#4559/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 7/31 9:55 (200)
そばにいるだけで 26−4 寺嶋公香
★内容
「踊りと音楽の。お母……じゃなくて、母が知り合いから頼まれて、断りきれ
なかったんですよね」
「その割には通う日がばらばらみたいだけど」
なかなかいい点を突いている。
実際、芸能レッスンの日取りは不安定要因が多い。基本的なダンスは別とし
て、歌やオリジナルの振り付けとなると純子一人が受けられるよう、講師の面
面に特別に時間を作ってもらうためだ。
鋭い指摘にも純子は慌てない。これに対する答も用意してある。
「先生が週によって違うんです。それで日も別になってきて」
「なるほどね」
大変だわと頭を振りながら納得した様子の先輩。
「相羽君もお稽古ごとだっけ? 部活を掛け持ちするのをやめて、その代わり、
武道か何かの練習に通いだしたって聞いたけれど」
「はい。お稽古ごとと言うのかどうか知りませんが」
微苦笑とともに付言する相羽。そこへ部長の問い掛けがよこされた。
「結局、相羽君も無理だよね、役職?」
「無理すればできるかもしれません」
相羽の答を聞いて慌てたのは純子。
(何てこと言うのよ! クラス委員やってて、おばさんのお手伝いをして、空
手か何か知らないけど稽古に通って、調理部もそれなりに頑張って、その上で
役職ができるはずないでしょうが。……そりゃあ、無理に無理を重ねれば絶対
にできないとは言い切れないけれど)
心中で一気にこれだけのことを考えた。
けれども、そんな心配しなくても、南部長は分かっていたみたい。
「いいのよ、そこまで無理しなくても。でも、代わりに部員集めには一役も二
役も買ってもらうからね」
「はあ。やれることがあればやります」
分かってて言っているらしく、相羽は後方の席でひとかたまりになっている
一年生部員達を横目で見た。
「さあ、それじゃ、これで決まりね? 町田さん、頑張ってちょうだい−−調
理部を潰さない程度に」
最後の付け足しなどを聞くと、南部長も案外と鷹揚なようだ。部長職から解
かれるとあって、肩の荷が下りた気分でいるのかもしれない。
「分かりました。どうも」
一方、新たに引き受ける側の町田は、いささか固い口調で返事した。
正式な引き継ぎは夏休みに入ってからということで、この日は散会となった。
(発声練習をしすぎたみたい)
喉を指先で押さえ、故意に咳払いをしてみた純子。かすかに痛みがある。
(それに昨日、興奮してなかなか寝付かれなかったもんね。注意しなくちゃ)
気を取り直し、純子は母親に手を振った。
「行って来まーす!」
「気を付けて、楽しんできなさいよ」
少々心配顔だった母だが、娘の元気あふれる声にほっとしたようだ。林間学
校へ、明るく送り出してくれた。
体操服姿に朱色のリュックという出で立ちで、集合場所の学校を目指す。
途中で遠野や井口と合流し、わいわいやりながら進むとすぐに到着。
「純子、また相羽君と同じ班だって?」
別れ際、両手をお化けみたいにだらんと下げ、恨めしそうに井口が言った。
「そ、そう。だって、よく知らない男子より親しい男子の方が、楽しいと思っ
たから」
「好きな者同士で班を組めるのっていいよね。うちのクラスなんか、くじで決
めたんだから、全く」
井口の不平不満の矛先が違う方へ向いたので、純子はほっと一安心。遠野と
並んで、十組の集まっている一角へ急ぐ。
全員が揃うにはまだまだ時刻が早かった。純子達を入れても、三分の一も来
ていないだろう。
「涼原さん、遠野さん、おはよう。二日間、よろしくー」
相羽が他の男子との会話を打ち切って、しゃがんだまま声をかけてきた。男
子の体操服姿を間近に見るのは、何だか久しぶりのような気がする。
「おはよ。本当に早いと思ったら、自転車で来たのね? ……何してるの?」
相羽達男子数名が囲む地面には、升目のような物が描かれていた。
「三並べだよ」
その中の一人、勝馬が答える。互いに三つずつ石を持ち、三×三の升目に順
番に置き、あるいは移動させて、縦・横・斜めいずれかの一列を揃えれば勝ち
になるゲームだ。
「暇つぶし?」
「必勝法がないものか、考えてるところ」
「へえ……うん? それって、結局暇つぶしじゃないの」
相羽の言葉に呆れて、肩をすくめる純子。
「そうかな。そうかも」
「無駄なことを、よくもまあ一生懸命にするわね」
「無駄でもいいんだ。面白いし、害はないから」
相羽が下を向いたまま言うと、横手の男子が声を上げた。「俺、段々飽きて
きた」と。
「ほら、ご覧なさいよ」
「まあ、両者がミスをしなければ勝負は決まらないんだよね。しょうがないな。
これ、言ったら価値がなくなるから黙っとくつもりだったんだけど」
いいながら、木の枝を使って土に次のような図を記していく相羽。
・−−−−−・
|X|Y|X|
|−+−+−|
| |X|Y|
|−+−+−|
| |Y| |
・−−−−−・ 註.XとYはそれぞれの石を表す
「ゲームの途中からなら必勝パターンがいくつかあるんだ。その一つを特別に
教える」
特別に、なんて相羽が言うものだから、純子や遠野も含めたその場の誰もが
興味を引かれた風に覗き込む。
「次、Yの番だとして、Yはどの石をどこへ動かすのがいい手だと思う? あ、
でたらめに答えてもだめだから。理由もあわせて」
みんな、「うーん」と考え込んでしまう。
出題者に正解を求める声が早々と上がったが、相羽は口を割らない。
その内、時間が経ってしまって、先生達も姿を現し始めた。
「ようし、時間切れ。さあ、みんな列んでくれーっ」
副委員長の仕事を始めた相羽に、純子は一瞬、唇を尖らせたものの、自分も
委員長だったんだと思い直し、答を聞き出すのはあきらめる。
(聞いてもどうせ、素直に教えてくれるとは思えないし。ちょうどいいわ。バ
スに乗ってる間、考えようっと)
純子は相羽が描いた図面をしっかり頭に叩き込んでから、クラスの女子に号
令を出した。
一年のとき担任だった牟田先生に比べて、小菅先生は几帳面なのかもしれな
い。その証拠と言っては変かもしれないが、バスの座席は背の順そのままに座
らされた。ただし、委員長と副委員長は、左右それぞれ二脚ずつ列ぶ席の先頭
を与えられる。純子は左の通路側、相羽は右のやはり通路側。ちなみに純子の
隣、窓際の席は先生だ。
社会科見学や修学旅行ではないためか、バスガイドはいない。それでも備え
付けのマイクは使えるので、早速カラオケを希望するグループが現れた。唐沢
もその中の一人で、「美声を聞かせちゃる」と張り切っている。
やがて曲が流れ始める。
と、純子は歌のレッスンのことを思い出した。
(喉、これ以上ひどくならないようにしなくちゃ。遅れたら迷惑かかるだろう
から、きっと。でも、自主トレは続けないといけないのよね。腹筋が着いて来
ちゃって……ううん、それよりも、さっきの問題を)
リュックから取り出した生徒手帳のとあるページに、純子は図を書き込んで
いた。格子模様はボールペンで、小石の配置は鉛筆を使う。これで消しゴムを
使ったら、石の場所を手軽に書き換えられるというわけ。
(一番上のYを動かしたら、その空いた場所へ中央のXが入ってきて、Y側が
負けちゃう。だから、このYは動かさない。ここまでは簡単なのよね。問題な
のは、残る二つのYのどっちを動かすか)
つい、うんうん唸っていると、先生に何をしているのと話しかけられた。
簡単に説明をしたところ、小菅先生は少しだけ考える素振りを見せたが、じ
きに眉を寄せた。
「先生でも分かりません?」
「頭がこんがらがるわ。数学の先生が喜ばれそうな話ね。何の問題?」
「それは……」
通路を挟んで隣の席を指差す。ちょうど歌が終わったところだったようで、
みんなに混じって相羽も拍手している。
「朝、相羽君が言ってたんです」
「ふうん。あの子って、趣味をたくさん持っているわね。もちろん、相羽君だ
けじゃなくて、担任をしていると色々発見があって、驚かされちゃうのよ。引
っ込み思案なように見えていた子が思いも寄らない勇気を見せたり、いつも女
子に冷たい男子が急に優しさを示したりね」
「もしかすると、私もですか?」
鉛筆を挟んで手帳を閉じ、純子は先生を見上げた。
「涼原さんもよ。そうそう、聞きたいなと思っていたことがあった。−−みん
な、歌に夢中のようだから大丈夫ね」
頭だけ振り返り、また向き直りながら先生がつぶやく。
「受け持つクラスが決まったあと、牟田先生から詳しく伺ったんだけれど、あ
なたはモデルをしてるんですって?」
「え、あ、はい。一応」
どぎまぎしつつ、口の中、こもった声で返事する。
(今さら、校則でだめになったなんて言うはずないよね?)
それでも心配顔の純子の隣で、先生は喋る音量を一層絞った。
「今、どんなことをしてるの?」
「え……モデルの話ですか」
「そうよ。他に何があると思った?」
手の平で口を覆い、くすくす笑う様子の先生。案外、子供っぽい雰囲気がに
じみ出てきた。
おかげでリラックスできた純子は、安心して続けられる。
「子供服というかローティーン向けの服のモデルがほとんどです」
「ほとんどと言ったわね。つまり、他にも何かしてる、と」
言葉尻を捉えて逃さないところはさすが国語の先生……というほどでもない
か。でも、純子にとってなかなか鋭い追及だ。
「は、はい。広告とか……」
「広告ね。スーパーマーケットのチラシみたいな物かしら」
「そんな感じです」
先生の思い込みを肯定しておいた。これ以上詳細を尋ねられると困るから、
やむを得ない。
「色んな経験ができるでしょう? 私でさえうらやましくなるぐらいだわ。そ
れで、相羽君とも仲がいいのね」
「え」
「それとも逆だったのかな。初めから仲がよくて、その関係でモデルに抜てき
された?」
「よ、よく分かりません。あは」
ごまかしの笑いを入れたと同時に、車体が一度、左右に大きく揺れた。気付
かなかったけれど、少し前より山道に入ったらしい。
「用事もないのに歩き回っちゃだめよー!」
クラス担任であることを忘れず、小菅先生はバス内を振り返って注意を促し
た。全員が聞く耳を持っていたかどうかは分からないが、幾人かの「はーい」
や「分かってるよー」といった返事があった。
「涼原さん、これ、落ちたよ」
「えっ何?」
唐突に相羽に呼びかけられ、急いで振り向く純子。ポニーテールが椅子の白
いカバーを叩く。
「手帳。ほら」
通路を挟んだ隣の席から、短い距離を投げてよこす。
おぼつかないかまえでキャッチした純子の手の中には、確かに彼女の手帳が
あった。先ほど揺れたとき、滑り落ちてしまったに違いない。
「あれ? 鉛筆がない」
「鉛筆って?」
「間に挟んでたの。緑の柄の」
上体を折り曲げ、床に目を凝らす純子。特有の排気の匂いが漂ってきたよう
な気がする。
相羽も同じような格好をして探し始めた。
が、あいにく、床も鉛筆の表面と似たような色をしている。それだけでも見
つけづらいのに、もしもどこかへ転がったとしたら、ちょっと面倒になりそう。
(ないなぁ……ん?)
何気なく後ろを振り返ると、白沼が面白くなさそうにこちらを見ているのが
分かった。目を合わすと気まずいので、即刻うつむく純子。
(落とし物を拾うのを手伝ってくれてるだけなんだから。これぐらい、いいじ
ゃないの)
気疲れが起こり、心の内へと急速に広まる。
「−−涼原さん−−涼原さん? ……純子ちゃんっ」
−−つづく