#4815/5495 長編
★タイトル (EJM ) 99/ 5/ 2 12:48 (121)
いえなかった言葉(おまけ下) 青木無常
★内容
「困ったねー、猫ちゃん。シャハラ、やっぱり本気だよ」
あぐらを組んだひざの上でまるくなる子猫の頭をやさしくなでながら、マヤはた
め息をついた。
シャハラザードの前部ボディの上である。
通常、宙港の係留ドックは無重量である。そのほうが整備や搬入などに都合がよ
いからだが、経済面から考えれば、人工重力の作用範囲を厳密に限定するのは不都
合が大きい場合もすくなくないため、ドックにも重力の影響がおよんでいる宙港も
あることはある。さらにここのドックは、空気も循環していた。真空環境で、整備
なども機密服を身につけなければならない例もすくなくはないので、この点ではこ
この宙港はやや上等だ。
シャハラザードには、正規の乗降ハッチのほかに、いくつものエアロックが設置
されている。すべて外部センサつきなので、見とがめられずに侵入するのは通常は
できないのだが、シャハラの目をごまかす方法をマヤはレイからむりやりききだし
ていた。
こっそり侵入するつもりで、整備員の出入りする扉から直接シャハラザードの船
体にとりつき、ここまでよじ登ってきたわけだが、むりやり侵入しても今度は船内
で悶着がくりひろげられるだけだし、あれほどいやがっているシャハラの気持ちも
考えると(疑似人格の気持ち、などという哲学的な問題はマヤにはどうでもよかっ
た)、だまし討ちのようなマネは気が進まなくなってしまったのだ。
「ボクたち、目的を達したらこの星離れちゃうしなあ。知らない場所だから、猫の
世話みてくれるような知り合いもいないし。猫ちゃん、ひとりで生きていける?」
背中をなでさする。みゅ、と、あいまいな声で猫はうめいた。夢でも見ているの
だろう。
「むりだよなあ。あーあ。どうしよう」
つぶやき、マヤはドックの天井をあおいだ。
そのとき、ひざの上で子猫が身じろいだ。
見ると、ひょいと顔をあげ、何かを見るしぐさ。
なんだろ、と何気なく視線を転じ――
湾曲した褐色の外壁のむこう側から、なにかが接近してくるのに気がついた。
猫がひらりとマヤのひざから降り、フー、と四肢をつっぱって立ちあがる。警戒
態勢だ。
むろん、マヤも中腰になって身がまえた。
「船外作業ロボットだ」
がひょんがひょんと六本足で器用に船体をつたいながら接近してくる機械は、た
しかに攻撃等を受けて破損した外壁などを修理するための、万能型作業ロボットで
あった。もちろん――シャハラの頭脳に指令を受けて行動するものである。
「ちょ、ちょっと待ってよシャハラ。ボクたちまだ侵入してないってば」
あわててマヤは弁解したが、ロボットはいささかのためらいもない足どりでがひ
ょんがひょんと近づいてきた。見ると、前腕に工具を装着している。あれで殴られ
でもしたら、ただではすまない。
「待ちなよ。待ちなってば、シャハラ。ここはとにかくボクの話をきいて」
猫の前に立ちふさがり、マヤは必死にいいつのる。
機械は動きをとめ、センサのならんだ頭部をかくんとかしげてみせた。
「あのね、シャハラ。猫っても、子どものころからきちとん仕込んでやればおしっ
こもうんちも、ちゃんとトイレでするようになるんだって。ボクいっしょけんめい
この子に教えてやって、そうするようにさせるからさ。だから、お願い」
いって、拝みポーズ。
ブーン、と機械はうなりながら、頭部を逆側にかしげてみせる。
あと一押し、とマヤはふんだ。
さらに説得を加えようと口をひらきかけ――
がひょん、と――急激な動作で機械があとずさった。
ん、どうしたんだろ、と今度はマヤのほうが首をかしげる。
六本足をつっぱらかせて機械は、つまさき立ちのような姿勢をとっていたが、や
がてその全身がぶるぶるとふるえだした。
まるで、動物が怒りにふるえているかのようなしぐさだった。
いやな予感がした。
おそるおそる、マヤは背後をふりかえる。
猫がぶるると全身をふるわせるところだった。
そのうしろには――できたてのほやほやの、排泄物。
「猫ちゃーん」
へなへなとマヤは腰をついた。知らん顔で、猫はみゅうと鳴く。
――瞬間。
がきん、と、床がなった。整備機械が、猫に工具をたたきつけてきたのだ。
「わ」
マヤが叫んだときには、猫はすでにすばやく後退していた。
「待ってったら、シャハラあ」
あわてて追いすがるマヤは完全に無視して、作業ロボットは逃げる子猫をひたす
ら追いまわすばかりであった。
「たいへんだね、マヤ」
他人ごとのように笑いながらラエラがいった。
「たいへんなんてもんじゃないよう」
ロビーの長椅子にぐってりとたおれこみながらマヤはうんざりした口調でこたえ
る。猫がざらざらと頬をなめた。
「どっかにほっぽっちゃえばいいのよ。子猫だって、りっぱな猫さ。シャハラのロ
ボットと渡り合いまでしたんだろ? どうにかするよ、自分で」
「そんなのむりだよう。側溝のわきでみゅうみゅう鳴いてるだけだったんだから。
見てよ、こんなにちっちゃいんだよ。あーあ、どうにかしてシャハラの猫ぎらい、
治せないもんかなあ。シヴァ、ちょっと超能力でシャハラの性格かえるとか、でき
ない?」
「むりだ」
仮面の男は無表情に否定した。
「だよねえ。あーあ。どうすればいいんだろ」
「いいアイディアがあるぞ、マヤ」
ジルジスがいった。
「ジルはもういいよ」あきれ果てた口調で、マヤ。「どうせ紙のしっぽでもくっつ
けて、しっぽ二本猫だとかいうやつでしょ」
「いいや。今度は空飛び猫といってだな。なんと翼がついているのだ」
「はいはい。あーあ。ボク、この子のためにもう一度路上生活しなきゃいけないの
かなあ。ねえジル。もしボクがまたスラムに戻るっていったら、いっしょにきてく
れる? むりだよねえ」
「だから空飛び猫だ」
「はいはい。あーあ。困っちゃったねえ、猫ちゃん」
「お、いたいたマヤ。さがしたぞ。なんだ、全員集合か。たかだか猫のために、ひ
まなやつらだ」
あらわれたのはレイだった。背後に、なんだか風采のあがらないおっさんをつれ
ている。
「あ、レイ。めずらしいね、どこいってたの? ひとりで出歩くなんてさ」
「感謝しろよ、マヤ。その猫のひきとり手をさがしてきてやったのだ」
え? とマヤは、がばと身を起こした。みゃ、と猫がとびすさる。
「このひとは宙港所属の整備員のチャムさんだ。無類の猫好きでな。その猫のこと
を話したら、ぜひ引き取りたいと申し出てくれたんだ。感謝しろよ、マヤ。この銀
河一の天才である私にな」
「感謝するよっ」
歓声をあげて、マヤはレイに抱きついた。ぶちゅうと頬にキスをする。ボクにキ
スされてもレイは喜ばないかな、と思ったが、みるみる真っ赤になってテレはじめ
た。
「あ、いや。べつにその、いいんだ。私の偉大さを認識したか? まあ、その、な
んだ。まあよかったよかった」
「ありがと、レイ。大好きだよ!」
「そ、そうか」
「うん! ジルのつぎに好き!」
いわれて、顔をあからめたままレイは複雑な面もちになった。ジルジスの風下に
おかれたのを嘆きたいところだが、マヤのあまりの無邪気な喜びように毒気をぬか
れた、といったところだ。
マヤはぴょんぴょんなしながら、さっそく猫を抱きあげるおじさんのもとにかけ
より、だいじにしてね、きっと会いにくるから、おじさんも大好き、などとたいへ
んなはしゃぎようだ。
銀河標準時で十四歳。秘めた言葉とはまだまだ無縁の少女であった。
おまけおわり(^-^)(^_^)