AWC そばにいるだけで 20−9   寺嶋公香


        
#4439/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/28  11:20  (112)
そばにいるだけで 20−9   寺嶋公香
★内容
 が。
−−きーん、こーん、かーん、こーん−−
<下校時間になりました。校内に残っている生徒は速やかに下校しなさい。部
活動等、特に用事のある生徒は、顧問もしくはクラス担任の先生の許可をもら
うようにしなさい。
 繰り返します。下校時間になりました……>
 校内放送はたとえ図書室と言えども、相当な音量で響き渡る。
 ふと気付くと、書架の隙間から覗く室内には純子達二人の他に誰もいない様
子。窓からの眺めも、すっかり暗くなっていた。
「早くしなくちゃ。相羽君、何て言った? ごめんなさい、はっきり聞こえな
かったから」
「……」
 純子が急かすのに対して、相羽は再び大きなため息。
 さらに、司書の小山田先生が見回りに来た。室内が薄暗かったせいか、それ
とも視力が落ちてきているのか、かなり近付いてから、
「あらあら、涼原さんだったの」
 と柔らかな物腰で言う。図書委員を続けてやっているおかげで、すっかり覚
えられてしまった。むしろ、親しくしてもらっている、とすべきだろう。
「今日は当番ではなかったんじゃないかしら?」
「はいっ」
「お喋りに夢中になるのは楽しいでしょうが、もう時間ですからね」
「分かりました。行こう、相羽君」
 まだどことなくうなだれる様子が残っていた相羽の腕を引っ張ると、純子は
先生の前を通り抜けてから黙礼をした。
 相羽も取って付けたように、慌ただしく頭を下げる。
「日が落ちて冷え込んできたから、気をつけてお帰りなさいね」
「はい、失礼します。さよなら」
 もう一度お辞儀をしてから、純子は相羽を引っ張って図書室を出た。
 扉をぴたりと閉め、廊下に立つなり、相羽が言う。
「手、放してほしいんだけど」
「あっ」
 手の力を抜く純子。自分のやっていたことが、急に恥ずかしく思われた。
 蛍光灯の光を受けた床のタイルが白く照り返す中、並んで一階に向かう。少
し、急ぎ足で。
 下駄箱の前まで来て、靴を履きかえる頃になって純子は後悔した。
(さっさと言ってくれたらよかったのに。今から聞いても、もう教えてくれな
いだろうなあ)
 それから相羽の背中を見つめながら、少し考えてみる。
(さっき、何て言ってたっけ。『僕の想っているのは、す』? す……。言い
直したのかしら。『僕の想っているのは、好きな人は』って?)
 そんな結論が簡単に導き出された。

           *           *

 想い人を送った帰り、夜道を一人でとぼとぼと。
 風は冷たい。でも、今の相羽はほとんど意識していなかった。
「はあ……」
 分かり易いため息を一つ。
 歩みを緩め、空を見上げると、星がきれいに顔を揃えていた。
「小三ツ星までしっかり見える」
 オリオンの刀の鞘に相当すると言われる箇所を、ぼんやりと眺めやる。
 オリオン座ぐらいは前から当然知っていた。好きな星座でもあるし。
 それに加え、この頃は一生懸命になって他の星も覚えようとしている。
「知識を詰め込んだって、今からじゃかなわない。純子ちゃんよりたくさん覚
えて、いい格好しようとも思わない」
 ただ、楽しい。星に関して知ることが、前にも増して面白くなってきていた。
 好きな人が好きなことは、僕も好きになるんだな−−相羽は強く思い、自ら
納得する。
「一緒に星を見に行けたらいいな。あの沖縄のときみたいに。そんな機会、な
かなか巡ってこないだろうから……プラネタリウム、誘ってみようか」
 ここまでは、何のためらいもなくつぶやいていた。
 だが、いざ誘う場面を想像すると、途端に進まなくなる。
(二人でなんて、とても無理だ。きっと、『どうして私とあんたの二人きりな
のよ?』とか言われるに決まってる。それなら最初から大勢で行く話を持ちか
けた方がいい。こっちも唐沢……は難しいかもしれないが、勝馬とかを仲間に
して)
 少し晴れやかな気持ちになる。その場面が明確に想像できた。
 ところが。
(……大勢で行って、そのあとどうしよう? 純子ちゃんと二人で話せるチャ
ンスはそんなにないだろうし、たとえあっても、僕が思ってる方向に行くかど
うか……自信全くなし)
 相羽は強く、何度かかぶりを振った。髪がすれて、さらさらという音がした。
(こういう計算を立ててから女子と遊ぼうと考えるのって、苦手だ。やめた、
白紙に戻そう。……さっき告白し損なって焦ってるのかな、自分。あのまま勢
いに任せて言えばよかったか……ううん、違う。言わなくてよかった。せめて
僕自身、心の準備ができてからじゃないと。何たって、心の準備が出て来てい
ても、言えなかったんだからな)
 どうにか吹っ切れて、足取りもいくらか軽くなった。
「差し当たって……ホワイトデーのお返し、今年からやめよう、うん」
 さあ、急ごう。
 もう先に母が帰宅していることだろう。
 と、母親の顔を脳裏に浮かべた瞬間、大切なことをすっかり忘却していたと
気付かされた。
「しまった! コマーシャルの話、言うつもりだったんだ!」

           *           *

 その夜、純子はベッドの中で相羽のことを考えていた。
 ……少し、意味合いが違うかもしれないけれども。
 四百字詰め原稿用紙に直すと、八十枚ほどに相当するだろうか。もう少し量
はあるかもしれないが、短編の部類に入るのは間違いない。その気になれば一
晩で読み切れる。
 しかし、椎名と交わした約束があって、相羽作のこの小説を読み通すことは
できない。少しずつ読んで、毎日電話で感想を述べ合うのだ。
「誰が犯人か……」
 布団から頭を覗かせ、純子はつぶやいてみた。
 目は疲れているのだが、頭は冴えている。すぐには眠れそうにないから、考
えてみることにしたわけ。
(今のところ手がかりと言ったら、被害者が書き遺した文字と、不思議な足跡
……足跡じゃないかもしれないけれど)
 天井をにらみながら続けて考える。手品にしてもそうであるが、何らかの形
で問題を見せられたら、解かないと気がすまないところが純子にはあった。
(廊下にあった絵も印象的なのよね。勘では関係ある気がするのに……分から
ない。もう一度読み直さなくちゃ)
 こんな調子で自分の思い付きをあれこれ転がしてみたものの、決定的な結論
には行き当たらなかった。
 やっとのことで眠気が訪れたのを機に、純子はひとまず推理を中断させた。
 時計を見るのがちょっぴり恐い。そのまま頭を布団の中へ潜り込ませた。
 −−この夜、純子はベッドの中で相羽のことを考えた。
 同じ頃、相羽が何を考えていたか、純子には知る由もない。

−−『そばにいるだけで 20』おわり




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE