#4379/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 20:51 (200)
銀の砂漠の盗賊(8) 赤木 錠
★内容
うの男だった。
ちんぴらがなだれこんできたいきおいで、なみなみと蒸留酒をそそがれたグラス
ががちゃんと音をたててたおれ、高級そうな男のスーツに大きなしみを刻みこむ。
そのうえ、ちんぴらの流した鼻血が紳士のズボンのすそを盛大に汚した。
紳士は、隣席の女性に「ちょっと失礼」ときざったらしくことわってからつい、
と立ちあがり、鼻息を荒くした巨漢にむけていいかけた。
「きみ、もめごとは内輪だけで――」
最後までいわせず、巨漢ががん、と紳士の頬をなぐりつけた。
がらがっしゃんと通りがかったウエイターをまきこみながら紳士は通路にたおれ
む。
その姿勢のまま紳士ふうの男は、自分のくちびるが切れて血を流しているのをち
らりと見やり――
おもむろに立ちあがるや、巨漢に真正面から正対した。
やるか、と身がまえる巨漢に、にっ、と微笑んでみせ――
「きみには酒をのむ資格はない」
きざなセリフをこともなげに口にしながら、なぐりかかった。
ふたりはもつれあいながら右に左に盛大に被害を拡大しはじめた。
いっぽう、最初にマヤにぶんなぐられたジャンキーは、もはや完全に戦意をうし
なった状態で、鬼のような形相になって襲いかかってくるマヤから必死になって店
中を逃げまどっていた。
とうぜん、同種の騒乱の輪はどんどん拡大していく。
「うわー、まずい」ぼうぜんとそのようすを見守りながら、ラエラはつぶやいた。
「マヤがああなったら、もう手がつけられません。サフィーヤ、かまわないからわ
たしたちはさきにいってしまいましょう」
いってラエラはサフィーヤ姫の肩に手をかけて視線をやり――
姫君が、となりのストゥールに腰をおろした血まみれの隈取り男をにらみつけて
いるのに行きあたった。
がしゃんと、サフィーヤ姫はとても王侯貴族とは思えない荒々しい動作で、手に
したボトルの首を握ってカウンターにたたきつける。
ぎざぎざになった割れボトルの切っ先を、ぐいと隈取り男につきつけた。
「わーたくしの、つれ、つれ、つれのマヤちゃんに、なんの文句があるのよう」
「ちょ、姫……」
ぼうぜんと呼びかけるラエラに、姫君はくるりとふりかえり、にへらと笑ってみ
せた。
目が完全にすわっている。
言葉もなく、ラエラは姫を見かえした。
顔が真っ赤である。
「ちょ、ちょーっろ、待っへいれくらさいね、ラエランラン」
とびはねるような口調でそういって、ふたたびぎろりと隈取り男にむき直った。
隈取り男は思わず腰をひく。
ラエラは思わず、ウエイターに視線をむけた。
「ちょっと、彼女の飲み物はノンアルコールで、と指定しといたつもりなんだけど」
および腰でようすをうかがっていたウエイターが、ごまかすように愛想笑いをう
かべる。
「はあ。ですが、その、おつれさまが、あのきれいな色の飲み物をわたしも飲みた
い、と、そうおっしゃられるものですから……」
と、すこし離れたカウンターの上におかれたグラスを指さしてみせた。
毒々しい赤色の液体が、そのグラスにはそそがれていた。
“熱死病”という名の、ここいらではもっともたちの悪い酔いかたをする飲料であ
った。
ラエラは、もういちど天をあおいでため息をついた。
「“シフリーヤ”?」報告にきたカシム星佐に、ティギーン将軍は眉根をよせなが
らききかえした。「それはなんだ」
「どうやらドゥルガ教徒が自分たちの工房で独自に開発した、ゲリラ戦用兵器のこ
とのようです」と、髭面をあざけり笑いのようなかたちにゆがめながらカシム星佐
は説明にかかった。「一言でいってしまえば装甲車ですな。ただしこの機体自体に
は兵装はなされてはいず、主に武器や人員を運ぶことを前提にして開発されたもの
だってことです。ただ、おもしろい特徴がひとつありましてね。ふつうの乗用浮遊
車程度の速力と、マイクロ波および専用のドリルを利用して数分で砂中に潜行でき
るっつう、特殊装備です」
「つまり、砂漠の砂の下にひそみ、ゲリラ戦をしかけることを想定しての機体、と
いうことか」
無表情にききかえす将軍に、カシム星佐はそれもあるでしょう、とうなずいてみ
せた。
「ですが、むしろ逃走するときのことをより重視しているとおれは思いますぜ」
うむ、と将軍はうなずく。
「普通浮遊車なみのスピードを実現できたとなると、たしかにそれも実現可能だな」
「金属反応を極力おさえることも重視してるってことなんで、一度砂中にもぐられ
てしまっては、発見は容易ではありませんぜ」
「うむ。だが、追跡隊の接近はどういう方法で感知する?」
「そこのところは、残念なことにおれの尋問した人間は知らされていないようでし
てね」
くちびるをゆがめながらカシム星佐はいった。
将軍の背後で、ラグシャガート市街に視線をむけたままきき耳をたてていたザグ
ラール王がかすかに眉間にしわをよせる。
カシム星佐に尋問をうけたというドゥルガ教徒に、同情の念をよせたのだった。
「いま各種探知能力を可能なかぎり増強した偵察機を用意させています。あと一時
間で、砂漠横断装備で再編成した追跡部隊の用意ができますぜ」
「王宮守備隊は?」
「おなじ轍をふむつもりはありませんが、編成はやはり追撃隊を中心に考えていま
す。ドゥルガ教徒のほうは、シャフルードらしき襲撃者のために混乱状態におちい
っているでしょうからね。今夜のうちに再襲撃が敢行されるとは、まず考えられな
いでしょうよ」
「わかった」とティギーン将軍がうなずいた。「わたしが追撃隊の指揮をとる」
すると瞬時、カシム星佐の髭面がゆがんだ。
よけいなところにしゃしゃりでてくるんじゃねえ――とでもいいたげな表情だ。
が、さすがにそんなことを口にはせず、へつらうような口調で星佐はいった。
「もちろんわたしもお供させていただきますぜ、将軍。賊が逃走するのに砂漠方向
を選ぶのはほぼ確実でしょうが、どの方角に逃げるかは現時点ではまだ不明です。
指揮官がひとりではあきらかに不足でしょう?」
いって、酷薄なひげ面をにやりとゆがませた。
一瞬、将軍は承認すべきかどうか考えこんだが、すぐにうなずいた。
「いいだろう。分担はあとで決定する」
「では、おれは出撃準備の指揮をとりに戻りますわ」
にたりと歯をむきだしにして、カシム星佐はふたたび獰猛な笑いをうかべた。そ
して将軍の返事を待たずにくるりと背をむけ、大股に退出していく。
ティギーンはザグラール王のほうにふりかえり、こうべをたれて口にする。
「状況はおききのとおりです。わたくしも追撃隊の陣容を検討するために、いった
ん――」
みなまでいわせず、王は口をはさんだ。
「おれもいくぞ」
と。
将軍は瞬時、目をむいて王を見あげる。
ふりかえらぬまま、背中ごしにザグラール王はいった。
「いつまでも指をくわえて見ているのはおれの性にあわぬ。うって出るぞ、将軍。
こざかしい盗賊めに、一泡ふかせてくれる」
意をはかりかねてなおも将軍は王の背を見つめたが、その決心をくつがえすのは
容易ではないと見たか「了解しました」と簡潔にこたえてさらに頭をさげた。
「では陛下も出撃のご準備にかかられるのがよろしいかと存じあげます」
うむ、と王は、盗賊がひそむラグシャガートの街を憎悪にみちた視線でにらみす
え、力強くうなずいた。
砂漠の攻防
「F3方面、第113偵察機から報告です」通信手がインカムを片耳からずらしな
がらふりかえった。「進路前方の砂中より、信号弾が上昇」
「それだ」ティギーン将軍は低く叫んだ。かたわらの指揮官席に腰をおろしたザグ
ラール王をふりかえる。「“シフリーヤ”への合図だと思われます。いまごろは逃
亡者は泡をくって砂のなかにもぐりこもうとしているところでしょう」
「なるほど、それで“とかげ(シフリーヤ)”か」
おもしろくもなさそうに王はそういった。
将軍は指示をとばす。
「第113偵察機は探索を第二段階に移行。赤外線反応、金属反応を中心に、進路
上の砂中を探索せよ。第一、第二、および第三ガンシップ部隊は現場に急行し、第
113偵察機に合流。本隊もそれを追って現場に急行する。なお、カシム星佐指揮
下の第二追撃隊はひきつづき、担当区域の探索を続行せよ、と連絡のこと。以上だ。
では出動する!」
ティギーン将軍の号令とともに、西方面の探索にあたっていた第一追撃隊各種機
体が、いっせいに砂けむりをあげながら移動を開始した。
F3方面にむけて高速の機動浮遊装甲機・ガンシップ部隊が機首をめぐらせ、筒
を吹きならすようなかんだかい音をたててバールシステムを全開、首をもたげるヘ
ビのようにつぎつぎと俊敏に移動を開始する。
つづいて砂上に待機していた十二機の浮遊戦車・デザートガレー部隊が、金の月
光をうけて砂褐色の機体をにぶく光らせながら飛翔をはじめた。
重厚な騒擾をひきつれて、追撃隊が一匹の巨大な恐竜のように移動を開始したの
であった。
「まずいね、あの偵察機、さっきから旋回運動したまま、だんだん近づいてくるよ」
うす暗いコクピットのなかで、いかにも突貫工事で設置したといった感じのコン
ソールをのぞきこみながらマヤはため息とともに口にした。
「だから時間がない、とわたしはいったはずだぞ」
仏頂面でラエラがいうのへ、マヤとサフィーヤ姫とは首をすくめながら目を見か
わし、声なく苦笑しあった。
マヤがジルジス・シャフルードとともにドゥルガ教徒の秘密工房から強奪してき
た、砂漠戦用特殊装甲機“シフリーヤ”の機内である。
砂色紡錘形の機体は、その前部に二本のツノのようにとりつけられたマイクロ波
放射装置とロッククラッシャー・ドリルの力を借りてついさっき、まるでその名の
ごとく砂とかげのように砂中に潜行したところだった。
潜行、といっても全高二メートルの機体が地下およそ五メートルの位置にもぐり
こんでいるだけである。
ラグナス・コーティングによりレーダー波吸収層をほどこし、金属反応・赤外線
等の漏出をおさえてはいるものの、すべての反応を完全に遮断することはもちろん
不可能だ。パッシブ、アクティブともに碁盤目状に丹念に探索をつづけられれば、
発見される可能性はすくなくない。
そして現実に――接近しつつある偵察機は、まるで獲物が砂中にひそんでいるこ
とを見ぬいてでもいるかのような探索行を展開しているのである。
脱出機を隠匿した、シャフルードとの邂逅地点であるXポイントまではまだ距離
があった。こうなるとたしかに、ラグシャガートの酒場での大乱闘で浪費した時間
が悔やまれてならない。
「もう、わかったからいいかげん機嫌なおしてよ、ラエラ。ごめんってば」
「だまれ」ぴしゃりとラエラは決めつける。「きく耳ないよ、まったく。冗談じゃ
ない。こんなところで追撃隊に包囲されてみろ。こんな華奢な装甲機なんざ一撃で
棺桶に早がわりだ。ああ、ああ、まったく、こんなところで蒸し焼きにされるなん
ざ、天下のラエラさまもずいぶんおちぶれたもんさ。それもこれもまったくみいん
な、マヤ、あんたのしでかした大乱痴気騒ぎのおかげだよ。だいたいサフィーヤも
サフィーヤです。酒をのむなとはいいませんけど、たった一杯あけただけでこわい
ものなしの大トラにはやがわり? 酔って人にからむったって限度ってものがある
でしょうに」
「返す言葉もありません」
「だからごめんっ、てばあ」
首をすくめながら、サフィーヤ姫とマヤは口々に謝罪してラエラの饒舌をさえぎ
りにかかる。“シフリーヤ”にかつぎこまれるまでダウンしていたサフィーヤ姫が
目をさまして以来、それまで仏頂面のぶきみな沈黙を保っていたラエラの口から堰
をきって流れだした苦情は、とどまるところを知らずに現在に至っているのである。
そして、信号弾の炸裂につづいて偵察機が出現してからは、ほかにすることなど
ないだろうとでもいいたげに、そのいきおいをいよいよ激しくしてふたりにぶつけ
てくるのであった。
「だからこうして、あれがどっかいっちゃうのひたすら待ってるんじゃないか。だ
いじょうぶだよ。この装甲機は、設計概念からして隠れて追手をやりすごすのが第
一義の兵器なんだから。あの偵察機だって、信号弾が打ちあがったからしらみつぶ
しに当たってるだけだって。もうすぐあきらめてどっかいっちゃうって」
「あんたのその楽天主義には感心してへそで茶がわくね、マヤ」かぶせるように痛
切な口調でラエラはいう。「いくらラグナス・コート厳重にきかせてたって、精密
に探査されれば見つかる可能性はゼロにはできっこないんだ。ましてこの機体はテ
スト・タイプだよ。見つかっちまえば一貫のおわりだってのに、もう、この娘はま
ったく」
「だいじょうぶだってばさ。もし万一見つかったって、そのときはちゃんと応戦で
きるように武器だって各種とりそろえてあるんだしさ」
「ふん。ジルジスといっしょにドゥルガ教徒の工房から、手近にあった武器ぶんど
ってきただけだろ。えらそうに手柄顔してのたこくんじゃないよ」
「ふえ〜」
手きびしくやりこめられて、マヤは首をすくめるしかなかった。
さらに延々とつづくラエラの説教にいいかげんふたりがうんざりしはじめたころ
――
「――あ、ちょっと待ってよ、ラエラ」
いいながらマヤはコンソールに首をつっこむように目をやった。
表情が真剣になっている。
ラエラもまた饒舌をのみこんで、あわててマヤの背後から外部監視モニターに視
線をやった。