AWC そばにいるだけで 37−13   寺嶋公香


        
#4873/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:57  (200)
そばにいるだけで 37−13   寺嶋公香
★内容
「星の方もいいのがあった。地域別の神話集とか十二星座のペンダントとかね」
「ほんと? 目移りしちゃうかな」
 相羽と純子の会話。その楽しげな空気をかき分け、唐沢と大谷は急ぎ足であ
とを追う。苦笑面でぶつぶつ言いながら。
「――しょうがねえなあ」

 大きな木の下は、影も大きくて涼しかった。葉っぱがレンズのように太陽光
を微妙に変化させて地面に落としている。
 昼食のあとの自由時間に、調理部部員だけで集まった。後輩へのお土産の確
認のためだ。
「あんた、まだ付き合ってるの?」
 遺漏ないことを確かめたあと、町田が純子に言った。うまい具合に人数分、
車止めの出っ張りがあって、腰を落ち着かせての歓談ができる。
「うん」
 こともなげにうなずいてみせた純子。手の平を出し、町田から小さな包みを
返してもらう。純子が個人的に買った、椎名へのお土産だ。
「じゃ、デートなんかしてるわけだ」
「あはは、デートじゃなくて、一緒に遊びに行ってるだけよ」
「違いが明確でないわね。どうせ帰ったらすぐ、そのお土産を渡すために会う
んでしょう。もしや、純、本格的に女相手の方がいいと思い始めたのでは」
「まさか。でも、恵ちゃんはいい子よ」
 軽く受け流す。いい加減、椎名のことを話の種にからかわれるのも慣れた。
 町田は「む。面白くない」とつぶやいて、前頭部を掻いた。それから、急に
思い立ったように残り三人の様子を窺う仕種をする。
 相羽、富井、井口の三人はなぞなぞの出し合いをしていた。いつものように、
相羽に富井と井口の二人がせがんだのが始まりらしい。
「――純。聞こう聞こうと思ってなかなかチャンスなかったんだけど、今なら
聞けるかな」
「唐突ね。何のこと?」
 小首を傾げた純子に、町田は声を潜めて尋ねた。
「あいつ――唐沢の奴から二人きりの話、結局あったのかなと思って」
「あ、あれ。なかった」
 町田が大げさに切り出すものだから、何を聞かれるのかと少しばかりどきど
きしていた純子だったが、安心して笑みをこぼした。
 間髪入れない返答に、町田はしばらく静かなまま。何度か瞬きをして、先ほ
どとは逆の手で再び頭を掻く。
「えーと。それで?」
「だから、話はなかったわ。それでおしまい」
「それはつまり、あなたが断ったのか、それともあいつの方から話はなかった
ことにしてくれと……」
 純子は、やけに詳しく聞き出そうとする町田が気になったが、そのことは口
に出さずに質問にのみ答える。
「唐沢君が、今はいいって言ったの。昨日はほら、私、すぐ寝ちゃったでしょ」
「……なるほど。しかし、今はいいってことは、あとで何かあるかもしれない
わけね」
「芙美ったら、何だか大げさ。単に話をするだけよ」
 くすくす笑う純子の前で、町田は大真面目な顔付きになった。
「いーや、あいつのことだから二人きりになったら何をするか分からん!」
「『何を』って、何?」
「……そこまで言わせなさんな」
 弛緩したように、町田も笑った。冗談口調で続ける。
「まあね、純が、ああいう女たらしの相手大勢の一人に数えられていいって言
うんなら、私も無理強いしてまで止めやしないけど」
「ふふ、確かに、あの人数は凄いわよねえ。感心しちゃう」
「私なんか、感心を遥か後方に通り越して、呆れてるわ」
「何の話してるのっ?」
 純子の後ろから、いきなり富井がしがみついてきた。勢いあまってひっくり
返りそうになる。
「た、大したことじゃないわ。それより郁江、びっくりするじゃない」
「何の話か、聞かせてよぉ」
 重ねて頼み込んでくるものだから、純子は簡単に話して聞かせた。
「案外、唐沢君て純子に本気なんじゃない?」
 説明が終わるや、井口の方が口出ししてきた。純子は笑って否定。
「そんなことないって。他にいっぱいいるのに、ねえ」
「仮に」
 今度は相羽。鼻の頭をいじりながら、ゆっくり話す。直前まで、話題に割っ
て入ろうかどうしようか、迷っていたようだ。
「唐沢が大勢の女子と付き合っていないとして、あいつから本気でアプローチ
されたとしたらどうなのかな」
「私? 仮の話ね。うーん、難しいな」
 自分を指差してから、腕組みして悩んでみせる純子。
 町田達女子が、一様に身を乗り出した。
「ふうん、どうしようか迷うって?」
「え、そういう意味じゃなくてね」
 先に一人で笑ってしまった。そう、全ては冗談の範囲。
「唐沢君が誰とも付き合っていない状況を想像するのが、難しいなあって思っ
たの」
「……くっ」
 ひとときの静寂のあと、みんな、脱力したように笑った。

           *           *

 夕日の射し込む窓を背に、相羽はぼんやり座っていた。心持ち身体をよじっ
て、景色を見るともなしに眺める。山々がオレンジ色に染まり、そろそろ一番
星が覗く頃だ。
「こんなところにいたのか」
 唐沢の声に顔を戻す。隣の車両から移動してきたのは、彼一人らしい。唐沢
は揺れに合わせて緩急のある足取りで近付いてきた。
「なーに黄昏てんだ」
 しゃがみ込み、相羽の肩を叩く唐沢。相羽は腰をずらし、壁から倒すタイプ
の腰掛けを半分空けた。が、唐沢は首を振る。
「いらねえよ。そんな狭いところに二人も座れるか」
「ふむ、道理だな。それで、何か用か?」
「みんな、向こうでどんちゃん騒ぎしてるぞ。来ないのか」
 来た方向を指差す唐沢。相羽は思わず苦笑した。
「どんちゃん騒ぎってのはおかしいんじゃないか? 寝台に鈴なりになって、
遊んでるだけだろ」
「そうとも言う。で、どうなんだよ?」
「あとで行こうと思ってた」
「おまえは一人で何してたんだ」
「……さあ?」
 首を傾げた相羽に対し、唐沢は眉間にしわを作った。口を尖らせ、すぐさま
尋ねる。
「『さあ?』って、自分のことだぜ?」
「えーと、まあ、考えごとするつもりでいたんだが……知らない内に景色に見
取れてたわけ」
「――なるほどな。きれいなもんですな」
 相羽につられるようにして、唐沢も立ち上がって外を見た。全景に広がる水
を張った田圃が、光をきらきら反射している。
 唐沢は思い出し笑いか、不意に吹き出した。
「もしも女子と二人きりなら、『この景色よりも美しい物を一つだけ知ってい
る。それは君だ』とでも言うところだ」
「それ、真面目に言ってる?」
 相羽が上目遣いに見やると、唐沢は首を水平方向に大きく振った。
「こんなくさい台詞、口が裂けても口説き文句には使わねえ。使えんよ」
「それじゃ、どんな口説き文句を使うのか、参考までに聞きますか」
 相羽は冗談の続きのつもりだった。
 だが、唐沢はそれには答えず、短い間だが沈黙した。
「ん? 唐沢?」
「――参考にして、誰を口説くつもりなんだ?」
「は?」
「相羽。おまえ、涼原さんのことが好きなんだよな」
 今度は相羽が沈黙を強いられた。上から降ってくる質問は、いかにも不意打
ちだった。
「……今さら隠すことじゃない」
 相手の意図も分からなかったので、そう答えて様子を見る。
「告白、しないのか? それとも、すでにやっちまったか?」
「どうしたんだよ、いきなり変だぞ、唐沢。旅行中に持ち出すような話じゃな
いと思うけど」
「俺が涼原さんをもらう」
「――」
 急いで見上げる相羽。髪が窓ガラスに触れる音がかすかにした。
 唐沢が見下ろしてきて、先に口を開く。
「その顔が見たかったんだよ。どうよ、驚いたか?」
 得意そうな唐沢に、相羽は右手をかざし、まず人差し指を立てた。
「おかしい。涼原さんは物じゃないから、『もらう』っていうのは失礼だ。一
歩譲ってその表現を認めたとしても、涼原さんは誰か特定の人と付き合ってる
わけじゃない。『もらう』はやはり不適切」
「――だあっ! 何を細々と、探偵みたいなこと言ってる? ごまかすな」
 唐沢は本当に興奮したらしくて、大声のあと、肩を上下させて息を乱す。
「本気だからな、俺は」
「だと思ってた。どうして今になって、僕にそんな宣言をする?」
「そりゃあ決まってる」
 えへんと咳払いをして、演説者がマイクを持つようなポーズを取った唐沢。
「友情の証として、ここは一つ、フェアに行こうじゃあ、ありませんか。てな
わけよ」
「……はあ」
 聞き手の相羽は呆気に取られて、しばし口をつぐんだ。その間にも唐沢は喋
り続ける。
「つきましては、俺、おまえほど成績よくねえからな、勉強に本腰入れる」
「勉強が関係あるか?」
「言わなきゃ分からないか。ま、そりゃそうか。おまえには縁のない問題だか
らな。長期戦を見据えてるんよ、俺。それには涼原さんと同じ高校に入らなけ
れば、話にならない」
「……意味は分かったけど、涼原さんの希望校、おまえが知ってるの?」
「いや。ただ、少なくとも、俺の今のままの学力ではちょっと苦しいのは、簡
単に予想できるからな、ははは! どこになろうと着いていけるように、早め
に努力するのさ。だから相羽、抜け駆けするなら、受験までがチャンスだぜ」
「抜け駆け」
 他の者より先んじてという意識はなかったが、こんな単語を口に出されると、
多少なりとも気持ちに影響が生じる。
(自分は純子ちゃんと同じ学校に行くことになるかどうか、分からないんだ。
近い内――具体的には決めてないけれど――に告白しようと思っていたのに、
こんなこと言われるとやりにくくなるじゃないか)
 頭の中でため息をついた相羽だった。唐沢をじろっと見やると、相手は変わ
らぬ軽い調子で返してきた。
「遠慮しないで、玉砕してくれたまえ、相羽君」
「あのな」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、苦笑する相羽。
 唐沢はいくらか真面目口調になった。
「おまえ、断られるのを恐がってるだろ? 俺もそうだけどな。断られたって、
俺は簡単にあきらめやしない。何度でも行く。だからこその長期戦よ」
 これは、唐沢自身とライバル相羽へのエールだったかもしれない。
「とりあえず、お互いに頑張ろうぜ、相羽」
「……こういうときはやっぱり、握手で始めるものかな?」
 相羽が立ち上がって右手を差し出すと、唐沢は難しげに目を細めた。
「うーむ、ここまでやるのはちょいと気恥ずかしいが」
 そう言いつつも、手を握り返してきた。
 離したあと、唐沢は「さて」と両手を打った。
「じゃあ、俺、最後のお楽しみをしてくるわ」
「最後のお楽しみ?」
「女子大勢に囲まれて遊ぶの、この列車が最後になるかもしれない。まあ、そ
う簡単に縁切りできんだろうがな」
 そう言って歯を覗かせた唐沢は、相羽の反応を待たずにくるりと背を向けた。
 車輌間の扉が閉まるのを見届けてから、相羽は天井を向き、深い息を吐いた。
(あいつも本気、だな)

           *           *

 富井は遊び疲れたのか、あるいは電車の単調な揺れに誘発されたのか、大あ
くびをした。それをゆっくりと手で隠す。弾みで、握っていたカードが数枚落
ちる。
「ほらあ、郁江、しっかり配ってよ」
 井口の声に返事はせず、のんびりした所作でカードを拾おうとする富井。
 だが、目はとろんとして、いかにも眠そうだ。
「そろそろやめよっか」
 拾うのを手伝っていた相羽が、声のボリュームを上げる。と、その瞬間だけ
目を見開く富井。まるでアンティックドールのそれのような大きな目になった。

――つづく




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