AWC そばにいるだけで 37−14   寺嶋公香


        
#4874/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  15: 1  (200)
そばにいるだけで 37−14   寺嶋公香
★内容
 でもそれもわずかな時間で、また瞼は重たくなっていく様子。
「これはだめだわ」
 しばらく富井の肩を揺さぶっていた井口だが、とうとう匙を投げた。
「昨日、ほとんど徹夜で喋って、眠らなかったみたいなのよ。もう寝かした方
がいいかしら」
「それは当然、寝た方が。このまま眠られたら困るけれど」
 周囲を素早く見渡した。ここは純子達五組女子の寝台下段である。
 純子と井口、遠野の三人で起こしにかかる。白沼はそちらには一向にかまわ
ず、相羽のカード拾いを手伝った。
 富井の手から結局落ちてしまったカードを拾い集め、ケースに戻す相羽。
 その頃になってどうにか半分起きた富井は、相羽に対して手を振り、むにゃ
むにゃとつぶやき口調で告げる。
「相羽君、また明日ねえー」
「うん。ぐっすり寝なよ。おやすみ」
「おやすみー」
 井口に付き添われる格好で、富井はおぼつかない足取りながら寝台スペース
を出て行った。そのくせ、名残惜しげにいつまでも手を振るものだから、井口
にとってはいい迷惑だったろう。そもそも、狭い通路でそんなことをされると
他の人の邪魔になってしょうがない。
 見送り終わると相羽は寝台の隅に押しやられた枕に顔を寄せた。そこに置い
てあった誰かの腕時計で時刻を確認したのだ。
「少し早いけど、僕も戻ろうかな」
「まだいいでしょ」
 腕を掴み、引っ張るのは白沼。相羽は立ち上がれず、白沼を見返した。
「時間ぎりぎりまで、話をしていればいいわ」
「あのさ、白沼さん」
「何なに?」
「服が伸びるんだけど」
 言われて白沼は、体操着の長袖をぱっと手放した。車輌内は冷房がいささか
効き過ぎのようだ。長袖がちょうどいいくらいである。
「やあねえ、私ったら、つい」
 白沼は頬に片手を当て、一通り恥ずかしがってみせる。ワンクッション置い
たあと、再び相羽へ話し掛けた。
「占いって信じる?」
「占い……うーん、都合のいいことは信じてもいいかな。ははっ、ずるい?」
「トランプ占いってやらないの?」
「ほとんどしない。知ってる? トランプを使った占いって元々は一人遊びだ
ったのが、あれこれと解釈を与えて占いになったパターンが多いんだ」
「さすが、物知り」
 お世辞じゃなく、本当に感心している様子だ。
 と、次の瞬間、白沼は純子の方を振り向いた。
「涼原さん。あなた星座には詳しいのよね」
「ま、まあ、少しぐらいは」
 気後れして、声が縮こまった純子。
 白沼はマイペースで言葉を重ねてくる。
「それなら、さそり座と双子座の相性はどうなのか、知ってるわよね」
「え……星占いの方はあんまり興味なくて」
「何故? 女の子らしくないわねえ」
 軽い声を立てて笑う白沼。純子はさすがにむっとして、何か言い返そうと頬
を膨らませた。
 その様子を察したのか、遠野が一生懸命、取りなす風に口を開いた。
「し、白沼さんて、さそり座だったの? ということは、十月か十一月生まれ
になるのよね。ね?」
「――そうよ。知らなかった?」
 白沼を戸惑いと驚きが同時に訪れていた。
「え、ええ。何月何日? 知りたい」
「聞いてどうするんだか。十一月八日よ」
「あ、普通の日でいいなあ。私は三月三日だから、よくからかわれて。そうで
なかったら、ひな祭りとひとまとめにされてしまう」
 いつになく饒舌……と言うよりもむしろ無理しているような遠野。
「ああ、あるよなあ、そういうのって」
 相羽が言葉を差し伸べた。
「僕の友達にもいた。クリスマスと一日違いでさ」
「うわ、最悪ね」
 純子も調子を合わせる。
 相羽は大きな動作でうなずき、話を続けた。
「プレゼントを一緒にされてしまうって、毎年嘆いてた。はは、かわいそうに。
誕生日とクリスマスを分けろって要求が通るまでストライキだって、本気で考
えてたみたいだったよ」
「それって、何年生のとき?」
 話題がずれていささか不服そうだったが、白沼も輪に加わった。
「小三。テレビで聞いた言葉を、意味も分からず使ってたっけ。何も食べない
ことをストライキだと思ってたような気がする」
「その年齢なら、おかしくないわね。――それにしても遠野さんて、早生まれ
だったの」
 遠野へ話を振る白沼。
「背の伸びが遅いのと関係あるのかしら?」
「あ、これは遺伝と思う、多分。うちの家系、低い人ばっかりで」
 照れたような笑顔になる遠野。気にしていないらしいと分かり、周りの者は
ひとまずほっとした。
 代わりに、会話が途切れて静寂の間ができそうになる。
 白沼が口火を切った。
「ねえ、相羽君が好きな芸能人て誰?」
「前に言わなかったっけ? いや、絶対に言った」
 目をしばたたかせながら、相羽は戸惑った風に応じる。
(そう言えば……オードリー=ヘップバーンの名前を挙げていたような)
 記憶を手繰る純子。それだけに、白沼の真意を測りかねた。
「ああいうはぐらかした答じゃなくて、もっと分かり易いのが聞きたいわ」
「はぐらかしたつもりなんてないよ」
「要するに、今の人に限定して言ってほしいの」
「困ったな。特にいないから」
 口をつぐみ不満そうな白沼。
 純子は場を取りなすつもりで聞いた。
「白沼さんは芸能人の中で誰がいいと思ってるの?」
 ゆっくりとした動きで目線を純子へ移すと、白沼は頭を振って髪を揺らした。
「特にいないわね。移り気だって言われるのが嫌だから、一人に決めないこと
にしてるせいもあるんだけれど。私は一人にこだわらずにいいと感じたら何人
でもファンになるだけなのに」
「移り気だなんて、そんなこと言わないよ。だから教えて。少しぐらいはいる
んでしょう?」
「……まあ、鷲宇憲親は好きよ」
 意味ありげに笑う白沼。
「あのうるさくないロックって、いい感じよ。でも、サインをほしいとは思わ
ないわね」
「……」
「そう言えば、涼原さんと相羽君は、鷲宇憲親と親しいんだったかしら」
「親しくはないよ」
 純子に代わって、相羽が言った。ようようのことで雰囲気がよい方向へ回復
していく。
「母さんの仕事のつながりを辿って辿って……ようやく辿り着ける程度のこと」
「それにしても凄いわよ。あの鷲宇憲親のサイン、希少価値あるもの」
 白沼の言い方も変化したようだ。
(さっきはいらないって言ったのに、今は何だか認めてる……まあいいけれど)
 純子は内心むくれそうになったものの、その気持ちはすぐに苦笑へと化けた。
 その笑みが消え行く頃、またもや沈黙の間が訪れそうになった。
 と、突然、通路の向こうで物音がしたかと思ったら、
「――おっと、いた。やっぱり一緒か」
 という清水の声。
 他にも大谷と唐沢、立島、勝馬が来ている。唐沢には小さいながらも女子か
らの声援が飛んだ。振り返らなくても、分かり易い。
「楽しんでるとこを邪魔するぞ。そろそろ戻らねえと」
「分かった」
 組んだ両手の平を返し、前に突き出すように伸びをする相羽。そして少し疲
れた雰囲気の笑みを見せつつ、立ち上がる。
「じゃあ――涼原さん、白沼さん、遠野さん。おやすみ」
 相羽の就寝の挨拶に、物足りなそうに眉を寄せていた白沼も瞬く内に顔色を
明るくした。急いだ動作で立つと、「おやすみ」と返す。
 純子はM字にした両足を寝台のクッションに着けたまま、手を振った。
「おやすみなさい。ありがとうね、楽しかった」

 ブレーキが掛かり、車輪とレールが軋む音が聞こえたような気がした。
(……あ、停まった)
 横たえた身体がかすかに傾き、壁際に押し付けられる。純子は無理に閉じて
いた目を、右左と順番に開けた。外した腕時計をどこに置いたか、暗がりの中
をまさぐるが見つからない。あきらめて、先にライトを灯した。
(えっと……三時)
 初めての寝台車というわけではなかったのに、純子はなかなか寝付かれずに
いた。枕が変わっても眠れるけれど、この揺れの持続状態は苦手だ。考えごと
でもしていると、目が冴えてきてしまう。
(起きよう。気分転換したら、また眠れるかも)
 寝台の上で正座すると、カーテンをそっと開けて、顔を覗かせる。靴の位置
を確かめ、足を外へ。踵に指を添えて、履き終わると静かに立った。列車全体
の微振動が続いているので、物音を立てないようにという注意はさほど払わな
くてよさそうだ。
 とりあえず、通路に出る。壁に手を突きながら、はめ込みの座席のある場所
まで移動した。そこへ座ると、目は自然と窓の外へ向いた。
 山奥でも走っているところだと思っていたのだが、その直感は外れていた。
夜景きらめく華やかな一角が視界の隅っこに捉えられる。
(きれいなんだけど。星が見えにくくなるのよね)
 不満を抱きつつ、ガラスに顔を寄せて上目遣いをした。
「あっ」
 思わず出た感嘆に、ガラスが曇る。それを急いでこすって視界を取り戻すと、
純子は天を見つめた。列車の移動に合わせて、わずかずつ動いていく星に目を
凝らす。
 思っていた以上に、たくさんの星が輝いている。星と星との間にまた星があ
って、隙間を探すのが大変なほどだ。雲がほとんど出ていないことも幸いした。
(もう少し、きちんと見上げたい――)
 頬やこめかみをガラスに押し付け、さらには立ち上がって、真上を見ようと
努力する。だが、さすがにそれは無理というもの。
「どこかに天窓があったらよかったのに」
 ついつい、独り言が出る。
 純子はベストポジションを求めて、通路を歩き始めた。と言っても、側面に
ある窓はどれも同じ大きさで、どこから覗こうと変わりがない。
(他に窓があるのは……)
 寝台に戻り、反対側から見上げたって、同じことだろう。となると、あとは
一つしかない。
 純子は壁に肘なんかをぶつけないよう慎重な足取りで通路を進み、ドアの取
っ手に指先を掛けた。目当ては乗降口の窓。あそこならまだ大きいはず。そん
な期待感から。
「――っ」
 扉を引くと同時に、人影が目に飛び込んできた。どきっとして息を飲む。
 驚いたのは乗降口の方を向いていた相手も同様で、素早い動作で振り返る。
「純子ちゃん」
 相羽だった。どことなく、目が泳いでる感じがする。
「な、何してるのよ」
 胸元に手を当て、囁き声で聞く純子。
「そっちこそ。トイレ?」
「違いますっ。眠れないから起き出しただけよ。あなたはどうなの?」
「僕は……トイレに起きて、戻るとき、星がきれいに見えたから、しばらく眺
めてようと思って」
「え。ほんと? あの、私もなんだけれど……」
 両手で口を覆う純子。今度は偶然に驚かされた。
 相羽は指を鳴らして、いかにも悔しそうに片目を閉じると、つぶやくように
言った。
「残念っ。君が見てない間に、星のことに詳しくなろうと思ったのに」
「……星空を見上げてるだけじゃしょうがないんじゃない?」
「復習にはなる。それに」
 軽くうなずくと、立てた人差し指で窓外を示す相羽。
「ほら。もうじき見えるんじゃないかな」
「――流れ星」
 一瞬だが、星が鮮明な尾を引いて空を横切り、そして消えた。その軌跡を残
像として認識する間にも、新たな一つが流れる。
「わあ、凄いじゃない! まるで流星雨」
 ひそひそとした音量で歓声を上げる純子。
「うん。それで、今の時期に流星雨と言ったら、何があったか思い出そうとし
てたんだけど……純子ちゃんなら知ってる?」
「ううん、分かんない。私が覚えてるのは代表的なのだけだから。でも、結構
多いのよね、流星雨って。これもそうかもしれないわ」

――つづく




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