AWC そばにいるだけで 36−6    寺嶋公香


        
#4833/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 5/30  17:49  (199)
そばにいるだけで 36−6    寺嶋公香
★内容
「そ、それはまあ……白沼さんが夜道、恐いのなら」
 相羽の返答に、白沼は最初は笑顔、次いで眉間に少ししわを作った。嬉しさ
半分不満半分といった風情だ。
 そのあと相羽が作業の説明をし、仕事に没頭する二人。
 が、そんな静かな状況は五分と続かなかった。
「ちょっと暑いわね」
 白沼は手で顔を仰ぎ、さらに制服の襟を引っ張って、胸元に隙間を作った。
「暑いか?」
「日差しがきついせいかしら。カーテンを閉めてもいい?」
 言うが早いか、すっくと立ち上がると、窓際へ向かう白沼。白いカーテンを
手早く引いて、戻って来た。
「全部閉めなくてもいいんじゃないか? 第一、暗いよ」
「じゃ、電気」
 椅子に座ることなく、今度は出入口近くのスイッチへ走る。音がして、教室
内が明るくなった。
(もったいない)
 と思った相羽だが、今になって異議を唱えることもできない。「ありがとう」
とだけ言ってうつむくと鉛筆を動かす。
 白沼は席に戻るなり、息を弾ませて言った。
「動いたら、また暑くなった感じよ」
 そしてボタンを一つだけ外す。
 大げさな動作だったので、嫌でも目に入る。
(――ん? この匂い……)
 視線を逸らしかけた相羽は、鼻を触りながら白沼に聞いた。
「もしかして、香水を付けてる?」
「あ、分かった?」
 手を叩き、相羽へ身体を寄せてくる白沼。自らの首筋辺りを指差しつつ、続
ける。
「ママからもらったの。**の新製品でね、金色の夢という意味の名前が付け
られているの」
 ブランド名を言われても、相羽は詳しくないので何とも答えようがない。そ
れよりも。
「言いたくないけど、一応、校則が」
「放課後なんだから、固いこと言わないで。授業中に匂いをぷんぷんさせるな
らともかく、これなら迷惑じゃないでしょう? それに、ほんのちょっぴりよ」
「……先生に気付かれないようにしなよ」
 本当はあまり好きなタイプの香りではなかった。いや、香水の匂いはおしな
べて苦手だ。ともすれば集中力を欠きそうになる。
(小さい頃、香水の広告の撮影を見に行ったとき、さんざん嗅がされたからか
な。匂いまで写るわけじゃないのに、あれは変だった)
「私、汗臭くなってない?」
 白沼は匂ってほしいのか、さらに身体を接近させた。
「香水の匂いで分からないよ。大丈夫でしょ」
「ああ、よかった。それにしても嫌な季節が近付いてきたわね」
「え。夏、嫌い?」
 意外に感じて、思わず質問してしまった。
「運動なんかをして汗をかくと、制服がうっすら濡れるでしょ。濡れたら透け
ちゃう。ほら、今だって」
 白沼は両手を頭の後ろにやり、しなを作るような仕種をした。
「どう、透けてない? ブラ」
「――ない」
 短く言って、相羽は下を向いた。
「ほんとに? もっとよく見てよ」
「気になるんなら、鏡で確かめればいいだろ」
「面倒臭いんだもの。さあ」
 重ねてポーズを取る白沼に、相羽は勢いよく振り返ると焦点を合わせず、見
つめる形だけした。
「見えてない」
 強く言い切り、今度こそ作業に集中する。
 白沼は口元で笑って、ようやく椅子にきちんと座った。
「よかったわ、透けてなくて。ところで、私のスタイル、どうかしら」
「はあ?」
「自分では悪くないと思ってるんだけれど、相羽君の感想を聞きたいわ。あな
たなら目も肥えてるでしょ」
「……」
「私って背はあるし、細い方だし、でも胸はあるし、顔だってね」
 さすがに自分の口から言うのははばかられたか、語尾はうふふと笑い声にな
る白沼だった。そして、おもむろに付け足す。
「ファッションモデルにだってなれると思うんだけどな」
「……肌と個性」
「え? 何なに?」
「母さんが言ってた。肌、特に背中の肌がきれいでないとだめなんだってさ。
それと個性が大事」
「そ、そうなの?」
 急に具体的な話をされるとは予想外だったらしい。一旦は口ごもった白沼。
だが、程なく復活。
「じゃ、背中、見てみる?」
「あのさあ、冗談なら暇なときにやってくれないか。もしも本気だとしたって、
僕に判断できるわけないだろう」
 潮時だと感じていた。だから声を少しばかり荒げた相羽。
「ごめんなさい」
 やけに素直に謝る白沼。が、ほっとしたのも束の間。
「それじゃあさあ、相羽君は女の人の胸、大きい方がいい?」
 そう言って、白沼は自らの胸のラインに手の平を沿わせる仕種を始めた。制
服の布地がやや突っ張り、胸の形が強調される。
 相羽は二秒間、呆気に取られて、つい見つめてしまった。
「私ぐらいのスタイル、どう思う?」
 その声に我に返り、片手で顔の半分を覆う。
(結局、話はそこに戻るのか)
 相羽は声のトーンを高くして、きっぱりと言った。
「胸に限った話じゃなくてさ、外見だけで判断しないつもり。以上、もう質問
は受け付けません。本当に遅くなるぞ。さあ、仕事」
「……はあい」
 白沼は舌を覗かせ、軽く首を傾げた。それでもやっと気が済んだのか、作業
に取りかかった。
 ただし、お喋りの方は即停止とはならない。
「そう言えば、相羽君はどこの高校に進むつもり? 気になるわ」

 その日の夜、九時半頃のこと。純子から相羽へ電話があった。
「ごめんね、相羽君」
「ど、どうしたの?」
「え。だって、今日の放課後の作業、行かなかったでしょ。白沼さんが何度も
言ってくれて、私、ほんとに忙しかったから、つい甘えちゃって」
 話を聞いて、相羽は内心思っていた。
(ああ、やっぱり本当だったのか。白沼さんがあんな態度取るものだから、無
理矢理役目を代わったんじゃないかって、少しだけ疑ってた。――ごめんな、
白沼さん)
 心の中で頭を下げる。ただ、あのアプローチの仕方には参っていたが。
「ね、許してくれる?」
 純子の心配げな声が届く。相羽は「全然問題なかったよ」と教えた。
「それで……白沼さんとはどうだったの?」
 相羽は、純子にそう聞かれることがちょっと嬉しかった。
「どうと言われても、普通に作業をしてただけ」
「ん、それならいいけれど」
「ただ一つ、やたらに暑いって言われて困った」
「えっ、何それ?」
「大したことじゃないから、説明しなくていいでしょ。――ついでに聞きたい
ことがあるんだ」
 言って、唇を湿らせる相羽。
「うん、なあに? あ、試験勉強のことならだめ。今の私、ほとんどできてな
いからね。逆に教えてほしい」
「聞いてくれたできるだけ教えるよ。って、そう言うことじゃなくて」
 何となく聞きにくくなってしまった。相羽は送受器を改めて握り、気を取り
直した。
(汗、かいてる。ちょっと聞くだけなのに)
 手の平を見つめ、思わず苦笑いがこみ上げる。
「相羽君?」
「純子ちゃんは進路、どうするの?」
「――両親の他に、同級生にまで心配してもらえるとは思わなかったわ」
 冗談混じりに言って、そのあとに軽やかな笑い声がついてくる。
 相羽も短く笑い、それから一転、真面目口調で応じた。
「その、僕が心配していると言うんじゃなくて、母さんが。どこまで仕事を取
っていいのかはっきりさせたいみたい」
 わずかながら嘘が混じっている。相羽自身、純子の進路は大いに気になって
いる。
「そうよね、早く決めないと行けないのよね」
「進学は間違いないんだろ?」
「もっちろん。高校に行きたい。……あはは、おかしいよね。こんなこと、タ
レントやってなかったら悩まずに決めてたはずなのに」
「ひょっとして、後悔してる?」
「ううん、全然」
 恐る恐る尋ねた相羽に、間を置かない返事があった。
「よかった。それで、どこの高校にするかは、まだ決めてないの?」
「うん。だけど、どこの高校かまで、おばさまに関係ある?」
「え? ああ、いや、聞いてみただけ。じゃ、決まったら教えて。電話で母さ
んに直接でもいいから」
 相羽は早口で別れの挨拶を済ませ、電話を切った。
(厳しいな……。さあて、どうするかなっと!)

           *           *

 夕刊を取るついでに郵便受けを覗いた純子は、一通の変な手紙を見つけた。
 その白い縦長の封筒には、切手が貼ってなければ、消印もない。無論、ダイ
レクトメールなどによくある差し出し側がまとめて払うタイプでもなかった。
 となると、誰かが直接放り込んだと考えられる。
 しかも宛名は純子になっていた。
(誰よ、こんなことするのは)
 気味悪さを覚えつつも、裏返す。ちょうど家の中に入る折に重なったので、
光の加減で字が読みにくくなった。
 改めて目を凝らす。文字の正体を知り、純子は声を上げた。
「相羽君がっ?」
「純子、どうかしたの?」
 途端に母が心配げに問うてきた。純子は「ううん、何でもない」と首を振り
ながら、新聞だけを渡すと、二階の自室へ急いだ。手紙を背中に隠していたの
は言うまでもない。
 明かりをつけると部屋のドアを後ろ手に閉め、その手を前に持ってくる。親
指と人差し指とで挟む風にして持っていた封筒を眺めた。
「うーん……」
 首を傾げた純子。もう一度裏返し、差出人の名前を見る。読み間違えたわけ
じゃないと分かり、首を再度傾げる。
「分かんないことするわね」
 頭の中で唱えるのみでは済まされず、声に出す。
 疑問が渦巻く中、椅子に腰を落ち着けると純子は開封しないままの手紙を机
の上に置いた。頬杖をつき、見つめる。
(相羽君が私に手紙を出すことはあるかもしれない。年賀状くれるぐらいだも
の。けど、直接入れていったのは何故? 家まで来たのなら、私に言えばいい
じゃない)
 冷たくされたような気がして考え込んでしまう。
 中身を読んでいないことに気付いたのは、数分後だった。
 糊付けされた口を丁寧に開け、ある種の警戒心を持って中から便箋を引っ張
り出した。封筒よりもさらに真っ白な紙。この表にはどんな文章が綴られてい
るのか。少なからず、緊張した。鼓動が若干、早くなったかもしれない。
 純子は三つに折り畳まれた紙をゆっくりと開いた。
 ――三分後、封筒に手紙を戻した純子は唇を噛みしめていた。
「な、な何書いてんのよ!」
 夕餉前、たいていの家庭が忙しいであろう時間帯だけれども、純子は階段を
駆け下り、電話に向かった。
(約束の日まで聞くなって書いてあっても、聞かずにいられないじゃない!)
 一度目は興奮で指が番号を間違えた。二度目は途中でやめた。この間、短縮
ダイヤルに登録したのを思い出したから。
 呼び出し音の回数を数えながら、待つ。
 なかなか出ない。留守番機能が起動するんじゃないかなという頃合いに、純
子は送受器を戻した。
(稽古に行ってるのかしら。肝心なときにいないんだから)
 しばらくしてから掛け直すつもりだったが、落ち着いて考える内に気が変わ
った。
(じかに会って聞かなくちゃ。明日、学校で)

――つづく




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