AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 2       永山


        
#4417/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:29  (200)
翼をその手に 〜飛空競争〜 2       永山
★内容
「無理しないで」
「これぐらい、無理でも何でもない」
 フィリオは強がることなく、もう片方の腕に力こぶを作ってみせた。
 やがて、家の方に戻ろうと歩き始める二人。
「そういえば、フィルは? このところ、見かけないような……」
「そうなのっ」
 手を合わせて、声を大きくしたアリス。
「あの子、どこかへ行っちゃって……。三日前の朝、目が覚めたらいなくなっ
てたの。森に帰れるようになったんなら、それはいいことなんだけど」
 一転、アリスの声は沈んだ。
「もしもまたあの子爵様に見つかったらと思うと、心配で」
 フィリオは戸の前まで来ると、口をへの字にして肩をすくめた。
「フィリオ?」
「あの子爵は、もう忘れてるさ。たかが小鳥一羽のことなんか、ってね。それ
よりも、あいつは……アリスのことを」
「や、やあね。何を心配してるのよ。大丈夫だったら」
 深刻になったフィリオに対し、アリスは声を立てて笑った。本当にそう思っ
ているのか、無理をしているのかは分からない。
「子爵様だって人間だわ。ちゃんと約束、守ったものね。もう二度とあんなこ
とは言って来ないって。そうなったら、あとは私の気持ち次第でしょ。さらわ
れでもしない限り、何にも起こらない」
「そう思いたいな。ただ」
 フィリオは息をつき、遠くを眺める。
 その方向には、ウッド家の大きな別荘が建っている。さらにその向こうには、
街があるはず。
「あのジェームズ一人だけが街に戻っているというのが、ちょっと引っかかる
んだよな……」

「ああ、面白かったです」
 走り回ったあと、ケビンは草原の中に足を投げ出し、天を見上げる。満足し
た笑みがこぼれる。その頬には、泥の跳ねた痕が二、三あった。
「これぐらいじゃ、物足りないよっ」
 アルフが不服そうに、手に持つボールを大地に弾ませる。
「いつもなら、フィリオにいちゃんが遊んでくれるんだ。鳥とか虫を追っかけ
て、色んなことを教えてくれる」
「それは楽しいんだから」
 レベッカが、へたり込んだケビンを見下ろしながら言った。
「会えなくって、寂しいわ」
「フィリオ……さんは今、どうしてるんですか」
「働いてんだよ」
 また別の子供−−バスが答えた。いかにもきかん坊の目つきをしている。
「おまえの兄貴との変な約束のおかげで、フィリオの飛空機、ぶっ潰れちまっ
て、お金もなくなったんだ」
「そう、なんですね……」
「そんな言い方、するなよ」
 落ち込んだケビンを見ていられなかったらしく、アルフがバスに胸を突き出
すようにした。
「何だよ。ほんとのことだぞ」
「そうだけど、ケビンのせいじゃないだろうが」
 喧嘩を始めそうな雰囲気に、ケビンは一層、申し訳なく思う。慌てて立ち上
がり、ズボンの後ろを払いながら言った。
「や、やめてください。アルフ、僕は気にしてないから……」
「分かったけど、ケビン」
 アルフからまじまじと見返され、ケビンは背筋を伸ばした。
「な、何ですか?」
「その気持ち悪い喋り方、やめようぜ」
「え、えっと」
 注意されてもすぐには分からなかった。いつもの喋り方をしているだけなの
に……。でも、他の子と遊ぶケビンが違和感を覚えていたのも事実。
「分かりましたか、ケビン君。分かったら、お返事しましょうね」
 レベッカがいたずらっぽく笑いながら問いかけると、ケビンは大きくうなず
いた。そして無理をしたように、
「お、おー」
 と叫んだ。そう、当人は叫んだつもりだった。
 なのに、みんなには笑いが生まれていた。

 街角にウッド家の貼り紙が出て、数日が経っていた。
 いくらか沈静化したものの、まだまだ人々の関心を引いている。
 今、その貼り紙の前に立ち、ずっと動かないでいる二人の男がいた。
「これだ」
 小太りの男が言う。その表情は、目が濃いレンズの入った丸眼鏡に隠れてい
るため、判然としない。
「なるほどな。いい口が見つかったかもしれん」
 もう一人の男は、鷲鼻を上下させて声もなく、口元だけで笑った。
「我々にぴったりの仕事だろう?」
 丸眼鏡が鷲鼻に同意を求める。鷲鼻は、かなり後退気味で広いおでこを撫で、
満足げに首を縦に振った。
「そうだな。では、早速、準備を始めようか。色々と書類を揃えなければなら
ないだろうし」
 二人はうなずき合うと、鼻歌混じりに貼り紙の前を離れた。

 送られてきた売り込みの封書を読むのに疲れたジェームズは、クッションの
利いた豪奢な椅子の上で、頭を順に右、左と傾けた。こりのため、こきこき音
がする。
「あー、つまらん。これだけでは分からんではないか。判断のしようがない」
 独りごちて、手紙を投げ出すと、荒っぽい動作で机上に肘をつく。
 求める人材がなかなか見つからないのだ、ジェームズがいくら気短とは言え、
苛つくのも無理ないだろう。
 だが、ジェームズは自嘲の笑みをやがて浮かべる。
「ふ、焦るまい。フィリオのごとき田舎者にできたのだ。専門家をずらりと揃
えて取り組ませれば、一足飛びに完成するだろう。そのためには、じっくりと
選ばねばならん」
 売り込みの書状に再び目を通そうとしたジェームズ。そのとき、廊下から声
があった。。
「ジェームズ様」
「何だ?」
 返事に対し、屋敷付きの執事がドアを開けて現れ、恭しく礼をする。
「ジェームズ様にご面会を求めるお客が二人。その、例の用件で参ったと申し
ておりますが、いかが……」
「ふん。ちょうどよい退屈しのぎだ。応接間へ通せ」
 内心、久しぶりの直接の来訪者に期待を寄せるジェームズは、ゆっくりと立
ち上がり、応接間に向かった。
 これもゆっくりな歩みで応接間に着くと、すでに客人二人が並んで座ってい
るのが窺えた。手前に座る背広を着込んだ方は鷲鼻が印象的な、まあ二枚目の
部類。きれいに七三分けした髪型が、真面目そうな印象を醸し出している。今
一人は丸い眼鏡をかけた、太りじしの男だ。顔の下半分を覆う立派な髭に白衣
姿と来れば、見ようによっては博士らしいと言えなくもない。
「おまえ達か、貼り紙を見て来たというのは」
「さようです」
 ジェームズの入室に弾かれたように、二人組の男は椅子から離れると、深々
とお辞儀をした。
 ジェームズは自ら腰を下ろしながら、相手に椅子を勧め、さらに尋ねる。
「おまえ達は何ができるのだ? 役立たずは即刻退去だ」
「その前に、自己紹介をさせてください。私はマーティン=ウィップルと申し
ます」
「自分はドン=バリアントです」
 鷲鼻、丸眼鏡の順に挨拶をし、再度、頭を丁寧に下げてくる。
 ウィップルが続けた。
「私達はともにケンフォード大学出でして、工学と力学を修めております。あ
あ、これが卒業証明書並びに修了書です」
「ふむ、なるほどな」
 相手が取り出した四枚の紙を順次、一瞥すると、鼻を鳴らして先を促すジェ
ームズ。
 その心中では実は、喜びに打ち震えていた。
(あの名門校のケンフォードか! 期待が持てそうだな)
「現在は共同で空を飛ぶ機械の研究に、心血を注いでおりまして、この度、ウ
ッド子爵様の募集の貼り紙を目にして、天職を得たと直感いたしました」
「おいおい、調子に乗るな。おまえ達に何ができるのか、まだ聞かせてもらっ
ていない」
 ジェームズが嘲り口調で言うのに対し、ウィップルは自信ありげに胸を叩い
た。もっとも、胸板はさほど厚くないので、いささか頼りない。
「お任せください。話すよりもまず、目で見ていただこうではありませんか」
 言って、天井を見上げるウィップル。バリアントもまた同じ動作をした。
「幸い、ここの天井は非常に高い。ジェームズ様がよろしければ、ここで実際
に行いますが」
「かまわん。やれ」
 やや退屈してきたジェームズは肘掛けに片方の肘をつき、空いている手をひ
らひら振りながら命じた。
「では、失礼をして……」
 背広の懐に手を突っ込み、おもむろに小さな木製らしき物を取り出したウィ
ップル。一本の平たい棒の中央に、丸い胴体を持つ棒の一端を接続した形だ。
「それは何だ?」
「昇天トンボと言います。これをこのように両手で挟み込み」
 と、ウィップルは己の言葉の通り、指先を前に向けた手の平の間に、昇天ト
ンボなる物を挟み込んだ。そして左右の手をこすり合わせる。ちょうど、原始
人が火を起こす手つきに似ている。
「このように回転力を与えて手を離せば、どうなるとお思いですか」
「……何もならんだろう」
 ジェームズが答えると、ウィップルは全く表情を変えずに、右手を手前に引
き、左手を送り出すような動作をした。
 すると、どうだろう。彼の手の中で回転をしていた木製の物体は、風を切る
かすかな音と共に、一気に空中へ浮かび上がった。
「おお−−」
 感嘆の声を短く上げ、見上げるジェームズ。
 物体は、まさしく飛んでいた。
 部屋の高い天井の下の空間を、軽々と。
 それは時間にすれば短かったのだろう。しかし、ジェームズには物体が床に
落ちてくるまでが、とても長く感じられた。
「いかがでしょうか」
 物体を拾い上げたバリアントが、かがんだ姿勢のまま見やってくる。
「うむ。なかなかよい物を見せてもらった」
 本当は、心の内は驚嘆に満ち溢れているのだが、それを表に出すと貴族の沽
券に関わる。ジェームズは抑えた調子で、二人組に告げた。
「そのような簡単な仕組みで、随分と高く飛ぶのだな」
 対して、光栄至極とばかりに、ウィップルとバリアントは片手を胸の前にか
ざし、静かに頭を下げる。
「これは、おまえ達の発案かな? えー、ウィップルにバリアント?」
 認める気持ちが、急速に湧いて出た。故にジェームズは、二人を初めて名前
で呼んだ。
「はい」
「これの巨大な物を造れば、人も乗り込めるのか?」
「私どもはそのように考えております。無論、より多くの揚力を得るために大
きな翼を付ける必要が出て来るでしょうし、舵取りや姿勢制御用の羽もいりま
す。当然、それらを人が操縦する座席もまた設けなければなりません」
「ああ、分かった分かった。詳しいことはおまえ達専門家に任せる。必要な物
があれば、遠慮なく言え」
 立ち上がり、言い放つジェームズ。
 ウィップル達は一瞬、きょとんとした顔をし、互いに見合った。
「あのぉ、子爵様」
「ジェームズでよいぞ」
「で、では、ジェームズ様……そのお言葉は、つまり、私達を」
「おお、決めたぞ。おまえ達を雇おう。一日も早く、空を飛ぶ乗り物を完成さ
せてくれ」
「ははっ、ありがとうございますっ」
 平身低頭して感謝の意を示す二人組に、ジェームズはゆっくりと近寄った。
「面を上げよ。身分の違いこそあれ、おまえ達と私とは仲間だ。そうだな、め
でたく雇用関係が成立したのだ、夕げの席を設けてやろう」
「そんな、私達にはもったいない」
 ウィップルは風が起こるぐらいに手と首を振った。
「いや、ぜひ、出てもらうぞ。その席で、おまえ達の考えを詳しく聞かせても
らおう」
「はあ、そういうことなら」
 ウィップルとバリアントは再び顔を見合わせ、ともにうなずいた。
 ジェームズは唇の端を上げて笑みを作りながら、機嫌よく言う。
「堅苦しく考えるな。格好はそのままでかまわん。同席するのは、耳の遠くな
った母だけだ。父親の方は、伏せっているのでな」
 それから、執事を呼びつけた。夕食を二人分追加しろと命じるために。


−−つづく




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