AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 11      永山


        
#4426/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:46  (196)
翼をその手に 〜飛空競争〜 11      永山
★内容
 作業小屋の扉が、ぎぃ、と軋んだ。
「おい、フィリオ。起きろ。起きるんだっ」
 乱暴に肩を揺すられ、フィリオは一度二度と、その安眠を妨げる手を振り払
った。そして毛布に潜り込もうとする。
「こら。起きろ! 夜遅かったのは知っとるが、お客さんだ!」
「……じいちゃん、誰?」
「アリス」
 その単語に、フィリオは頭を覗かせた。片目をこじ開け、かすむ向こうに祖
父の顔をどうにか確認する。それから上体を起こした。
「本当?」
「−−と言ってやりたいところだが、違う。こうでも言わんと起きないだろう」
「ちぇ。誰なんだよ、じゃあ」
 さすがに不機嫌な口調になる。
「ヨアンさんだ。何だか知らんが急用らしい」
「え?」
 まだ寝ぼけまなこのフィリオではあったが、ヨアンの訪問には少なからず驚
いた。手伝いとして雇ってもらっている関係はあるが、ヨアンの方から訪ねて
くるなんて初めてだと記憶している。そもそも、ここ数日はアルバイトを外し
てもらっているのだから、理由に見当が着かない。
「ぼさっとしてないで、さっさとしろ。待たせるのはよくないぞ」
「あ、ああ。分かったよ」
 急ごしらえの寝床から飛び出ると、フィリオは手櫛で髪を整えながら祖父の
脇を通り抜け、外へ向かう。
「ヨアンさん! 何の御用でしょうか?」
 すぐさまヨアンを見つけ、声を掛けると、相手も振り返るや駆け寄ってきた。
「おはようございます」
「挨拶なんかいいから、これを見てくれよ」
 ヨアンの手の平がフィリオの眼前に差し出される。
 そのごつごつとした働く者の手の中にあったのは、竹とんぼだった。
「あれ? ヨアンさん、これをどこで……」
 決して一般的ではない代物の登場に、フィリオは視線を一度竹とんぼに移し、
しばらくしてからヨアンの顔へと戻す。
「子爵様んとこだ。今朝、配達に行ったとき拾ったんだが、何に使う物か分か
らない。が、そんなことはどうでもいい。問題はこれに着いていた手紙なんだ
よ」
 早口のヨアンは、少ししわになった紙を改めて広げながら示す。
「子供の字……ですね。あっ、ケビン!」
 紙面に顔を寄せるフィリオ。文章の最後に、小さく署名がしてあった。
 そのまま引ったくるようにして、手紙を受け取る。
「わしにはよく分からんけどよ、フィリオの名前が出て来るし、ジェームズ様
の身が危ないとかどうとかあるし。とりあえず、おまえんとこに持って来たわ
けだが……分かるかい?」
「ええ、ええ。……そうか」
 手紙の内容に目を通し、幾度かうなずいたフィリオ。
「しかし、今から僕の力で止められるもんじゃない……結局、飛空機を完成さ
せないと!」
「フィリオ?」
「ああ、ヨアンさん。知らせてくれてありがとう!」
 叫ぶように礼を述べるや、フィリオは小屋に舞い戻らんときびすを返した。

 頭上六ミット足らずと言ったところか。横断幕が微風になびいていた。
 白地の布に赤く、『大空の英雄ジェームズ=ウッド』といった意味の文字が
踊っている。
 その下には、街からわざわざ連れて来た中年の医者とまだ経験の浅そうな看
護婦が一人ずつ、折り畳みの机を前に待機していた。ジェームズは最初、「縁
起でもない、要らぬ」と言っていたが、子爵家に使える者が泣きつかんばかり
に懇願するので、渋々認めた。
 形ばかりの救護班の隣には、これも街から来させた新聞記者やカメラマンが
数名。こちらの方は、ジェームズが望んで動員させたものだ。
「村の者達もかなり集まってきております」
「かなり?」
 執事の言葉に、ジェームズは片方の眉を吊り上げた。
 広い湖を見渡せる崖の上のこの平原には、純粋に興味があってか、それとも
ジェームズの機嫌を損ねないようにという配慮からか、村人が多数、仕事の手
を休めてまで詰めかけてはいた。その人出を見込んで、小さな屋台も三つ四つ
並んでいる。
「足りんな。全員が集まるまでやらんぞ」
「はあ、しかし」
「俺の凄さを、偉大さを示すいい機会だ。村の連中全員に見せつけてやろう。
来ていない奴の家一戸一戸を回って、引きずってでも連れて来い!」
「お言葉ですが」
 脇にいたウィップルが、頭を垂れながら進言する。
「そのように長く待つことは、気象条件の変化を引き起こしかねません。現在、
飛ぶためには最適の条件が調っていると言えます。この風を逃さぬ方が、ご賢
明かと存じます」
「ふむ。分からんでもない」
 最前まで操縦法の説明を受けていたせいか、意外に素直なジェームズ。
「それにジェームズ様。無理をして村の者全てをここに集めなくとも、高く飛
べば、村内のどこにいようとも嫌でも目に入るでしょう」
「嫌でも、だと?」
「あ、いえ、それは言葉のあや……」
「まあよい。妥協してやろう。高く飛べば飛ぶほど、別荘に残してきたケビン
からも見えるだろうしな。だが、あの二人だけは絶対にこの場に連れて来い」
 ジェームズは再び執事に目をやる。執事は平静さを保ったまま応対した。
「あの二人とは、誰と誰のことでございますか?」
「決まってる。アリスとフィリオの奴だ。フィリオを屈服させ、アリスを我が
手にするためには、それが最も即効性がある。空から帰還し、風のように奪い
取ってやるからな」
 ほくそ笑むジェームズだったが、フィリオの家にやらした使いの者が戻って
くると、またも機嫌を損ねた。
「フィリオ=ハートに足を運ぶように要請したのですが、手が放せないと申し
ております」
「何だと?」
 まるで使いの者がフィリオその人であるかのように、横目でにらむ。
 身を縮こまらせる相手に、ジェームズはさらに続けた。
「どんな事情があるというのだ、フィリオめ。今の時節、農民風情が半日やそ
こら仕事をしなくても、平気であろうが。その証拠に、見ろっ。他の連中は来
ている」
 片腕をびしっと伸ばし、集まりつつある村の人々を示す。
「私に言われましても……。向こうが弁解するには、人の生き死にに関わると
かどうとか」
「生き死に? 何だそれは。そんな余裕をかましていいのかと言ってやれ。ア
リスはもらったとな!」
 叫んでから、ジェームズははたと思い当たった顔つきになった。
「アリスはどうした? 姿が見えん」
「それが、フィリオ=ハートの手伝いをしておりました」
「−−」
 ジェームズは息を飲み、被っていた帽子を右手でひっつかむと、地面に叩き
付けた。顔面もにわかに紅潮している。
「あいつ! くそ、今日という日の意味合いを村中にあれだけ流してやったと
いうのに……こけにしてくれたな。おいっ、フィリオが来ないのは許す。その
代わり、アリスをここによこせと告げろ」
「そ、そう言って着いてくるようでありましたら、こうして無駄足を踏んだり
は……」
「うるさい。強情を張るようなら、アリスにも言うんだ。来なければ、買付け
を停止するとな!」
 命令を受けた男は、転がるようにその場を駆け出した。
 その後ろ姿からさっさと目を離すと、ジェームズはつぶやいた。
「どいつもこいつも、気の回らない奴ばかりだな」

 アリスはふくれっ面のまま風に吹かれていた。
 時間をできる限り稼ぐために、彼女は着替えさせてほしいと申し出た。
 それは受け入れてもらえたものの、散々急かされ、しまいには二人組の身な
りだけはいい男の手で、車の後部座席へと押し込まれたのだ。
「悪く思わんでくれよ」
 二人組の内、ハンドルを握る方はまだお人好しのようだ。相棒が「余計な気
を遣うな」と何度も注意するのに、アリスに対して謝罪めいた言葉をかける。
「……あとどれぐらいで着くのよ」
「もうすぐだ」
「すぐって−−あ!」
 言いかけた台詞を切って、アリスは一方向を指差す。
「停めて!」
「な、何だって?」
 それまで不機嫌ではあったものの大人しくしていた少女が、急に大声を上げ
たのだ。ウッド子爵家使いの二人も少なからず驚いたらしい。
「早く、停めてよ!」
 アリスの言葉に運転手が従った。
「ばか、何で停める。一刻も早く連れて行かないと」
「しかし、体面上みっともなくないですか? 子爵家の評判に関わる」
 言い合っている二人を置いて、アリスはドアを押し開けるのももどかしく、
身を翻して飛び降りた。
「あ」
 間抜けな声に続き、追いかけてくる物音。森を前にした草地だから、足音自
体は明瞭には聞こえない。
「待て、逃げるな! どこへ行く!」
「逃げてるんじゃないってば!」
 アリスは振り返らず、叫んで答えた。そして呼吸が激しくなるのを意識しつ
つ、心の中で思う。
(フィルを見かけたような気がしたんだけど……)
 視線を走らせるが、呆気なく見失っていた。宙に溶けるはずがないから……。
(森の中に入った? かなり目立つ格好をしているから、探せば見つかりそう
な気がするのに−−あーあ、うるさい人達に追いつかれちゃった)
 走りにくい服装だったせいもあるが、アリスはいきなり立ち止まった。後続
の男二人は危うく彼女の背にぶつかりそうになるも、重なるようにしてどうに
か急停止。
「ててて……さあ、お嬢さん。あんまり手間を掛けさせないでくださいよ」
「……あなた達は」
 振り返ると、肩に伸びてきた相手の手をするりとかわしたアリス。
「二人も必要ないでしょう? 私みたいな女の子一人送るのに」
「それがどうした?」
 もはや苛立ちを隠さず、粗野な語調の男。
「人出が余るんだったら、お願いを聞いてほしいの。フィルって呼んでる風呼
鳥のことなんだけど」
 フィルの特徴をざっと伝え、探してくれるように頼むアリス。
 一方、二人組は困惑を露にした。
「どうしてそんなことをしなくちゃならん」
「あら、知らないの?」
 アリスは胸を張り、ついでに手で髪を軽くなで上げてみた。そして両手を腰
に当てると、さも真実っぽく語り始める。
「鳥は空を司る生き物よ。中でも風呼鳥は名前の通り、風を呼ぶのだから、空
を飛ぶことにかけては守り神になるの。フィリオが飛ぶのに成功したのも、風
呼鳥−−フィルのおかげ」
「ふむ。で、それが何だって?」
「もう、物分かりがよくないのね。ジェームズ子爵様が成功するのは、それは
それは間違いないでしょう。でも、ことは神様の領域に臨む所業。機嫌を損ね
たら大変。そこでね、守り神の風呼鳥を手近に置けば何の心配もなくなるわ」
 自分でも感心するぐらい、すらすらと話せた。村では風呼鳥が神の使いと崇
められていることから連想した、ほとんど出任せだ。
(神話にもあるってフィリオが言っていたし、嘘じゃないわよ。正確なところ
を私は知らないだけで……)
 心中でそんな弁解をしてから、アリスは言い切った。
「あなた達も子爵様にお仕えする身なら、子爵様の無事と成功を望んでいるの
でしょう? フィルがいた方が」
「分かった」
 意外にも、比較的無愛想な方がうなずいた。
「私が探して来よう。真に受けたんじゃない。これ以上時間を取るとジェーム
ズ様の機嫌がますます悪くなるからだ」
「じゃ、じゃあ、お願いします」
 早い段階で受け入れられたのは、アリスの計算違い。
(少しは時間稼ぎになったかな? あとは実験する場所に行って、ジェームズ
様にフィルのことをどれだけ待ってもらえるか、ね)
 運転手の男の後ろを、景色に気取られたふりなどをしてなるべくゆっくり歩
きながら、アリスはそう考えていた。


−−つづく




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