#4866/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 6/30 14:47 (200)
そばにいるだけで 37−6 寺嶋公香
★内容
顔を相羽から見えないようにふいっと逸らし、つぶやく。
「そんなこと」
相羽の急ぎ口調が耳に届くと同時に、純子は駆け出し、振り返った。
「なんてね! おやすみ、相羽君。また明日!」
相羽は呆気に取られたのか、追いかけもせず立ち止まった。そして。
「――おやすみ」
「何やってるんだか」
洗った手をきれいに拭くと、純子は腰に両手を当てて嘆息した。
目の前では、清水と大谷がろくろを前にじゃれ合っている。大谷が器をこし
らえているところへ、清水が後ろからしがみついたのだ。
「知らないか? ろくろと来れば『ゴースト』だろ」
「昔の映画だね」
相羽が苦笑混じりに言い添えた。ギャグの意味をやっと理解できた純子は、
再び深い深い息をついた。
「あれって女と男がやってたでしょ? 男同士でやって嬉しいの? ばっかみ
たい」
「じゃ、涼原、やっちゃるから座れ」
「結構よっ」
純子がつんとそっぽを向くと、清水は「やっぱだめか」と笑い飛ばした。
修学旅行二日目は、焼き物の体験で始まった。二クラスずつに別れてそれぞ
れ窯元で基本を教えてもらったあと、生徒各自が焼き物を作る。できた物を後
日学校に送ってもらうという寸法である。もちろん付け焼き刃の講習では失敗
も続出、作れる物も下手に決まってる。それがいいのだ。
「相羽君」
名を呼ばれた上に肩を叩かれ、振り返る相羽。
白沼だった。彼女は今し方手を洗い終わったところらしい。
「何作ったの? 私は花瓶。一輪挿しよ」
「……同じ」
おちょぼ口になった相羽。どことなく戸惑った感じだ。
「考えること同じだなんて」
言いかける白沼に、相羽は続けて、
「花瓶のつもりが、徳利みたいになっちゃって。参ったよ」
と笑う。
白沼はしばしきょとんとしたが、あきらめたように相羽に合わせて笑った。
そして矛先を変える。
「涼原さん。あなたは?」
「私? 小鉢のつもり。お母さんもお父さんも喜ぶかなと思って」
何で私にまで聞くのと疑問に感じつつ、返答。
「そう」
白沼は唇の両端を上向きにし、満足げに目元をほころばせた。もういいわと
ばかり純子に背を向けると、相羽へ肩を寄せる風にして、親しげに喋りかける。
(な、何なのよっ。何だか面白くない。昨日のお風呂で、少し打ち解けられた
かなと思ったのに)
見ているのもばからしく、視線をよそに移す純子。遠野が長瀬と話し込んで
いるのが目に留まった。
「何悩んでるのさ、遠野さん?」
「え……色をどうしようかと思って。その、夏みかんとレモンの色を混ぜたよ
うな感じがほしい」
「へえ? 遠野さんならもっと静かな感じの色が好きなのかと思ってたけどな」
「それが、うちにあるのって、灰色や茶色の落ち着いた物ばかりだから、一つ
ぐらい明るいのがあっていいかなって……」
「待ってな。――こっちの砂を混ぜると、明るいオレンジが出るらしい。ほら、
見本」
色見本の欠片を持って来た長瀬。遠野はイメージに合ったのか、関心を寄せ
ている。
(ふうん、いつの間にかいい感じ。身長差あるけれど、遠野さんも長瀬君も趣
味が同じ絵だし、気が合うのかな)
遠野とお喋りできたらと考えていたが、邪魔しては悪いと、中止した。そん
な純子に、逆に話し掛けてきたのは唐沢。
「どう?」
「……って何が」
肩越しに後ろを向き、見上げる風にして尋ね返す。唐沢の真顔が笑みで崩れ
た。
「いやあ、お互い暇ができたことだし、ミニデートでもどう?という意味」
「あは、また冗談ばっかり。今は外に出られないのに」
「いいからとにかく、暇つぶしの相手になってちょーだい」
手近にあった休憩用の木製ベンチに腰を落ち着け、隣をぽんぽんと叩く唐沢。
純子は座りながらも問うた。
「お相手ならいくらでもいるんじゃない?」
「ええ、いくらでもいました。さっきまで取っ替え引っ替えで手伝わされて、
大変だったんだぜ」
唐沢が首を振ると、こきっと音がした。実に小気味よく響いたので、純子は
思わずくすくす。
「大丈夫? 働き過ぎ」
「全然平気さ。女の子のためなら、苦にならないもんね」
「あら? さっき大変だったって言った」
純子の文字通り指を差しての指摘に、唐沢はひるまずに応じる。
「あれは『大変楽しませてもらいました』の略だったりして。それよか、俺の
相方二人はいずこへ?」
同じ班の男子二人のことを、唐沢はそう呼んだ。
純子は、大谷は清水とふざけてる、とありのままを説明。そして。
「相羽君は白沼さんと、あっちの方に行っちゃったわ」
「……」
唐沢は純子が顎で示した方を一瞥すると、次に純子の表情を横目で覗き見る
ような仕種をした。
「ん? どうかした?」
視線を感じて純子が振り返ると、唐沢は両手を軽く振って、さらに咳払いの
ポーズをした。
「あー、ついでに、遠野さんは?」
「――教えない。遠野さんはついでじゃないもん」
ふくれ面を作ってみせる純子。
唐沢は頬をひきつらせるようにして、「しまった」とつぶやいた。
「悪い悪い、心にもないことを。遠野さんには内緒にしといて」
手を拝み合わせてきた唐沢に、純子は一つ息をついてから、教えてあげた。
「みんな楽しそうにやってるな。てことで、僕らも」
大きな身振りで純子の肩に右腕を回そうとする唐沢。
そこへタイミングよく――唐沢にとっては悪く――、相羽の声が遠くから届
いて、「純子ちゃん」と呼んだ。
「何?」
純子は声の源に引かれるように立ち、右前方に一歩踏み出す。空気をかいた
唐沢の手は、ベンチの上にぺたりと“着地”した。
「あ、相羽〜。わざとやってんのかぁっ。怒るぞ、こら」
まだ姿の見えない相羽に対しつぶやくと、唐沢はうなだれて手を突いたまま、
ぎゅぎゅっと拳を握るのであった。
純子はしかと聞き取れなかった唐沢の言葉に反応し、振り向いた。
「何か言った、唐沢君?」
「いんや。ほら、相羽が呼んでるぜ」
左手で頭を抱え、純子を追いやる風に右手をひらひら振る唐沢。
純子は小首を傾げながらも、また前に向き直り、もう二、三歩行く。と、相
羽の姿を正面に捉えることができた。白沼とは一緒でなく、一人だ。
「どうかしたの?」
「先生が、そろそろ時間が来るからみんなに集合かけられるようにしといてく
れ、だってさ」
「分かったわ。今もやってる人に、急いでもらうように言わなくちゃ」
二人は工房の中をあちこち巡って、それぞれ委員長、副委員長としての務め
を果たす。そのあと、短い時間を利用して唐沢の元へ戻る純子。当然のように
相羽も着いて来た。
「もうすぐ終わりだって」
「あ、そう」
純子の言葉に、唐沢はその向こうに座る相羽の方を見ながら応じた。そのま
ま相羽に聞く。
「白沼さんはどこ行った?」
「さあ……。有村さんや峰岸さん達と一緒に、どこかに行ったみたいだぜ。具
体的には知らない。用でもあったのか?」
「いや、ない」
二人に挟まれて会話を聞いていた純子は、目をきょろきょろさせた。
(いつもと雰囲気が微妙に違うような気がする。私が邪魔なのかしら)
ベンチに突いた両腕に力を入れて、再度立ち上がろうとした折、唐沢が手首
を掴んできた。掴むと言うより、包むとした方が近いかもしれない。
「ん?」
「涼原さん、さっき喋れなかった分、バスの中で喋りたいな。このあと隣に座
っていい?」
「そう言われても……」
純子は指先で頬を触った。
「副委員長だから、一番前の席にって決められてるから」
ちなみに、相羽も同じ扱いだ。最前列の左端が担任の牟田先生、次が相羽。
通路を挟んでバスガイドのおねえさん、純子という並び。
「そこを先生に頼んで、何とか。俺が考えるに、牟田先生だって相羽と隣り合
うよりは、バスガイドの方がいい」
「何だ? それじゃ僕と涼原さんが」
人差し指を立てた右手を振って、相羽に皆まで言わせず、唐沢は胸を反らし
気味に答えた。
「おまえとバスガイドが交代し、さらに俺とおまえが交代する。名案だろ」
歯を覗かせて笑む唐沢に、純子は呆気に取られていた。
(ご、強引。席の交代ができるなら、私だって他の女子と隣になりたいのに)
その横で、相羽が腕組みをしている。
「困ったな。うーん。僕としては席を譲りたくない」
この台詞の「席」が、どういった状態を意味しているのか、それは本人にし
か分からない。
唐沢は相羽に対して手を合わせた。
「頼む。実を言うと、寝不足で頭が痛い。遅くまでだべってたせいだぜ。さし
もの俺も、今の状態で女子相手は疲れるんよ。前の席で、静かにしていたい」
「ふむ」
息で応じる相羽。
彼が何か言うより早く、純子は唐沢の手を握り返す。
「大変、保健の先生に薬もらいに行かなくちゃ!」
「あ、い、いや。それほどでもないんだ」
自由になる手を盛んに振る唐沢。稀なことに、目が泳いでさえいる。
「それなら――よかった」
純子の小さな微笑みを前に、唐沢は顔を手で覆い、上目遣いに天井を見た。
「参ったぜ……相羽、今はあきらめるわ、席のチェンジ」
「それがいいね。頭痛だしな」
相羽はからかい混じりにそう付け足した。
『こどもの国』、いわゆる児童遊園地に向かうバスの中で、純子は冷や汗を
かいた。カラオケが始まり、男子の一人が『そして星に舞い降りる』を選曲し
たのだ。
正直なところ、上手とはとても言えないし、純子(久住淳)の声とは似ても
似つかぬものだった。それでも心の内を見透かされたようで、曲が流れる間、
気が気でなかった。知らず知らずリズムを取ってしまいそうな指先を、口を、
全身を止めるのに苦労する。
やっと終わって、ほっと座席に身をうずめていたが、三分もすると、唐沢か
らご指名が掛かる。
「すっずはっらさん! デュエットしよう、しよーしよーしよー……」
マイクを通して語ってくる唐沢は、自らの口でエコーを演出した。車内に爆
笑渦巻き、寝耳に水の純子には状況が把握できない。
ひょこっと首から上を座席から覗かせ、後ろを振り返り、やっと理解できた。
(全然頭痛って雰囲気じゃないわ。もう、こっちが気疲れする)
それでも承知し、唐沢の選んだ曲をデュエットした。
ともあれ、唐沢の行動が口火となって、デュエット志望もぽつぽつ出始める。
白沼は当然のように相羽を指名していた。
最後に牟田先生が一昔前に流行ったロックを唱って、かなりの喝采を浴びる。
そんな次第で、こどもの国に着く頃には皆疲れていてもおかしくはない状態
だったのだが、そこは中学生。環境が変わると気分もリフレッシュされ、意気
軒昂に飛び出していく。「こどもの国だなんて」と小馬鹿にする面々もいたの
に、到着してみると態度で前言を翻す結果になる。
さて、園内では自由行動が許された。つまり、班単位・グループ単位で動か
なくてもいい。もっと言えば、クラスの枠も関係ない。
精神的に楽になりたかった純子は、白沼とは離れ、富井や井口、町田との合
流を果たした。無論、遠野も一緒。
富井と井口の第一声が奮っていた。
「ひどーい、純ちゃん!」
「な、何が」
どきりとして身を固くする。富井が続けざまに捲し立ててきた。その勢いに
は、思わず後ずさって、順路の白い石畳を踏み外してしまいそう。
「相羽君は? 連れて来てってあれだけ言ったのにぃ」
「あ、そっか」
――つづく