#4366/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 1/19 13:17 (141)
そばにいるだけで 19−9 寺嶋公香
★内容
母親はともかく、父親と出かけるのは久しぶりだった。
しかも、モデルだのコマーシャルだのの話に父が関わるのは今日が初めてと
言っていい。
「背広じゃなくていいのに」
出勤前以上にびしっと決めた父の横で、純子はため息混じりに言った。日曜
とは言え、住宅街で親子三人が揃って玄関先に立つのはなかなか気恥ずかしい
ものがある。
「そうか? でも、純子の晴れ姿を見に行くんだからな。これぐらいは」
「関係ないよ。特別な人と会うわけじゃないんだし」
結局、姿を見せるのは相羽母子と杉本の三人と聞いている。
「あ、来ましたよ」
母が言って、手を挙げた。
角を折れて現れたのはシルバーのワゴン車。横に「Hibik」のロゴが走
っていた。運転するのはもちろん杉本だ。助手席に相羽の母の姿が見える。と
なると、相羽は後部座席にいるのだろう。
「お待たせをしました」
涼原家正面に横付けしたワゴンから、相羽の母がきびきびした足取りで降り
立った。純子がいつか見た、淡い桃色のスーツを着こなしている。
続いて杉本と相羽も降りてきて、挨拶が交わされる。特に、初対面となる純
子の父とは丁寧に。
「それでは、ゆっくりと行きましょう」
杉本がにこにこと笑みながら、号令を掛けた。いつも軽い人だけれど、今日
はまたことさらに気楽そう。
(市川さんがいないから羽を伸ばしているって感じ)
純子が黙って見やっていると、いつの間にか横に立っていた相羽が心理を読
んだかのように、ぼそっと言う。
「杉本さん、今日の試写会の同行を強く志願したんだってさ」
「え、どうしてなのかしら?」
「普段が雑用でこき使われているから、たまには楽な仕事をしたかった……と
いう噂だよ。母さんから聞いた」
秘密めかして目配せする相羽。
純子はくすっと笑った。実際におかしかったし、相羽とのやり取りもきっか
けとしていい雰囲気で、これならスムーズに話せそう。
ワゴンは六人乗りで、運転席の後ろの二席に純子の両親が座り、最後部の二
席に純子と相羽が収まった。
「純子ちゃん、楽しみにしていてね。素晴らしい出来上がりだから」
「あ、は、はい!」
「ご両親もきっと満足してくださると思います」
「はあ、そうですか。いや、本当に楽しみ」
大人達が話に没頭するのを待って、純子は相羽の方をちらりと見た。おもむ
ろに口を開く。
「あの」
相羽も全く同じタイミングで、同じ単語を言った。
声の重なりに、二人は口をつぐんで様子を窺う。目を合わせるのも恥ずかし
く感じて、ともに前を向いた。
「あ、相羽君、何?」
「いや……涼原さんから言ってよ」
「うん、でも、私のは長くなるから……」
「そう? だったら僕から……えっと、試写会が終わったら、涼原さんと話が
したいなと思ってたんだけど、いいかな」
「え、ええ。もちろん」
「よかった。僕の方は今のところ、それだけだよ」
明るく微笑む相羽。
純子は肩透かしを食らった気分。
(わざわざ予告するなんて、どんな話なのよ?)
気にはなったが、今は自分の話の方を優先させなくては。
「じゃ、じゃあ、言うわね。−−ごめんなさい」
身体をずらして相羽の方に向け、腰から折り曲げるようにして頭を下げた。
膝を斜めに付き合わせる格好になる。
本当に膝が触れ合って、相羽は心持ち身を引いた。その表情には戸惑いが張
り付いているようだ。
「な……どうしたの? いきなり」
前方の席を気にしながら、相羽が尋ね返してきた。
「私……あなたとお喋りしなくなってたでしょ、学校で」
「……うん」
「意識過剰になってたみたい。親しくしすぎちゃいけないと思って」
夢で見たからという点は言わないでおく。そもそも、今日謝ろうと決心した
のも夢のおかげであるのだが。
「それで、用事がないなら話しかけないでなんて……ひどいこと言って、ごめ
んね。本当にごめん」
再び頭を下げた純子。
間髪入れず、相羽は慌てたように手を差し出してきた。純子の肩に触れてい
いものかどうか、迷っている動き。
純子が上半身を起こすと、相羽はほっとした体で手を降ろす。
「そんな、謝らないでいいのに」
「だって相羽君、嫌な気持ちじゃなかった?」
両手を組み合わせて尋ねる純子。相羽は上目遣いで逡巡の態度を見せてから、
「それは……少し」
と答えた。ただ、正面切って言うのがはばかられるのか、片手でしきりに鼻
の頭をこすっている。
「そうよね……」
「い、いや、そんなに気にしてないから。あはは、は……」
うつむく純子に、再度慌てふためく相羽。この調子では、いい加減、親が不
審がるかもしれない。
「本当に? 正直に言って」
純子が声を潜めると、相羽も囁き口調になった。
「つまり……さっき言った通り、少しだけ。でも、気にしないでくれよ」
「そう? それでさ、勝手を言ってるのは分かってて、敢えてお願い。そのぉ、
馴れ馴れしくならないくらいにまた前みたいに話をしよ。ね?」
「−−うん。もちろん、いいよ」
一気に弾んだ口調になる相羽。純子はわずかばかり驚かされてしまった。
「許してくれるの?」
「許すなんて。僕だって怒ってたわけじゃない。何とかしたかっただけ」
「よかった!」
問題解決の喜びのあまり、叫んでしまった。
当然のごとく、前にいる面々が振り返る。
「どうしたんだ、純子? 急に大声なんか出して」
「あ、え……ううん、何でもない」
父にそう応じると、今度は相羽の母が心配げに聞いてきた。
「そう? 信一が変なこと言ったんじゃない?」
「そ、そうじゃありません。ねえ、相羽君」
「うん」
「それならいいんだけれど。−−もうすぐ着くからね」
ようようのことで大人達の注目を解消。それでも「彼と仲がいいんだな、純
子は」と母に聞く父の声が漏れ聞こえる。母は「知らなかったんですか」と呆
れているようだ。
顔が赤らむのを意識しつつ、純子は相羽に言った。
「これからまたよろしくね」
「う、うん」
対する相羽は、何故かしら困っているような。
「あれ? な、何? 何かまずいこと言ったの、私?」
「違うよ。……あのさ、涼原さん」
「うん。何なに?」
お喋りするんだと気合いを入れて相づちを打つ純子。
「さっき言ったこと−−あとで二人で話がしたいって言ったあれだけど、やっ
ぱりやめとく」
「ん? どうして?」
「君の話を聞いて、とりあえず必要がなくなったから」
「へえ? それって、あなたも私と同じことを考えていたのね?」
そう思うと、何だか嬉しくなってくる。
(結局、私達って似ているのね。それがいいことなのか悪いことなのか、判断
できないけれど。たった今はいいことだわ、絶対!)
晴れ晴れとして表情をほころばせる純子の隣で、相羽は安心と困惑が入り混
じったような複雑な顔をしていた。
「ん、まあそうなんだけど、ちょっと違うところもあって……」
「え? 何が違うのよ? 教えて」
「だ、だめだよ。これだけは教えられない」
小刻みに首を横に振った相羽を、純子は訝しく思った。
純子は追及するつもりだったが、その矢先、杉本の声が車内に響く。
「はい、ご到着〜っ。各バージョン、十五秒と三十秒の二通りがありまして、
何遍でも繰り返してご覧になれますから、ゆっくりして行ってください」
ワゴンは何かのスタジオらしき二階建ての建物の前に着いていた。
「さあ、行こう。いよいよだね」
先に降り、ドアを開けてくれている相羽に促されると、純子は最前の引っか
かりもどこへやら、「うん」と応じながら腰を浮かした。
そして道路に立って、改めて実感する。
(−−すっかり忘れていたけれど。相羽君にコマーシャルの中の私を見られる
のって、恥ずかしい!)
−−『そばにいるだけで 19』おわり