#4600/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 9/21 12:50 (182)
そばにいるだけで 27−8 寺嶋公香
★内容
「ええっと……ただ知りたいと思って。そこに掛かっているの、読み方が分か
らないから。それに、事件のときに助けていただきましたし」
面と向かって話をするのは初めてと言っていいだけに、ややもすれば支離滅
裂なつながりのお喋りになってしまう。
「あの件では、自分は何もしていないよ。君達のおかげで大ごとにならなくて、
ほっとしていたぐらいでね。もちろん、あの時点では、見張りの役目まで管理
人が負っていたわけじゃなかったんだが……ああ、これはこちらの話だった」
「それで、お名前は……」
「ああいう字を書いて、『みどう』と読むんだよ」
プレートを指差しながら、御堂は照れた風に言った。
「中学生の女の子から名前を聞かれるなんて、一生の内、ないと思ってたな。
えーと、涼原さん。君は相羽さんのところの信一君だっけか、彼と同級生って
ことは中学の……」
「二年生です」
「そうか。で、彼とはうまく行ってる?――なんて聞くのは、おじん臭くて、
嫌われるかな」
自嘲する御堂の前で、純子はぷるぷると首を振って否定の意を表す。
「う、うまくって、どういう意味ですか? 私と相羽君は、単なる友達で」
「あ、そうなのかい。これは失礼をした。謝るよ」
純子の口ぶりに面食らった様子で、ひょいと頭を下げる御堂。
「随分と親しそうに見えたから、てっきり、ね」
「い、いえ、親しいのは確かですから……」
狼狽している自分に気付き、純子は肩を小さくして赤面した。
御堂は笑いをこらえるように、目元だけ緩めると、再び話し出す。
「となると、この花が謎だな。彼へのプレゼントかと思ったのだが」
「それは、おばさんへのプレゼントですっ。お世話になっていますから」
「……ははは。そんな正直に話してくれなくていいよ。管理人は居住者のプラ
イバシーに立ち入らないのが原則だから」
指摘され、慌てて両手で口を押さえた純子。ここまでならぎりぎりセーフか。
「じゃ、お願いしますね!」
取って付けたように念押しして、純子は管理人室を離れた。
快晴の上、日曜日であることも手伝って、市民プールは大勢の人でごった返
していた。普通に泳ぐことを目的に来たのなら、その当ては完全に外れだ。も
のの三メートルも泳がぬ内に人にぶつかるのが関の山。それでも泳ぎたければ、
謝りながら進まなければならないだろう。
「うざったい」
プールサイドに腰掛けた町田が、片足で水を蹴った。面倒臭そうな手つきで、
緑のワンピースの肩紐の位置を整える。
陣取りの意味もあって浸かっている純子が、顔をしかめた。水しぶきに手を
かざしながら、
「怒りをこっちにぶつけないでよ」
と、かわいらしい唇を尖らせる。プールサイドの溝に両腕を載せ、見上げた。
「芙美って、にぎやかなのがいいんでしょう?」
「にぎやかなのは好きだけど、人が多いのは嫌い」
「それって矛盾してるような」
純子と同じくプールの中にいる井口が、怪訝そうな口ぶりで言う。
「だいたい、芙美が独り静かに何かを考えている場面なんて、想像できないよ」
「失礼な。想像力貧困じゃのお。私だってね、こう」
町田は「考える人」のポーズをした。彼女が言葉を継ぐより前に、富井を含
めた他の三人が爆笑する。
「そんなにおかしいか。言わせてもらうとだね、あんた達だって物思いに耽る
姿、似合わないんじゃないの」
「そんなことないよー」
富井がすぐさま応じ、隣に座る町田をずいっと押す。
「私なんて日々、物思いに耽ってるよ。……恋とか」
「ケーキとか」
「そうそう、季節の変わり目に多いのよね、新商品が出るのって。その度にど
れから食べ……違うわよ!」
町田の茶々に対し、わざとなのか本当に乗せられたのか、定かでない反応の
富井。ともかく目をぎゅっと瞑り、首を激しく振った。オレンジ色と赤の縦縞
模様の水着に包まれた胸までも、いささか揺れる。
「久仁香はある?」
純子は気になって、横で泳ぐでもなく浮かぶでもなく、ふわふわしてる井口
に尋ねてみた。
「ないこともないよね」
「え。それ、やっぱり郁江と同じような感じ?」
「そればっかりじゃないわよ。他の悩みもあるしさ。つまんないことから大き
なことまで」
その言葉を引き出せて、ようやく少し安心する純子。
(みんな、恋だの何だので頭が一杯ってわけじゃないんだ)
自分だけが大きくずれてるんじゃないかと、心配だった。
それにはわけがある。
林間学校で負ったすり傷の痕も全く目立たなくなったということで、市民プ
ールに遊びに行く話がまとまった。その日取りを電話口で決めた際に、町田か
ら冷やかされていたのだ。こんな風に――。
「折角なんだから、純は特に目立つ格好したら?」
「目立つってどんな……ううん、それより、どうして?」
「決まってるでしょうが。男を引き付けるため」
人差し指を立て、さも当然という顔つきをする町田……そんな映像が純子の
脳裏に浮かんだ。
「な」
「言っちゃあなんだけど、郁はぽちゃっとしてる。久仁は逆に少し痩せ気味。
私は……まあ自分でも言うのも悔しいが、腰のくびれと足の長さに全く自信が
ない」
「何を言い出すのよ……」
「その点、純は胸を除けばほぼ完璧」
「そんなことない」
「あるの。あんたがビキニ、それもセパレートのを着て来れば、同年代の男子
の視線を釘付け。近寄ってくる人数は片手で効かないわね」
「……話、終わった? あのね、冗談に付き合うつもりはありませんので」
心持ち遠ざけておいた送受器を再び耳元に寄せ、きっぱり言った。
「何で? 恋のお相手、探してるんじゃないの? 少し前に言ってたじゃない」
「いつの間にそんな話になったのよー」
「何か、張り合いがないのよね。郁と久仁がきゃあきゃあ騒ぐのを端から見て
いると、こっちも対抗したくなる。同じ学校の中で新しい相手を見つけるのっ
て、案外大変だし、プールで――」
「芙美だけでやってください」
「私一人だと自信ないから。純がきっかけを作る」
「まるで囮ね。おびき寄せるための餌扱い」
「だからぁ、いいのがいれば純が持ってっていいから」
「……呆れた。仮によ。たとえどんないい人が現れたとしても、一目見ただけ
で決める気なんてないし、私、当分、一対一は遠慮する」
純子が言い切ると、電話向こうの町田は一瞬絶句した。
「……何言ってんの。最初外見から入るのは基本でしょ。それからお話なんか
をしてみて、相手のことをある程度知る。その時点で本格的に判断。これが流
れってもんでしょうが」
「いいの。今の自分には、クラスの男子とグループデートするのが精一杯」
純子の態度が頑ななのを感じ取ったか、町田の嘆息するような音が送受器を
通じて聞こえてきた。
「ま、それはそれとして。女四人で行って、一度も声を掛けられなかったら寂
しいもんがあると思わない?」
「思わない。まだまだ早いよ。楽しく泳ご、ね? それでいいじゃない」
「私は、唐沢のばかから尋ねられたときのことが心配なのだ。『プール行った
んだって? どうだった? えっ、男から一度も声を掛けられず? かわいそ
うに、誘ってくれりゃ付き合ってやったのに』なんて言われると、腹が立つ」
「想像で怒らないように」
冷静に指摘してから、純子は重ねて言った。どうでもいいと思いつつ。
「そんなに嫌なら、もし聞かれたとしても、適当に答えればいいじゃない」
「それもそうよね。となると……残る問題は、プールで唐沢が女の子達を引き
連れているのと出くわさないように」
「そこまで心配しなくても」
たわいもない話はそのあとも長々と続いた。
――とまあ、こんな調子だったので、セパレートだのビキニだのを着せられ
るかどうかは、瀬戸際でうやむやになっていた。
それでも、純子は気にしていたのだ。
(周りの言葉を鵜呑みにしすぎるのもよくないのかなぁ。自分は自分のペース
で、焦らずに……)
意を決しようとした矢先、隣で大きな水しぶきが起こった。
頭からずぶ濡れ――プールに入っといて今さらずぶ濡れも何もないとはいう
ものの――になった純子の前で、富井と町田が騒ぎ立てながら水を掛けてくる。
「何するのよー!」
「ちょっぴり人が減ったから、鬼ごっこでも」
「純ちゃんが鬼ね」
井口も含めて三人が、きゃあきゃあ言いながら逃げ始めた。
「……ひっどーい」
額に張り付くように掛かる前髪を払って、追跡体勢に入った。
通称を『流れるプール』という、水流が連続して起こされている水路は、市
民プール内を巡るようにくねくねとしたコース取りがされている。ここでは、
浮輪やゴムボートのような物があれば、それにつかまっているだけで移動でき
るので楽だ。つかまる物がなくても、泳ぎに要する力は通常の半分もいらない
だろう。
純子達は場所を流れるプールに移して、まだ鬼ごっこを続けていた。
「タッチ――した!」
そこかしこにある小さな渦に翻弄されつつ、ようやく町田に追い付いて声を
上げる純子。
ところが新しく鬼になった町田は、事態を把握していない様子だった。ぷか
ぷかと流されつつも、一点を見つめている。
「芙美、どうしたの」
問いながら、純子も同じ方向へ視線を当てる。次の瞬間、あっと声を上げて、
口元を手で覆った。
「前田さんと立島君、うまく行ってるみたいね」
水路の縁につかまり、立ち止まった町田はにやにやしていた。
ここから十メートル余り離れていようか。
ビーチパラソルに模した屋根のある二人掛けの席で、前田と立島が仲睦まじ
く、ジュースを飲んでいる。二人の表情から、会話の弾み具合がよく窺えた。
前田は赤いワンピースの水着姿。胸元や脇腹の辺りに、なかなか大胆なカッ
トが入っている。
立島の方は今日より以前にどこかで焼いてきたに違いない。こんがり小麦色
の肌の持ち主となっていた。
(そうだわ。立島君の誕生日はこの間あったばかり。今日はその延長かしら)
そんなことを考えてみた純子。
「どったの?」
富井や井口がそう聞いてきたが、説明するまでもなく気付いた。
「わあ……いいなあ」
「どんな具合だか、声掛けて聞いてみようっ」
「それこそお邪魔虫だよ」
「冷やかしたい気はあるけれど、やっぱりよした方がいっか」
よって、静かに観察を続ける。特に富井と井口は興味津々といった体で、ま
るでコンサート会場でステージにかぶりついている客のよう。
「大胆よねえ。ここ、みんながよく利用するのに」
「もう完全にくっついたっていう自信の現れかな」
昼前の太陽の下、とりとめない話を囁き合う。
「そろそろ行こう。前田さん達に気付かれない内に」
純子が促してもすぐには聞かず、町田と二人で追い立てて、やっとこさ動き
出した。
と、程なくして、濃い黄色に藍色のラインが入ったゴムボートが近付いてき
たかと思うと、いきなり純子達に話しかけてきた。
「思ったほど覗き趣味じゃねえんだな、女って」
――つづく