#4444/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 3/31 11:36 (200)
そばにいるだけで 21−1 寺嶋公香
★内容
教室にかけ込んでからも、純子の息はまだ白かった。
と同時にスピーカーを通して鐘の音が鳴り響く。朝礼がある曜日だから、す
ぐに外に出なければいけない。
気が急くあまり純子はつまずきそうになりながらも、席に勢いよく辿り着く。
「ぎりぎりセーフだね。休みかと思ってた」
隣の相羽が外に向いていた足を止め、言ってくる。純子はまだ息を弾ませて
いるため、すぐには応答できない。
(あ、あんたのせいなんだからっ。推理小説の解決を考え出したら、目が冴え
てきて……)
黙って一時間目の準備をしているときもなお、相羽と唐沢が何だかんだ言っ
てくる。
「珍しい。寝坊?」
「昨日の夜、テレビか何かあったっけな?」
違う……と否定する時間も惜しく、運動場に向かった。
まともに事情説明ができたのは、当然のごとく次の休み時間。
「直接じゃないけど、相羽君のせいだからね」
いきなりそう切り出したが、相羽の方はすでに朝の件など忘れていた様子。
純子の言葉の意味するところが飲み込めず、不思議そうに見返してきた。
「あー、焦れったい!」
純子は早口でまくし立てた。半分、いや九割方は言いがかりであると自覚し
ていても、誤解されたままでいるのはたまらない。
「なーんだ」
話し終わったとき、相手の反応は実にあっさり。いわれのない抗議に反発す
るでもなく、むしろ顔をにこやかにほころばせる。
「てことは、出来はそんなにひどくなかったと思っていいのかな。ははは」
「……ふーんだ。種明かしがつまらなかったら、何にもならないわよ」
何故かしら悔しくて、純子はつんと澄ましてやった。
そこへ、話を窺っていた後ろの唐沢が口を挟んでくる。
「ふむ、楽しそうでいいねえ」
「唐沢君も読めば? 頼んだらプリントしてくれるわよ」
相羽の意向を無視してそう持ちかける純子。
しかし、唐沢は首を横へ細かく振った。
「冗談! 悪いが趣味じゃないな、小説なんて」
「……面白いのよ」
一転、弁護に回る。それでも唐沢は頑なだった。
「いくら涼原さんの言葉でも、無理。字の詰まった物を読むと頭が痛くなる質
でして。授業だけで充分だぜ」
肩をすくめた唐沢に、今度は相羽が軽い調子で言う。
「本を読む時間があれば、女子と一緒に出かけてるって?」
「そうそう。分かってるじゃないか、君ぃ」
相羽の背をばんばん叩く真似をする唐沢。幸か不幸か、席の位置関係で腕は
届かないが。
「ところで話があるんだ。放課後、いい?」
唐沢の相手をやめ、純子に話しかける相羽。
「それ、電話じゃだめなの」
「できたら直接がいい。例の話だから」
「例の話?」
おうむ返しをしたのは純子でなく、唐沢だ。
(この話題に入って来られたら困る……どうしよう)
モデル関係だろうと察しを着けた純子は、心の中で右往左往。
「秘密だぜ、唐沢」
「冷たい奴。いいさ、純子ちゃんに教えてもらおうっと。純子ちゃーん、一体
何の話?」
呼び方まで変えて甘えた声を出す唐沢。純子も通常なら笑みの一つもこぼし
たかもしれないが、今は違う。
「い、言えない」
「唐沢、あきらめろって。どうせ聞いてもしょうがないんだ。第二小学校の六
年のときの話なんだからな」
相羽が絶妙の取り繕いをした。これは効果があった。
「ふーん。なら、確かにしょうがない。同窓会でもやるのか? うらやましい
ねえ。俺も小学生のときの友達で会いたい子がいっぱいいる」
唐沢は思い出に浸るかのごとく、緩く目を閉じた。続いてその口から飛び出
したのは。
「圭子(けいこ)ちゃん、高江(たかえ)ちゃん、璃奈(りな)ちゃん、十和
子(とわこ)ちゃん、清美(きよみ)ちゃん……あれだけ仲がよかったのに、
中学ではクラスが別になってしまって」
真面目に聞いていた二人はがくっと来た。
相羽が、「それはともかくとして」と前置きしてから続ける。
「そっちもやればいいじゃないか」
「ああ、だめだめ。俺ってテニスとデートは自分で企画するが、他ではされる
立場なの」
「なーるほど。そうでしょうとも」
相羽が納得と呆れをまぜこぜにしたような軽い調子で切り返したところで、
二時間目開始のチャイムが鳴った。
調理部の部活動がある日だったので、放課後、純子と相羽が会うのは少し遅
くなった。それはいい。
よくないのは、予想もしない障害が図書室で待ちかまえていたこと。
「あ」
ドアを開けて入るなり、純子は短く反応した。そのまま戸口のレールの上に
立ち止まる。
「ん? 入らないと……」
「しっ」
指を口に当てて静かにするよう意志伝達。それから純子は相羽を押しながら、
廊下に戻った。
「白沼さんがいた」
「へえ? でも、いいじゃないか。まさか聞き耳立ててるわけじゃあるまいし、
離れて話せば」
「気のせいかもしれないけれど、白沼さん、ちょっと変だったわ。本も何も見
ないで仕切り越しに、部屋全体の様子を窺っているみたいなの」
「誰か待ってるんじゃないかな」
「こんな時間まで?」
二人とも腕時計をしていないので正確な時刻は分からないが、部活が終わっ
て、そろそろ夕闇が顔を覗かせる頃である。
「茶道部は今日は活動日じゃないはずよ」
「そうなんだ? ということは放課後、教室を出てからずっと図書室にいた可
能性も……?」
純子も相羽も、何となく嫌な予感を覚えていた。
「朝、話していたの、聞こえたのかしら」
「そういえば、白沼さんもあの場にいた。だけど、僕と涼原さんが図書室で話
をするのを知ったからって、どうして白沼さんが聞きに来るのさ」
「分からないの?」
呆れた、という言葉は何とか飲み込み、純子は指を相手の胸先に突きつける。
「白沼さんはあんたのこと、いいと思ってるのよ」
「……それぐらいは分かってるよ」
不平そうに口をへの字にした相羽。
「しかし、だから何だって言うんだ」
「そういう男子が別の女子と内緒話するのが気になるのは当然でしょう」
「考えすぎだと思う。同窓会の話だってこと、聞こえたと思うし」
「そうかしら。どっちにしても、私は聞かれたくないよ」
知られたらと考えるだけ、あまりいい気持ちはしない。
(あの人がモデルのことを知ったら何を言い出すか……想像もつかない。よく
ないのだけは間違いないわ)
「僕だって。……母さんから、と言うよりも仕事に関係してる人達から内緒に
するようにって、強く言われてるんだ」
「ねえ、図書室はやめよう?」
純子の提案に、相羽は即座にうなずいた。
それはいいのだけれども、他に適当な場所はとなると、この時間帯、学校の
中には見つかりそうもない。
「長くなるから、中庭や運動場の隅っこじゃ寒いし」
「長いの?」
とにかく学校を出ようということになり、玄関を出たところで純子は右隣の
相羽を見上げた。
「……帰りながら話せばいいや。これだけ遅い時間だから、友達とかに気付か
れることもないだろ」
そうつぶやき、校門の外に出てから本題に入る相羽。
「一つ目は、コマーシャルの放映が決まった話。本当はもっと前から決定して
たに違いないのに、この間やっと教えてもらえたよ」
「いつ?」
「今度の金曜、夜八時からのドラマの枠でお披露目だって。『天使は青ざめた』
っていう新番組……詳しくないんだけど、香村や紫藤(しとう)、鰐渕(わに
ぶち)とかが出演だから、学校のみんなも割と観るんじゃないか」
相羽は言うと、不幸せそうに眉を寄せた。
一方、そんな彼の顔つきを同情と受け取った純子。
「よりによって、そんな番組なのね……。今さら悩んでも仕方ないっ。どうせ
みんなドラマに夢中で、コマーシャルは注意して観ないわ、きっと」
「そんなもんかな」
「そう思うことにするの!」
次の瞬間、純子は口を手で押さえていた。声が意外と往来に響いたから。
「そ、それで?」
「番組の中のコマーシャルはそのドラマの他にアニメが二つ、バラエティ――
クイズ番組が一つあって。それらの放映時間帯が、えっと」
詳細を記したメモ用紙でも取り出しかねない相羽の仕種に、純子はポニーテ
ールを揺らして首を振った。
「そんな細かい話はいい。あとで気になったら、こっちから教えてちょうだい
って言うから」
「だったら……他には番組と番組の間に流れるやつがあるんだ」
「そういうのも言わなくていいってば」
聞きたくない理由もあるにはある。
(知ってしまったら、気になってその時間、テレビにかじりついちゃうかもし
れないじゃない)
「別の用事に移ってよ」
「そう言うんなら……ポスターが張り出されるのも金曜日から。コンビニエン
スストアが中心」
相羽の口振りが若干、事務的になったような気がする。
「他にも駅や地下道等。一部の雑誌にも載る。売れ行きを見てから効果的なタ
イミングを見計らって、新聞にもテレビ欄の下をまるまる使って掲載するかも
しれないという話が」
「はあ……そうですか」
当日がやってくれば違うのだろうが、今はまだ実感が湧かない。どうでもい
い気さえしてくる。
「話はこれだけ?」
「ううん、二つ目がある。AR**の方だよ」
相羽の方は自分の話し方が固くなっていたと気付いたらしくて、急に語調が
軽くなった。
聞き流しそうになった純子だが、やや遅れて意味を掴む。
「お受けするっておばさんに電話したけど、あのあと変更でもあった?」
「まあ、変更だね。撮影場所がスタジオになったんだってさ」
「ふうん? 寒くないのはうれしいけれど、急にどうして?」
「斉藤さんがどうしても中がいいって言ってたのが通って、スタジオ撮影にな
ったらしいよ。多分、花粉症のせいだね」
言いながら、愉快そうに頬を緩める相羽。
「斉藤って、ルミナちゃんのことよね? 一緒にやれるんだ?」
「知らなかった?」
「ううん。ただ、どうなるか分からないっていう風に聞いていたから。そっか
ぁ、また会えるのね」
思い出して、自然と微笑む純子。
(最初は合わなくて戸惑ったけれど、慣れてみたらどうってことなかったし。
何たって、モデルに関しては先輩だもんね)
思いを馳せる純子の横で、相羽が口を開く。
「これで本当におしまい。質問あれば言って。僕が答えられるかどうかは分か
りませんが。ははは」
「うん……今はいい。それより」
純子は立ち止まった。そうしないと、じきに分岐点だ。話が中途半端になっ
てしまう。
「事務所のことだけれど……」
「急がなくていいらしいから、じっくり決めなよ」
相羽も足を止め、ぼんやり見つめ返してくる。
「決心できたら、事務所を三つ四つ紹介すると母さんが言ってた」
「あの……ずるいかもしれないけど……コマーシャルの反応が分かったあとで
決めていい?」
「へ? それはかまわない、と思う。でも、どうして?」
「自信ないから。も、もちろん、人気出なくたっていい。気にしない。でも、
もしも嫌われるんだったら」
「ばかな。嫌われるなんて、あるもんか!」
力のこもった相羽の口調に、純子は心持ち身を反らした。
「絶対に大丈夫。万が一あるとしたって、それは人気出たときの反動の嫉妬ぐ
らいじゃないかな。そんな心配、早すぎる」
−−つづく