AWC 思い込みの完全 3   永山


        
#4620/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:32  (200)
思い込みの完全 3   永山
★内容
 鼻を鳴らした谷中に、飛井田は急襲をかけてきた。
「その葉書、ありますか。できたら見せてもらいたいのですが」
「ああ、だめだめ。すまないんだが、私は時候の挨拶の類は、よほど恩ある人
から以外は全て捨ててしまう。入山君からの葉書が、そんなに大事なんですか」
「ま、自殺の判断を補強する材料として、有力かもしれない。その程度のこと
ですんで、気になさらないでください。えっと、次の質問に移りますが、よう
ござんすか」
「どうぞ」
「仮の話ですが、入山さんに殺されるような理由、何か思い当たりませんでし
ょうか」
「な、に」
 しゃっくりのような返事をしてしまった。これは演技ではない。本当に驚い
た。完璧に自殺に見せかけたつもりなのに、警察はどうして他殺の可能性を考
えているのか。
「どうしました?」
「い、いや、飛井田さんが意外なことを話すものだから……さっき自殺と仰っ
たじゃないか」
「断定してはおりません。自殺以外の可能性となると、当然他殺になる。その
線を調べるのは常道でしてね。積極的な根拠はないんです。どうか、お気を悪
くしないでください」
「それならいいんだが」
 心の内で安堵してから、谷中は言うべき台詞を探った。
「そうだね……これといってないな。最近の彼女に会った訳じゃないし。学生
時代も、私が多忙だったとは言え記憶に残ってないということは、恐らく凡庸
な子だったんだ」
「そうですか。ふむ、面白いもんですな」
「面白いとはどういうことで?」
「入山さんのご友人達の話を聞いて回ったんです。彼女の印象をね。明るくて
積極的で派手。少しばかりうるさいぐらいだったとか、計算高い一面があった
とか」
 谷中は顎を引き、考える時間を作った。程なくして閃き、表情を明るくする。
「教師の前と普段とでは違う。よくあることだ」
「それは分かりますよ。でも、引っかかるんでさあ。さっきの友人連中、入山
美憂は自殺するようなタイプではないと口を揃えてる」
「他人の心は覗けんよ。それに性格なんて変わるもんだ」
「谷中さんのご専門は心理学じゃなかったでしょう」
「一般論を述べたまでだよ、飛井田さん」
 太股の上で両手を組み合わせ、悠然とかまえる。この分なら楽勝だと思った。
 飛井田の方は、自らの額を手の平でぺたぺた叩きながら、うめくような声を
発した。
「論理は論理で尊重しますがね、現実ってやつは厄介でして。どうにも辻褄が
合わない」
「ほう。どんなことで」
「聞いてくれます? 私が見るところ少なくとも二つ、自殺にしてはおかしな
点がある。一つ目は、入山さん家の冷蔵庫、食べ物でいっぱいだったんですよ。
しかも日付を見れば、自殺したその日に買ったことが分かった。これ、どう思
います?」
 大げさな身振りで手の平を返し、指先を向けてきた飛井田。
 谷中は両手を解くと、今度は足を組んだ。その間に考える。
「……なるほど。死ぬつもりの者が、何日分も食料品を買い込むはずがない、
と言いたい訳だ」
「そうです。変でしょう」
「買い物のあと、自殺する理由が発生したんじゃないかね。発作的と言っても
いいかもしれない」
「それは仲間内でも話しましたよ。だけど、遺書を書く冷静さがあるっていう
のがねえ、何かしっくり来ない。ま、いいです。二つ目の不審点に行きましょ
う。部屋の明かりが消されてたんです」
「何?」
 身を乗り出すと同時に、犯行当夜のことを必死に思い起こす谷中。
 飛井田は斜め上を見つめながら、淡々と続けた。
「入山さんが死んだのは、午後九時から十一時までの間と思われます。電灯を
点けて当然の時間帯なのに、彼女は真っ暗な部屋の中で死んでいた」
「待ってくれ、飛井田さん。それは早計というものだ。暗闇で死を迎えたいと
願う者はいくらでもいるだろう。自分の死に様を人の目に触れさせたくない、
そんな気持ちが働いて」
 谷中の主張に飛井田はゆっくりと首肯した。
「ええ。実際、暗がりの中で死んだ自殺者の例を、私はいくつか知っています。
ただですねえ、彼らは皆、刃物以外の方法を採っていました。薬や首吊り。あ、
かみそりで手首を切った子もいましたがね。今回の入山さんみたく、刃物で心
臓を一突きしようと思ったら、明るい方がいいでしょう。狙いが外れると、苦
しみが増しますからね」
「狙いを定めてから立ち上がり、電気を消した……というのは馬鹿馬鹿しいか」
「まあ、そうなります」
 うなずいてから、飛井田は目を激しくしばたたかせた。そして顔を谷中へと
向ける。目が見開かれていた。
「おや。今、『立ち上がり』と仰いましたね。どうしてそんなことを?」
「ん? 何も不思議ではないだろう。座った姿勢で胸元に包丁をあてがい――」
「立ったままあてがってもいいんでは?」
「それは、私には切腹のイメージがあったからだよ。詰まらないことで揚げ足
取らないでもらいたい」
 強い調子で言う谷中に対し、飛井田は頭を下げた。
「すみません。私に限らず、刑事ってのは小さなことが気になる質でして。も
う一つ、揚げ足を取らせていただきたいんですが」
「何だね、言ってみろ」
「どうして包丁だとご存知なのですか? 入山さんが自殺に使った刃物が包丁
だと」
 畳み掛ける口調と下から押し上げるような鋭い視線に、谷中は一瞬、身体を
引いた。だが、咳払いをして精神を平静に保とうとした結果、新聞記事を思い
出した。
「嫌だな、飛井田さん。新聞に出ていましたよ。私を試したつもりですか、お
人が悪い」
 喋り終えてから、急に丁寧な言葉遣いになったのを悔やむ。プライドに傷が
付いたという以上に、目の前の刑事に不審がられるかもしれない。
「いや、本当にすみません。その通り、マスコミ向けに発表しています。謝り
ます」
 しかし飛井田は低姿勢のままだった。何ごともなかったかのように、へらへ
らと笑っている。
「お気を悪くしないでください。ついつい、調子に乗ってしまって。いやあ、
谷中さんはテレビの討論番組なんかで、なかなかの論客ぶりを発揮されてます
でしょう。あの印象が強かったんで、私、挑戦してみたくなったんですよ。う
ーん、お恥ずかしい」
「テレビは……ある程度の準備ができるから」
「ああ、なるほど。今日は事前に電話をしたとは言え、奇襲攻撃みたいなもん
でしたからねえ。ご迷惑をおかけしました。これぐらいで終わりましょう。時
間も多少オーバーしている」
 腕時計を見やる飛井田。谷中も室内の置き時計で確かめると、三十分近く経
過していることが分かった。
「そうか。参考になっただろうか?」
「もちろん。はっきりした結論が出たら、ご報告しましょうか」
「ぜひ」
「では、またお会いする日を楽しみにさせてもらいます。失礼します」
 急にばたばたして立ち上がると、飛井田は挨拶もそこそこに玄関へ向かった。
「このあと会う人との約束の時間が迫ってるんで。次はゆっくりとお話しした
いもんです」
「私も同感だよ」
 笑顔を作って送り出すと、谷中は重い扉をしっかりと引いて、鍵を掛けた。
(警察の力ってのは、あなどれんな)
 嘆息してから、鼻の頭をひとこすりした。どこかほっとしていた。

「早く報告書をまとめろって、うるさいんですが」
 同僚のそんな言葉をうるさがるように、片手を振る飛井田。自分の机に肘を
突いて、電卓で計算をしている。
「入山美憂、借家とは言え、いいところに住んでたよな」
「まあ、そうですね。退職金や貯金をかき集めて、借りたんですかねえ。職を
なくしたばかりってときに、どういう生活設計をしたのやら。って、そんなこ
とよりも報告書を。そろそろ取りかかってくれと」
「月々の支払いをどうしていたのか。フリーターの稼ぎなんて不安定だろ。そ
の割には、高価な衣服があったそうじゃないか。そんな贅沢ができるのかね」
「水商売の方に足を突っ込んでたんじゃないすか?」
「じゃあ、その証拠を見つけてきてくれよ」
「そんなの……ありません」
「納得できないねえ。他殺の可能性ありと見た」
「でも、遺書の筆跡が間違いなく入山本人の字と確認されて、一件落着」
「簡単に片付けようとしないで、もうちょっとじっくり考えよう。今日は検案
書が正式に出るんだろ」
 そう言った矢先、グッドタイミングで検死報告が届いた。
 飛井田は「こちらから出向くつもりだったのに、悪い」といつもの台詞を言
い捨てながら、書類に見入る。
「ためらい傷はなし」
「ないからと言って、自殺じゃないとは限りませんよ」
「分かってるよ。珍しく口うるさいな。えーっと、暴行や薬物残留の痕跡も認
められず。お、ただし、左上腕に青い痣、左右の手の平に包丁で切ったと見ら
れるかすり傷があったそうだぞ」
「その事実から、何が引き出されるんでしょうか」
「まだ考えているところだよ。若い奴ってのはせっかちだね。――何だ? 右
眼にのみコンタクトレンズをはめていた、だと。おい、古村(ふるむら)君。
現場にコンタクトレンズに関するものは、どうだったっけな」
「えっと、確か」
 記憶に頼ろうとした古村だったが、結局あきらめ、手帳を開く。
「保存液とケースは見つかっていますね。ケースの中は空」
「入山美憂は片目だけ極端に視力が落ちていた、なんてことではないんだな」
「そのようです」
「もう片方のレンズはどこかで落ちたんだ。ひょっとしたら、現場に転がって
るかもしれんな」
「……飛井田さん。落としたとしたら、もう自宅の中で決まりです」
 古村の表情が真剣味を帯びた。
「入山さんの当日の行動は、買い物をして自宅に戻ったところまで裏付けが取
れています。外で落としたのなら、のんびり帰って来るはずありませんよ!」
「そうだな。いや、待てよ。こんなこと考えたくないが、遺体搬出の際に、ぽ
ろっと取れてしまったなんてことだったら、洒落にならない。その辺り、きち
んと調べてもらおう」
「分かりました。早速伝えます」
「そういったミスもなかったら、あの家の中にあるに違いない。しかもそれは、
遺体のすぐそばに落ちていた訳ではない。客間は徹底的に調べたのだから、見
落とすはずがない。落ちているのは、死んでいた現場ではなく、よその部屋だ」
「ですね。はなから自殺と信じてましたんで、他の部屋には掃除機かけません
でした」
「コンタクトを片方だけして、自殺する者がいるだろうか? そりゃ、いない
とは言い切れん。だが、不審点はこれで三つ目だ。冷蔵庫の食料、電灯、コン
タクトレンズ。遺書の折り目を入れたら四つになる。他殺の方向で本格的に調
べる必要がある。絶対に」
 決意を新たに固めた目つきで、飛井田は強く言い切った。
 その日の内に、入山美憂宅の台所、流しの排水孔に掛けられたごみ取りネッ
トから、コンタクトレンズのもう片方が発見された。照会の結果、入山の左眼
用の物に間違いないとの判断が下った。

「またあなたですか」
 ため息混じりに言う若島貴藤(わかしまたかふじ)に、飛井田は愛想笑いを
返した。いそいそと近付く。
「お忙しいところを、すみませんね。その上、お待たせしてしまって」
 喫茶店は閑散としていた。裏通りにあるせいだけでなく、昼下がりの中途半
端な頃合いだからだろう。空席が目立つため、暖房の効き目が弱いような気さ
えしてくる。
「幸か不幸か、大して忙しくないんですよ。こうして正々堂々とさぼれるのは
ありがたいですけどね、精神衛生上」
 本気ともどうともつかぬ物腰で、若島は吐き捨てた。よほどストレスが溜ま
っているのか、乱暴な所作でホットコーヒーを口に運び、ソーサーに戻す。
 飛井田もコーヒーをウェイトレスに注文してから、本題に入る。
「これはまだ発表されてませんが、入山さんの死に他殺の疑いが出て来まして」
「へえ。それで俺が犯人だと思った訳ですか」
「違いますよ。まだまだ取っ掛かりを探している段階で。若島さんに教えても
らいたいのは、入山さんを殺害する動機のある人物についてです」
「とか言って、俺を疑っていると。何せ、美憂の元彼だもんな。別れて一年も
経って、どうこうしようなんて思う訳ないのに」
 投げ遣りに言って、薄ら笑いを浮かべた若島。こうなってくると、スーツ姿
もだらしなく見えてくる。
「お望みなら疑ってもいいですよ。まあ、そういうのは抜きにしても、今月の
二十日、夕方頃から何していたか、教えてくれませんか」

−−続く




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