AWC 代償   第三部  22    リーベルG


        
#4264/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/12/12   2:28  (159)
代償   第三部  22    リーベルG
★内容

               22

 言われた意味がわからず、祐子は思わず訊き返した。
「え?」
「あなたが選んだ方を、亜紀ちゃんが飲むの」由希は繰り返した。「冷却液が入
っている方を選べばあなたは助かるけど亜紀ちゃんは死ぬわ。苦しみぬいてね。
逆に入っていない方を選べば、亜紀ちゃんは助かるけど、あなたは死ぬ」
「え……え?」
「つまりあなたに最後のチャンスを上げようというわけ。あなたがどちらを選ん
でも、生き残った方はここから出してあげる。妹を犠牲にすれば助かるわよ」
「そ、そんなこと!」祐子はがたがた震え始めた。「選べるわけない!」
「いいえ選ぶのよ。絶対に選んでもらうわ。選べないなら、亜紀ちゃんに両方飲
ませるわ」
 祐子は身震いして、2つのグラスを見た。いくら由希でもそこまでやるだろう
か?全く罪のない亜紀を殺すようなことをするだろうか?だが、すでに亜紀を輪
姦させることまでやったのだ。もし由希が、妹を失う苦しみを祐子に与えようと
しているのなら……
 その一方で、由希の意図が、祐子が自分の手で死ぬことにあるのなら、2つの
グラスのどちらにも毒が入っているか、祐子が選ばなかった方が毒入りになるよ
うな細工がしてあるかもしれない。片方にだけ毒が入っているというのは由希の
言葉だけでしかない。藤澤美奈代も、天野志穂も、由希ははっきりと自分が手を
下したことを宣言した。にもかかわらず、警察は自殺と断定したのだ。ここで、
祐子が自分で毒をあおれば、それを自殺に見せかけることは困難ではないだろう。
 最悪なのは、どちらにも毒が入っているというパターンだ。亜紀が死に、それ
を見ながら祐子が死ぬ。それだけは避けたかった。
「わかったわ。選べばいいんでしょう」祐子はついに決心して言った。「でも、
ひとつだけお願いがあるんだけど」
「言ってみれば?かなえてあげるとは約束しないけど」
「先に私に飲ませて。それで、もし私の方に毒が入っていたら、それで亜紀を解
放してやって」
 由希は少し考えて頷いた。
「いいわよ。じゃあ、選んで」
 祐子は2つのグラスをちらりと見て、適当に手をのばし、最初に触れた方をつ
かんだ。
「こっちを亜紀にやって」
「もっと悩んで欲しかったのにね。まあ、いいわ。本当にこちらでいいの?変更
はきかないわよ?」
「いいわ」祐子は残ったグラスを握った。「私はこちらを飲むから」
「OK。飲んでいいわよ」
 祐子は覚悟を決め、亜紀に心の中で別れを告げた。父親やクラスメイトたちに
会えなくなるのは少しも悲しくなかったし、彼らが本当に悲しむとは思えない。
亜紀の立場に、彼らの誰かがいたら、祐子は迷わず自分が生き残る道を選んだに
ちがいない。亜紀だけが、祐子が初めて本当に興味を持った他人であり、おそら
く初めて愛した人間だったからこそ、祐子は自分が犠牲になることを決心できた
のだ。
 祐子はグラスを口につけると、一気に傾けた。
 生臭く、サラダの残り汁のような匂いが口いっぱいに広がった。こんな味をこ
れから2度と体験しなくてすむ、と考えても慰めにはならない。祐子は目をつぶ
って、一気に胃に送り込んだ。そして、グラスを放り出すと、身体の奥から苦痛
が沸き起こってくるの待ち受ける。目は閉じたままだ。由希の前で醜態をさらす
ことだけは耐えられなかった。
 静寂の数分間が過ぎた。
 それを破ったのは、由希がくすくす笑う声だった。
「あらあら、運がいいわねえ。あなた、毒が入った方を選んだみたいよ」
 祐子は愕然として目を開けた。由希はもう一つのグラスを握って、ミラールー
ムの方へ向かっていくところだった。
「待って!」祐子は叫んだ。「やめて!」
「ダメよ、朝倉さん」由希は振り向きもしない。「約束なんだから」
「やめて、やめて!亜紀を殺さないで!」
 由希は男の一人にグラスを渡した。男はミラールームに入っていくと、ぐった
りしている亜紀の口にグラスをあてがった。
「亜紀!」祐子は声の限りに絶叫した。「飲んじゃダメ!死んじゃうよお!」
 誰も祐子の言葉に注意を払おうとしなかった。亜紀は何をされているかもわか
っていないようだった。祐子の位置からは、亜紀がそれを飲んだのかどうかは、
はっきりとは見えなかった。だが、男が空になったグラスを持って立ち上がった
とき、祐子は絶望の叫び声を発した。
「亜紀!」
 不意に亜紀が跳ね起きた。目が大きく開き、何かをいぶかしむような表情で、
周囲を見回している。次の瞬間、亜紀の口から大量の吐瀉物が噴出された。
「亜紀!亜紀!」
 亜紀は喉を押さえて、ふらふらと立ち上がった。顔には想像を絶する苦悶の表
情が刻まれている。身を二つに折って、再び激しく嘔吐する。身体を起こしたと
き、その顔は鮮血で染まっていた。鼻から血がぼたぼたと流れ落ちている。救い
を求めるように手を前に突き出したが、マジックミラーにあたると、その反動で
後ろに倒れた。
「いやあ!亜紀!」
 その声が届いたわけでもないだろうが、亜紀は喉を押さえながらも、何とか肘
をついて起きあがろうとした。四つん這いになって、顔を祐子のいる方向に向け
る。鮮血に染まった顔は別人のようだった。
「声が聞きたいでしょうね」
 由希がどこかのスイッチを入れると、スピーカーからひび割れた声が流れてき
た。
「お……お姉ちゃん……苦しい……誰か助けて!お姉ちゃん!お母さん!」
 たまらず祐子は目をそらした。克也が後ろから頭をつかんで、無理矢理亜紀の
方を向けさせる。
 亜紀が激しく咳き込み、マジックミラーの内側に大量の鮮血が飛散した。
「助けて、助けて……お姉ちゃん!」
「お願い!」祐子は涙を流しながら、由希の方を見た。「助けてやって!私は死
んでもいいから、亜紀を助けて!」
「駄目よ。あなたが選んだんだから」
 とうとう亜紀は力尽きて、仰向けに倒れた。身体がひくひくとけいれんしてい
る。小さく咳き込んでは血煙を生み出しているが、それも次第に間隔が長くなっ
ていく。
 数分後、その身体は動かなくなった。
「亜紀!」
「死んだわ」由希が宣言した。
 祐子の視界が暗転していった。何かが決定的に壊れてしまったことを感じなが
ら、祐子は音もなく崩れ落ちた。



 意識を失った祐子を、由希は起こそうとはせず、冷たい一瞥を投げただけで、
縛られて座っている榊と大野川の方に近づいていった。二人とも悪鬼でも見るよ
うな視線で由希を見ている。
「何か言いたそうだわ」由希は微笑んだ。「話せるようにしてやって」
 克也が二人のさるぐつわを取り去った。最初に口を開いたのは大野川だった。
「お前、それでも女か」憎々しげな声だった。「あの子には何の罪もなかったん
だぞ」
「あなたたちにはお引き取り願います」由希は大野川の言葉を無視した。「途中
まで、こちらが車で送りますけど。その後は、警察に駆け込むなりご自由に。た
だし、あなたたちが朝倉さんを犯して、ナイフでイニシャルを刻んでいるビデオ
があることをお忘れなく」
「お嬢さんはどうするつもりです?」榊が訊いた。
「あなたに心配していただく必要はありませんわ」
「殺すんですか?」
「あなたには関係ありません」
「お嬢さんは、私のクライアントなんです。無関係とは言えませんな」
「殺すに決まっているさ!」大野川が叫んだ。「こいつは血も涙もない悪魔なん
だ」
 由希はそれには何のコメントもしなかった。
「それでは、お二人とも楽しいひとときでした。また、いつかお目にかかりまし
ょう」
 男たちが、榊と大野川を椅子ごと持ち上げた。二人はなす術もなく、外に運び
出されていった。



 それから二人は何重にも目隠しをされ、改めて縛られた上で、車に乗せられた。
後部シートに転がされたままで何時間か過ごした後、車は停車した。周囲には車
の音も人の声もしない。
「おい、ここはどこなんだ」大野川は言った。「いい加減にしろ!」
 突然、腕に鋭い痛みが走り、大野川は思わず叫び声を上げた。注射針だ、と気
づき慌てて身体を動かしたが、すでに薬液の大部分は注入されていた。
 身体から力が抜けていった。急激に眠気が襲いかかってくる。
 意識を保とうとする努力は無駄だった。



 次に目を覚ましたとき、大野川は自分がどこかの公園の芝生で寝ていることに
気付いた。身体は縛られてはいないし、目隠しもない。少し頭が痛むが、どこか
を負傷した様子もない。まだ日が高い。時計を見ると、23日の午後2時だった。
 隣で榊も目を覚ましていた。
「これはどういうことなんだ?」
「どうして、私が知っているわけがあります?」
「それもそうだ」
「どうして殺さなかったんでしょうな」
「知るものか。これからどうする?」
「まず、ここがどこだか確かめて、電話をかけて誰かに迎えに来てもらうんです
よ」
 二人とも財布は盗まれていなかったので、それぞれタクシーを呼ぶことができ
た。とりあえず、後日連絡することにして、二人は別々の方向へ帰った。榊は自
分のオフィスへ。大野川は自分のアパートへ。
 榊がオフィスに戻って最初にやったのは、朝倉家に電話をかけて、祐子の所在
を確かめることだった。電話に出たメイドが、榊の予想通りの答えを返した。祐
子は21日から帰宅していない。榊はすぐ、何人かの部下に祐子の捜索を命じた。
 だが、その処置は無駄に終わった。午後8時、大野川から電話が入ったのだ。






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