AWC そばにいるだけで 18−7   寺嶋公香


        
#4347/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/12/24  11:45  (200)
そばにいるだけで 18−7   寺嶋公香
★内容
「か、唐沢君。この間の買い物、うまく行った?」
 話題を換えたい一心で先日の一件を切り出したが、相手には奇妙に映ったら
しい。再度、瞬きを激しくした唐沢は、やがておどけた調子で言った。
「涼原さんが心配することかいな」
「ええっと……」
「ま、いいさ。なら、聞かせてよ。そっちはどうだったの、買い物の首尾は? 
にこにこしてたから、満足行ったんだとは分かるけど」
 唐沢の質問は、なかなかありがたかった。話の方向を転じるには、格好の材
料がある。
「それがねえ。買い物自体はよかった。そのあと、帰りしな、迷子の女の子に
会って大変だったんだから」
「ほ? 迷子って、涼原さんの全然知らない子?」
「うん。それで、偶然てあるんだね。今朝、たまたまその子と再会して」
 純子がようやくペースを取り戻す頃、他のクラスメートが姿を見せ始めた。

(−−え?)
 終業式が終わって教室に戻る途中で、純子はその噂を耳にした。
 耳にしたと言っても、他のクラスの子達が囁き合っているのを、たまたま聞
いたという形だが。
(西崎さんのお父さん、亡くなった?)
 慌てて目線をさまよわせ、八組の中に小学校のときの友達を見つける。
「あ−−ねえ、根本(ねもと)さん」
「涼原さん? 何だか久しぶり」
 根本はショートカットの髪を揺らし、立ち止まってくれた。
 尋ねにくい話だったので、純子は廊下の端に寄り、小声で聞いた。
「西崎さんのお父さんが亡くなられたって聞いたんだけど、本当なの?」
「え、ええ。今朝のホームルームで、先生が言ったわ。当然、西崎さんもこの
何日か来てなくてさ、詳しくは知らないけれど、亡くなられたのは昨日のこと
なんだって。私なんかには想像つかないけど、一人きりになって大変だろうな
……」
「一人きりって?」
 引っかかり、身を乗り出す感じで聞き返す。
「あ……知らないんだ?」
 しまったという風に、口に手を当てた根本。
「聞いてくるからには、涼原さんは、西崎さんと親しいんじゃないの?」
「うん、ちょっときっかけがあって。ただ、凄く親しいって言えるかどうかは、
難しいかもしれない」
「うちらのクラスでも、あの人と親しい子はあんまりいないのよね。でも、家
庭の事情って言うの? そういうのは分かるから。西崎さんの家、お母さんも
いないんだって」
「そんな……」
 ショックだった。アパートを訪ねた折、愛美は明るいとまでは言えなくても、
極普通に振る舞っていた。
「涼原さん?」
「え、あ、ありがとう。教えてくれて」
 会話を切り上げると、考え込む純子。歩く速度は極端に遅くなっている。
(どうしてるんだろう)
 初めて会ったときの、西崎の痩せた手が思い出される。
(アパートで会ったときの西崎さんからは、まだたくましい感じを受けたけれ
ど、でも、お母さんに続いてお父さんまでいなくなるのって……)
 さっきの根本の言葉ではないが、確かに想像できない。ただただ、黒い物が
渦を巻いて行く手を阻む−−そんなイメージだけが漠然と浮かんでくる。
(何か、何か……何でもいいから、力を貸したいっ)
 根を詰めて考える。
(私にできること……)
 考えるが、空回り。間抜けな犬が自分の尻尾を追いかけてぐるぐると一所を
走り続けるようなもどかしさを、嫌でも感じてしまう。
 純子は、愛美の今後のことまであれこれ思案するのをやめ、愛美の今につい
てだけ考えた。
「−−決めた」
 意志を固め、声に出す純子。
(学校が終わったら、飛んで行こう。手伝うことなら、いくらだってあるはず)
 周囲の子達は、わいわいがやがやとお喋りをしながら、通り過ぎていく。

(※終業式当日の放課後のことは、悠歩さん作の『遠い宙のマリア』をご覧く
ださい)

 純子、富井、井口の三人は、思わず見上げてしまっていた。
「おっきな家ー」
 富井が舌足らずに言い、レモンイエローの手袋をした手に感嘆の白い吐息を
漏らす。
「芙美が言ってた通りだわね」
 視線を上げたまま、オレンジ色調のマフラーを巻き直す井口。
 町田は用事があると言って、今日のパーティの欠席を決めている。
「何か言ってたっけ?」
 うす桃色をした耳当てがずれないように押さえながら、純子は首を傾げる。
 井口も顔を横に向け、答える。
「忘れた? 白沼さんの家、お金持ちだって」
「ああ、そういうこと言ってた……。ほんと、三階建てなんて、びっくり」
「大勢を呼べるはずだよねえ、うらやましいっ」
 まだ見上げている富井が、声を高くする。
「こんな家の前で騒いでないで、入らなきゃ」
 井口が時刻を確認した。まだ約束の時間には余裕があるが、ぎりぎりよりも、
少し早めの方がいいだろう。
 インターフォンを探す−−あった。これも、単純な代物ではないようで、ご
たごたとボタンが付いていた。何とか、呼び鈴のボタンぐらいは分かる。
「誰が押す?」
「招待受けた人でしょ」
「みんな受けてるよ」
「だから、招待状を受け取った人」
 指差されて、純子は仕方ないなあと肩をすくめる。
 軽く息を吸い込み、ボタンを押した。玄関のドアまで遠いせいか、呼び鈴が
本当に鳴ったかどうか分からぬまま、返事があった。
「どちら様でしょう?」
 声質は、若そうな女の人のもの。
「白沼さん−−絵里佳さんのクラスメートで、涼原と言います。あの、本日は
お招きいただき、ありがとうございます……」
「分かりました。伺っております。どうぞお入りください」
 恐いぐらいに丁寧な応答に、「もしかすると、お手伝いさん?」なんてつぶ
やく純子達三人。
 と、黒光りする金属製の重々しい門扉が、ゆっくりと動き始めた。どこかで
遠隔操作できる仕組みらしい。見た目と違って、実にスムーズに滑っていく。
 門扉の動きが完全に止まってから、三人は威厳ある構えの門柱の間を抜け、
中に足を踏み入れた。
 整然とした庭の中、微妙にバランスを崩して配された飛び石に従い、いささ
か気圧されながら歩いていくと、やがて玄関前に到達した。
 凝った彫り物が細工されている扉を前に、純子達は立ちすくんだ。
「……もう一度、ノックするものなのかしら?」
「さあ?」
 迷っていると、不意にドアが開く。
「ようこそ。メリークリスマス、涼原さん」
 充分に暖まった空気とともに現れたのは、白沼本人。雪を思わせる真っ白
なドレスを着ており、丈の長いスカートが、地面をこすりそうでこすらない。
「あ、あの、白沼さん……メリークリスマス」
 頭を下げてから耳当てをしたままだと気付き、慌てて取ると、もう一度会釈
する純子。富井と井口も同じようにした。
「富井さんと井口さんね。よろしく」
 ここが白沼の家というせいもあるのだろう、すっかり相手のペースにはまっ
て、富井と井口は無言のままうなずいた。
「えっと、お招きいただき、ありがとう……」
「やあね、かしこまっちゃって。普段通りでいいの。さ、上がってよ」
 けらけら笑って、皆を促す白沼。
「お邪魔します……」
 小さな声で断って、三人はどきどきしつつ、上がった。
「靴……もう誰か来ているの、白沼さん?」
 あちこち見回したい衝動を抑え、純子は尋ねた。自分達と同じ年頃の子が履
く靴が、何足か見受けられたからだ。
「ええ。いちいち言わなくても、部屋に行けば分かるから。それより、相羽君
は一緒じゃないのね」
「う、うん」
 相羽とは朝方に会って、昼間別れたばかりの純子は、気が引ける思い。
「調理部だから、一緒に来るのかと思っていたわ。はい、ここよ」
 白沼が示したのは、廊下をかなり行った先、右手にある洋間らしき部屋。ア
イボリー調のドアを通して、騒ぎ声がかすかに聞こえるような。
「−−あ」
 部屋の上座−−と言うのもおかしいが−−には、大きなクリスマスツリーが
あったのだが、純子が声を上げたのはそれが理由ではない。
 先に来て騒いでいたのは男子ばかり三人と知れた。勝馬、清水、大谷の面々。
ふかふかした絨毯に座り込んで、何かのゲームをやっている。
「おっ。よぉ、涼原! 遅かったな」
「遅くなんかないわよ。あんた達こそ、早すぎるんじゃない? だいたい、何
でクラスの違うあんたまで」
 と、大谷を指差す純子。
「いいだろ。そっちだって、関係ないのが二人、いるじゃんか」
「関係なくないっ。私達は同じクラブだから呼ばれたのよ」
 井口が声高に言い返すと、清水が勝ち誇ったように、
「なら、大谷も俺と同じ野球部だ。文句あるまい」
 と、胸を張った。
 ふと、白沼を見ると、どことはなしに呆れ顔をちらつかせつつも、
「みんなが揃うまで、しばらく待っててよね」
 と言って、部屋を出て行った。
(お家の人に挨拶しなくていいのかな)
 そんな考えがよぎった純子だが、気にする間もなく、清水がちょっかいをか
けてくる。
「モデル、もうやらないのか」
「な−−何よ」
 改めて室内を見回し、自分の「副業」を、この場にいる全員がすでに知って
いると確認する。
 壁と自らの頭の間にクッションを挟み、清水は足を投げ出した姿勢で続けた。
「あれから気になって、ずっとファッション誌を見てるんだけど、全然出ない
じゃねえか。やめたのか。もったいない」
「あんたには関係ないでしょ」
 清水と言い合いを始めた純子の横をすり抜け、富井と井口はコートを脱いで、
部屋の中ほどに陣取った。室温は春、下手をすると初夏を思わせるほどにぽか
ぽかだった。
「その話なら、私も知りたーい」
 富井が手袋を外した勢いで、手を挙げる。井口もマフラーを丸めながら、大
きくうなずいて、同感の意を示した。
 さらには勝馬も、
「相羽に聞いても、何にも教えてくれない。ないならないで、はっきり言うと
思うしなあ」
 と、なかなか鋭い観察眼を誇示した。
「だめだったら」
 両手を下向きに突っ張り、力一杯に拒否する純子。一人だけ厚着のままだか
ら、暑さで顔が赤くなりつつあった。
(白沼さんに聞かれると、説明に困る!)
 焦る思いで、純子は必死に言葉を探した。
「えっとね、芙美に知られたことだから言うけれど。他の人には言わないでよ」
 場にいる全員が、「うんうん」と軽い調子で首肯する。
 純子は声量を落とし、三つ目の撮影があったという点のみを告げた。内容に
は一切触れなかったから、多分、みんなは今度もAR**のモデルなんだと信
じたであろう。
 ようやく一息ついて、純子はダッフルコートを脱ぎ去り、持って来たプレゼ
ントの箱と一緒に隅っこに置く。手に握りしめっ放しだった耳当ても、ピアノ
の横にあるガラスのショーケースの上に置かせてもらった。
「わ、きれいなお人形」
 ケースの中にある物を認めて、純子は小さな声を上げた。
「何なに?」
 たちまちにして、他の女子二人が集まる。
 ガラスの向こうでは、手の平サイズの木こり達がそれぞれ斧を振るったり、
材木を運んだりしている。数は七人、頭には色違いの三角帽を被っているとこ
ろから、白雪姫に出て来るこびとを思わせる。
「顔が外国っぽいね」
「うん。それもアメリカじゃなく、ヨーロッパって感じ」
 まさしくフィーリングだけの会話。
「そんなもんより、こっち来て、一緒にゲームやろうぜ」
 大谷の情緒のかけらもない言い種に三人は呆れたが、他に時間潰しの種があ
るでもなし、結局は男子達の輪に入ることにした。

−−つづく




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