AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(39)  悠歩


        
#4309/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:50  (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(39)  悠歩
★内容
 駿は壁に掛けてあったハンガーからジャケットを取ると、それを羽織り、玄関
に立つ愛美を半ば押しのけるようにして部屋を出た。
「駿、どこにいくの」
 背後からマリアの声がする。
「良太くんたちを探しに行く!」
「マリアもいくぅ」
「私も………」
 既に階段へと差し掛かった駿の後ろに、マリアと愛美が追いついてきた。
「ありがとう。でも愛美ちゃんは駄目だ」
「えっ」
「君はお父さんを迎えに行かなくちゃ。他にもいろいろと、やることがあるんだ
ろう?」「でも………私、あの子たちに酷いことを言ってしまった責任がありま
すから」
「だいじょうぶだよ。良太くんも美璃佳ちゃんも、優しい子だもん。愛美ちゃん
の言ったこと、気にしてないよ」
 愛美に応えたのは、駿ではなくマリアだった。
「やっぱり愛美ちゃんは、お父さんのところに行ってあげなくちゃ」
 そう言って、マリアが愛美へと微笑み掛ける。
 マリアの笑顔には、不思議な説得力がある。どんなに巧みな話術より、マリア
の微笑み一つの方が遥かに効果的だと駿は思っている。事実、それは愛美に対し
ても効いたようだった。
「………分かりました。あの、でも時間は分からないけど、叔母さんが来てくれ
るんです。そうしたら、私も美璃佳ちゃんたちを探します」
「ああ、夕べ北原さんにも話しておいたから、愛美ちゃんの方で何かあれば手伝
ってもらうといい」
「はい、それじゃ、失礼します」
 深くお辞儀をすると、愛美は階段を下りていった。そのままアパートを出て、
病院の方へと走って行った。
「マリアたちは、美璃佳ちゃんたちを探しに行こう!」
 マリアが駿を追い抜いて下へ向かっていった。それを駿が呼び止める。
「ちょっと待って」
「なに? どうかしたの」
 薄手のブラウス一枚を着ただけのマリアが振り返る。
「マリアが寒さに強いのは分かってるけど、せめてコートくらい着なくちゃだめ
だ」
「ええっ、平気だよ」
「だめだ」
 駿は子どもを叱りつけるように、少し強めに言った。不服そうではあったが、
駿の言葉に従いコートを取るために、マリアは階段を上りはじめた。



 ストレッチャーの上に乗せられた父。
 全身を白い布で覆われ、周りには袋に詰められたドライアイス。
 ストレッチャーを押して、父を運ぶのは看護婦ではない。作業服のようなもの
を着た男の人たち。それはもう父が患者としての扱いを受けていないことを示す。
荷物を運び出すかのように、病院の裏口に待機していたワゴン車の後部へと乗せ
られる。
 無言でつき従っていた愛美は、改めて父がこの世の人でなくなったことを思い
知らされた。
「西崎さん、大変でしょうけどしっかりしてね」
 忙しい時間の中、ただ一人見送りに来てくれた婦長が優しく言葉を掛けてくれ
た。
「はい、お世話になりました」
 婦長に頭を下げ、愛美も車に乗り込もうとした。
 一台のタクシーが車の前に停まる。特に気にすることもなく、愛美はドアを閉
めようとした。
「愛美ちゃん!」
 タクシーから降りてきた女の人がそう言った。
 ドアを閉じかけていた手を止め、愛美はその女の人の顔を見た。
「雪乃叔母さん………」
 そこにいたのは、亡き母の面影を持つ雪乃叔母さんだった。
 雪乃叔母さんは、車から降りて立ち尽くす愛美に駆け寄って来た。そして強く、
愛美を抱きしめる。
「ごめんね、愛美ちゃん………叔母さん、なんにも知らなくて。一人で辛かった
でしょうに」
 抱きしめられながら、愛美は叔母さんが震えているのを感じた。愛美にすり寄
せる頬が濡れている。
「いいえ、叔母さんが悪いわけじゃないです………私、何も知らせなかったから」
「ううん、それでも気がつくべきだったの。いまになって思えば、この前お義兄
さんと会ったときに顔色の悪いことに………あの時は、私もすっかり興奮してい
たから。本当にごめんなさいね」
 後ろにまわされた叔母さんの手が、愛美の頭を撫でた。
 叔母さんの声が、温もりが、母と重なる。
 幼い日に、母に抱きしめられた記憶が甦る。
 もう流すまいと誓ったはずなのに。昨夜のうちに、一滴残らず流し出してしま
ったと思っていたのに。愛美は、一筋熱いものが頬を滑り落ちるのを感じていた。

 父の亡骸は、アパートへと運び込まれた。
 通夜の会場として近くの集会場が使えるらしい。けれど愛美はこのアパートで、
父と最後の夜を過ごすつもりだった。
 母が死んでから、父は人付き合いもしなくなった。親戚も母方の雪乃叔母さん
しかいない。立派な会場は必要なかった。
 それに会場に見合う祭壇を用意するお金もない。
 叔母さんは、せめて最後くらい立派に送ってやってもいいのではないか。必要
なお金は都合するからと言ってくれた。けれど愛美は断った。もうほとんど手元
にお金は残っていなかったが、最後だからこそささやかなものであっても、自分
の力で父を送ってやりたかった。
「それでは桂木さん、愛美ちゃん。何かあったら、いつでも言って下さいね」
 様子を見に来てくれた北原のおばあさんは、そう言って部屋を出ていった。
 いつもは母にあげていた線香の香りが、室内に満ち溢れている。
「あの、叔母さん」
「なあに? 愛美ちゃん」
「私、少し出掛けて来てもいいですか?」
「それは構わないけれど、出来ればお父さんのそばに、いてあげたほうがいいわ。
何か今日でないと困る用事なのかしら」
「実は………」
 愛美は良太と美璃佳のことを、簡単に説明した。父が病院へ運び込まれたとき、
美璃佳に対して取ってしまった、自分の態度も加えて。
「そう、そういうことなら、行ってきなさい。でも困ったわね………叔母さんも
後で、銀行に行きたいんだけれど………仏様を一人には出来ないし」
「叔母さん、お金のことでしたら………」
「あ、ううん、そうじゃないの。これは私の用事よ。いいわ、申し訳ないけれど、
少しだけ北原さんに留守番を頼みましょう」
「ごめんなさい」
「気にしなくていいのよ。それより、その子たち、見つかるといいわね」
「はい」
 愛美はコートを着ると、合い鍵−−父の使っていたものを叔母さんに渡して、
部屋を出ようとした。
「あ、愛美ちゃん」
「はい?」
 その愛美を、叔母さんが呼び止める。
「後で………夜になったら、大事な話があるから。そのつもりでいてね」
 たぶん自分のこれからについての事だろう。そう思った愛美は、「はい」と頷
き部屋を後にした。



 駅近くの書店。
 十二時に一度おちあう約束をしていたのだが、マリアはまだ来ていなかった。
ちらりと駅前広場の時計に目をやると、十二時まであと三分といったところだっ
た。
 時計の横に、交番が見える。
「そうだ、お巡りさんに捜索願いをだせば………」
 そう思った駿だったが、実行に移すことはなかった。
 警察に届ければ、当然良太たちの家の事情というものも知られてしまう。とな
れば、子どもたちの施設入りは確定的なものになってしまうのではないかと、駿
は考えたのだ。
 良太たちを施設に入れる話は、駿の独断で行ってきた。良太たちの母親と話し
合いしようにも、相手の居所がつかめない以上仕方ない。そうすることか、良太
たちの将来のためにもベストであると思っていた。
 思い上がりであったのかも知れない。あるいは善人ぶって面倒をみながらも、
突然自分の元に転がり込んできた子どもたちを、疎ましく思っていたのかも知れ
ない。施設に入れようというのは、将来を考えてなどではなく、ただ厄介払いを
したかっただけかも知れないのだ。
 何より駿は、良太や美璃佳と話し合いをするのを怠っていた。子どもに判断の
難しい話であるというのが、表向きの理由だ。だがそれは単に面倒くさい手間を
省いただけではないのか? 良太たちが施設に入ることを、進んで承知するとも
思えない。それを説得する自信も、それが一番いい方法であると言い切る自信も
なかっただけなのだ。
 幼いとはいえ、良太や美璃佳にも自分たちのことを自分で決める、駿が選ぼう
としている方法について事前に知り、意見を言う権利はあるはずなのに。駿はそ
れを蔑ろにしてしまった。
 良太たちが無事見つかれば、今度こそきちっと話し合いをしよう。そのために
は警察の介入は避けた方がいい。
「駿!!」
 眉間にしわを寄せ、真剣に考え事をしているときでも、その声を聞くと気持ち
が和んでしまう。
 いや、いまは気持ちを和ませているときではないと自分に言い聞かせ、駿は声
の方に視線を向けた。
「どうだった?」
 訊くまでもない。そこにマリア一人で来たのであれば、良太たちを見つけられ
なかったことは分かる。それでも駿は、わずかな期待をかけて、訊かずにはいら
れなかった。
「ううん、だめ。どこにもいない」
 走って探していたのだろう。
 マリアのコートはボタンを外して、前が開かれており、寒い中にあってブラウ
スは汗で濡れていた。
「ごめんね、駿。マリア、もっと早く良太くんの色に、気がついていればよかっ
たのに」
「マリアのせいじゃないよ」
 荒い呼吸の中、いまにも泣き出しそうなマリアの肩に手を置き、駿は優しく言
った。
 マリアに責任はない。良太を追い詰めたのは、駿なのだから。
「それにしても、どこに行ったんだろう」
 思いつく範囲、二人の行きそうな場所は全て探したつもりだ。とは言っても、
考えてみれば数日間寝起きを共にしながら、駿は良太たちのことを詳しくは知ら
なかった。
 駿の知らない友だちの家、二人だけの秘密の場所があるのかも知れない。
 それともクリスマスを控え賑わう街を、幼い兄妹二人きり行くあてもなく、彷
徨っているのだろうか。だとしたら、一刻も早く見つけてやりたい。
 どこか見落としている場所はないか。懸命に考えてみる。しかしいくら考えた
ところで、まるで思いつくものがない。強いて挙げれば、自分の連れていってや
った遊園地や映画館くらいだが、歩いて行ける場所ではない。お金を持たない良
太たちがそこに行くことはないだろう。
 まさかどこかで事故に遭ったのでは。
 不吉な考えが頭をよぎる。
 何かあってからでは遅い。やはり良太たちの安全を思えば、警察に届けるべき
かも知れない。
 駿の足が一歩、交番に向かって踏み出されたその時。
「藤井さん!」
 自分を呼ぶ声に、駿は振り向いた。



「あっ、西崎さん」
 アパートの形だけの門を抜けたところで声を掛けられ、愛美は足を止めた。
 息を弾ませながら、一人の少女が愛美へと駆け寄ってくる。
「涼原……さん?」
「はあ、……西崎さん……出掛けるところだったのね。よかった………行き違い
にならなくて」
 少女−−涼原純子は、両手を膝に充てて身を屈め、整わない息でそう言った。
「私に、何か用だったの?」
 愛美と純子は同じ学校に通ってはいるが、クラスも違っていたし特に親しい友
だちではない。もっとも愛美には、純子以外にも親しい友だちはいないのだが。
ただ学校では人と話すことを嫌っていた愛美にしては珍しく、何度か言葉を交わ
したことはある。けれどたまたま先日の一件で住まいを知られてはしまったが、
純子が愛美を訪ねてくる理由が思い当たらない。美璃佳を訪ねて、というのなら
分かるのだが。




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