AWC そばにいるだけで 24−3   寺嶋公香


        
#4529/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 6/20  13:19  (191)
そばにいるだけで 24−3   寺嶋公香
★内容
「気にしない。それより、これぐらいのこと−−って言ったら悪いけどさ、こ
んなことで落ち込んでいたら、やってられないよ」
「……向いてないのかなあ」
 こうべを垂れ、別の意味で落ち込む純子。
 相羽はぼそっと言った。あたかも口いっぱいに食べ物を頬張り、マスクを掛
け、さらにわざと低い声を出したかのように、実に聞き取りにくい調子で。
「個人的には、向いてないと言いたいところだけど」
「え、何?」
「−−ドゥ ユア ベストって言ったつもり。今の自分の最善を尽くす。 アンド 
リラックス。肩の力を抜いてね」
 英単語と日本語のちゃんぽんで、おどけたように言う相羽。
 純子はそのおかげで力が抜けた。
「他人事だと思って。でも、応援してもらえるのって嬉しい」
「僕はファン第一号だから。ははは」
「うふふ。それで駆けつけてくれたわけね」
 もう完全に気分は晴れた。
 純子は髪をなびかせすっくと立ち上がると、相羽の席に近付く。
「ありがとう」
「ん。どういたしまして。じゃ、帰る」
 相羽も立ち上がる。
「え、もう? 用事あるの?」
「急ぎの用はないけれど。いきなり来といて、長々とお邪魔しちゃ悪いでしょ」
「いいのよ。邪魔じゃない。ほら、両親いないし」
 心配して来てくれたのがよく分かるだけに、追い出すような真似はしたくな
い。それに、もっと話したいことがあるような気もする。
 両手を広げる純子に、相羽の目は一瞬、見開かれた。
 そして次には吹き出す。
「だからこそ、まずいんじゃないかなぁ」
「どうして? 私なら平気。笑うなんて失礼ね」
「そんな意味じゃなくて……まあいいか。そういう風に見られるわけないから」
「何よ、わけ分かんないこと言って」
 こんな風に二人が微妙な食い違いを見せつつやり取りをしているとき、純子
の母が戻って来た。
「誰かお客さんかと思ったら、相羽君だったの」
 まるで驚いた様子もなく、純子の母は歓迎口調で言った。

 * * *

 〜 Interlude 〜

 いわゆる旅行のための旅行は、最近では小六のときの修学旅行があった。モ
デルとして行った分も含めていいかもしれない。
 だが、家族揃ってとなると、話は別。田舎に帰る旅は何度も経験しているが、
それ以外の目的を持った旅行は記憶をかなり遡らないと行けない。
(恐竜展に行ったとき以来かしら? 日帰りなら他にもあるけど、泊まりがけ
だったのはあのとき−−)
 連休初日の朝方、出発を前にしてそんなことを思い出した純子は、小さな布
製の茶色い袋を手に取り、きゅっと握りしめた。
「ずっと見守っててね」
 囁くように言うと、胸ポケットに仕舞い、ボタンをしっかりとかける。
 純子にとって、袋の中身は一種のお守りだ。
(あのときみたいに、私に元気を−−ください)
 昆虫の化石を封じ込めた小さくもきれいな琥珀。
 その向こうに、純子は名も知らぬ少年の面影を見つけているのかもしれない。
「純子、支度はできた? そろそろ出発する時間よ」
 母の声に元気よく応えた。
「はい、今行く!」

 * * *

 図書室はいっぱいだったが、通学路の途中にある公園は閑散としていた。ベ
ンチを四人で占領した。快晴でもなく、雲が立ちこめているわけでもない。外
で話すにはお誂え向きのほどよい天気。
 純子達にとって、試験前の恒例行事と化していること−−みんなで集まって
勉強する。そのための日を決める話し合いだ。
「相羽君に教えてもらいたーい」
 初っ端から、全く関係のない、ストレートな要望が富井の口から出た。
「そういや、そんなこと言い続けてたっけ」
 覚えのある町田はシャープペンシルを鼻と上唇とで挟むと、後頭部に片手を
やった。片目を瞑るその表情には、面倒がっている節が窺える。
「教室で教えてもらえばいいじゃない」
 すねた口調で言ったのは井口。
「私なんかクラスが違うから簡単には行けないのに、贅沢言ってくれちゃって
さあ、郁江」
「そんなつもりじゃあ。ねえ、それだったら、なおさら一緒に勉強したいでし
ょお? つまり、久仁ちゃんと私は同じ考えの持ち主なのだ」
「まあ、悪い話じゃないけれど。それにしたって、大きな問題あるよ。誰が誘
うのか。誰の家に集まるのか」
 指折り列挙する井口に、町田が言葉を差し込む。
「そういう話になるんだったら、私もちょっと考えさせてもらうわ」
 これまでしばしば場所を提供してきた彼女にとっても、今回は多少躊躇する
状況らしい。
「場所は後回しにしないと、話が進まないわよ」
 胸ポケット内の物の位置を直しつつ、純子が言った。
「それで、誘うのはみんなでやれば? 同じ調理部なんだから」
「まあ、それが普通ね。だけど、あの相羽君のことだから、どうせまたこう言
うわね。男が一人なのは遠慮したいって」
 町田の見方に、他の三人は揃ってうなずく。
「でもさあ、他の男子入れてたらすっごく大勢になっちゃう」
「少なくても六人、多ければ八人ぐらいかな……」
 言葉を切り、純子の方を見つめてくる町田。
「何?」
「抜けるなんて言うなよ、と思ってさ」
「あははは。やあね。言わないわよ」
 思い出し笑いをしながら、純子は一つの提案をした。
「元々、相羽君だっていつも一人で勉強してるわけでもないでしょ。向こうの
何人かとこっちが合体ってことで行けるんじゃない?」
「冴えてる〜。そうなるとぉ、勝馬君や唐沢君かな」
「唐沢……」
 ここのところ、この名を呼び捨てし放題の町田。しわが寄るのも物ともせず、
嫌そうな顔を作った。それとは裏腹に、心地よい風が通り抜けていく。
「あれが来るんだったら、場所提供は完全にパスだわ」
「何でー? 近いのに」
「さあね。その話は後回しにしないと、何にも決まらないと思うわよ。とりあ
えず、日時を決めちゃおうじゃないの」
 触れるのを避けた町田は、話を逸らす。
 ともかくも日時に関してはいつものように、試験の約一週間前の日曜日が候
補に挙がった。あっさり決定しかけたとき。
「あ。だめだわ」
 純子がつぶやいた。
「何がだめなの? 予定がもう入ってるとか?」
「ううん。そうじゃなくて」
 続きを言っていいものかどうか、短く検討する。
(その日って、母の日だわ。きっと相羽君のことだから、お母さんに何か親孝
行しようと考えてるはず。そういうときに誘うのは……。ああ、でも、この事
情って言いにくいよ。どうしよう)
 結論は出なかったが、母の日であることぐらい言ってもかまわないだろうと
判断した。
「五月の第二日曜日は母の日よ」
「そっか。……だけれども、それが?」
 改めて気付かされたあと、みんなはきょとんとして見合わせる。
 町田が重ねて冷静に指摘する。
「去年は前の日に買い物すませて、当日は集まって勉強してたわよ」
「うん、それはそれとして……」
 右手の人差し指で頬をかく。やっぱり言葉が見つからない。
「そのう、男子達にも都合が……。ほら、男子はお母さん子が多いって言うじ
ゃない。ねえ」
「……何か無理矢理っぽいわぁ」
「おかしいよ、純子」
 不審を招いてしまった。慌てて首を横に。
「ううん、そんなことないって」
「じゃ、何で母の日がだめなのか、きちんと説明してみなさいな」
 町田にペンで差されたが、純子は答に窮するばかり。
(しょうがないなあ、もう……)
「あのね。その日にしたら、相羽君、来られないと思う」
 踏ん切りを着けて話し始めることにした。
「えっ。どうして?」
「純ちゃんが何でそんなこと知ってるの?」
 木の葉の擦れ合う音に混じって、疑問の声が飛ぶ。
 純子は、つい先ほど、やっとのことで思い付いた「台詞」をゆっくりと喋っ
ていった。
「また冷やかされると思って言いたくなかったんだけれど……実は私、今でも
モデルみたいなことやってるから、相羽君のお母さんにはお世話になってて、
それで色々と話が聞こえちゃうの。母の日は家族水入らずで過ごしたいみたい
よ」
 純子のこの説明に、町田達は三者三様−−正確を期すなら三者二様かもしれ
ない−−の反応を示した。
「ああ、そういうこと。なるほど」
「納得。それよりも羨ましいっ」
「いいなあ、相羽君の家のことが聞けて」
 富井が純子の手をしっかと取った。
「他に何かあったら教えてね」
「ええ、いいわよ。教えられる範囲なら」
「え! とゆーことは、秘密の話も聞いてるのね、純ちゃん!」
「あはは、そういう意味じゃなくて、私の『お仕事』の話。秘密にしといてご
めんね」
 軽い調子で純子が言って舌先を覗かせると、富井と井口は「なあんだ」と疲
れた様子を露にした。
「そう言えば……だいぶご無沙汰って感じだけど」
 町田は手帳を閉じて、その拍子を指先でぽんぽんと叩く。
「もうすでに時効だと思うから聞くわよ。去年、運動会が終わって、相羽君の
お母さんに話しかけられてたよね、純。仕事だってことだけ聞いたまま、あと
の説明が全然ないぞー。あれ、どうなったの?」
「う。えと、それは」
 目が落ち着きのない動きをしてしまう。
 運動会直後のことを知らない井口と富井が、興味深げに「へえ、そんなこと
もあったんだ?」と口を揃えた。
(わー、どうしよっ。一難去ってまた一難!)
 正直な気持ち、ごまかし続けるのは嫌だし、疲れてくる。モデルやタレント
をやることで悩んだり迷ったりしたとき、相談できる相手がごく小人数に限ら
れている今の状態も息苦しかった。
(同じ年齢の女の子で相談に乗ってくれる相手が欲しい……)
 そんな願いから、テレビコマーシャルについて、言ってしまいそうになった。
 だけど、口止めされていることはやはり大きくて。
「この前−−今月の初め頃に出た雑誌に載ったの」
「ほんと? 見たい!」
「何で言わないんだ、このぉ」
「あいたたたっ。だから、今言ったじゃないのよー。あとで見せるから」
 その場を逃げ出した純子は、何はともあれ満足していた。
(どうやらごまかせたみたい。あいつの家庭の事情を言わずに)

 母の日を目前に控えた土曜の朝は、呆れるほど晴れ渡っていた。
「何でこうなるのかしらね」
 玄関先で出迎えてくれた町田は、純子の後ろに目をやって笑みを半減させた。
「さあ……」
 いたたまれない雰囲気に首をすくめる純子。日差しがちょうど目にまぶしい
立ち位置にいるせいもあって、額に手を当てた。
 彼女の背後には、唐沢が立って、手を振っていた。
「よろしくー」

−−つづく




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