AWC そばにいるだけで 19−4   寺嶋公香


        
#4361/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 1/19  13:10  (199)
そばにいるだけで 19−4   寺嶋公香
★内容

 起き出してみて、八時過ぎだと分かる。天候は雲がいくつか浮かぶも、まず
は晴れと言っていい。
「案外、早く起きたわね」
 驚くよりもむしろ冷やかすような調子で、母親が言った。早速、朝食の支度
を始めてくれる。
 純子は食卓に着きながら聞いた。
「おはようございます……お父さんは?」
「まだ起きてこないわ」
「あれから眠ったの、お父さんもお母さんも?」
「もちろん」
 それから母は台所を一度離れると、洋裁に使っている部屋に行った。じきに
戻って来たその手には、小さな紙袋が一つ。
「はい、これ。お年玉」
「あっ、ありがとう!」
 両手で受け取り、額を確認せずにスカートのポケットに仕舞い込む。
「あら? 中身は見ないのかしら」
 不思議そうな母親は、娘の態度が気になって朝ご飯の準備に集中できない雰
囲気。純子はすぐさま言い添えた。
「いくらでもいいんだ。もらえるだけで感謝してまっす」
「おかしな子。これまでと全然違うじゃない」
「えへへへ」
「中学生になったからって、急に大人ぶらなくたっていいのに」
「そうじゃないよ。あ、おいしそう」
 運ばれてきたお雑煮にかこつけ、話題を逸らす。
(お金を稼ぐのが大変だって、少し分かった気がするもの。本当は、こうして
毎日食事できるのも感謝しなくちゃ)
 少々大げさな感じ方ではあるが、純子は神妙に両手を合わせ、静かに唱えた。
「いただきます」
「年賀状、来てるわ。そこね。一番手前に、あなたの分をまとめておいたから」
 その言葉にお椀をテーブルに戻して、視線を走らせる純子。葉書の束はすぐ
に目に留まった。
 お餅をひとかじりして飲み込んでから、布巾でぬぐった手を葉書に伸ばした。
裏側から見ていく。
 色鮮やかなイラストが入っているのは、たいていが女友達からのだ。そうで
なくても、文字の雰囲気が違う。丁寧な字だろうが丸っこい字だろうが、葉書
の裏面に精一杯書き込んでいる。
「あははは。前田さんたら、『去年はお世話になりました−−特に、立島君と
仲直りさせてくれて』だって」
 太い文字で書かれた素気ないのがあったと思って見てみると、予想通り、清
水からの物。続いて大谷のも見つけた。
(何よこれ。二人して、同じ文章を書いて。全く、筆無精なんだから)
 呆れながら、それらの葉書を束の一番下に回す。
 今度現れたのはイラスト。今年の十二支が大きくリアルに描いてある。だが、
記憶にないタッチだ。裏返して名前を確認。
「何だ、長瀬君か。ほんと、うまいなあ」
 よく見ると、自分の指で隠れていた葉書の隅っこに、ゴールテープを駆け抜
けるマリオネットのような漫画絵が添えてあった。さすが陸上部。
「あ……白沼さんから来た」
 書道でもたしなんでいるに違いないと思わせる達筆で、かしこまった挨拶の
文句が並べてある。そして万年筆で、「パーティに来てくれてありがと」と付
け足してあった。
(出しておいてよかった……)
 年賀状を出そうか出すまいか迷った一人だっただけに、ほっとして胸をなで
下ろす。
 その他にも、国奥から近況を知らせる物、舌足らずな喋りそのままを文章に
したような藍ちゃんからの物と、思わず頬が緩む年賀状ばかり。椎名から届い
た葉書に、「四月になったら、また同じ学校! よろしくお願いします」とあ
ったのには苦笑してしまった。
「あっ。来てた」
 いつの間にか探していた相羽からの葉書を目の当たりにして、純子は知らず、
声を出した。
「今年は手書き。時間の余裕、たっぷり取ったに違いないわ、相羽君」
「そうそう。相羽君のお母さんからも来ていたわよ」
 娘の独り言をちゃんと聞いていたらしい母は、早口で言った。
「えっ、そうなの?」
 慌てて探す……までもなく、相羽の次が相羽の母からの物。
(うわ。当然かもしれないけれど、モデルのことを書いてあるわ。お礼を言わ
れても、困っちゃうんですけど……)
 純子の方からは相羽信一宛に出しただけで、お母さんにもよろしく伝えてく
ださいという主旨の一文を書き添えたのみ。
「お母さん。こういうのって、こっちもちゃんと出しておくべきなの?」
「あなたはまだ子供なんですから、どちらでもいいと思うわ。改めて書くぐら
いなら、お年始に行ったらいいんじゃない? 話が早いでしょう」
「そんなあ」
 女友達の家ならこれまでも、遊びに行ったついでに年始の挨拶の真似事をし
ている。だが、男子のクラスメートとなると前例なし。しかも、その親に対し
ても正式な用件があるなんて、全く想像できない状況である。
「堅苦しいの、嫌よ。何か別の用事で訪ねたときでいいじゃない」
「当然、無理強いはしませんよ。私も本当は迷っているのよ。こういうお付き
合いの場合、年始の挨拶に行くべきなのかどうかって」
 考えてみれば、純子の母も相羽の母とは間接的につながりがあるわけで、そ
の特殊さ故に判断に迷うのもうなずける。
「だから、娘をやらせてすませようと思ったのだけれども、だめか」
 冗談めかして言う母を前に、純子はため息をついた。

 まだ寝足りなかったらしくて、あくびが出そうになる。どうにかかみ殺すと、
目元にちょっぴり涙が滲んできた。
(遅い)
 目に指先を当てたついでにベレー帽を直した純子は、若干憤然とした気持ち
になる。
 待ち合わせに約束した時刻はとうに過ぎていた。
(郁江や久仁香が遅れるのはいつものことだとしても、芙美まで来ないなんて
どうなってるのよ)
 母親の言うことを聞いて眠ったおかげか、それとも子供ならではの元気さか
らか、純子の肌はつやつやしていた。その甲斐がないではないか。
 バス停を近くに見据えた場所に何もすることなしに一人立っていると、行き
交う人々に目が自然と向いた。
 着物姿のきれいな女の人が通ると、しばらく目で追ってしまう。
(今年も晴れ着にする勇気はなかったな。今はこれが似合ってるのだ、うん)
 自分の服装を見下ろし、自分を納得させる。
 顔を起こすとタイミングよく、富井達が現れた。
「……あれ?」
 目を凝らすまでもなく、富井、井口、町田の三人の他にも人影があった。
(相羽君、勝馬君、唐沢君……何で)
 疑問を膨らませる間にも、みんなが近付いてきた。
「あけましておめでとー!」
 富井と井口が声を揃える。引き続いて、今度は町田が「旧年中はお世話にな
りました。本年も何卒」云々と真面目腐った口調で、しかし表情は冗談めかし
て言った。
「あけましておめでとう……はいいけれど、どうして相羽君達がいるの」
 男子達を小さく指差す。
 純子が尋ねた相手は女子三人だったのだが、答えたのは唐沢。
「家を出たとき、ちょうど町田さんも出かけるところでさ。初詣に行くって言
うから、じゃ一緒にってことで」
「僕と勝馬は元々、唐沢と約束してたんだ」
 相羽が付け足す。その横で勝馬はポケットに両手を突っ込んだまま、にこや
かにうなずいていた。
「芙美にしては珍しいわね、唐沢君と一緒に来るなんて」
 純子は声を潜めて、本人に耳打ちした。事情は飲み込めたものの、新たな疑
問も浮かぶ。
 町田も同じように耳打ちで返す。
「まあね。こうすれば相羽君と一緒に行けるから、郁江達が喜ぶと思って」
「……あなたはどうなの?」
「もちろんいいなあとは思ってるのよ。でも……一応、気持ち、身を引こうか
と。何たって身近にライバル多いから、友達同士で争わなくてもいいんじゃな
いかなって」
「ふうん」
 とやかく口出しすることではないが、町田のあっさりした言い様に首を傾げ
たくなる。
(これまでは結構、気にしてたみたいだったのに……)
「何て顔してるのよ、純たら。手広くやってる私には第二候補、第三候補もい
るし、いざとなれば新しい本命だって」
「……あー、そうですか。心配して損しちゃった」
 そうして二人で声を立てて笑い合った。
「バス来たよぉ」
 富井の声に内緒話も中断。
 それから七人は立ちっ放しでいること十数分。人いきれとともに目的地の神
社に降り立った。
「涼原さん、あけましておめでとう」
 バスの中で満足に話せなかったためか、相羽が挨拶をしてきた。
 純子は笑んで、冗談混じりに応える。
「こちらこそ。去年はお世話になりました。今年も……」
 よろしくお願いしますと続けようとして、思考がふと立ち止まる。
(新年早々こう言っちゃったら、また成り行きで親しくしてしまいそうだわ。
決心したばかりなのに)
「どうかしたの?」
 表情から笑みを消し、黙ってしまった純子を不思議そうに見る相羽。
「何でもないわよ」
 窓を閉じるみたいに素気なく言った。純子はそのまま、足早に。
 途端に、砂利を慌ただしく踏み締める足音が後方からする。相羽が距離を縮
めまいとして駆け出したようだが、それはついぞ叶わなかった。
「相羽君。さっき言うの忘れてたけど、年賀状、ありがとねー」
 富井達につかまったからだ。
 相羽が彼女らから年賀状をもらったことに礼を述べる合間に、純子は間隔を
広げる。
「すっずはらさん」
 と、唐沢がすうっと横に付き、話しかけてきた。
「純子ちゃん。どうしたのさ?」
「え?」
「いつもと違うからさ」
「ん? 何が?」
 純子が疑問返しを重ねていると、唐沢は首を捻り、「うーん、違うのかな」
とつぶやく。
「おかしな唐沢君。変な呼び方しといて」
「忘れて。そうだ、年賀状、来るとは思っていなかったらびっくりしたなあ。
ありがとうね」
「唐沢君もくれたよね。どうせクラス中の女子に出したんでしょうけど」
「ひどい言われよう。そんな風に見られてるんだ、俺って?」
「じゃあ、出してない子もいる?」
 予想していなかった反応に、純子は首を傾げた。
 唐沢は大真面目に首を横方向に振った。
「全員に出したさ。このチャンスを逃せるもんか。何せ、女の子におおっぴら
に郵便を出せるんだからね」
「……」
「何?」
 純子が言葉を飲み込んだのを察したのであろう。貧乏揺すりみたいにそわそ
わする唐沢は、気になって仕方ないらしい。
「ううん。何でもない」
(唐沢君なら、いつだって平気で女子に手紙出せるんじゃないの?−−なんて
思ったけれど。ここまで言ったら、かわいそうかな)
 含み笑いしつつ、純子はこの件に関しては決して口を割らなかった。
 人出は昨年と比べると減ったようだった。参拝客が大勢いるのは間違いなく
ても、雰囲気がどことなくのんびりしている。
 おかげでさほど待たされずに賽銭箱の前まで到着した純子達一行。
 めいめいがお賽銭を放ってから手を合わせる。当然、目は閉じて。
 お参りが終わってすぐさま、何をお願いしたのかが女子の間での話題になる。
「いーっぱい、お願いしたわよぉ」
 富井が幸せそうに笑う。もうこの段階で願いが叶ったような顔だ。そのまま
指を折りながら答える。
「健康でしょ、勉強でしょ。きれいになりたいし、料理も上手になりたい。あ、
おいしい物も食べたいけど。一番強く願ったのが、好きな人と両想いになれま
すようにって」
「私もおんなじだわ」
 井口が少し唇を歪めている。対象とする相手が同一人物だと互いに知ってい
るだけに、複雑な心境のよう。このときばかりは、富井も表情を引き締めた。
 短い緊張のあと−−。

−−つづく




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