AWC そばにいるだけで 16−5(訂正版)   寺嶋公香


        
#4443/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 3/ 6   1: 2  (200)
そばにいるだけで 16−5(訂正版)   寺嶋公香
★内容
『食らえ!』
 幅の広い大きな剣−−無論、作り物−−を腰から抜き、三度、突きのポーズ
でレイを追いつめると、ドームはいきなり剣を振りかぶった。
(来たっ!)
 純子は息を飲んで、タイミングを測る。一番練習した場面だった。
 立島のややゆっくりとした動きの一太刀を、純子はバク転で逃れる。ピンク
色のレオタードに、青と白のストライプのスカートをパレオ風に巻いた姿だけ
に、かなり恥ずかしいのだが、いざ本番の今となっては完全に開き直っていた。
 うまく着地すると、純子は身を屈める。
 その頭上をかすめる雰囲気で、一陣の風が。
『調子に乗るな、ドーム』
 押さえた口調で言ったのは、ようやく出番が回ってきたセシアこと相羽。ず
っと朝礼台の脇で身を縮めるように立っていた彼は、直前に朝礼台に上り、こ
れまた作り物の鞭を振るい、ドーム役の立島の動きを止める。
『セシアめ、いいところで邪魔をしおって』
 鞭を巻かれた手首を、もう片方の手で押さえながら悔しがるドーム。と言っ
ても、相羽が投げた鞭先を、立島がうまくキャッチしたのが舞台裏。
 この時点で、マリンとカオス、エアとファジーの戦いも中断し、敵味方に分
かれている。
 その中、純子は朝礼台の下へ後ずさり、相羽に手を取ってもらって、台上へ。
 風上に立つセシアがマントの一端を手にした。布が音を立ててはためく。
 そして純子。
『フラッシュ・レイ・ネット!』
 大声で叫ぶや、胸元でクロスさせていた両腕を前に突き出し、手の平を開く。
 すると、白い糸状の物が何十本も飛び出し、カオスとファジーに降りかかる。
(う、うまく行った。<蜘蛛の糸>、かかってくれたわ)
 内心、ほっとする純子。あとは、他のみんなの演技が終わるのを待つだけ。
 セシア役の相羽が鞭を引っ張り、それに合わせて、ドーム役の立島が前に倒
れる。これでエンド。
 練習の甲斐があって、ほぼ完璧にこなせた。ほんのちょっぴり、時間をオー
バーしたらしく、急かすアナウンスが被さったが、見物人には受けたようだ。
観客席からたくさんの拍手が聞こえる。特に、小さな子供の歓声が多い。
「成功と思っていいのかなぁ?」
「いいんじゃないの。ここまでして子供に喜んでもらえなかったら、泣くわ」
 純子のつぶやきに、町田が反応した。見れば、しきりに頭を振っている。先
ほどの蜘蛛の糸を払うためだ。無論、白沼も同様。
 純子は懸命に引っ張り、手元にたぐり寄せた。
「昆虫になった気分って、こんな感じかもね」
 疲れたように息をつくと、白沼は純子をじっと見つめてきた。
「正直に言うと、あそこまでやれるとは思ってなかったの。見直したわ」
「あ、ありがとう……」
 素直に喜ぶのも変かと思ったが、悪い気はしない。
「アクション物じゃなかったら、私だって主役やれたんだけれどね。バク転は
無理だわ」
「まるで私が、バク転しか取り柄がないみたいな……」
「そんなこと、言ってないってば」
 やり取りをする内に退場門を通過。途端に、待ちかまえていた小さな子達に
取り囲まれた。一番年上でも小学生三、四年か。下は三歳ぐらいに見える。
 案外、大勢集まってしまったので、邪魔にならぬよう、脇に移動した。
 それでもみんな、まだ続いている仮装行列そっちのけで、「フラッシュ・レ
ディだあ!」だの「セシア!」だの、無闇に名前を呼んでくれる。が、どう対
応していいのか分からず、純子達は戸惑うばかり。
「なるほど。やっぱり、悪役は人気ない」
 と安心していた立島の周りにも、子供達が集まってきた。
「ドームは隠れファンが多いの」
 遠野がおかしそうにつぶやくのを耳にして、純子達「正義の味方陣営」も笑
った。
 と、そこへ、
「握手して!」
 というおねだり声が下から届く。五歳ほどのまん丸とした女の子だ。
 純子は気安く手を出そうとしたが、はたと思い当たり、一瞬、きょろきょろ
と頭を巡らせてから、相羽の方へ視線を送る。
「何?」
 気が付いた相羽へ、握ったままの両手を差し出し、小さな声で頼む。
「これ、取って。見られたら、がっかりさせちゃうかもしれない」
「−−あ、分かった」
 仕掛けの<蜘蛛の糸>は、すでに手の中に丸め込んでいる。それをこっそり、
相羽へ引き取ってもらった。
 改めて手を差し伸べると、女の子は嬉しそうに、強く握り返してきた。
 その様子が呼び水となって、他の子に大胆さを与えたらしい。そのあとはも
う、遠慮なしに握手を求められるわ、まとわりつかれるわして、大変だった。
 相手をするのにいい加減くたびれたところで、純子の名前を呼ぶ声が。
「涼原さーん、見てましたよー」
「めっ、恵ちゃん」
 レイと呼ばれなかった段階で分かっていたが、椎名を前にすると、どうも気
後れする純子。チョコレートをもらった一種の後遺症かもしれない。
「ど、どうだった?」
「格好よかったですけど、がっかり」
 ふてくされたような椎名の横顔に、純子はぎくりとした。
「セシアをやってほしかったです」
「やっぱり……」
 予想通りの言葉に、純子は苦笑いを返した。
「相羽さんのセシアもいいですけれど、私にとっては、涼原さんのセシアも見
たかった」
「探偵だけで勘弁してー」
 そのとき、今度は勝馬から声がかかる。
「涼原さん? 写真、一緒に写ってほしいんだってさ」
「あ、はい。−−じゃ、恵ちゃん、あとでね」
「はあい」
 このあとは、しばらく記念撮影大会になってしまった。純子達だけじゃなく、
人気のある仮装をした班は引っ張りだこの状態である。
 中にはいたずらっ子もいて……。
「−−わ?」
 「はい、チーズ」のかけ声とともに、太股の辺りが涼しくなったと思ったら、
隣にいた小さな子が、純子のスカートをずり降ろしてしまっていた。
 下は普通のレオタードなのだから、別に見えてもかまわないのだが、突然の
ことに焦る純子。その上、清水が例によって冷やかすものだから、なおさら頭
に血が昇る。
(正義の味方って、全然楽じゃない!)
 しゃがみ込んで背を丸くしながら、心中で叫んでいた。

 ようやく解放され、着替え終わってから、応援席に戻った。十八人十九脚は
午前中にあったので、純子の出番はもうない。
「受けてたわねえ」
 三年生の演技目を、ぼーっと眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。
 振り返ると、二年生の南(みなみ)。調理部の先輩で、新しく部長になった
人だ−−と言っても、純子は調理部でないから、直接の関係はない。
「あ、どうも、どうも。ありがとうございます」
 調理部の町田が、馴れ馴れしいのか丁寧なのか分からない口ぶりで答えた。
「二人とも、コスプレ、似合ってたじゃない」
「あははは」
 何度も礼を返すのもおかしい。だから、笑ってごまかす。
 次いで、町田が質問をした。
「先輩は一年のとき、どんな仮装をしたんですか?」
「私達の班はね、かぐや姫よ」
「かぐや姫……十二単みたいな着物を着てですか?」
「まあ、それらしくね。一人がぞろっとした着物を着て、その裾を月の使者に
扮した人達が持ち上げるのよ。それでね、アピールタイムには、みんなで着物
を引っ張って、お殿様と町娘ごっこ状態」
「……」
 町田も純子も、開いた口が塞がらない。
「笑いは取れたものの、先生、特に国語と社会の先生から大ひんしゅくを買っ
ちゃったわ」
 お手上げのポーズをした南に、純子達は思わず吹き出した。
「そ、そりゃあ、当然ですよぉ」
「そうよねえ。今考えたら、私達もアニメで我慢しとけばよかった」
 ひとしきり、笑い話に花を咲かせてから、南は「リレーに出るから応援、頼
むわよ」と言い残して去って行った。
 「はい、頑張ってください」と安請け合いしてから、町田と純子は顔を見合
わせた。
「……南先輩のクラスって、紅組だっけ?」
「確か、偶数だから白組だよ」
 失敗。まあ、頼む方もよく確かめておくべきということで、許してもらおう。
 そんなリレーも終わって、一年男子による綱引きの順番を迎えた。
 よくある三本勝負なのだが、何しろ参加人数が紅白合わせて百八十人に上る
ため、その様相はなかなか壮観である。
「結構、大事な勝負どころよね」
 勝負にこだわる町田が、紅白の星取り表を遠くに見やりながら言った。
「今のところ、五分五分。残すは綱引きを含めて三種目と来たもんだ」
「リハーサルのときは、勝負着かなかったね」
 予行演習の際、綱引きは一対一のあと、三本目は行わず、勝負預かりとなっ
ていた。
「だいぶ前にテレビで観たんだけど、綱引きってただ力一杯引っ張ればいいっ
てもんじゃないのね。角度や姿勢が重要みたい」
「ふむ。でも、どっちも技術を尽くせば、結局は力の勝負になるんでしょ?」
 身も蓋もない町田の言葉に、純子は苦笑いしつつ頬をかいた。
「それより小学生のときさあ、両方が思いきり引っ張って動かなくなったとき、
力を抜いて相手のバランスを崩すって、やらなかった?」
「やったやった。敵チームのみんなが転んだ隙に、引っ張っちゃうのよね」
「何度も同じことをやってると、見抜かれて、力を抜いた途端、そのまま負け
ちゃうようになってさ。技術を磨くより、ああいう作戦を工夫するのが面白い
と思う」
「なるほどね」
 町田の巧みな言い方に、思わず納得してしまう。
 そうこうする内に、グラウンドでの準備が整ったらしい。真っ直ぐに横たわ
る縄のすぐ隣に、男子達が整列していた。いよいよ縄に手を掛けるところ。
 先生のマイクを通しての声、続いてスターターの乾いた音によって、一回戦
が開始された。
 ……動かない。
 周囲ではクラス担任の先生達が紅白それぞれの旗を振り、また音頭取りのか
け声をかけているが、綱はぴくりとも動かなかった。
 一瞬、静まり返った応援席も、すぐさま大声援を送る。「紅組、頑張れ!」
「白勝てーっ」といったものから、個人名を叫んでの応援まで様々だ。
 同じように声を張り上げていた純子は、疲れてちょっと息をついたとき、気
が付いた。
 退場門を挟んでちょうど向かい側にある四組の応援席に、富井の姿を見つけ
たのだが、その声が。
(郁江ったら、相羽君の名前を叫んでる……四組は白を応援しなきゃだめなの
にねぇ)
 呆れていると、いつの間にやら勝負が着いていた。一本目は白組の勝ち。
「ほら、純。あんたもちゃんと応援しなさい。だから、負けるのよ」
「そんなことないって」
 町田に叱咤されて、首をすくめる純子。
 それでも、先取されてぐったり来ている紅組の男子らを目の当たりにすると、
申し訳なさも心に浮かんで来る。次は真面目に応援しようと誓った。
「いい? 合図したらみんなで……」
 前田が中心になって、相談がまとまる。
 位置を交代して、二本目がスタート。
 同時に、純子達三組の女子は、声を揃えて叫んだ。
「頑張れ頑張れ、相羽! 頑張れ頑張れ、江島(えじま)! ……」
 同じクラスの男子の名を、順に呼んでいくのだ。
 最初、戸惑ったような反応を見せた該当者達−−三組の男子達も、やがて調
子に乗り始めた。唐沢などは、片手を挙げて声援に応える始末。おかげで折角
の応援も逆効果になりかねないところだった。
 それでも再び盛り返した紅組は、どうにか二本目に勝利。
(うーん、声援した甲斐、あったのかしら?)
 判断に悩むところだが、勝ったのは間違いじゃないので、三本目もやること
にする。
 三本目は場所の交代なし、そのまま続行される。
 ひょっとすると、場所が重要だったのかもしれない。地面の石ころの形か極
微少な斜度か、それとも他に原因があるのか分からないが、力を込めやすいの
が今紅組の立つ側……。そう考えると、予行演習、本番を通じて一対一になっ
たのも、合点が行く。
(ひょっとしたら、勝つかも)
 純子の勘は当たった。
 接戦には違いなかったが、見事、紅組が引き勝った。
(本当に場所の差があるんだったら、来年からは考え直さなくちゃね)
 万歳している紅組男子達を見つめながら、純子はそんなことを思った。

−−つづく




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