AWC いえなかった言葉(おまけ上)    青木無常


        
#4814/5495 長編
★タイトル (EJM     )  99/ 5/ 2  12:43  (117)
いえなかった言葉(おまけ上)    青木無常
★内容
「断固として拒否します、マヤ」
 立体映像の女はいいきった。顔は無表情だが、胸前で腕を組んで、仁王のように
立ちはだかる姿勢だ。
 マヤは抱いた猫の頭をなでながら、
「そんなこといわずにさあ、シャハラ。ちゃんとボク、しつけるから」
「いやです」
 きっぱりとした否定。ブブブと音とともに、映像が左右にブレる。怒りの表現か
もしれない。
「あなたがその不潔な生きものを抱えているかぎり、この扉がひらくことはあり得
ません。了解しましたか?」
 立体映像の女――シャハラ、つまり盗賊シャフルードの所有する偽装戦艦“シャ
ハラザード”のAIの疑似人格は、いいながらぐいと指をマヤの鼻さきにつきだす。
ふだんは見せないオーバーアクションだ。よほど猫がきらいなのだろう。
「だって。ほら見てみてよ、シャハラ。こんなにかわいいんだよ。下は、季節は春
でもまだ夜は風だってつめたいし、こんなちっちゃな捨て猫をひとりでほうりだし
ちゃったら、凍え死んじゃうじゃないか」
「そのことに関しては、私の関知するところではありませんから」
「もう。お願いだから、飼わせてよ〜。なんだい、おしっこのちょっとくらいひっ
かけられたからって」
「小水だけではありません。大便の粗相も受けました。それも、私の心臓部に」
「べつにいいじゃないか、それくらい」
「だめです。文句があるなら、私の性格設定をしたおとうさまにどうぞ」
 おとうさま、とシャハラがいうのは、設計に加わったレイのことである。
「レイのやつ、けっこうきれい好きだからなあ」
 マヤは嘆息した。
「とにかく、その不潔な生きものをつれていますぐここを立ち去ってください、マ
ヤ。でないと私の我慢もそろそろ限界です。あと一分以上ここにいる、というのな
ら、連射ブラスターでその不潔な生きものもろともあなたを灼き払って消毒します」
「ちょ、ちょっと待ってよ。消毒って、あの、シャハラ」
 マヤは抗議しかけたが、シャハラの秒読みはすでにはじまっていた。同時に、乗
降ハッチ上に隠された秘密パネルがちゅいーんと音をたててひらき、なかから連射
ブラスターの銃口がマヤ――正確には、マヤの抱いた子猫――に向けて突き出され
る。
 マヤはあわてて背をむけ、退散する。
 簡易連絡通路は、別名、さかなの骨と呼ばれている。アコーディオン状の機構が
港側の乗降扉からのび出て、船舶の扉に連結されるかたちだ。足もとも梯子の桁の
ようにとびとびで、走って移動するにはとても向かない。客船用の係留ドックとち
がい、個人所有の貿易船などに解放されたドックは、このように安価で簡易な施設
であることが多い。
 港側の扉を、とびつくようにひらきながらマヤが通路をあとにしたとき、リミッ
トは五秒前までに達していた。本気で銃撃を加えるつもりだったかどうかは謎だが、
すくなくとも銃口を向けてきたのはまちがいなかった。
「ふー、あぶなかった。まさか本気だったのかなあ」
 にー、と猫が鳴いた。あごさきから首のわきを指でくりくりしながら、案外本気
で撃ってきたかもしれないぞ、と思い改めてぞっとする。
「困ったねー、猫ちゃん。どうしよっか」
 うなー、と猫がこたえるように鳴いた。

「どういうつもりですか、マヤ。ジルジスまで。私の意向はさきほどお伝えしたと
おりです。変更はあり得ません」
「ん? いったいどういうことだ、シャハラ。いいからここをあけてくれ。話はな
かできこう」
 しれっとした口調でジルジスはいった。マヤは猫を抱いたまま心配顔で、ジルジ
スとシャハラを見くらべる。
「どういうこと、も何もありません。まずはその猫をどこかにやってください。で
なければ、私はこの扉を絶対にひらくことはありません」
 いって、ぐいと腕を組んだ。心なしか、顔にも憤怒の表情がうかんでいるような
気がする。AIの疑似人格が憤怒するなどという話はきいたこともないが、設計者
はレイである。どんな酔狂をしかけていないとも限らない。それに、シャハラは最
初はほんとうにただのAIにすぎなかったはずだが、ジルジスたちと生活するうち
にどんどん人間くさく変化してきたのだ。これほど頑なに猫の侵入を拒否するのも、
そのあらわれだろう。
 対してジルジスは、はあ? と、わざとらしい表情で眉をひそめてみせた。
「猫? はて。シャハラ、いったいどこに猫がいるんだい?」
「ジル、もうやめようよう。こんなんじゃごまかせるわけないじゃないか」
「し。いいからおれにまかせておけ。シャハラ、扉をあけてくれ」
「ダメだといったはずです、ジルジス。なにをごまかそうとしているのか、私には
さっぱりわからないのですが、とにかく猫がいてはダメです」
「だから、猫などいないといってるだろう。ああ、もしかしてシャハラ、これのこ
とをいっているのかい?」
 わざとらしいしぐさで両手をあげてジルジスは、マヤの抱える猫に視線をやった。
うにょお、と猫がつぶらな瞳でジルジスを見かえす。
「シャハラ、じつはこれは猫ではないんだ」
 宇宙生成の秘密をおまえにだけ打ち明けてやろう、とでもいいたげな大仰な口調
で、ジルジスはいった。手のひらで猫をさし示し、
「これは新種の動物で、ツノネコというのだよ。猫とはまったくの別種なのだ。ほ
ら、見てごらん? ツノが生えてるだろう。猫とはちがうんだ安心したまへ」
 シャハラ(の映像)は、うたがわしげな顔つきをつくって猫を見た。みゅ、と猫。
 ジルジスはにこにこと微笑みながら、マヤの抱える猫の頭部をさし示してみせる。
マヤはなかば心配、なかばはあきれ顔だ。
 ジルジスの手のひらのさきには、ツノ、と呼べなくもないことはないかもしれな
いけどやっぱりかなりむりがあるんじゃないか、とでもいいたい物体がくっついて
いた。
 具体的にいえば、紙である。
 さらに詳細に説明すると、下の売店で購入したひとくちチョコレートの、包装紙
であった。それをツノ型に破り裂いて、猫の頭に強引にくくりつけたのである。
「ツノネコ、ですか」
「そのとおり。新種の動物だから、おまえのデータバンクのなかにも入っていない
はずだ。どうだい、めずらしいだろう」
 みゃ、と猫がマヤの腕のなかで身をもがかせた。
「こら、あまり動くんじゃない。そういうわけでシャハラ、扉をあけてくれ。それ
とミルクはあったかな」
 もぞもぞ。
「ですがジルジス。それはやはり私には猫にしか見えません」
「いやだから、猫にとてもよく似た新種の動物なのだよ」
 うみゅう。
「なにか、いやがっているようですよ、ジルジス」
「あ、こら、やめろ猫。とれてしまうだろ。いや、なんでもないんだシャハラ。と
にかく扉をはやくあけてくれ」
 そのとき猫は、うみゃ、と鳴いて、うっとうしそうなしぐさで前肢をあげ、ささ
さっと頭をかいた。くっついた異物がうっとおしくなったのだろう。
 紙製のツノは、あっさり落ちてひらひらと舞った。
「ああっ。いやこれはだなあ、シャハラ。うーん、いかん、このツノネコは病にお
かされてツノが落ちてしまったのだ。はやく応急手当をしないと。扉をあけるんだ、
シャハラ」
 ちゅいーん。
 ハッチ上部のパネルが音をたててひらき、連射ブラスターの銃口がのぞいた。
「ジル、やばいよ」
「秒読みを開始します。十秒以内に立ち去らなければ排除します。十、九」
「いや、シャハラ、だからこの猫はだなあ、あ、いや、猫じゃなくて」
「いいからジル、さっさと逃げないと」
 いいつつマヤはジルジスのそでをぐいぐい引き、走りはじめた。しかたなくジル
ジスもあとを追う。マヤの腕のなかで猫がみゃあと鳴いた。
 扉にたどりつく前に、シャハラの秒読みはゼロに達した。
 同時に、どどどと音をたててブラスターが火を噴いた。
「うわうわうわ」
 あわ踊りを踊りながらふたりは港側の扉にタックルする。




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