#4362/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 1/19 13:12 (191)
そばにいるだけで 19−5 寺嶋公香
★内容
「負けたくないけど……一緒に頑張りましょ」
「うん。何しろ他にも白沼さんとか強敵がいるしね」
簡単に同盟成立。手を取り合って飛び跳ねる二人の様子を目の当たりにして、
純子と町田は顔を見合わせ、苦笑いをした。
「何笑ってるの。純子や芙美の願い事は?」
井口が振り返ったのへ、町田から答える。
「まあ、ありきたりの願いは省略するとしまして。定期試験で百点満点取りた
いんだな、私ゃ」
「……成績アップってこと?」
「それもあるけど。とにかく一度でいい、何の科目でもいいから満点を取って
みたい。そんだけのことよ」
「親と約束したんだろ、きっと」
いつから話を聞いていたのだろう、勝馬が口を挟んできた。
「何かを買ってもらえるとか」
「んー、それもあるわね。家族旅行の約束を」
その言葉で純子は納得。
(芙美のところはご両親がともに忙しいみたいだもんね。たまには一家団欒を
したくなるのも無理ない)
「純ちゃんは?」
「え? ああ、私の願い事?」
富井から突然話を振られて、純子は大慌てで気持ちを整える。
「色々考えてたらごちゃごちゃして分かんなくなっちゃうし、長くなるから神
様に悪いと思って。だからね−−今の楽しさが永遠に続きますようにって」
「何だ、もったいない」
我がことのように悔しがる風の富井。純子の二の腕を掴んできて、揺さぶる。
「今の状態で満足してるの、純ちゃんは?」
「……うん。楽しい。いけないかしら」
「郁が言いたいのは、より以上に楽しいこと、いいことを願ってもいいじゃな
いか−−そうよね?」
町田が分かったような口を利く。
「そう! それそれっ。折角お賽銭を出したんだし」
「郁江の話も分かるわよ」
物分かりよくうなずく純子。
「だけどね、私達だって当然、年を重ねていくわけじゃない? たとえばさ、
来年になったら進路を考えなきゃいけなくなる」
「おお、現実的だ」
井口が冷やかすように言うので、純子は力が抜けた。若干、頬を膨らませ気
味に、言い返す。
「真面目に言ってるんだけどな。だから、今の楽しさがなるべく長く続いてほ
しいって」
「私自身、結構年寄りくさいこと言う方だと自覚してたけど」
町田が純子の胸先に右手の人差し指を突き付ける。思わず身を引いた。
「純も意外と年寄りじみた考えしてるのね」
「やあね、今日は特別。だいたい、芙美も年寄り年寄りってねえ……。大人び
たってぐらいがいいんじゃない?」
「それもそうか」
妙な納得を町田が示したところへ、再び男子から声。
「何やってんだー?」
ぶんぶん手を振っているのは唐沢だ。他の二人とともに、おみくじ売り場に
並んでいる。
「こっち来いよ! 買うだろ?」
「おみくじは買うんじゃなくて、引くものよ! 雰囲気ぶち壊し」
町田が呆れ口調で注意しながら、小走りに進む。純子達三人も続いた。
「今から並ぶの大変だろ? 女子みんなの分、代わりに買って、いや引いてや
ろうか」
唐沢の言う通り、長い列ができている。
「どうする?」
四人で相談。すぐに結論は出た。
代表して、やはり町田が伝える。
「おごってくれるのなら、そうするわ」
「あに?」
奇妙な返事をすると、目を白黒させる唐沢。普段二枚目を気取っているだけ
に、その落差からことさら滑稽に見える。
「女の子相手にこういう言い方したくないが……おまえなあ、さっきはおみく
じ、買う物じゃないと言ったじゃんか」
「あら。それはそれ、これはこれよ。ついでにお守りの一つでも買ってもらお
うかしら」
すまし顔で答える町田に、唐沢は反論する気力を失った様子。大げさにため
息をすると、相羽と勝馬に応援を求める。
「資金援助、頼む」
「仕方ないなあ。利子もらおうか」
「なぬ?」
「冗談に決まってるっつーの」
小声だったが、そんなやり取りはしっかりと純子達に聞こえた。
順調なスタートを切った純子の新年だったが、実のところ、少し不機嫌でも
あった。理由は単純かつ明白。
「旅行に連れてってくれるって言ったのにー!」
本来ならここで腕にしがみついて揺さぶりたいところだけど、母は現在裁縫
中故、遠慮せざるを得ない。
「悪いとは思ってるわ。だけどお父さんの都合がね」
母の言い訳にも、純子は引っ込まなかった。
「都合って、仕事じゃないじゃない。忘年会があったと思ったら、今度は職場
旅行だって」
「仕方ないでしょ。お父さんにもお付き合いがあるんだから」
「だけど」
「純子がモデルをやるのを許してくれたんだから、お父さんにも少しは好きな
ようにさせてあげないと」
話がずれたとは思うものの、この点を持ち出されると弱い。
しかし気を取り直して面を上げると、純子は次善の案を示す。
「だったら、お母さんと二人でもいいから、行こうよ」
「無茶を言いなさい」
手早く結び玉を作って留めると、糸を切る母。出来映えを確認してうなずい
てから、純子に目を向ける。
「お父さんがいない間、留守番をしなくちゃいけないのよ。お正月だからお客
さんが尋ねてくるかもしれないでしょう。出かけたら、あなただってお年玉を
もらい損ねるかもね」
「う……それはちょっと嫌かも」
考え込む純子の頭を、立ち上がった母がそっと撫でる。
「旅行の約束を破ると言ってるんじゃないわ。次のお休みが取れるときまで待
ってほしいって、お願いしてるのよ。いい子だから、ね?」
「……約束したときに、お正月は無理なら、はっきり言ってほしかった」
むくれる純子を持て余したように苦笑する母。
「あれはお母さんが悪かったわ。ごめんなさいね。実は……まさか採用される
なんて夢にも思わなくて」
「あ、ひどい。自分の子供をつかまえて、そんなこと言う?」
ますますむくれる……ふりをした純子。一転して表情をほころばせると、舌
の先を出す。
「えへ。本当は自分でも信じてなかったんだけどね」
「本当によく頑張ったわ。そのご褒美は必ずするから、最高の形で渡せるまで
もう少し待ってくれないかしら」
「うん。分かりました。楽しみに待ってる」
素直に首肯する純子。
母親がほっとしたのを見て取ると、にこっと微笑み付け加える。
「ただし、夏まで待たされて、田舎に帰るのと一緒にしないでよね」
「はいはい、それまでに何とかするわ」
確約?を得て、純子は機嫌もそれなりに回復。スキップで階段を駆け上がる。
いつもは咎める母親もさすがに今日は何も言わなかった。
新学期に入ったが、気分一新とまではならない。
「久しぶりって感じがしないよね」
「うん。昨日も会ったし」
何しろ旅行がなくなったおかげもあって、ほとんど毎日、友達と顔を合わせ
ていたのだから。休みの前半は一緒に遊ぶために、そして後半はもちろん宿題
をするために。
それでも町田と純子は、先生が来るまで休みの間の思い出話に花を咲かせる。
「親戚の家に行ったら、お正月までいられないんだからって、年明けしない内
にお年玉もらってさあ」
「よかったじゃない。もらえないより」
「気分の問題がねえ。……あら」
町田が途中で喋りを止めた。彼女が見ている方角に純子も視線をやると、相
羽が珍しくも白沼と一緒に入って来るのが見えた。
(家の方向は全然違うのに。白沼さんが遠回りしたのかな。それとも学校で待
ちかまえて……)
そこまで考えて、純子は首を振る。
(自分には関係ない)
席に着いた相羽に対し、白沼は鞄を置くや座らずに相羽の机に手を突く。そ
してあらかじめ用意していたような口調で始めた。
「そうそう、写真できてたんだわ」
「写真て」
純子の方を向きかけていた相羽が、肩越しに振り返る。
目を細める白沼。
「六日に私が初詣してたら、会って、写真撮ったじゃない。あのときの」
「ああ、あれかぁ」
のんびり答える相羽。
だけど、純子と町田は目を見合わせた。同じことを考えたとみえる。
「相羽君は二回、初詣に行ったのかしら」
町田が少しばかりとげのある言い方で尋ねた。
「ちっ違うよ」
その口調に含まれるものを敏感に感じ取ったらしく、相羽は慌てて向き直る。
何とも忙しい。垂れてきた前髪をかき上げ、早口で答えた。
「参拝してたのは白沼さんだけ。僕は別の用事で自転車乗ってたら……」
「私が声を掛けたのよねえ。お正月早々、幸運だったわ。家族で旅行したから
遅い初詣になっちゃったけど、私の分の幸運は残っていてよかったぁ」
白沼があとを引き継いだ。彼女の声は嬉しさいっぱい、弾んでいる。
「おみくじ、大吉だったのよ。早速御利益があったみたいね」
「それはそれは」
辟易したのか、町田は横目でじろっと白沼を見て、両手の平を上に向けて、
大げさに肩をすくめた。
白沼は気付かなかったようだが、町田の態度に純子は内心、たっぷりの冷や
汗。無理に笑おうとして、頬がひきつる。
(芙美〜っ。身を引くんじゃなかったのーっ?)
と、口に出して引き止めるわけにもいかず、黙って見守るしかない。
「これなんだけど、よく写っていると思わない? モデルがいいから」
二、三葉の写真を手に押し付けられた相羽は、白沼の問い掛けに即答できな
い。戸惑っているのか、それとも質問を真面目に考えているのか……とにかく
写真に目を凝らす。
やがて顔を上げずに、ぼそりと言った。
「よく撮れていると思う。でも、少しだけバランスが気持ち悪い」
「え?」
今度は白沼が戸惑う番らしい。顔を寄せてきた彼女に、相羽は写真を指差し
ながら説明をする。
「いやさあ、白沼さんと僕、写真のちょうど真ん中に来ちゃってるでしょ」
「ええ、そうね。それが普通じゃない?」
「スタジオで撮るならそうだけどね。これは釣り合いが取れすぎているって感
じ。折角外で撮ったんだから、風景をもっと入れるとかさ。あ、ごめん。撮っ
たのは白沼さんじゃないんだった」
いきなり頭を下げる相羽。
わずかに身を反らせ、ますます戸惑いを覚えた様子の白沼。
「ううん。ママが悪いんだから、言っておく。ほんと、気が利かないわ。もっ
とうまく撮ればいいのに。そうだわ。相羽君の都合がよかったら、もう一度撮
り直してもいいのよ。気に入るまで何枚でも」
「そこまでしなくていいよ。写真、ありがとう。記念になった」
もらった写真を鞄にそそくさと仕舞うと、苦笑を浮かべて鼻の頭をかく相羽。
白沼はと言えば、右手の人差し指を口に当てて何やら物足りなそうであった
が、そこへ彼女の友達の女子に呼ばれる。
「参ったなぁ」
白沼がその友達と連れ立って廊下に出るのを待っていたかのように、相羽は
息をついた。
−−つづく