#4530/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 6/20 13:20 (199)
そばにいるだけで 24−4 寺嶋公香
★内容 16/10/15 03:02 修正 第2版
「何で純と一緒なわけ?」
挨拶には応じず、尋ねる町田。純子より早く、唐沢が口を開いた。
「家を出たら、たまたま顔を合わせただけ。涼原さんて時間に正確だねえ。と
言うか、早すぎる。感心するよ」
「か、唐沢君こそ」
振り返って苦笑いを浮かべる純子。
「俺? なーに、近いから。もっともデートのときは絶対に遅れないぜ」
「デートじゃない!」
町田が怒鳴ると、唐沢は両耳を押さえるポーズをして肩をすくめた。
「勉強よ、勉強。分かってんでしょうね?」
「そりゃもちろん。最近は頭もよくないともてないし、格好つけられないもん
なあ。参った参った」
「本当に分かってんだか……」
ぶちぶち言いつつ、町田は二人を手招きした。
「芙美。郁江や久仁香は?」
「まだ。相羽君もね。純とそこの男が一番乗りだよ」
町田が見やった「そこの男」は、家屋をまじまじと見つめている。
女子の視線に気付いたか、唐沢は大げさな調子で始めた。
「いやあ、大きなお家だ。いっぺんでいいから入ってみたかった」
「あ、そ。じゃあ、上がって、廊下を抜けて、勝手口から出て行ってもらおう
かしら」
「冗談きついなあ、町田さん。昔は芙美、芙美って呼ばせてもらったのに、冷
たくなっちゃって。小学校が別々になったせいだな」
「変な言い方しないでもらいたいわね」
足を止め、細くした目でにらむ町田。
「純が誤解するわ。近所で同い年だから、たまたま遊んでただけじゃないの。
そもそも、そっちに言われるまですっかり完全に忘却してたくらいだし」
「まあ、その通りだけど。うーん、俺としては、涼原さんの近所の方がよかっ
たかな」
何の照れもない唐沢に、純子は苦笑するばかりで、返す言葉がない。
(こんな風にして誰にでも声かけてるのね、きっと。悪い人じゃないんだけど、
この辺は着いていけない……)
返す言葉がないのは純子だけで、その分も含めて、町田はがんがん言う。
「あんた、勉強しに来たの、ナンパしに来たの? はっきりさせてもらおうか
しら。答次第ではお帰り願うわよ」
「お。言いましたな。答える前に一つ聞くけどさ、何で男子と一緒に勉強しよ
うと思ったわけ?」
「う……」
電池が切れたみたいに町田の勢いが止まる。
唐沢は芝居がかかってにやりとした。
「俺の見たところ、狙いは相羽だろ。これまでのスケートとか花見とかでも、
そういう感じだったもんな」
「うるさいわねえ。のこのこ着いて来たあんただって、同類でしょうが」
「まあ、そうかもな」
果てしなく言い合いが続きそうな気配に、純子は町田の二の腕を突っついた。
腫れ物に触るときのように、恐る恐る。
「あの、芙美……」
「何?」
「立ち話を続けるのもしんどいし、そろそろ上がらせてくれないかしら」
本心では、二人の言い合いが往来に聞こえそうなぐらいの声量になったのを
見て、恥ずかしくなったのが一番強い理由だが。
「わ、分かった」
町田はわずかに顔を赤らめ、それを隠す風に背を向けると、玄関の戸に飛び
付いた。
「さあ、どうぞっ」
純子達二人の到着からほどなくして、相羽が約束の時刻ぴったりに、富井と
井口は約三分の遅刻でそれぞれ姿を見せた。
「何から始めるんだ?」
全員が揃うまでは純子と喋ってばかりいた唐沢が、取り繕った口調で皆に尋
ねる。丸テーブルの内、席は自然と、純子の右隣を確保していた。
「数学!」
手を挙げるのみならず、軽く飛び跳ねて主張する富井。町田が彼女をじろっ
と見やった。
「郁、あんまりはしゃがないの。いくら他に誰もいないからって」
「ごめーん。嬉しくって、つい」
富井がそう答えるのも道理で、すでに彼女と井口とで相羽を挟むような形に
なって座っていた。
「数学なら相羽の出番だな。他のもまんべんなくいいけど」
「国語は教えて欲しいぞ」
言って、純子の方に顔を向ける相羽。
「あんまり当てにしないでよ」
「涼原さんよりも国語、できる人ってこの中にいるの?」
この問い掛けに答えたのは、もちろん純子本人ではなく、他の女子三人。み
んな一様に首を振った。
「純子が一番」
「だったら、頼りにしてまっす」
片手で拝む格好を見せてから、相羽は数学の問題集を開いた。
「言われた分、やってきたけど……」
その言葉でみんながノートに手を伸ばそうとする。
相羽は素早い動作で自分のノートを上空へ避難させた。
「写すだけなんてのはやめてくれ」
「固いこと言わずに、相羽先生」
揉み手しかねない唐沢の猫なで声に、相羽は振り上げていたノートで彼の頭
をぽんと叩く。
「まーた、おまえは。宿題のときもそれなんだからな」
「写したあと、きちんと見直して勉強してるさ」
唐沢が急に真面目な口調になった。
その変化が伝わって、思わず視線を移す純子達。
と、今度は唐沢が滅多にない居心地の悪さを感じたのか、少しの間を置き、
また不意に相好を崩した。
「デートの合間にノートを見直してる−−いてっ」
後ろに立っていた町田の肘が、唐沢の悩天を直撃した。
「もてるお人は放っておいて、さっさと始めましょ」
唐沢と井口との間に陣取り、自分のノートを開く町田であった。
それから小一時間ほどは、静かに勉強−−というか、模範解答の写しにいそ
しむ。当然ながら、相羽はちょっと暇。時たま出される疑問に丁寧に答えるぐ
らいで、頭も手も使わないでいた。
まさに手持ちぶさた。相羽は定規の端を摘み、ゆらゆらと振り始めた。十五
センチ程度のプラスチック製定規が、何本もあるかのように見える。これが下
敷きならばうちわ代わりの意味もあるだろうが、定規では風はそよとも起こら
ない。
「ねえー、相羽君。次、こっちは?」
「それは」
富井の質問に相羽が問題集へ顔を近付けたときだった。注意がおろそかにな
ったのかもしれない。
「あ−−ぶないっ!」
相羽の緊迫した声。
純子はノートから面を起こし……。
「きゃ」
悲鳴にもならない短い叫びを上げたのは、何だか分からない物が接近してき
て、目の前を上から下にすとんと通過したから。
「どったの?」
町田がひょいと首を伸ばし、相羽と純子を交互に見る。他のみんなも似たよ
うな行動を取った。
「ごめんっ、大丈夫?」
純子のそばまで行くと、相羽は片膝をついた。
「な、何かが飛んで来た……」
意味もなく宙を指差した純子だったが、胸とお腹の間辺りに違和感を覚え、
即座に手を降ろした。
「定規が飛んでってしまって……ごめん。怪我はない?」
「それよりも……何だか冷たい……」
すでに予感はあった。悪い予感が。
服の上から手を当てると、固いそれが確認できた。
思わず、「やーん」と声を上げてしまう。外野の声が一層騒がしくなった。
「何やってんだ?」
「もしかして、定規……入ったとか」
相羽の推測に短くうなずいてから、座ったままくるりと背を向ける純子。
左手で襟元を引っ張り、そこから中を覗きつつ右手を入れ、探った。しかし
届かない。
「見ないでよ」
言いながら、今度は裾の方から手を回し、定規を掴むと素早く引き出す。
「−−相羽君のエッチ。やらしいんだからっ」
一瞬だけ振り返り、声とともに定規を投げつけると、再び相羽から顔を背け
た純子。裾を整え、襟元をしっかり引き上げる。
他の面々が呆気に取られる中、当事者の相羽は物言いたげに一旦口を開いた。
が、次には噛みしめるようにして閉じ、その場に改めて座り直した。定規は部
屋の隅っこに飛んで、しばし忘れられている。
「ごめん……なさい。わざとじゃないんだ。許してください」
丁寧すぎる口調で言って、床に手を左右ともつく相羽。頭を深々と下げた。
気配を感じ取った純子は、肩越しに目線だけで振り返る。
(ま、また土下座みたいな真似をして……。やめてよ、今はそれどころじゃな
いんだから。あーん、恥ずかしいよぉ)
両腕で自分の身体の前を覆い、黙っていると、外野からの声が復活した。
「純子、許してあげないの?」
「まあ、狙って入るもんじゃないのは確かだよな」
「蜘蛛なんかだったら分かるけど、たかが定規じゃない。平気でしょ」
「相羽君がかわいそうだよお」
富井が肩を揺さぶってきた。
純子は組んだ状態になっていた腕を解き、うつむいたまま膝の上に置いた。
(そう言うけれど、やられた方の身にもなってよ! 恥ずかしくてたまんない
んだから)
「気が済まないんだったら……言うことを聞く。涼原さんが言うことなら何で
も」
「ええ?」
不意に聞こえた相羽の提案に、純子はようようにして、まともに振り返った。
「な、何言ってんのよ」
応えるのは相羽本人ではなく、唐沢だった。
「罰ゲームってことか」
相羽は黙ったままうなずく。どうやら真面目に言っているらしい。
「そんなの、しなくていい」
「あら、もったいない」
純子が辞退したというのに、周りの女子、特に町田が態度を豹変させた。
「折角だから受けちゃいなよ、純」
「芙美?」
「面白いじゃない。何かやってもらいましょ」
町田の表情は悪巧みを閃いたときの笑みを張り付けている。唇の両端はつり
上がり、目は細く、そして何よりその奥の瞳の光が違った。
「どんなことがいい?」
町田が尋ねると、富井と井口の二人はもはや勉強を放り出して考え始める。
「ああっと、聞く必要もないか」
町田は何故か大げさな身振りで肩をすくめたかと思うと、純子達三人にウィ
ンクをした。全ては計算尽くのように見えなくもない。
「相羽君。男の友達を最低でも二人連れて、私達と一緒にどこかへ遊びに行く
こと。これ、どう?」
「どうって……」
相羽はぽかんとしていた。
純子に対して言ったのに町田が要求してくるのも変だし、その内容が罰にし
てはいささか奇妙だ。
「何だ。デートのお誘いじゃねえか」
察した唐沢は、やや乱暴な口調で言い捨てた。そして肘で相羽の腕をつつく。
「いいな、いいな。羨ましいぞ」
「ば……何言ってんだよ」
言い合いめいたやり取りを始めた男子二人を前に、純子は町田の意図をやっ
と理解したところ。
「芙美、グループ交際の……」
純子が小声で尋ねると、町田はただにやっと笑った。
井口が「頭いい」、富井が「さすがぁ」と、それぞれ拍手の形を取る。
(全く、みんな、私の不幸をだしにして……ま、いいか)
小さく息をつくと、さっきまでの憂鬱を吹っ切った純子。
「相羽君」
唐沢との話を続けていた彼を振り向かせると、純子は満面の笑顔を作って首
を横に傾げた。
「私からの罰ゲーム、それにするわ」
「え、本気で?」
再び呆気に取られる相羽だったが、今度はすぐに自分を取り戻した。
「それで気が済むのなら……頑張るよ。さあ! 今はテスト勉強だぜ」
−−つづく