AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 2 リーベルG


        
#4669/5495 長編
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ヴェーゼ 第6章 前哨戦 2 リーベルG
★内容

                 2

 他の2つの塔と同じく、白の塔も高さ15ヨーブ(約120メートル)の細く
優雅な円錐型を、マシャ暦元年から変わらず保っている。塔の頂上には、底部の
半径よりも大きな球が載っているが、接している部分は人ひとりが通れるだけの
太さしかないので、少し離れた場所から見ると宙に浮いているように見える。こ
のおよそ建築の常識を無視したとしか思えない塔が建っていられるのは、もちろ
ん強力な魔法のおかげである。
「空球」と呼ばれる、半径2ヨーブの球は、塔の長が住まう場所となっている。
塔全体に関わる重要な儀式等を行う他に、長以外が足を踏み入れることはほとん
どない。空球は、あまりにも長い間、強力な魔法の干渉を受け続けていたため、
それ自身の意識を持つようになっている。
 認めるのは悔しいことだったが、キキューロは細い螺旋通路を昇る足が、畏敬
と不安とで細かく震えているのを意識していた。止めようとしても止めることは
できなかった。この高さまで昇ると、塔の長が放つ波紋、空球の防衛結界、昼夜
を通して空球を警護する「防球団」に属する魔法使いたちの魔力が、複雑にから
み合って身体を通り抜けていくので、精神と肉体の均衡が微妙にずれてくるので
ある。
 さすがに世界を統べる塔の主だけのことはある、とキキューロは気を引き締め
ざるを得なかった。彼が秘かに信奉するシャリキーンの灰色魔法をもってしても、
果たして対抗しうるかどうか微妙なところである。一対一であれば、どの塔の長
に対してであっても負けるとは思わなかったが、三対一となれば万に一つも勝ち
目はないだろう。キキューロがリエの強力な魔法を確保したい第二の理由が、こ
れだった。第一の理由は、むろん厄介な敵をもう一人増やしたくないからである。
 螺旋通路の終点に着くと、シバゴニシャは静かに呪文を唱えた。空球の底部が
円形に切り取られたかと思うと、次の瞬間、二人の身体は柔らかな絨毯の上にあ
った。周囲は薄暗く、ほとんど何も見えなかったが、暖かく快適な空気がゆっく
りと循環している。
「ガーディアック・キャビーン長シバゴニシャ、キャビーン官キキューロ、参り
ました」
「ご苦労でした」
 柔らかな女性の応えとともに、周囲にたそがれ色が満ちた。
 キキューロの目の前に、白い大理石のテーブルが無造作に放り出したように置
かれていた。二人の男性と一人の女性が向こう側に坐っている。シバゴニシャに
応えた女性は、30歳のキキューロと同年代で、大理石と同じ色のチュニックを
着て白のマントをつけていた。片方の初老の男性は夜の色のマントを、もう一人
の若い男は燃えるような赤いマントを、それぞれつけていた。
 この三人が魔法使い協会を、つまり事実上、アンストゥル・セヴァルティを支
配する、三つの塔の長たち----赤の塔の長ハイン・ロザルサン、白の塔の長シャ
リス・レワーディ、黒の塔のムジェリ・ボルス・タークであった。
 普通の魔法使いが、この空球に足を踏み入れることを許されたとしたら、圧倒
的多数を占める考えは、いつかここに定住したい、というものになるだろう。キ
キューロの場合は、この球状の部屋を派手な炎と大音響とともに吹き飛ばしてや
ったら、さぞかし気分がいいだろうなあ、という不穏な考えだった。彼の考える
支配は、空球の定住権を譲渡されるような穏やかなものを想定していない。空球
に象徴される権威など無用である。
 それでも、好奇心から室内をぐるりと見回したキキューロは、第一印象ほど室
内が豪華でもなければ、居心地がよいわけでもないことに気付いた。その理由は
すぐにわかった。空球の内部に満ちる波紋は、塔の長のそれと同調しており、キ
キューロのような部外者は、小刻みに揺れ続ける小舟に乗っているような気分に
させられるのである。
「ガーディアックを、他の世界の軍隊が占拠したそうですね?」シャリスが訊い
た。
「はい」シバゴニシャが重々しく答えた。
「状況を詳しく説明してもらおう」黒の塔の長ムジェリが要求した。
「かしこまりました。まず……」
「申し訳ないが、キャビーン長どの」赤の塔の長ハインが静かに遮った。「報告
は、実際に現地を見たキャビーン官からしてもらいたい」
 シバゴニシャは驚いて、まじまじとハインを見つめたが、すぐに頷いた。
「かしこまりました。それでは、キャビーン官キキューロから報告を」
 キキューロはハインの顔を見て、その意図するところを読みとろうとしたが、
無表情に近い色を確認できただけだった。ハインはキキューロよりもかなり若い
が、魔法使い協会の地位は年功序列ではなく、純粋な実力本位制なので不思議で
はない。ただ、通常は実力を獲得するために、長年の修養が必要となり、長老候
補になったときには人生の半分を終えているという場合が多いのだが。
 心に秘めたる不穏な野望を感知されたか、と一瞬不安が走ったものの、冷静に
考えれば証拠は何もないし、わざわざ危険な男を呼び出すこともないだろう。キ
キューロは命ぜられた通り、ガーディアックについての報告を行った。
 一通り説明が終わると、長老たちは三者三様の表情で考え込んだ。
「まだ動きはないのですね?」シャリスが確認した。
「昨日の夜の時点では何もありません」
「その後のリエの動きは?」
「ネイガーベンから出ていないことは確かです。それ以上のことは不明ですが、
おそらく自由魔法使いパウレン他数名とともに、評議会委員ミリュドフが保護し
ているものと思われます」
「パウレンは、ガーディアック事件のとき、最初に協会に警告を発してくれた魔
法使いだ」ムジェリが、腑に落ちない顔を向けた。「今は協会の敵に回っている
ということか。大した魔法使いだ」
「彼女は自由魔法使いですよ」ハインが指摘した。「それに、パウレンが協会に
属していたときは、確か黒の塔で修行をしていたのでしたね?」
「だからどうだというのかね、ハイン・ロザルサン」
 二人の長は束の間睨み合った。室内の波紋がぐらりと揺れ、すぐに平常に戻る。
「キャビーン官キキューロ」シャリスが呼びかけた。「聞くところによれば、貴
官とパウレンとは、まるで知らない間柄ではないとのことですね?どうでしょう、
貴官からパウレンに、要請の手紙を出してみては」
「リエを差し出せと?いえ、それは無理でしょう。ネイガーベンからは、協会の
魔法使いは一斉に退去させられており、連絡は都市評議会を通じてしか行うこと
ができません。どのような手紙を出そうとも、評議会が検閲することは間違いあ
りません。手紙がパウレンに届くことはないでしょう」
「なるほど。しかし、魔法的な手段で評議会を通さずに送ることは可能だろう」
 ムジェリの問いにも、キキューロは否定的な答えを返した。
「残念ながら、通常の魔法的手段では、必ず魔法監視官に探知され、阻止される
でしょう。監視官の阻止能力以上の力を用いれば、必然的に大きな魔法……そう
ですね、14級から16級の魔法になってしまいます。そんなことをすれば、ネ
イガーベンに対する敵対行為となりかねませんよ」
「貴官の提案を聞こう」ハインが言った。「リエに対しては、どのような方策が
適当だと思うかな?」
 キキューロは、ちらりとシバゴニシャを見た。不安そうな表情だった。キキュ
ーロが、無謀な提案をしはしないかと気を揉んでいるのだろうが、あいにくキキ
ューロは老人を安心させてやるほどの親切心を持ち合わせていなかった。
「ごく少数の精鋭部隊によるネイガーベンの潜入作戦を提案いたします」
 その言葉に驚いたのは、シバゴニシャだけだった。三人の長たちは、あらかじ
め予想していたような視線を交わしただけである。
「詳しく説明しなさい」シャリスが命じた。
「ネイガーベンの都市としての防御能力は、非魔法的な武力に対しては随一です。
が、これまで盟約によって魔法的な侵攻を心配する必要がなかったため、そちら
の方面に関しては、多少不備が見られます。おそらく4名から5名の熟練した魔
法使いであれば、魔法監視官に見咎められることなく侵入することが可能だと思
われます」
「侵入してからは?」
「分散して情報を収集し、リエの居場所を突き止めます。これは別に魔法を使う
必要もなく、多少の金があれば成し得ることです。どこの街にでも、そうした情
報の売買を仲介する者はいます。場所がわかれば、機会を見つけてリエを拉致す
るだけです」
「簡単そうに聞こえるね」ハインが初めて笑みを見せた。
「困難であるのは人選だけです。次の質問にお答えしましょうか?ええ、私なら
潜入部隊を組織して、任務を遂行する自信があります」
 シャリスがくすりと笑った。
「狡猾なコヨーテのような男ですね、キャビーン官キキューロ。実は、あなた方
を呼ぶ前に、我々も同じ結論に達していたところです。ただし、ひとつだけ付け
加えることがあります。潜入部隊とマシャとの関係は、完全に切り離しておかな
ければなりません。つまり、万が一、ネイガーベンで捕らえられた場合、即座に
命を断たねばならないことを意味します。同じ理由で、ネイガーベン潜入以後は
市内で一般的に使われている生活魔法以上の魔法を使ってはなりません。それで
も、貴官はこの任務に志願しますか?」
「もちろんです。必要な呪いをかけて下さって結構です」
「よろしい。では、この任務を正式に命令します」
 その言葉と同時に、三人の長たちが椅子から立ち上がった。キキューロは、う
やうやしく膝をついた。
「白の塔の魔法使いキキューロ。貴官のガーディアック・キャビーンとしての任
を解く。かわって貴官を新たなキャビーン長に任命する。キャビーンの名は、リ
エ・キャビーン。また、本キャビーンの特殊性に鑑みて、三塔統括会議の直下に
属し、長老会を通した通常のキャビーンとは独立したものとする。この任命を受
け入れますか?」
「謹んで受領いたします」
「人選は一任します。出発前に、全員に呪いをかけますから、出頭するように。
計画の細部について、逐一承認を求める必要はありません。協会が求めているの
は、結果----それもよい結果だけです。よろしいですね?では、お二人ともご苦
労さまでした。下がって、それぞれの任務に精励してください」
 こうしてキキューロは、キャビーン長の地位を得ることになった。本来なら、
ガーディアック・キャビーンの任務として追加されるのが慣例であるから、大抜
擢であるといえる。もっとも、長たちにしてみれば、切り捨てても害の少ない魔
法使いを選んだにすぎないのだろうが。おそらく、キキューロがネイガーベン当
局に拿捕されるか、そうなる可能性がある、というだけでも平気で命を断つにち
がいない。
 それがわかっているから、シバゴニシャも驚いてはいても、不服には思ってい
ないようだった。むろんキキューロは、協会などに自分の生殺与奪権を預けるつ
もりは毛頭ない。
 思ったより早い再会になりそうだな、リエ。キキューロは心の中で呟いた。





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