AWC そばにいるだけで 27−7    寺嶋公香


        
#4599/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 9/21  12:49  (179)
そばにいるだけで 27−7    寺嶋公香
★内容
 相羽の合図と共に、自転車は一度左に傾き、すぐさま安定を取り戻すと、前
進を始めた。徐々に加速して、一定のスピードになる。そうしておいて、左側
通行へ。先ほどの言葉の通り、安全運転である。ゆっくり過ぎるとバランスが
取れない、かといって早すぎると危ない。その中間、ちょうどよい頃合いの速
度と言えそう。
「これぐらいなら、いいよね?」
「ええ。風が吹いてきて、心地いい」
 応じながら、心中では動悸が高鳴るのを自覚する。
(やだ、意識しすぎよっ。普通に、普通に。友達なんだから)
 二人の乗った自転車は、ものの三分も経たない内に、純子の家の前に着いた。
「上り坂でもあれば、根性見せられたのにな」
 半分冗談、半分本気といった調子の相羽。
「ありがとう」
 純子は持っていたサンダルを地面に落とし、そこへ左足を乗せる形で自転車
から降りた。
 それを待っていたように、相羽も自転車を降り、スタンドを立てる。
「相羽君、一つ教えてほしいことがあるんだけれど」
「はい、何でしょう」
 きょとんとする相羽は、妙にかしこまった返事をした。
 純子は、力一杯握っていた手首をさすりさすり、言葉を重ねる。
「どうしてわざわざ追いかけてきたの? 郁江達、ちゃんと送り届けたんでし
ょうね?」
「町田さんとは近くまで来て別れたけれど、富井さんは家の前まで送ったよ。
それから急いで引き返して、自転車に乗って」
「だから、何で、私の方へ……。急に心配になったとか言う気?」
 何となく、眉間の辺りが熱い。視線も落ち着かないのが、自分でよく分かっ
た。
 相羽は片手を頭にやり、かすかに苦笑いをした。
「急に心配になったのは本当なんだ。だって、こうなるんだもんな」
 相羽はズボンのポケットから、何か小さな物を取り出した。
 手の平に置かれた丸く細いそれに、純子は目を凝らす。色とりどりの線が整
然と絡み合った様子が確認できた。
「これって、もしかしてミサンガ? 私があげた?」
 純子は相羽の顔と手の平とを交互に見やった。
 相羽の表情に微笑が広がる。鮮やかに。
「そうだよ。そいつが切れたから、焦っちゃって。悪い予感がして」
「信じられない……。待って。それに相羽君、今日、ミサンガを着けてた? 
気付かなかったんだけど」
「着けてたよ。その、君達に会う前までは」
 はにかんだ様子の相羽は目をそらした。
「分からないように外すのに、苦労してさ。そのせいで切れたのかもしれない
んだよね。悪いことしちゃったな」
「……何で、外そうとしたのよ」
「ん? だって、目立つじゃないか。純子ちゃんからもらった物だけ使ってる
みたいで」
 説明を聞いて、純子は目元に笑みをなすと同時に、赤くもなった。夜だから
はっきりとは見られないだろうけど。
「そこまで気を遣わなくたっていいと思う。それより相羽君、知らないのね?」
「何を」
「ミサンガが切れると、願い事がかなうとされてるのよ。もちろん、自然に切
れなくちゃだめ」
「あ……言われてみれば、そういうの、あった。しまった、忘れてた。自分で
取ったり着けたりしてたよ。――願い事って、確か最初にかけとかないと意味
ないんだろ?」
「うん。もう無駄になったけれど、何か願い事してた?」
「……」
「……?」
 沈黙の間。相羽は怪訝そうに瞬きを繰り返し、純子は首を傾げる。
 相羽の方から口を開いた。
「ミサンガにかける願いっていうのは、ミサンガを編んだ人がするものでしょ」
「嘘っ。違うわよ。ミサンガを身に着ける人が、手首に巻く前に願い事を頭の
中で唱えるんだってば」
 異なる見解が二つ。どちらなのかはっきりしなくて、戸惑うしかない。
「そうだった? 何か変なような……」
「私だって、間違ってないと思う」
「まあ、いいよ。どっちでもいい。不自然に切ってしまったんだから」
 手の平の上を見つめる相羽。どこかしら、しょげた風に肩を落とす姿が見て
取れる。
 純子はしばし逡巡し、意を固めた。
「貸して。直してあげる」
「……ありがとう」
 布製の腕輪が、純子の手へと渡る。
 純子は乏しい灯りの下、切れ口の観察を試みた。
「多分、少し編み直さないといけないわね。ちょうどいいから、相羽君の説を
採って、編むときに願いをかけてみるわ。どんな願い事がいい?」
「え、と」
 言葉がなかなか出て来ない相羽に、純子は自ら提案してみる。
「サッカーが上手になるようにとか、武道が強くなるようにとか、あとは、う
ーん……相羽君とおばさんがいつまでも元気でいますように」
「――それで頼みます」
 少しだけうつむき、口元に右拳を当てる相羽。笑いをこらえているみたいだ。
「あ、それともう一つ」
「何? そんなたくさんお願いすると、効き目なくなるんじゃないかしら」
「でも、大事だから。転校しないですみますようにって」
 さらりとした相手の口調に対し、純子は引っかかりを覚えた。
「え――まさか、転校するかもしれないの!」
 鼻緒が切れているのも忘れ、相羽の方へ詰め寄ろうとする。
 相羽は首を横に振った。
「いや。多分、大丈夫。昔、転校が多かったのは、父さんの仕事の関係だった
からね」
「なぁんだ……」
 ほっと息をつき、胸をなで下ろした。今頃になって汗が出て来る。
「随分長いこと立ち話しちゃってるけど、純子ちゃんはかまわないの」
 相羽が星空を眺めてから、思い出した風に言った。
「あっ、も、もう、中に入らないと。こうなるって分かってたら、最初から上
がってもらったのに」
「僕もいい加減、帰らないとね。それじゃあ、悪いんだけど、ミサンガの修理、
お願いしまっす」
 軽く会釈して、自転車のスタンドを倒すと、跨る。
「おばさんとおじさんにも、よろしく」
「ええ。ありがとうね、送ってくれて。いっつも言ってるように、帰り道、気
を付けてよ!」
 相羽を見送ってから、純子はミサンガをきゅっと握りしめた。
(願い事、か。内緒で一つ、付け加えてもいい?)
 そんなことを思い描いていたものだから、鼻緒の一件をまたもや忘れてしま
った。ついでに付け加えるならば、借りっぱなしのハンカチの存在も。
 ちなみに――あとで調べてみた結果、ミサンガの願掛けについては、相羽の
記憶が正しいと分かった。

 ミサンガの編み直しは延び延びになっていたけれど、今日ばかりは相羽の家
に足を運ぶ。
(何たって、相羽君のお母さんの誕生日。親子水入らずの邪魔にならない程度
に、日頃のお返ししようっと)
 プレゼントに何を持って行こうか頭を悩ませた末、店先で見つけたガラス製
の一輪挿しに決めた。三角錐を軽く捻った形状で、半透明のブルーが涼しげな
風情を漂わせており、純子自身気に入った物。
 割れ物を持って行くとなると、自転車では危なっかしい。故に、歩いて行く
ことにした。
 天気は晴れ。入道雲が段を重ねて大きくなっているが、太陽も負けじと強烈
に自己主張している。
 髪をアップにしているものの、暑さに悩まされそうだ。日傘は持ってないの
で、つばの広い、大きめの帽子でガードする。
(こういうときは、お花も付けるべきかも)
 そんな考えがよぎり、途中、花屋に寄って百合をもらう。
(おられるかな?)
 事前に確かめてはいなかった。驚かせたい気持ちも少しあったが、それ以上
に、相手の都合に影響を及ぼしたくなかったから。
(去年の様子から考えたら、お休みを取って家におられる可能性が高いと思う
んだけれど。――あ)
 一年前の今日を思い出しつつあった純子は、不意に蘇ったとある記憶に、顔
を赤らめた。
 道を歩きながら、熱っぽさと、へなへなと肩の力が抜け落ちていくような感
覚にとらわれ、慌てて立ち止まる。辺りを見回し、深呼吸をして落ち着こうと
試みる。
「一生、忘れられないだろうなあ……」
 つぶやき、照れとも恥ずかしさともつかない微苦笑を浮かべると、帽子を目
深に被り直して歩き始めた。
 いつもより時間を要してマンションに行き着くと、心持ちふらふらしながら
エレベーターの箱に一人、吸い込まれた。
(落ち着け、落ち着け。今日はお誕生日のお祝いに来たんだから)
 五階に到着して、ここでもまた深呼吸してから、相羽家の部屋に向かう。
 ドアの前に立つと、呼び鈴があるのも忘れて、思わずノックしそうになった。
寸前で手を止めたけれど、まだ頭は冷静になっていないよう。
 三たび、息を深く吸ったり吐いたりしてから、ようやくボタンを押す。
「……」
 返事がない。念のため、もう一度ベルを鳴らすが、ドアの向こうは静かなま
ま。インターフォンのスピーカーから声が流れ出ることもない。
(もう出かけちゃった? どうしよう……駐車場に行って、車があるかどうか
見て来ようかな。それよりも、これ)
 プレゼントの包みをじっと見つめ、途方に暮れる。名案はじきにやって来た。
「――そうだわ」
 小さくつぶやき、一階に引き返す。管理人室の戸を叩いた。このとき、柱の
上方にかかるネームプレートに気付く。手書きで「御堂」とあったが、読み方
は分からない。
(『おどう』だと、ちょっと変かしら。『おんどう』、『ごどう』……)
 読みをあれこれ当てはめている合間に、声が返って来て、続いてドアが開く。
「しばらくお待ちを――何でしょう」
 純子の姿を見つけると、前髪をかき上げ、「おや」という風に目を丸くする
のが分かった。
「確か、相羽さんのところの……。今日はどうかしたのかい? まさか、また
不審者じゃないだろうね」
 冗談めかした口調だったが、受けた純子の方は大真面目に首を横に振った。
「相羽君――相羽さんを訪ねたんですが、留守みたいでしたから。それで、こ
こで預かり物をしてもらえるのかなと思って」
「預かり物、もちろんしてるよ」
 言って、視線を純子の手元に向けてくる管理人。
「あれ? 切り花まであるのか。まあ、大丈夫だろう。帰って来られたら、渡
しとくよ」
「お願いします」
 軽くお辞儀をして、そのまま帰ってもよかったけれど、折角の機会だから名
前を聞いておきたいと思った。
「あの、お名前、伺っていいですか? 私は、信一君の同級生で、涼原純子と
言います」
「ん?」
 預かった物を手に、室内に引っ込もうとしていた管理人は、ぴたりと足を止
めた。肩越しに振り返り、空いている手で眉間を揉む。
「僕の名前なんか聞いて、何かいいことあるのかな」

――つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE