AWC 【少年時間】〜アラガエナイ罪〜(1/2)  らいと・ひる


        
#4554/5495 長編
★タイトル (NKG     )  98/ 7/30  23:13  (141)
【少年時間】〜アラガエナイ罪〜(1/2)  らいと・ひる
★内容

 ボクが彼女と初めて出逢ったのは、茜色の光が差し込むビルの屋上へ続く階段の
踊り場だった。


 古本屋を探そうと雑居ビルに迷い込んだボクは、上の階に行くために階段へ続く
扉を開けた。と、そこは窓から射し込む夕陽の光が飽和状態となった夕色の鮮やか
な空間だった。
 その光に誘われ、ボクは本来の目的なんか忘れて歩き出す。
 もしかした屋上に通じているかもしれない。なんとなくそこへ行きたかったのだ。
 ちょっとした気まぐれ……いや、ボクがそこへ行こうとしたのは逃げるためだっ
たのかもしれない。
 その頃ボクはクラスで孤立していて、ちょっとした嫌がらせも受けていた。それ
がイジメであることはわかっていたし、自分がその原因を作っていたこともわかっ
ていた。でも、ボクには対抗する勇気なんて持ち合わせていなかったから。
 学校へ来ることは苦しみでしかなかった。でも、ここから逃げたとしてもボクに
は行く場所なんてなかったのだ。
 だから、今は我慢するしかない、そう自分に言い聞かせるのにももう疲れてきて
いたのかもしれない。
 そんなボクが何気なく見つけたこの場所。
 夕色の光が優しく包み込んでくれそうな気がした。それが見せかけだけの安堵感
だったとしても、ボクにはそれが必要だったから。
 例えば、雨宿り。
 雨の中を歩くのは辛いけど、ほんの一時でもその雨を凌げるのなら、再びその中
を歩いていくことはできる。そんな感じなのだろう。
 それは幻想の雨宿り。
 根本的な解決にはならない。それは、ボクの甘えた心をもっと増長させる。でも、
ボクの居場所はそこにあるのかもしれないから。
 だから、迷ったすえに踏み出した。
 屋上近くまで階段を上がると、その手前の踊り場に予想外の人影が見える。それは、
ボクと同じ学校の制服を来た女の子だった。
 ボクは、その場へ足を踏み入れることを躊躇する。
 そして、振り返った彼女の不安そうな顔を見て、つい聞いてしまったのだ。
「こんなところで何してるの?」
 答えなんて求めていなかった。その子が一言でも拒絶の言葉をこぼせば、その場
を去るつもりだったから。
「誰にも見つからないと思ったのにな」
 悲しそうな顔をしまいこんで、その子はちょっとだけ苦笑する。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ」
 悪気はなかったし、すぐにその場を去るつもりだった。
「本当に?」
 無理に作ったような悪戯っぽい顔で、彼女はそう問いかけてくる。
「うん。だから、ごめん」
 ボクは心の底から謝った。と同時にここにも自分の居場所はなかったんだという
思いが心を占める。でも、ボクの足は未練がましくその場に居続けた。
「あなたはなんでこんなところに来たの?」
 逆に彼女に問われてしまう。
「なんとなく……」
 答えられるわけがない。だって逃げるためにここへ来たんだから。
「わたしと同じだね」
 彼女は一瞬だけ微笑んで、瞳をそらした。
 同じなのだろうか? 彼女もなんとなくここへ導かれたのか? それとも本当に
ボクと同じで……。


 彼女はいろいろ話してくれた。
 自分が仲間外れにされていること、眠れぬ夜を過ごしていること。
 その度にボクは自分の事と重ね合わせて「その気持わかるよ」と安易に言ってい
た気がする。
 でも、ボクには本当にわかっていたのだろうか?

 幻想なんてものは、すぐに醒めてしまう。
 偽りの逃げ場所なんて、すぐに壊れてしまう。

 彼女をわかってあげたいのではない。自分と同じ人間がいることに安心したかっ
たのだ。
 でも、それはとても卑怯な事なんだ。そんな事にさえボクは気づいていなかった。
 幼いから、誰かを傷つけても気づかない。幼いから、自分の気持さえごまかして
しまう。
 ボクの心は幼すぎて、あまりにも愚かな行為に気づかなかった。


「知ってる? 汚れた空ほど夕焼けの朱が映えるんだって」
 そんなことを彼女は言っていた。
「あんなにきれいなのに?」
「きれいの基準なんて曖昧だよ。人の心もね」
 彼女は意味深な言葉を並べていく
「でも、ボクは夕色が好きなんだ」
「わたしも嫌いじゃないよ」
 微笑み。それは偽りのない純粋な彼女の心だと思っていた。
「同じだね」
 鈍感すぎたのか、それとも彼女の演技がボクを勘を鈍らせたのか、そんな言葉を
何回となく言ったような気がした。
 人は、他人との共通点を探して安心しようとする。そんなものに囚われて、ボク
は大事なことを忘れてしまっていた。


 その日、ボクは廊下で佇んでいる彼女を見かけた。
 背中を向けて躯を震わせている。手には真新しい巾着袋を握りしめていた。
 一瞬、声をかけるのをためらったが、その様子を放っておくことができなかった。
言葉をかけずにはいられなかったのだ。
「どうしたの?」
 沈黙。
 彼女は躯を震わせいるだけでボクの問いに何も答えようとしない。
「大丈夫?」
 彼女を心配してそう聞いたつもりだった。だけど、ボクはこの時本当に彼女を心
配していたのだろうか? ただの好奇心でないと言い切れるのか?
「ごめん……一人にさせて」
 涙がかったか細い声。
 その一言でボクは簡単に引き下がってしまった。
 彼女の事を本当に思うのなら、そうすべきでなかったはず。
 たぶん、ボクは嫌われるのが怖かったんだ。せっかく見つかったもう一人の自分
に遠慮していたんだ。
 そう。ボクにとって彼女は、同じ気持ちを共有できるもう一人の分身でしかなか
ったから。
 放課後、あの場所へ行ったボクは、一人で夕色の光を浴びることになる。
 孤立する辛さじゃない、必要とすべき人がそばにいないことの寂しさを、その時
ボクは知ってしまった。
 悲しさと、せつなさと、心のしこりを胸に抱いて。


  彼女は幸せになりたかったのか?
  それともここから逃げ出せればよかったのか?
  そんなことなんて……わかるわけがない。
  ボクは彼女の事は何一つわかっちゃいなかったのだから。


「知ってる? 5組のYさんね……」
 廊下を歩いている時にふいに聞こえてきた知っている名前。
 今朝方、先生たちが慌ただしかったのを思い出す。
 1時間目から自習で、職員室では会議が行われていたらしい。
 胸騒ぎはしていたんだ。でも、それがボクの悪い癖であって欲しかった。
「今朝の職員会議ってそれだったんだ」
 休み時間に女生徒が話している言葉がしっかりと聞こえてくる。
「バカな子だよね……自殺なんて」
 口の中が急激に乾いていく。そして、締めつけられるような胸の痛さ。
 ボクは自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。こみ上げてくる悔しさにどう
にかなってしまいそうだった。
 拳を握りしめて……それでも何もできなかった自分を再確認するだけでしかなか
った。
 幼いから許されることではない。知らないから許されることでもない。
 ボクは自分の過ちを知ってしまったから、それが拭いきれない罪と知ってしまっ
たから。
 ここにいることはできない。ここにいてはいけないのだ。
 ボクは居場所さえ自分で作ることのできなかった人間だから。





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