AWC そばにいるだけで 30−5   寺嶋公香


        
#4664/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/11/30  10:16  (200)
そばにいるだけで 30−5   寺嶋公香
★内容
 それにしても、来年もアニメ番組『フラッシュ・レディ』シリーズが続いて
いたら、またやる羽目に陥るに違いない。純子達が三年生でもお構いなしに。
 正式スタートまであと二十分となった時点で、手前の廊下で賑やかな声が響
いた。すぐに分かる、白沼とその御一行だと。
 その声はドアを開ける段になって、不意に静かになった。
「おはようございま……す」
 しおらしく言いかけていた白沼だったが、挨拶の言葉は尻切れとんぼとなり、
代わっておおっぴらに吹き出し始めた。
「似合ってるわねえ!」
 と、純子の方を指差しながら、お腹を抱えて笑う。遠慮がないと言うよりも、
白沼自身の緊張感が一気にほぐれてしまったという感じだ。他の茶道部部員は、
どう反応したらいいのか困っている様子。
「今さら、そんなに笑わなくたって。見たことあるくせに……」
 純子は不平一杯に唇を尖らせた。
 続いて相羽が穏やかな調子で口出し。
「去年の運動会で仮装したときの写真を後輩に見てもらおうか、白沼さん? 
あのときはみんながみんな、よく似合っていたと思うよ」
「もー。そんな意地悪言わないでちょうだいよ」
 いつもは背筋を伸ばして毅然としている白沼が、心なしかふにゃふにゃとし
た身振り手振りになって、相羽を叩くポーズを取った。
 茶道部は本来の出し物も部室で用意している。にも関わらず、部長の白沼自
ら家庭科室に出向いてきたのは、相羽目当てに他ならない。
「とにかく、騒いでいたら準備が遅れる。僕から言い出したことだし、協力し
合って成功させたいんだ」
「はぁい。仲よくやりましょ」
 あからさまに甘えた声になる白沼。
 このままではいけないと危機感を覚えたのか、富井と井口は互いに見合って
うなずくと、遅ればせながら相羽へと接近。
「何でも手伝うから、遠慮なく言ってよ」
「相羽君がお客集めしやすいようにするには、どうしたらいい?」
 三人から我も我もと声を掛けられ、相羽は辟易した風に天井を見上げた。熱
意は嬉しいけれど、事態がちっとも進んでいない。ありがた迷惑というやつだ。
 口で注意するのをあきらめた様子の相羽は、助けを求める視線を町田に送っ
てきた。
 町田は面白いアトラクションを終わらせたくないようだったが、責任者の立
場を優先した。「やれやれ」とつぶやいてから大きく手を打つ。
「一つ、リハーサルをやってみようか。お菓子とお茶。注文を受けてから、そ
れぞれを出すタイミングがうまく重なるかどうか。手際のよさが勝負だからね」
 白沼、富井、井口の三人は静かになり、調理部の一年生や茶道部の他の面々
はほっとした表情をなす。
 純子も安堵したのは言うまでもない。
 ただ、これから仮装姿で営業に精を出さねばならない運命には変わりない。
物憂いため息が再び出るのに、時間は掛からなかった。

 幸い、天候は昼前には回復の兆しを見せた。風、雨ともにやみ、気温もそこ
そこある。あとは墨絵の世界を思わせる黒雲が鬱陶しいだけだ。
(二人きりっていうのは、気が引ける)
 純子は心持ち肩身を狭くして、隣を歩く相羽を横目で見上げた。図書室前の
廊下は、文化祭中と言えども静寂に包まれている。
 純子と相羽は、同時に営業宣伝係から解放された。一年生だった去年と違っ
て、二年生部員が一度に家庭科室を離れるわけにいかないため、現在、お役目
がない調理部部員の二年生はこの二人だけ。
「相羽君、誰か男子と約束してないの? 一緒に回るっていう……」
「はっきりとは」
 首を横に振る相羽。詰め襟が当たって気になったか、喉元を触った。
「他の連中も色々忙しいみたいだから、具体的に何時にとは決めにくくてさ。
成り行きでいいだろうってことになったんだ」
「そう」
「そっちこそ、どうなの?」
 お腹の辺りの高さから手をくいっと横に曲げ、指差してくる相羽。
「富井さん達とは無理でも、遠野さんや前田さんが」
「私も具体的には何にも」
 ゆるゆると頭を振った。
(見て回る元気があんまり出ないんだもの……。できれば今だって、眠りたい
ぐらい)
 鷲宇憲親はさすがにカリスマを有すだけある。こと音楽に関しては完璧主義
者だと、前々日まであった歌のレッスンにて純子は思い知らされた。喉を痛め
ずに済んでいるのが奇跡じゃないかと感じるほど厳しい、密度の濃いものだっ
た。
「エスケープ」
「……うん?」
 相羽の口から急に飛び出した単語に、純子は遅れて反応した。まん丸に見開
いた目で、じっと見つめる。
「みんなには悪いが、無理してまで回ることない。だから、エスケープしよう」
「何が『だから』よ」
 階段の途中、足を止めて純子は両拳を握った。
 そこへ笑顔とともに指摘がなされる。
「お客集めが終わったあと、短い間だったけれどぐったりしてたろ? 今もし
んどいって顔に書いてあるよ」
「……」
 拳を解くや、思わず、両手で顔を押さえた純子。手の位置をぱたぱたと変え
て、まるでおしろいをはたくときの仕種だ。
「本当に?」
「目立つほどじゃないけれど、普段の顔――僕が知ってる純子ちゃんの顔に比
べたら、よくない……かな」
 断定は避けた相羽。それから純子から顔を背けるように、階段右手の大きな
ガラス窓へ目をやる。
 中庭の様子が見渡せた。砂利が敷き詰められた中、植え込みの緑に水滴が。
風がやんだ今、のんびりと乗っていられるのだろう。雲間を縫ってほのかに差
し始めた陽を、精一杯受けてきらきら光っている。
「天気、よくなりそうだね」
「え、ええ」
 つられて外を眺めていた純子は、振り向いた相羽にどぎまぎしてしまった。
 視線をずらして、景色に集中しているかのように振る舞う。
「――ほんとね。池がまぶしい。あ、波紋が広がって……」
「……」
 相羽もしばらく見つめていた。純子の表情を。
 先に歩き出したのは純子。
 階段を下るにつれ、文化祭のにぎやかさがくぐもった音で届き始めた。校舎
の壁や天井、床に反響して増幅される。
「疲れてるんだったら、静かな場所にいるのがいいんじゃない?」
「うーん……」
 迷いが生まれた。ささやかな自由時間が終われば、また調理部で動き回らな
ければいけない。
「見て回るなら、そこの角を右。休むのなら左」
「……相羽君はどうするの?」
 決めかねたせいもあって、純子は相手に話を預けた。足はいつの間にか、再
び止まっていた。
「君が休むのなら、邪魔にならないようにどこかに消えます。見て回るんだっ
たら、やっぱり邪魔にならないようにするけれど」
「……ありがと」
 軽く笑んで、答える純子。
(一緒にいてくれていいのよ。いてほしいぐらい)
 心の中でそう唱えて。
 いや、よっぽど声に出そうかと思った。色んな友達の顔が浮かんで、少なか
らずためらってしまった。
「私――」
 純子がちゃんと返事しようとしたその折も折。
「あ! こんなところにいやがった!」
 唐沢と勝馬の胴張声が重なって飛んで来た。そちらの方を振り向けば、長瀬
を加えた三人の姿があった。唐沢は駆け足、勝馬は追うように小走り、そして
長瀬は最後尾を歩いている。
 相羽は手を小さく挙げて呼応した。
「よっ。案外、揃ってるじゃないか。時間、うまく行ったんだな」
「まあな。ただ、立島は例によって、あれだとさ。うらやましい限り」
 珍しくも気取った風に目配せする勝馬。秘密めかした言い方に、相羽も純子
も即刻察しが付いた。
「俺としても、馬に蹴られたくはないからなあ」
 こちらは冗談めかす長瀬。続けて、非難口調になる。
「ところで、何してたんだよ。全然見かけないから探してたんだぜ」
「その通り。何人もの女の子達が入れ代わり立ち替わり誘ってくるのを泣く泣
く断って、友情を取った俺に対して、おまえと来たら、この仕打ちか」
 あとを引き取ったのは唐沢。大げさな表現が混じっているものの、あながち
嘘でもあるまい。
「こんな隅っこにいて、何か面白いか?」
「着替えるのに手間取っただけさ。――涼原さん、じゃ、またあとで」
 相羽に言われて、一瞬、突き放されたような寂しさを覚えた純子。
 でも、その直後に真意を感じ取る。
(――そんなに休ませたいの?)
 自然と緩んでしまう頬を、両手で押さえた。
「何で? 一緒に行こうぜ、すっずはらさん」
 唐沢が誘ってくれている。
「友達と約束があるんだってさ」
 相羽が嘘をついてくれた。
 どういう態度を取るべきか迷う純子に、唐沢が小学生みたいな口ぶりで念押
ししてきた。
「ええーっ。どうしてもだめ? 寂しいな、ボク」
「あの、どうしてもってわ――」
「寂しくないだろ。女の子達が待ちかねてるって言ってた」
 純子の台詞に覆い被せる形で、相羽が言う。
 続いて長瀬と勝馬までが、冷やかす風に始めたので、唐沢は顔をげんなりさ
せた。そしておもむろに純子へ向き直り、一転して真摯な表情をなす。
「残念だが仕方ない。涼原さんがいるといないとでは大違いだが、我慢しよう。
次の機会を楽しみにしてるぜ」
 話している中途で、純子の手を取り、喉元ぐらいの高さまで持ち上げる。
「え、ええ」
 弱ったなあと苦笑いをしつつ、純子はうなずいた。
「それぐらいにしとけよ、唐沢ぁ」
 いつまでも手を握っている唐沢の肩を、右から長瀬、左から勝馬が引っ張る。
 ずるずる引きずられながらも「またね〜」と手を振る唐沢に、純子は苦笑し
たまま、やはり手を振って応じた。
「じゃあね」
 歩き出した相羽が肩越しにウィンク。意識的に行ったものかどうか、さまに
なっている。
「うん」
 短いやり取りをしたあと、左右に別れた。
 鳥の鳴く声が聞こえた。窓を見れば、高く飛ぶ姿があった。午後からは晴れ
渡るだろう。

 本来の意味でのエスケープをする元気はなかった。
 だから、普段滅多に行かない場所――屋上に出ることで代用としておく。
 クリーム色した大きな丸タンクを頂く出入口。重い重い扉は緑。ノブを回し
て、右肩から当たるように押し開けた。
 周りの空気が変わったような気がする。温度差は顕著でなくても、湿度が明
らかに違う。不快な湿気りではない。しっとりした、落ち着きを醸し出す、雨
の置き土産。
 純子は屋上に出ると、音を極力立てないように、扉を支えながらそろりそろ
りと閉めた。
 かちゃっ。
 かんぬきの戻る音が、喧騒から隔絶されたという安心感をもたらす。息をふ
うと吐いた。
 空を見上げてから、まずは深呼吸。香ってくるのは金木犀の花からの贈り物
か。こんな高い位置まで届くなんて、凄い。
 時間を掛けて目線を戻す。
「座れないか。残念」
 当たり前ではあるけれど、雨上がりの屋上の床にはそこかしこに大小の水た
まりができており、腰を下ろすようなスペースは全くなくなっていた。
 あきらめて、純子は散歩のつもりで辺り一帯をじっくり見て回った。無論、
水たまりを避け、そうっとした足取りで。
 校舎全景が見下ろせる側に来ると、フェンスの棒を握りしめた純子。転落事
故防止のための物ではあるが、背の高い金属製の縦縞フェンスは、はっきり言
って眺望を妨げている。もうほんの少しでいいから、格子の間隔を広げてほし
かった気がする。
 純子の視界には、数羽の鳥の群れがあった。音頭を取る役がいるのだろうか
と思えるほど、見事に揃って旋回し、弧を描く。
「飛べたら、きっと気持ちいい」
 自分が飛べるようになったわけでもないのに、空中を高く飛行する様を想像
するだけで何故かしらうきうきして、自然と微笑みがこぼれてきた。

――つづく




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