、だが驚くべきスピードで筋肉が形成されていくごと
に彼は満足の意を発散した。
ヴェリオは自分のことを好いているのだろう、と“世話係”は漠然と感じていた
ようだ。不快さをただただとり除きたかっただけなのだが。
歩きつづける。どうあれ、訓練はいまのヴェリオにとって充分以上に役立っては
いた。
“熱狂”が近づいてくる。
そのとき――ヴェリオは視線を感じた。
「ディーパスとエルヘン・シュトラッセに“ウィーザルシャ”をまわせ。急がせろ」
と、声はつづけた。しわがれた声音だった。きき覚えはない。
驚きよりは反発を、よせた眉根に乗せてハイム長官はふりかえった。
通廊の灯火を背に、シルエットがふたつ。
均整のとれた抜群のプロポーションは、長官付秘書室秘書のフロリア・ヴァルタ
ーと一目で見わけがついたが、もうひとつのほうは――
「マルガを捜索していたのでは、百年たってもヴェリオはつかまらん」
「どなたですか?」
見知らぬ人間を管制室にあげたフロリアにちらりと非難の視線を向け、ハイム長
官はふみこんできた人物にあらためて観察の視線を走らせる。
小柄な体躯を暗色系のスーツにぴしりと包みこんだ、杖を手にした老人であった。
黒の山高帽を手に、歳経た男はゆったりとした足どりで、だがためらいなく歩を進
めてくる。
つき従うような形であとを追ってきたフロリア・ヴァルターが口をひらいた。
「失礼しました、ハイム長官。こちらのかたが、一刻をあらそう緊急事態と申され
ましたので、あえて連絡はとらず直接こちらにご案内した次第です」
「わかった」ハイムは無表情をとり戻して秘書にうなずき返す。それから老人に視
線を転じ、「あなたは魔術師(メイガス)ですね」
質問ではなく断定口調でいった。
「然り」老人はこたえ、雪のような白い眉の下からじろりと鋭い眼光をハイムに向
けた。「はやく指示をだせ」
ひるむ心をむりやり抑えこみ、ハイムはおちついた声でオペレータたちに告げた。
「操作地点を変更する。bPからbQ5まではディーパスに、残りの“ウィーザル
シャ”はエルヘン・シュトラッセに急行させろ」
九人のオペレータはいっせいに手を走らせた。静かな騒めきが寸時、拡大する。
ぐるりとひとわたり視線をめぐらせ、ハイム長官はおもむろに老人に向き直る。
「お会いできて光栄です、魔術師どの。イルハベルク治安維持局長官、フランツ・
ハイムです」
「知っておる」
無愛想にこたえ、老人は青白くうかびあがるモニター群に視線を向ける。
とりなすように、フロリアがいった。
「ハイム長官、こちらはアウグレス最高評議会議員、ヴィルデンハーン師です」
声をあげる者はひとりもいなかった。だが雰囲気だけは、騒然とした。
「最高評議会……魔術師協会(アウグレス)の?」
さすがにぼうぜんと、ハイムはくりかえす。
白い髭にうもれた下で、皮肉げに唇の端をゆがめて老人は笑った。
「最高評議会の議員がそれほど珍しいか?」
「あ、いえ……」
あわてて否定はしたものの、ハイムの顔から驚愕がぬぐい去られることはなかっ
た。
メイガス――魔術師と呼ばれる神秘的存在は、神聖銀河帝国領内においては特別
珍しい存在でもない。
どこの町へいってもたいてい一人や二人は、科学では解析不能の不思議な能力を
発揮できる人間はいるものだし、イルハベルク級の都市ともなれば魔術師通り(メ
イガス・シュトラッセ)などと通称される街区がかならず存在していて、大小さま
ざまのメイガスたちが軒をつらねているのが常態だ。
むろん、玉石混淆状態は世の常で、このメイガスと呼ばれる存在もまた例外では
ない。ともあれ、帝国領内では比較的ありふれた存在だという点はまちがない。
が――アウグレスに所属する、それも最高評議会の議員となれば話はまったくち
がってくる。
一部の例外を除いて、人がメイガスとなるにはアウグレスの認可と通過儀礼を必
要とする。メイガスという存在そのものが秘儀的ヴェールに隠されてつまびらかで
はないものの、アウグレスを通さずにメイガスの神秘的能力を獲得することはほぼ
不可能、とされているのが実状なのだ。
噂ではアウグレスとは別のルートで魔術師となるを得た“フェルドカッツェ”と
呼ばれる者たちも存在するとされるが、それでもほとんどすべてのメイガスをアウ
グレスが掌握している事実に変わりはない。
そのアウグレスのなかでも、最高評議会は頂点に位置している。いわば帝国内い
たるところに存在するメイガスたちの、指導者的立場にいる魔術師中の魔術師が、
最高評議会議員なのだ。
「アウグレスのかたが、ゴールデンブルクを離れることがあるとは、存じませんで
した」
ようやく気をとり直し、それでも動揺を残した声音でハイムはいった。
老人――アウグレス最高評議会議員ヴィルデンハーン師は、ふたたび嘲り笑いを
うかべる。
「最高評議会がゴールデンブルクに存在するとでも思っておるのか?」
「――ちがうのですか」
嘲弄のひびきに、むっとしたのを隠さぬまま口調に乗せて、ハイムはきいた。
「むろん、ちがう」ヴィルデンハーンは言下に否定する。「アウグレス自体は首都
星にあるがな。評議会の構成員は、たいていそれぞれの故郷にいるよ。そこらの魔
術師通りで、ちゃんとした一軒家でなく屋台や露台で店をひらいておる評議員も珍
しくはないぞ」
「ご冗談を」
くくく、と老人はおかしげに声をたてた。
「冗談だとしか思えぬだろうな」
まさかほんとうなのではあるまいな、と考えかけ、問い返そうかしばしハイムは
逡巡した。
制するように、ヴィルデンハーンは枯れ枝のような指をハイムの鼻先につきつけ
た。
「機動警察(ケンプフポリツァイ)の準備は?」
ぎくりとあとずさりながらも、ハイムは「だいじょうぶです」とこたえた。
「よかろう。呪装弾を用意させておけ」
「呪装弾、ですか?」
思わずきき返す。
じろりと、強い視線で老人はにらみ帰し、そうだと短く告げた。
しばし言葉もなくハイムは老人を見つめ返し、反論の余地はないと思い直して必
要な指示をとばしてから、あらためて問いかけた。
「呪装弾が必要な相手なのですか?」
「わしが出てきたことを何だと思っているのだ?」
またしてもハイムは言葉を失った。
呪装弾とは、メイガスの念をこめた弾丸のことだ。帝国領外では滅多に見られる
こともない、実体弾を発射するタイプの銃に使用するほか、榴弾やミサイルなどに
も使われることがある。
簡単にいってしまえば、物理的な攻撃が効力を発揮しない相手に対して使用する
種類の弾丸のことである。
特にメイガスがらみの犯罪に対して使用されるが、アウグレスがほぼすべてのメ
イガスを掌握している現状から、実際にお目にかかる機会はあまりない。もちろん
メイガスの犯す犯罪も少なくはないのだが、警察や治安維持局が乗り出さなければ
ならない表沙汰の犯罪はあまりない、というところが実状なのである。
法律上、呪装弾の常備は義務づけられているので帝国領内の警察でなら準備でき
ない、という事態はあり得ないのだが、それが使用されることもきわめて稀なのだ。
「まさか、ヴェリオはメイガスなのですか?」
指示を終えてハイムは、叱責覚悟で問いかけた。
予想に反してヴィルデンハーンは、ふりかえりもせず淡々とした口調で、きき返
してきた。
「ヴェリオに関して、おまえはどれだけの情報を得ている?」
予期せぬ質問に瞬時、言葉をのみこんだが、すぐに気をとりなおす。
「二年前にズムリアス近傍の恒星系に属する惑星“オベル”で発見された地球人で
す。十五年前にベルド―ズムリアス間の定期航路を就航中の貨客船“ギアドール”
が次元渦動にまきこまれて行方不明になったときの生存者と目されています。オベ
ル原住のレベルC型知的生物(センティエンツ)、通称オベル人のコミューンに救出
され生育された少年で、発見当時の年齢は銀河標準時(U・T)で推定十四。すぐに
帝国領内に保護されましたが、“ギアドール”乗客は移民団を乗せており、該当す
る年齢の少年は二十二人いたためもあってだれ、とは特定できず、現地での呼称で
ある“ヴェリオ”がそのまま少年の正式名として登録されました。当初、神聖言語
を習得している以上、地球人とのコミュニケーションに問題はないと考えられてい
たにも関わらず、社会適応は困難な状況のまま一年がすぎ、その後少年はベルドの
リハビリテーションセンターから突如消失。二ヶ月後に――カハラード事件が勃発
します」
そこまでいってハイムは、一息つきながら老人を見た。
無言の視線が、さきをうながす。
軽くうなずき、つづける。
「オベルの狼少年、としてヴェリオの容貌はネットワークに乗ってひろく流布して
いたため、カハラードで少年が発見されたときもすぐに特定されたということです
ね。ベルドのリハビリ・センターはすぐに送還の手つづきをとったのですが、それ
が実行に移される前にカハラードで謎の爆発事件が発生して都市部のほぼ全域が溶
解。もちろん少年も死亡したものと見られていた。それが一ヶ月とたたないうちに、
今度はリヒテンシュタインブルクで発見の報が届く。カハラードもリヒテンシュタ
インブルクも、ベルドからは超光速船(インターシュテラーレン・シッフ)に乗らな
ければ到達できない位置にあるにも関わらず、ヴェリオの移動の軌跡は一向に特定
できなかった。もちろん、人類社会に未適応とされていた少年が不正な手段で密航
などを試みたとも考えられず、別人である可能性も論じられたが、DNA鑑定の結
果は完全に一致していた。そして数日中にリヒテンシュタインブルクも――謎の爆
発溶解事件により消失」
「そのとおり」老人は重々しくうなずく。「同様の爆発消失事件はその後五カ所に
わたり、そのいずれもが超光速船でしか到達できない位置にあり、さらにはそのう
ちの三カ所でヴェリオの存在が確認されておる。少年と事件との因果関係を考えた
としても不思議はあるまい」
「もちろんそのとおりだと私も思います。ですが――」ハイムはいったん言葉をの
みこみ、老人が無言のまま見返すのにうなずいて、つづけた。「――つまり、かれ
がオベル人との生活の影響でなんらかの超常的能力を発揮しているのではないか、
という予測なら、私だけでなくだれでも考えることでしょう。が――魔術師の、そ
れも最高評議会のかたが乗りだしてくるような事件であるとは、正直……」
「考えもしなかった、か?」くくく、と魔術師は短く笑った。「ネットワークでヴ
ェリオの姿を目にしたときから、わしは追跡を開始したよ。理由は、わしにもわか
らん。ただ、この者は危険だ、と、少年を目にしたときからそう感じていただけさ」
それから突然、老人は話題をがらりと転換した。「さっき、評議会はゴールデンブ
ルクにはない、と教えてやったな。あれがどういうことか、わかるか?」
「は? あ、いえ」
狼狽しつつ、ハイムは首を左右にふる。にやにや笑いを髭の下にあげながら、老
人はつづけた。
「評議会が開催される場所はどこにもない、ということさ。そんな顔をするな、い
ま説明してくれるわ。といっても、メイガスではないおまえたちにくわしい説明を
加えてやってももさっぱり理解などできんだろうから、わかりやすくいってみるが
な。要するに、最高評議会はわしらの魂のなかで行われるのさ。それぞれがそれぞ
れの居場所に留まったまま、精神だけで会合を果たす、ということよ」
「……なるほど。よくわかります」
「いや」意地悪げに片頬ゆがめながら、ヴィルデンハーンはゆるゆると首を左右に
ふるう。
「真に理解など、してはおらんよ。まあいい。とにかくその会合をわしは緊急召集
し、ヴェリオのことを議題にあげたのだ。わしのほかに、ヴェリオは危険であると
断言した議員は三人いた。評議会は提案を受け入れ、アウグレスによるヴェリオの
即時捕獲を決定した。その捕獲者に任命されたのが、わしよ。そして評議員が直接
こういった任務にあたるのは、おまえが考えたとおりきわめて例外的なできごとだ。
つまり――それだけヴェリオのもたらす脅威は巨大だということだ。事実、一年に
もみたぬうちに七カ所もの場所が壊滅しておる。うちひとつ、ベルハルト4は、惑
星ひとつがまるごと消失ときた。どうだ? こうきかされても、評議員のわしが出
ばってくることが意外か?」
「いえ……おっしゃるとおりです」
ハイムのこたえに、ヴィルデンハーンはため息をつきながらモニターに向き直る。