AWC そばにいるだけで 26−9    寺嶋公香


        
#4564/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 7/31  10: 2  (199)
そばにいるだけで 26−9    寺嶋公香
★内容
 たわいもない会話をして時間を潰し、順番が巡って来るのを待つ。
 十組の第一班が動き出し、純子達もそろそろ出発かという頃合いになって、
「あ、そうだ。涼原さん、その足で……いいのかな」
 と、相羽が言い出した。
「何が」
 純子は富井の後ろに隠れる風にして答えた。普通にしているのならいいけれ
ど、あんまり見つめられるとさすがに恥ずかしくなってくる。
「道があると言っても、草ぼうぼうだろ。葉っぱで切るかもしれない」
「そんなこと!」
 呆れて大声を出したものの、言われてみれば、確かに切り傷の一つや二つは
あり得そう。だが、どうしようもないではないか。
「ハイソックスにしたから平気よ」
「他の女子から借りることはできない?」
「……郁江、替えを持ってる?」
「ううん。ない」
 続いて遠野にも尋ねたが、同様の返事があっただけ。
 純子は「ほら」と相羽を見つめ返した。でも、相羽は記憶力がよい。それに
発想の広がりが奔放でもあるようだ。
「いや、白沼さんから借りる手があるよ」
「え? でも先に出発しちゃった……んじゃないわよね」
 白沼は体調こそ戻しつつあったものの、大事を取ってオリエンテーリング参
加を見合わせたのである。外を歩き回らない彼女からトレパンを借りようとい
う考え方は悪くない。理屈の上では。
「取ってくる時間がないと思うぞー」
 勝馬がスタートラインの方向を見据えながら、そう忠告する。班の数を数え
れば、あと二分で出発だと分かる。
「そうよ。これでいいって」
 純子は覚悟を決めていた。
(それに、白沼さんから借りるのは気が引ける……何となく)
 相羽は不満そうだったが、時の流れには勝てない。言うのが遅かったとあか
らさまに悔やみつつ、オリエンテーリングに出発した。

 林の中で一番目立つ木の根元、田畑に隣接する貯水槽の蓋の上、お地蔵さん
の鎮座するほこらの裏側……と、チェックポイントを一つずつクリアして行く。
 各ポイントにビニールコーティングされたカードが置かれていて、それには
一文字ずつ片仮名が書いてある。チェックポイントは十二あるので、十二文字
が揃う。それらの文字を並び替えて一つの意味のあるつながりを作る。これが
課題の一つだ。
 別の課題として、クイズも設けられていた。四番目と八番目のチェックポイ
ントで出題されるのだが、四番目の方はすでに回答。正解かどうかは別にして。
「テスト受けてる気分になってきた」
「そうだよな。体育と社会と国語、一遍に」
 勝馬がぼやき、唐沢もすぐさま同調。
「まだあった。さっきのクイズは数学だったよな」
「いかにも自分が解いたみたいに言ってるね」
 くすくす笑って、純子が指摘すると、唐沢と勝馬は後方を歩く相羽を振り返
った。
「そりゃあ、さっきはあいつに任せたようなものだけどさ。考えたことは考え
たんだから」
「努力は認めてくれー」
「はぁい、分かってます」
 純子は認めたものの、その代わりのように富井からきつい付け足し。
「でも、頼りになるのは相羽君だよねえ、やっぱり」
「うーむ。入る班を間違ったか。俺、人気ねえなあ」
 唐沢がわざとらしく言って、指を鳴らした。
「そんなことないよ。こうやって歩いてるとき、唐沢君や勝馬君がいると、に
ぎやかで楽しいもん」
 純子のフォローに、二人の男子は大げさな動作で握手をした。
 もっとも、相羽が静かなのにはわけがある。地図に集中しているからだ。
「相羽君、どう……?」
 遠野が心配げに聞くと、相羽は顔を起こし、集中しすぎて疲れたようなぼん
やり眼のまま、ぽつんと答える。
「印刷が切れていて、はっきり見えない」
「えっ、どこ?」
「ここ」
 みんなで額を突き合わせるようにして、地図を覗き込む。相羽の言う通り、
地図の左半分、その中央付近が白い。
「他の班は問題ないのかな。誰も迷ってないみたいだし」
「そうみたいだぜ。これ、コピーじゃなくて一枚ずつプリントアウトしてある
ようだから」
 紙に目を凝らし、結論付ける勝馬。
「受け取ったとき、よく見とけばよかったな。それで、そこが分からないと、
進めない?」
 唐沢が問うと、相羽は少し間を取ってから答えた。
「いや。遠回りすれば何とかなる。引き返して正しい地図をもらってくるより
ましだろ」
「なんだ。だったらそれでいいじゃないか」
 結論は出た。
 目がしょぼしょぼしてきたという相羽から、唐沢に地図をバトンタッチして、
前進、前進、また前進。
「相羽君、大丈夫?」
 何度も目をこする相羽の横にぴたりと付き添う形で、富井がいる。
「あ、うん。歩きながら、じーっと見ていたのがまずかったみたい。でも心配
ないよ」
「ほんとに? けれど一応、戻ったら目薬、差した方がいいよぉ」
「そうする」
 富井の甲斐甲斐しい態度を目の当たりにして、純子は微笑ましくなる。
(チャンス到来って感じだね、郁江)
 その後、遠回りした問題の地点を含め、チェックポイントを二つクリア。時
刻を確認するとちょうど一時間が経過していたので、まずまずのペースと言え
る。あとはいかにして遠回りした分を取り戻すか、だ。
「遠野さん、疲れてない?」
「これぐらいのスピードなら平気」
「よかった。郁江、あんまりはしゃいでると疲れが出るかもしれないわよ」
「分かってますよーだ、純ちゃん」
 運動があまり得意でない二人の調子を見てから、多少はスピードアップして
もいいだろうと判断した。
 今までに比べて口数が若干減る程度の早足で、七つ目の関門を突破。次の八
つ目にはまたクイズがある。
「文章、どんな具合になるか分かりそうか?」
「さて。どんなもんだかねえ」
 これまでに手に入れた七文字を前に、先頭を行く唐沢と勝馬が考え込む仕種
を見せている。興味を引かれたらしく、富井がとことこと二人に追い付いた。
「私にも見せてー」
「はいな。閃いたら教えてちょうだいな」
「もち。純ちゃん達も来てよ。一緒に考えようよ」
 富井に手招きされ、純子、遠野、相羽の三人も距離を縮めようとした。
 その拍子に。
「−−しまった」
 最後尾で立ち止まりしゃがみ込んだ相羽を見て、純子も足を止めた。
「どうしたの」
「時計を落とした。草の中に転がり込んじまって……。先に行って。すぐ追い
付くから」
 下を向いたまま、草の波をかき分ける相羽。
 純子は彼の言うことを聞かず、同じようにしゃがんだ。
「涼原さん、遅れる」
「いいって。下手をすると、あんたこそ独りぼっちになっちゃう。一緒に探し
てあげる」
 そこまで言うと純子は面を上げ、すぐ先を行く遠野に声を掛けた。こちらを
肩越しに振り返る遠野もまた相羽達の様子を気にして、歩速が遅くなっている。
「遠野さん! 先に行ってていいわ。ただの落とし物だから!」
「そう? すぐ来てよ」
「もちろん! なるべく急ぐから。みんなにも言っといてねっ」
 言づてが済むと、再度、視線を地面に落とす純子。
 無駄口を叩く暇はない。黙々と探す。
 時間にすれば三分経っていたかどうか。相羽の時計は草の茎に挟まれる格好
になっているところを見つかった。
「壊れてない?」
「……うん。汚れただけ」
 土を指先でこそぎ落とすと、相羽は懐中時計をズボンのポケットにきっちり
押し込んだ。
「よし、行こっ」
 駆け出した二人だが、背の高い草が辺り一面に広がっているため、唐沢達四
人の姿はまだ見えてこない。
 と、唐突にY字路に行き当たった。
「あれ? どっち?」
 そう口走ったけれど、慌てる必要はなかった。よく見れば、分岐点には丸い
立て看板がある。横向きの大きな矢印が描かれていて、その下には「**キャ
ンプ場」と黒い文字で記してあった。
 矢印の向きは右。
「こっちね」
「うん。多分」
 純子が右の道を指差し、相羽がうなずく。二人は右側の道に折れた。
 だが……このとき、もう少し慎重であったならば、気付いたかもしれない。
 右よりも左に、土の踏み荒らされた著しい痕跡があることに。
 それに、看板はかなり古く、わずかな風にでもくるくる回転してしまう状態
になっていたことにも。
 だけど、この時点での相羽と純子に、そこまでの冷静な判断力を求めるのは
酷というもの。だって、前を行く四人に追い付こうと、とても気が急いていた
のだから。

 おかしいと言い出したのは、相羽だった。
「十分近く小走りで来たのに、まだ追い付かないなんて」
「……そうね」
 相羽と純子は立ち止まり、これまで来た道を振り返った。遠くに、見覚えの
ある山があった。
「引き返そう……と言いたいところだけれども」
 途中、小さな林の中を抜けてきたため、単純な一本道ではなくなっている。
「方角が分かれば、何とかなるんじゃない?」
 純子は努めて明るい調子で言った。
 しかし、相羽の難しい表情は消えない。
「じゃ、方角が分かる?」
「それは……分かんない」
 うつむく純子。
 隣で相羽が空を見上げるのが分かったので、つられて純子も空を仰ぐ。
「畜生、太陽が出てればなあ」
 いつの間にこんな濃い雲が垂れ込めていたのだろう。空は灰色に染まってい
た。じっと見つめていると、押しつぶされそうな錯覚を感じる。
 純子は目の高さを戻して、頭を軽く振った。
「と、とりあえず、戻りましょ。ゆっくり歩いて行けば分かるわ、きっと」
「それしかないか」
 相羽は片手で頭をかきむしった。
 内心の不安が今にも表面に出てしまいそうな純子に比べれば、彼はまだ落ち
着いているように見受けられる。
「全員揃ってのゴールが条件だったよな。みんなに悪いことした」
 先を歩く相羽から、そんな話題を振られた。
「そうね」
「優勝はおろか、入賞も無理だろうなあ。せめて完走したい」
「そうね」
「ひょっとしたら、唐沢達が迷ってたりして。僕らが来た道が正しくてさ」
「そんなことより方向を」
 純子は相羽の肩口を軽く叩いた。
(前を見て、しっかりやってよ。私……こういう状態ってだめなんだから)
 今の純子の脳裏には、昔々、恐竜展に行って親とはぐれてしまった思い出が
よみがえっていた。
(あのときだって初めて来た場所だったし、周りは知らない人ばかりで、心細
くて……そうよ! お守りっ)
 横ポケットを探ろうとして、手が止まる。横側にはポケットがない。
 純子の顔から血の気が引く。
(しまった……トレパンの方に入れたまま、忘れてたなんて。ど、どうしよう)
 希望を失った気がして、どんより、心が重たくなっていく。
 不安な感情がとうとう明確に現れ、次第に首が下がった。
 砂地を踏みしめる音に再び顔を起こすと、相羽の姿。
(相羽君っ)
 距離を縮めて、相羽に寄り添うように立った純子。離れたら心細さでおかし
くなりそう−−そんな想いが頭の中を占めた。
「走ってきたせいで、景色の記憶が……うろ覚え……」

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE