#4608/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 9/30 12: 4 (180)
そばにいるだけで 28−6 寺嶋公香
★内容
新学期になって、最初の美術の授業は自習になった。これまでの先生が出産
休暇を取るためだ。代理の先生は間に合わず、来週からになったとのこと。
自習は、やることを特に指定されず、ほとんどレクリエーションの時間と化
していた。
そんなとき、白沼の希望により、相羽の出番となる。
十数分後−−相羽はカードをひとまとめにして、片付けにかかっていた。白
沼からだけでなく皆に請われて始めたトランプ手品の披露が終わったところだ。
が、クラスメートは彼をすぐには解放しない。「もっと見せて」「他にない
のか」と催促が矢のように飛ぶ。
「持ちネタがなくなってしまうから、気が進まないんだよ」
そう言いながらポケットへ滑り込ませようとしていたカードを戻すと、勢い
余ったか、上の方の数枚が裏向きのまま、机に散らばった。
それらをかき集めようとする素振りを見せた相羽は、ふと口元をほころばせ、
手の動きを止める。
「よし、これがいい」
短くつぶやき、カードを裏向きに並べていく。相羽の側から見て、右から左
へと流れる作業。
「全部並べていたら疲れるから、半分ほどにしとく」
相羽は最終的に、二十七枚のカードを次図のように並べた(※各文字はカー
ドの一枚一枚に対応する。図は観客側から見たところ)。
ABC JKL STU
DEF MNO VWX
GHI PQR YZα
「じゃ、二十七枚ってことで、出席番号二十七の人、手伝ってくれる?」
「私」
純子は肩の高さに右手を掲げ、意志表示。
(もしかして、二十七枚使うのは私に手伝わせるためじゃあ……)
相羽の手品を見続けてきたせいで、色々と考えを巡らせる癖がついた。
そんな純子の思考を知ってか知らずか、相羽は淡々と言葉を紡ぐ。
「では涼原さん、お願いします。最初に、予言をしておかないといけないんだ」
相羽は紙とシャープペンシルを取り出すと、純子の顔をじっと見つめてきた。
「な、何よ」
「動かないで。涼原さんの持つ雰囲気から、どのカードが選ばれるかを読み取
ってるんだから」
少しばかり鋭い調子で告げる相羽に、純子は口を閉じ、居住まいを正した。
(もう、恥ずかしいな。緊張しちゃうじゃない)
純子の我慢は十秒ほどですんだ。相羽はペンを走らせると、紙を手早く四つ
折りに畳み、机の上を滑らせる。
「じゅ−−涼原さん、これ、預かっておいて。見たらだめだよ」
「え、ええ」
紙片を受け取り、相羽を見る。
「手で握っておくの? それともどこかに仕舞っていいの?」
「うん、どっちでもいい。まあ、やりにくいだろうから、ポケットにでも仕舞
って」
その指示通り、胸ポケットの中、生徒手帳と布地との間に落とし込んだ。
「それから?」
「これから、涼原さんにカードを選んでもらいます。涼原さんの意志で、涼原
さんの好きなように選んでいくことになるから、しっかり頼むよ。さて、カー
ドをよく見てください。九枚一組で三つのグループがあるよね。三つあるから、
じゃあ、一、二、三の内、一番好きな数字を言って」
「……三よ」
警戒しつつ、そう答えた純子。つい、相羽の手元をにらんでしまう。
「恐いなー。そんなに見つめられると、やりにくい」
笑いもしっかり取りながら、相羽は手品を演じていく。
「三でいいね? 変えるのなら今の内」
途端に、外野から「変えるな!」なんていう声が飛んだ。
言われなくても、純子に変えるつもりはない。
「三のままでいい」
「よし」
自らの左側のカードから順に指先を当てていく相羽。
指は、純子から見て左端のところで止まった。
「一つ、二つ、三つ。ご希望通り、この三つ目のグループを使おう。あとはい
らない。除けておく」
と言って、相羽は真ん中のグループと右端のグループを一緒くたにして、隅
に押しやる。それから残る九枚を配置を崩さず、机の中央に改めて並べた(次
図参照)。
ABC
DEF
GHI
「次、もう一度同じ質問だよ。一から三までで好きな数字、言ってみて」
「また?」
「うん」
「さっきと同じでもかまわないの?」
「お客様の好きにしてください」
相好を崩しながら相羽。
純子は嘆息しつつ、迷った。迷った結果−−。
「もう一度、三にするわ」
「オッケー。変える気はない?」
「変えない」
ポニーテールを振って応じる純子に、相羽はうなずいた。
そして、彼にとって手前の列から、順に数え上げていく。
「一、二、三。この三番目の列はいらない。横にやるよ」
図のGHIに相当するカード三枚をひとまとめにし、先ほどの山に混ぜた。
「これが最後の質問。よかったら、涼原さんの誕生日を教えてほしいな」
「誕生日? どうして」
「何となく。嫌だったら他の質問にするけど」
「別にいいわよ。十月三日よ」
知ってるくせにとまでは言わなかった。
相羽は満足そうに首を縦に振る。
「十月三日ね。えっと、この各桁を足して一桁の数字を作りたいんだ。つまり、
十月三日だと、1+0+3で4」
「……それが何?」
「この四という数字こそ、涼原さんが選んだカードを教えてくれる、大事なメ
ッセージになっている」
相羽は残る六枚のカードのAから順番に数え始めた。一、二、三、四と進み、
Dで止まる。他の五枚を取り除き、机の中央にカードは一枚だけとなる。
「これが君のカード」
「何のことだか……」
「さっき渡した紙、出して。机の上に置いて広げてほしいんだ」
純子はポケットから白い紙切れをつまみ出すと、机に起き、ゆっくり広げた。
そこには「ハートのJ」と大きく記されている。
「僕の勘が正しければ、最後に残ったこのカードもハートのジャックさ」
カードを人差し指で押さえながら、相羽は自信満々の口調で言った。
みんな、何も言わない。これまで散々、相羽の腕前を見せつけられ、「まぁ
さかぁ!」なんて野次を飛ばす者もなし。
純子だけは手品の流れも考え、「まさか」と肩をすくめた。
「それじゃ、めくってみて」
相羽の指がカードの面から離れ、替わって、純子の手が伸びてくる。
(失敗するはずないと思うものの……これで当たってたらやっぱり不思議)
純子は、相羽を一度見やってから、カードに視線を落とし、一気にめくった。
ハートの十一だった。
ざわめく観衆からは、もはや「種明かしして」の願いも出ない。頼んでも無
駄だと悟ったのだろう。
自力で見破ろうとする連中は、当然いる。
「全部同じカードじゃないのか?」
立島の指摘に、相羽は両腕を大きく広げてみせる。
「さっきまで使っていたトランプと同じだぜ。見てただろ?」
「いや、分からない。すり替えた可能性もある」
「そこまで言うのなら、どーぞ、他のカードを調べてくださいな」
机の片隅に山となったカード二十六枚に、相羽が手をかざす。
立島だけでなく、他に数名の者が調査に乗り出した。
「−−全部、ばらばらだ」
数分後、調査団はギブアップを宣言。相羽の控え目な微笑と、好対照だった。
レッスンを終え、着替えて更衣室を出ると、前に相羽の母が立っていた。普
段、ついでがあれば、マネージャー代わりという形で送り迎えをしてもらうこ
ともたまにあるが、中で待たれるのは初めてだ。
それだけでもちょっと不思議に感じたのに、続いて聞かされた話はなおさら。
「今度の、火曜日ですか?」
モデルの仕事が急に入ったという。聞き違いかと思って、純子はおうむ返し
に尋ねた。
返事はイエス。
「登校前、早朝の撮影になるのだけれど、行けるわよね?」
「大丈夫です。ただ、どうしてこんなに急なのか……」
「私も又聞きだから詳しくは知らない。予定していた子が不祥事を起こしたら
しくて、クライアントから『イメージに傷がつく』とクレームが出されたそう
なの。純子ちゃんはそんなこと気にせず、チャンスだと思ってやってくれれば
いいのよ」
「はい。あの、AR**のお仕事ですよね?」
「ええ。どうかした?」
互いに首を傾げる形になる。とにかく、星空の下、車のある場所に向かいな
がら、話の続きを。
「チャンスだなんて言われたから、これまでやってないところかと思って。で
も、それもおかしいし」
「あ、それはね、今までとは違うシリーズのモデルだからよ。少し大人っぽく
なるわ。楽しみでしょ?」
「え? は、はい」
うなずいてから、車の後部座席へ乗り込む。
「じゃあね、火曜の朝、午前四時五十分に迎えに行くから、準備しておいて。
そのまま学校に行くことになるでしょうから、そちらの用意も忘れずに」
「四時五十分……早いんですね」
「雨なら当然、延期。今の季節なら多分、晴天が続くでしょうけど。詳しい話
は、これから純子ちゃんの家に伺って、お母さんにも聞いてもらって」
ハンドルを握り、真っ直ぐ前を向いたまま、相羽の母は話す。
「もちろん、ご都合が悪ければ機会を改めてもいいのだけど、日が迫っている
から」
「それは問題ないと思います。私には、早起きする方が大問題」
舌をちらっと覗かせる純子。
相羽の母は小さな笑い声で応じてから、言葉をつなげた。
「きっと、これから増えるわよ。身体を慣らしておくといいわ。どんなに朝早
くても、笑顔になれるぐらいにね」
「頑張ります」
「そうそう、その意気。ただし、体調を崩さない程度に」
信号待ちで、初めて振り返った相羽の母。何故か、目に微笑を浮かべている。
「もしものことがあったら、申し訳が立たない。それに、あの子からがみがみ
言われるのは、私も堪えるから」
「あの子って」
純子の質問に対する返答は、しばし延期された。信号が青になり、車の走行
状態が安定するまでの、ほんの短い間だが、純子には長く感じられる。
やがて、相羽の母がつぶやくように言った。
「信一よ」
予想できた答だった。けれど。
純子は顔が赤らんで行くのを感じて、下を向いた。
−−つづく