#4378/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 20:46 (200)
銀の砂漠の盗賊(7) 赤木 錠
★内容
いてきたウエイターにオーダーする。姫君には、ラエラの口にした固有名詞はまっ
たくききおぼえのないものだったが、でてきた飲料の味はわるくはなかった。
おなじものを口にしながらラエラは、ついいましがた自分たちが入ってきたばか
りの、階上のエントランスにむけて半身をひねるように視線をやる。
とりのこされた子猫のような顔をして姫君が、もの問いたげに見つめているのに
気づき、ラエラは苦笑する。
「ここで仲間と待ちあわせてるんです。脱出のだんどりは、そっちまかせなんでね」
ああ、と納得いったようにサフィーヤ姫はうなずき、手にしたグラスをかたむけ
た。
となりのストゥールに腰をおろした男が、カウンターの奥からのびる水ぎせる(ナ
ルジーラ)のパイプをぷかぷかとふかしながら、どんよりとした顔つきのままろれつの
まわらぬ言葉でしきりと話しかけてきた。
サフィーヤ姫は愛想笑いをしながらてきとうに返事をかえす。ラエラは階上に視
線を固定したまま、援軍をだそうとはしない。こういった場所で、この程度のちょ
っかいにいちいち口をだしていては身がもたない、といったところなのだろう。
やがて、ふいにラエラが口をひらいた。
「きた」
姫君はあわてて頭上に視線を移動させる。
伝説の盗賊の、まさに実物に出会う瞬間なのだ。わけもなく鼓動がはやまり、頬
が紅潮する。むろん、となりからちょっかいをかけてくるジャンキーの存在など、
一瞬で頭のなかから消しとんでいた。
頭上の扉は、音もなくしまるところだった。テーブル席で談笑する一団や、せま
い通路でおどりまわる連中の姿ばかりが目についた。伝説の盗賊らしき者の姿は見
あたらない。いや――
酔いと喧噪のあいまをぬうようにして、すばやい身ごなしでスティールの螺旋階
段へと移動していく影があった。
とんとんとんと、まるで宙にういてでもいるような軽快な身のこなしで、その影
はおりてくる。
思ったより小柄だ、とサフィーヤ姫は考えた。
子猫のように身軽でしなやかな動作も、イメージとはすこしちがう。
「ラエラ!」
階段をおりきってすばやく周囲を見まわし、すぐに目ざとく止まり木のラエラを
見つけて、小柄な影は頭上で盛大に手をふりまわしながらはずむような足どりで近
づいてきた。
そしてようやく、顔が見わけられる位置にきた。店内の照明が全体におさえられ
ている上、スポットやストロボライトがせわしなく明滅しているために、よほど近
くまでこないと、相手のりんかくくらいしか判別がつかないのである。
よくあんな遠くからラエラの見分けがついたものだ、と妙なところで感心しなが
らサフィーヤ姫は、眼前に立つ人物をじっくりと観察する。
やはり小柄だった。姫君自身、つね日頃自分の周囲にいる女性とくらべると背丈
は低いほうなのだが、そのサフィーヤ姫とほぼおなじくらいの高さだった。
全体的に華奢な印象だ。はでなラメ入りのそでなしのシャツに白いハレムパンツ、
手首には極彩色の鈴がシャラシャラと音をたてる銀色の腕輪(バングル)、足もとはす
ねのあたりまで丈のあるあみあげの黒い靴に、やはり鈴をつらねた足輪(ガングル)を
つけている。
明滅するライトに幻惑されて髪の色などはよくわからない。肩まではありそうな
その髪を、頭のうしろで鎖様のもので無造作にたばねている。
目はおおきく、瞳はくりくりとよくうごく感じだ。好奇心をありありとうかばせ
て、姫君をじっと見つめている。口もとにうっすらとうかんだ微笑。
全体に、まるで少女のような印象があった。歳は十四、五くらいにしか見えない。
このひとがほんとうに、あの盗賊ジルジス・シャフルードなのだろうか、といぶ
かるように姫は目をすがめる。
が、その疑問を口にするよりさきに、ラエラがいった。
「サフィーヤ、紹介するわ。マヤです」
「こんばんわ」
紹介をうけると同時に、マヤはぴょこんと頭をさげた。なるほど、いわれてみれ
ばたしかに、ラエラはあらわれた人物がシャフルード本人であるとは一言も口にし
ていなかったような気がする。
「まあ、そうだったんですか」思わず言葉が口をついて出、ふたりがけげんそうに
自分を見かえすのをみてあわてて手をふった。「いえ、ちがうんです。わたくしっ
たら、てっきりほんもののジルジス・シャフルードがででくるものとばかり思って
いたものですから。あ、あの、わたくし、サフィーヤと申します。どうぞよろしく」
敬称をつけるかどうか瞬時まよったあげく、必要ないと判断してつけ加える。「マ
ヤ」
「うん。こちらこそよろしく」
マヤはにっこりと笑いかえした。かわいらしい微笑だった。
さしだされた手を、サフィーヤ姫はあわてて握りかえす。
「うわあ、でも、やっぱりお姫さまって感じだなあ」微笑みをのこしたままマヤは、
大げさに目をまるくしてサフィーヤ姫の顔をのぞきこみながらいった。「ボク、ほ
んもののお姫さまなんか見るのはじめてだから、どんなひとがくるのか、すっごく
楽しみにしてたんだ。でも期待以上にきれいなんで、びっくりしちゃった。なんて
いうか、まるで人形みたいな感じだ。とってもきれいだなあ。なんだか上品な感じ
だし」
まあ、と姫は顔を赤らめる。
「ジルジスはどうした?」
ラエラがきいた。
「一足さきにXポイントにいってるよ」
マヤのこたえにラエラはうなずく。
「で、首尾は?」
「上々。予想どおり、なかなかできのいいシロモノだったよ。いまは、例の屋内駐
車場にとめてある」
「OK。じゃ、サフィーヤ、そろそろ――」
いいながらラエラがふりかえると同時に、
「よう、ねえちゃん、さっきからずいぶんとつれないじゃねえかよ」
しきりとモーションをかけていた隣席のジャンキーが、サフィーヤ姫の肩になれ
なれしく手をかけてふりむかせた。
びっくりして目をまるくした姫君に、もたれかかるように抱きついてくる。
「今晩おれと夜通し遊びあかそうぜって、いってんだよ、ええ? 見ろよ、ええ?
なかなか手にはいらねえシロモンだぜ、こいつぁ。ちょいとかいでみろったら」
と、よれよれとしたしぐさで、手にしたナルジーラの吸い口を姫君の口もとにむ
りやりおしつけようとする。
「ちょいとおじさん」その手首を、ぐいとマヤがつかんだ。「かっこ悪いぜ、その
モーションのかけかた。みっともなくってしかたがないや。今夜はね、ボクたちは
あんたみたいなのにかまっちゃいられないんだ。ほかを当たってよ」
「なんだあ、てめえは」
ジャンキーがマヤにむかってぎろりと目をむく。
「なんだっていいだろ。そのひとの連れだよ」
「んだとお?」
いって男はふらりと立ちあがった。小柄なマヤを見おろすように、真正面からに
らみおろす。
対してマヤも、まったく動じたようすもなく、おちついた視線でジャンキーを見
つめあげた。
「るせえぞ、よけいなちょっかい出すなってんだ。てめえなんぞにゃこちとら鼻っ
から用はねえんだからよ」
いって、ジャンキーはマヤの鼻先にぐい、とこぶしをつきだしてみせた。
足もとも意外にしっかりとしている。
これはめんどうなことになった、とでもいいたげにラエラが眉根をよせる横で―
―男はだめおしのように口にした。
「すっこんでろ、小僧が」
ぎょっと、ラエラは目をむいた。
まずい、といったふうに腰がひけてしまっている。
なにごとだろうと、サフィーヤ姫はマヤに視線を戻し――
ついさっきまで冷静に対処していたマヤの顔色が、がらりとかわっていることに
気がついた。
食事をとりあげられた猫のように、敵意と怒りを満面にうかべて、マヤはジャン
キーをにらみつけていたのである。
「あ、あのねマヤ、いまは時間がないから――」
おそるおそるラエラがなだめにかかるのもまるで目に入らぬふうに――
パン、とマヤはいきおいよく、眼前につきだされた男のこぶしを払いのけ、叫ぶ
ようにしていった。
「いまなんてった!」
はあ? と、とまどったように男は顔をしかめる。
あちゃー、とラエラは天をあおいだ。
「なんだあ、急に興奮しやがって。おかしな小僧だなあ――」
と、いいかける鼻先に――
握りしめられたマヤのこぶしがめりこんだ。
しゃらん、と手首をまいた腕輪(バングル)の鈴が、冴えざえとした音をたてる。
ぶ、と鼻血をふきだしながら、ジャンキーはよろよろと後退した。
スナップのきいた、ばつぐんの一撃だった。しろうとの技ではない。
鼻血をたらしながら男がぼうぜんと目をむくのへ、
「小僧じゃない!」憤然としてマヤは宣言する。「あたしは女!」
え、とジャンキーのみならず、おもしろがって視線をむけていた周囲のギャラリ
ーまでもが、おどろきに目をむいていた。
そのなかには、サフィーヤ姫もふくまれていた。
大乱闘
盗賊シャフルードのかたわらに、いつのころからか、まるで影のようによりそう
姿が見られるようになったという。淡い褐色のながい髪を銀の鎖でたばねた、小柄
で華奢なその少女の名はマヤ。“千の手”のマヤ。
人形のように華奢で可憐な、少年めいた美貌の少女だ。だが、そんな外見にだま
されてはいけない。彼女もまた、まぎれもなく“イフワナル・シャフルード”のう
ちのひとり。そのこぶしは光よりもはやく、舞踏のように優雅な身ごなしで、機械
のように正確に、素手でひとをたおすすべを知っている。
カナンの酒場で、賞金首のダイスをふくめた大の男五人を相手に大立ちまわりを
演じ、五分とかけずに始末したのはいまでもその酒場では語りぐさになっていると
いう。むろんそのとばっちりをうけて店はめちゃくちゃになったらしいが、修理費
はダイスの首にかかった賞金から捻出されたらしい。
天使のように無邪気。猫のように気まぐれ。阿修羅のようにはげしく、太陽のよ
うに熱い。“千の手”のマヤ。
しゅ、と閃光のように手刀がはしった。
シャラ、と音をたてて鈴がなるのと同時に、血しぶきが天井にむけて噴きあがる。
崩おれたジャンキーの肩を、すかさずマヤは蹴りあげた。鉈のような一撃に、少
女よりは頭三つも四つも大柄な男のからだがふわりと浮きあがる。
どがらしゃんと音をはじけさせながら、テーブルにむけて男のからだがつっこん
だ。
グラスやプレートが盛大にはじけとび、その卓で談笑していた一団が腰をうかす。
一目でまともではないと知れる一団だった。
いちばん手前に陣取っていた、顔中でたらめな隈取りで狂的にぬりたくった男が
殺気立ってマヤをにらみつける。
「なんだこのガキ、ここは子どものくるところじゃねえぜ!」
揶揄まじりの叫びに、
「だまれ」
低くおさえた声音を発するよりもはやく、マヤの小柄なからだがはじかれたよう
に前方にむかってとんだ。
一瞬で、立ちあがった隈取り男のふところにもぐりこんだ。
ぎょっと目をむく男が言葉を発するひまさえ与えず、下からつきあげた掌底が隈
取り男ののどもとをがん、と打つ。
「このガキ!」
周囲に立ちすくんでいた隈取り男のつれ三人が、怒声とともにいっせいにマヤに
むけて殺到した。
瞬間、すっと、小柄な影が消失する。
いきおいのまま三人がなだれこんだ。
隈取り男と、テーブルにつっぷしたジャンキーにむけて、スクラムがくずれたよ
うにどどどと一団はおり重なってたおれかかる。
すと、とマヤがいちばん上の男の背中におり立った。
「てめえ!」
叫びながらその男が立ちあがったときには、ふたたびマヤはふわりと、まるで重
力のくびきから解きはなたれたように飛びあがっていた。
起きあがった男の左肩口に、まるで獲物をしとめる鷹のように鉤型にした指先を
たたきこむ。
が、とわめいて男は左肩から崩おれた。
同時に、頭をふりながら起きあがりかけたもうひとりの男の尻にむけ、マヤは着
地と同時に、ばかにするようなかるいタッチの蹴りをくらわせた。
おおっと目をむきながら、男はさらにとなりのテーブルにたおれこんだ。
そこにいたのは、顔面にこれ見よがしにぎざぎざの傷をきざみこんだならず者ふ
うの巨漢だった。
医療技術の発達したこの時代に、こんなみにくい形の傷が、しかもこれほど明度
をおさえた店内ではっきりと識別できるように残されている、ということはあり得
ない。
まちがいなく、迫力をだすためにわざとつけられた傷跡だった。ほんとうの傷か
どうかさえあやしいものだ。
が、立ちあがった巨体の量感と、なだれこんできたちんぴらにむける視線の陰惨
さは、まちがいなくほんものであった。
「やかましいぞ、ガキども」
無造作にいって巨漢は、なだれこんできたちんぴらの腹を蹴りあげた。
よろよろとちんぴらはカウンターにむけてたおれこむ。
被害をうけたのは、喧噪そっちのけで小粋な蝶ネクタイをひねりながら、隣席の
女性にくどき文句をしきりにささやきかけていた、口ひげのきざったらしい紳士ふ