AWC そばにいるだけで 22−3   寺嶋公香


        
#4455/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 4/ 1  11: 6  (200)
そばにいるだけで 22−3   寺嶋公香
★内容
「もったいないって、どういう意味?」
「だって、今日はもう半日経ってる。一日付き合ってくれるって言ってもらっ
たのに、半分になっちゃう」
「なるほどね」
「それにバザーが終わったら、どうせ家に帰らなきゃいけないし。だから、ま
た電話しますね」
「うん、分かった」
 それで解放してくれるのかと思いきや、椎名のお喋りはまだまだ続き、果て
が見えない。
「そうだわ。デートもいいんですけど、推理劇、やってくださーい」
「またその話」
 久しぶりに蒸し返されて、純子は相羽と顔を見合わせた。ともに降参したそ
うな、苦笑混じりの表情をしていた。
「演劇部ってないんですか、中学に?」
「あるよ」
 相羽が答え、すぐに首を横に振る。
「でもね、素人が書いた話を基に脚本を作るなんて、ありっこない」
「演劇部に入っても無理?」
「無理。せめて一年生のときに入って、真面目に活動して、幹部になった折に
文化祭でやるっていう流れなら、まだ可能性あったかもしれないけどさ」
「そういうものなんですか……」
 ややうつむき、口元に右人差し指を当てる仕種を見せた椎名。
 純子は気の毒に思ったものの、いい機会だから劇のことはあきらめさせよう
と言葉を足す。
「相羽君がまた小説書いてくれるんだから、我慢しようよ」
「え、僕はまだ」
 相羽が否定するのよりも、椎名が表情を明るくする方が早かった。
「ほんとですか、先輩!」
「……」
 相羽は口ごもって、純子の方を横目でじろりと見やってくる。
(ごめんね。でも、書く気があるのは約束したことだし)
 舌の先をちらっと覗かせて応えた純子。お願いの意思を表すつもりで、両手
も小さく合わせた。
 相羽は納得行かない顔つきだったが、それもほんの短い間のこと。ぼんやり
眼に優しい光を再び灯し、静かに強く言い切る。
「頼まれると弱いんだよな。ただし、すぐには無理だよ。今、考えてるところ
だから」

 椎名と別れてからは特に用事もなく、純子も相羽も家に帰るだけである。
 そして例によって、純子は相羽に謝るのだ。これが自然の成り行き。
「ごめんね、勝手なこと言って」
「推理小説のこと? いいよ、もう」
 相羽はまるで気にしていないらしい。それどころか、にこにこしている。
「涼原さんが言わなくても、いずれ書く約束したもんな」
「ああ、よかった。そう言ってくれて、ほっとしたわ」
 純子が笑みを見せると、入れ替わって相羽は不意に真面目な表情になった。
「あのさ、涼原さん。君は読みたい?」
「当然。だって、前のも面白かったし、今度のは手品が関係するんでしょ? 
楽しみにしてるから」
「ははあ、そういうわけか」
 考え込む仕種を見せた相羽は、歩みが心持ち遅くなった。
「何か不満あるみたい」
「不満なんかない。二人も読んでくれる人がいるなんて。たださ、手品をどう
使うか、悩まなくちゃいけないと思うと憂鬱で」
「そういうわけだったのね」
「全く、内容の予告なんかしなければよかったかな」
「うふふ、苦しんでください。どうしても無理なら、私はこだわってないから
ね。恵ちゃんには本物の手品を見せてあげればいいと思うし」
 気を遣って言い添える純子に、相羽はぼーっとした眼差しを返してきて、さ
らに唇の両端を上げて笑みをなした。
「サンキュ。おかげで気が楽になりました」
「……どういたしまして、ってところかしら」
 しばらく二人して声を立てて笑った。
 先に収まったのは純子の方。話題を換える。
「ところでスケートは大丈夫?」
「へ? 大丈夫だよ、もちろん。急な予定も入ってないし」
 相羽の返事に、純子は軽く首を振った。少しの意地悪も含めて尋ねる。
「大丈夫っていうのはね、滑れるのかなってことよ」
「はあ。厳しいな。やれやれ」
 相羽は手を広げ、肩をすくめた。

           *           *

 町田が空模様を気にしつつ足早に歩いていると、角を曲がった直後に人とぶ
つかりそうになった。
「おっと」
 身軽にかわしてから、一言謝ろうかと相手をよく見ると、唐沢だった。
「お、町田さんか。折角の休みなのに、早々とお帰りかい?」
 確かに町田はこれから帰宅するところ。
 唐沢の方はお洒落に決めていて、表情も喜色に満ち溢れている。
 デートだと察しを付けた町田は、何だか気にくわなくて、立ち止まったまま、
しばらくだんまりを決め込んだ。
「どこ行って来たのさ?」
「……買い物よ」
「その割には手ぶら。てことは、小物だな」
 指差してくる唐沢に、町田は首を振り、ため息をついた。
「詮索してないで、さっさと行けば? デートなんでしょうが、どうせ」
「余裕はたっぷりある。トラブルがあっても女の子を待たせることないよう、
早めに動くのがポリシーなもんで」
「ご立派。スケートのときも、そう願いたいわ」
 スケートに行くメンバーに、唐沢も入っているのだ。
「もちろん。それにしてもこれだけ近所だってのに、会わないよな」
「そっちがいつも忙しいからじゃないかしらねえ?」
 嫌味たっぷりに言ったつもりだが、唐沢に堪えた様子は見られない。それど
ころか、噛み合わせた歯を覗かせてにかっと笑う。
「おや。町田さんはデートしてないの?」
「知らん!」
 こんな奴に関わった私がばかだったわ−−心中で激しく後悔しながら、町田
は勢いよく歩き出した。ずんずん、りきんだファッションモデルみたいに、真
っ直ぐ。
 唐沢はしばし呆気に取られた風に口をぽかんと開けていたが、じきに表情を
引き締めると、
「おーい、自分の家を通り過ぎるんじゃないぜ」
 と笑い声で付け足した。
 それがまた神経を逆なでする。町田は振り返らずに一言。
「雨に降られて台無しになるわよ、おデート!」

           *           *

 春休みに入って、晴れとぐずついた天気とが交互にやって来ている感じだ。
 今日で休みも四日目になるが、これまでの規則通り、曇っている。鈍色は空
一面に意地悪くも広がり、いよいよ降り出しそうな気配。
 スケートリンクは屋内にあるからいいようなものの、これでは気分の盛り上
がりも半減だ。
「わ」
 バスの車窓から一定の速度で流れ行く景色を眺めていた相羽が、短い感嘆の
声を上げた。
 周囲の友達――無論、純子も含めた――が「何?」と反応すると、相羽は外
を指で示す。
「あの咲きっぷり! 晴れてたら花見したい」
 天気のせいか少しくすんだようなピンク色が、川沿いの道にずらりと並んで
いる。晴れたときの気温上昇のおかげで、桜のシーズン真っ盛り。
「花見、いいな」
 唐沢が一つ後ろの席から身を乗り出すようにして、同意を示す。
「みんなで集まってどんちゃん騒ぎ!」
「情緒ない奴……」
 ぼそっと突っ込む町田。通路を挟んでいることもあって届かないと思えたが、
唐沢は振り返ってきた。
「じゃあ、どんな花見がいいんだ?」
「まず、『お花見』って言ってもらいたいもんだわ」
「お」
 丸い口で発音し、そのあと他の男子三人と顔を見合わせる唐沢。
 唐沢と勝馬は何がそんなにおかしいのか、ぎゃははと笑い出した。
 対照的に、相羽と長瀬はうんうんと縦に首を振り、納得した様子。相羽、長
瀬の順にコメントを漏らす。
「言われてみれば、花見だと宴会のイメージだよな。お花見なら、桜が主役」
「うん、俺もそう思う。花見の絵を描けって言われたら、酔っ払ったサラリー
マンを真っ先に思い浮かべるかもしれねえ」
 女性陣は当然、後者二人の味方。
 唐沢達に笑みを交えた非難を浴びせる富井ら三人の横で、純子はふと思い当
たった。
(長瀬君、絵が上手だもんね。風景画だってきっと、景色をそのまま写し取る
ような……。だからぱっと脳裏に浮かぶんだろうなぁ。−−そっか。相羽君だ
って小説書き始めたからこそ、言葉の持つイメージに敏感なのかも)
 自分の分析に満足して、一人にこにこする。
「食べ物付きかどうかは別にして、天気よくなったら、お花見行こうよ」
 井口が積極的な提案を述べる。
「食べ物なしで、何が楽しいんだろ? ただ花を眺めてるだけかい?」
 そう言いつつも、気楽そうな笑顔の唐沢。憎まれ口を叩く役を、敢えて買っ
て出ているような節があった。自分一人で女子大勢の相手をする普段に比べて、
今日は開放感に包まれている。
「スケッチするなんて、いいんじゃない?」
 長瀬の方を見やりながら純子。先ほど考えていたことがまだ頭に残っていた
せいだ。
「おっ、嬉しいことを。でも、暇な日って、あんまりないんだよね、俺。陸上
の練習があってさ」
 いかにも残念がって息をつくと、窓枠に片方の肘を載せ、寂しげでつまらな
さそうな視線を外に向けた長瀬。−−多少、ポーズが入っているに違いない。
 案の定、すかさず唐沢が指摘をする。
「花ならロードワークのとき、嫌でも目に留まるだろうが」
「ううむ。走りながら絵は描けないけどな」
 破顔一笑。長瀬は肩をすくめた。
「それにしてもだ、相羽君」
 ぴんと伸ばした人差し指で、彼の方を示したのは町田。目元が意地悪く笑っ
ているような。
「何?」
「いきなりお花見の話題を持ち出すとは、ひょっとしてスケート、嫌なのかな
と思いまして」
「どうしてそうなるんだよー」
 目を半分閉じて、さも不機嫌そうに相羽。
「だって、去年は全然滑れなかったじゃない」
「……それは事実。うん」
 しょぼんと肩を落とした相羽に、また後ろから唐沢が聞いてくる。
「てことはおまえ、スケート滑れないの? よくそんなんで、俺達を誘ったな」
「ちょっとは練習したから。迷惑かけない程度には……」
 弁解がましく言って、相羽は語尾を濁した。自信がないらしくて、そのまま
うなだれてしまった。
「どれだけうまくなったか、じっくり見てあげよう」
 相羽と小学校が同じだった面々、特に純子と町田が笑いながら何度かうなず
いた。
「意外だなあ。たいていのことできるくせして、スケートがだめとは」
 唐沢も長瀬も首を捻り、しきりと不思議がる。
「勝馬、本当なのか。体育何でもできるこいつが滑れんとは、信じられん」
「ほんともほんと。何せ去年、滑り出してのはいいけれど停まらなくなって、
女子にぶつかり……」
「勝馬、その話は勘弁しろよ」
 慌てて割って入る相羽。気分的には、純子も同じだ。
 しかし勝馬は、真新しいおもちゃのとりこになった幼児みたいに、簡単には
離れようとしない。
「そのときぶつかった相手が、涼原さんなんだ。平手打ち食らわされちゃって、
相羽クン、かわいそーになー。その上−−」
「別に。自分が悪かったんだからな」
 勝馬が続けようとするのへ声を被せる相羽。早く切り上げたいらしく、そっ
ぽを向いた。
 でも思惑通りにはなかなか行かない。事情を知らない唐沢と長瀬は興味津々。
「ほぉー。わざとぶつかったんじゃないんだったら、普通、叩かれないぞ」
「相羽、その頃、よほど嫌われてたのかいな?」
「違うよっ」

−−つづく




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