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ヴェーゼ 第6章 前哨戦 3 リーベルG
★内容
3
マシャ暦ドゥード20日。
周囲の闇さえも敵意をはらんでいるようだった。優秀な兵士であれば誰でも感
じる戦場の空気が、木の陰に身を隠しているリエの皮膚に突き刺さっていた。
後ろから誰かが接近してくる気配がしたと同時に、トートの小柄な身体が飛び
込んできた。ネコ族特有の身のこなしと、盗賊という職業に要求される技能のた
め、驚くほど静かな動きだった。
「やっぱりディオル(南)街道はダメだな」トートはヒゲを震わせた。「街道周
辺どころか、少し離れた場所にまで敵兵が網を張ってる。この少人数じゃ、強行
突破するのも難しいぜ」
予想していた言葉を聞いて、リエは小さく頷いた。
「よっぽどガーディアックには見られたくないものがあるみたいね。つまり、絶
対に偵察をしなければならないってことか」
「どうする?一度、ネイガーベンに戻って、もう少し人数を連れてくるか?」
「時間がもったいないわ。それに、6人が60人になったところで、無駄死にす
るだけだし。それ以上だと、あたしが指揮するのが難しくなる上に、隠密行動な
んか望むべくもないわね。ダメよ。何とか、このままガーディアックの偵察を行
わないと」
「そうか」
「あたしが先頭に立つわ。3ヨーブ(約24メートル)後から、追随するように
言って。絶対に勝手な行動は取らないようにね」
「あいつらが素直に言うことを聞けばいいけどな」トートは疑わしげに首を振っ
た。「ま、とりあえず伝えるよ」
トートは音も立てずに後方へ去っていった。
リエは腰に吊った剣の柄に手をかけたまま、前進を開始した。
トートには多くを語らなかったが、ガーディアックの偵察を、これ以上先に延
ばすことができなかった。ネイガーベン都市評議会が派遣した小部隊によって、
ガーディアックが1000人を超える軍隊に占領されたとの報がもたらされた次
の日、リエは赤毛の自由魔法使いパウレンと共に、上空からの偵察を行っていた。
一個師団、約1800人と共に送り込まれた大量の戦術物資、資材は、明らかに
ガーディアックを恒久的な基地とするためのものだった。詳しく観察する間もな
く二人は発見され、銃撃が襲いかかる前に退散せざるを得なかった。
それから5日が経過していた。ムーンゲイトは、156時間間隔で開くことが
できるので、統合軍が時間を無駄にしていなければ、2回目のオープンは昨日だ
ったはずだ。何らかの補給、または増員が行われたことは間違いない。その詳細
を探るとともに、ガーディアックがどのような変貌を遂げたかを確認する必要が
あった。それによって、統合軍のアンストゥル・セヴァルティへの戦略が----少
なくとも、その一端ぐらいは----わかるだろう。
もちろん、リエはそれ以後も、再度の偵察を試みていたが、いずれも失敗に終
わっていた。半分は直前になって心配性の都市評議会から中止が言い渡され、あ
との半分は、統合軍部隊によるガーディアック周辺巡回偵察に阻まれたのだった。
ガーディアックまで、あと数キロメートルの地点まで到達できたのは、今日が初
めてである。統合軍はガーディアックの現状を、誰にも見せたくはないようだ。
戦力を正確に評価できるリエに対してはなおさらだろう。
もっと早い段階で、ガーディアックに守備隊でも常駐させておけば、事情は違
っていただろうし、リエもそうすべきだとは考えていたのだが、統合軍の速攻に
予想を裏切られてしまった。アンストゥル・セヴァルティに送り込まれる前に、
リエが聞いていた噂では、移民が本格的に開始されるのは数年後になるはずだっ
たからだ。地球で、早々に移民を開始しなければならないような何らかの事態が
発生したのかもしれない。
森の中を数分進んだとき、前方で何かの動きを察したリエは、とっさに手近の
木の陰に飛び込んだ。歯の隙間から息を吐き出して、後方にいるはずのトートと
傭兵たちに停止の合図を送る。
その合図が届いたことを確認する術はない。リエは柔らかい草の上に腹這いに
なると、ネイガーベンの市場で買い求めた望遠鏡をポケットから取り出した。2
枚のレンズを組み合わせた簡単な品物である。先端を草の隙間から突き出して、
前方の動きを探る。
最初は暗闇しか見えなかったが、苦労して焦点を合わせていくうちに、草や木
とは別の何かが動くのが見えた。
「リエ」
トートが声をかけた。リエは振り向かないまま、目にしたものを言った。
「前方、ええと6ヨーブに哨戒部隊よ。人数は10人前後。既定からいくと12
人編制のはず。もちろん全員武装しているわ。まだ、こちらには気付いていない。
傭兵たちは、ちゃんと止まってる?」
「一応ね。でも、ぶつぶつ言ってるな」
「でしょうね。とにかく迂回するしかないわ。少し待ってから、東に進みましょ
う」
ネコ族の盗賊が戻っていくと、リエは何とか哨戒部隊の詳しい装備が確認でき
ないかと、望遠鏡を覗き込んだ。結果ははかばかしくなかった。全員がアサルト
ライフルらしい火器を持っていることだけがわかっただけだ。
リエがもっとも知りたいことは、部隊間のコミュニケーション方法だった。シ
グ通信標準プロトコルであるDECONSIP(非干渉制御ニュートリノ・シグ・インタ
ーフェイス・プロトコル)は、シグセンターが必要となる。統合軍は、軍事用シ
グを展開するための、局地専用シグセンターを搭載した戦術支援車両を有してい
るが、ひどく高価である上に、制御できる人数は中隊から大隊程度でしかない。
だが、兵士たちが通信装備を持ち歩く必要がないし、いかなる環境でも明瞭なコ
ミュニケーションを維持することができる。もっとも、原因不明の理由でほとん
ど全てのエレクトロニクス製品の機能が極端に低下してしまうレヴュー9では、
地球のような完全仮想シグサービスを提供することは不可能で、音声信号のみが
かろうじて保証されているにすぎない。
一方、通常電波による通信は、ヘッドセットを装備する必要があり、環境によ
ってはコミュニケーションが断たれることもあるが、通信センターを必要としな
い。野戦用ヘッドセットは、可能な限り単純かつ原始的な部品で構成されている
から、レヴュー9の不可思議な特性による影響を、ほとんど受けることがないの
である。
後ろから草を踏む音が聞こえてきた。リエは顔をしかめて、望遠鏡から目を離
した。トートなら絶対に音を立てるような歩き方をしない。
近づいてきたのは、連れてきた傭兵の一人だった。筋肉で盛り上がった身体は
傷だらけで、動きやすい革のチュニックとズボンを着ている。手には抜き身の刀
を握ったままだ。すぐ後ろにトートがいた。
「リエさんよ」傭兵は不満そうに言った。「相手は12人ぽっちだそうだな」
「そうよ。それがどうかした?」
「あんたにゃわからないかもしれないがな、おれたち傭兵ってのは、臆病者の評
判がたったら終わりなんだよ。たった12人を怖がったなんて言われちゃ、この
先仕事がこなくなる」
「わかってないのはそっちよ」リエはうんざりしながら反論した。「これはガー
ディアックの偵察任務なのよ。余計な戦闘をやってる余裕はないの」
「その12人をやっちまえば、余計な回り道をしないですむだろうが」
「どうしても必要になれば、そうするわよ。今はそのときではないわ」
傭兵は探るような目でリエを見た。
「本当にそうかよ?」
「どういう意味?」
「あんた、元々はテラとかいう世界から来たそうじゃねえか。昔の仲間を殺した
くないんじゃないのか?」
「ルタジ!口を慎め」トートが険しい声で唸った。
リエは小さく溜息をついてから答えた。
「あたしはできれば誰も殺したくないわよ。アンシアンも地球人もね。だけど、
どちらかを殺さなければならないなら、昔の仲間を殺すわ」
「口では何とでも言えるぜ」
「じゃあ訊くけど、こっちの6人で、向こうの12人を確実に沈黙させる自信は
あるの?銃のことは説明したでしょ?1ヨーブも接近しないうちに、穴だらけに
されるわよ」
「やってみなきゃわからねえさ」傭兵は自信ありげに言った。「こっちにだって
弓と矢はある。おれは今まで、4倍の人数を相手にしても切り抜けてきたんだ」
「口では何とでも言えるわね」
「何だと」
「ダメよ」リエは不毛な議論にけりをつけた。「これは命令よ。あんたたちは、
評議会に雇われた傭兵でしょ。評議会からあたしの命令に従うよう言われている
はずよ。さっさと戻って、あたしの合図があるまで待機していなさい!」
傭兵はバカにしたように鼻を鳴らしたが、それ以上逆らうことなく後ろへ戻っ
ていった。リエはトートと顔を見合わせた。
「トート。あいつらが勝手に動かないように見張ってて」
「全く」トートは毒づいた。「傭兵なんて、ろくなやつがいねえ」
「行くわ。少し待ってから後をついてきて」
リエは木の陰から出ると、方向を変えて進み始めた。
森の中の冷たい空気が心地よかった。地球には、もはやこのような自然の森は
存在しない。あるのは各種植物のゲノム情報と、シティ内の植物園で細々と生き
ている数種類の樹木だけだ。地球から億単位での移民が開始されたとき、地球人
はまたしても森林を科学技術で制圧しようとするのだろうか。
少し歩いたリエは、立ち止まって前方の気配を探った。特殊部隊では、普通の
人間なら見逃してしまうような些細な情報から、戦場の全体像を構築できるよう
に訓練される。リエが受けたのは都市戦を中心に想定された訓練だったが、基本
は同じである。不慣れな点はガーディアックに駐留している統合軍も同じだ。
そのとき、左後方で何かを叩くような音が響いた。続いて、リズミカルに連打
する音。銃声である。
同時にトートが走ってきた。もはや隠密性を気にしてはいない。
「リエ、すまん!やつらが、勝手に敵に近づいていった。止めようとしたんだが」
トートの言葉の間にも、ライフルの連射音が重なって聞こえた。リエにとって
は聞き慣れた.56ミリ・ケースレス弾独特の発射音である。
「あのバカどもが」リエは罵った。「行くわよ」
リエは剣を抜くと、森の中を走った。