AWC 代償   第三部  16    リーベルG


        
#4258/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/12/12   2:22  (200)
代償   第三部  16    リーベルG
★内容

               16

 今がいつなのか、自分がどこにいるのか、自分は何をしているのか。答えは手
の届く場所にあるにもかかわらず、そこに手を伸ばす術だけがわからない。薬物
によって抑え込まれた祐子の精神は、一定以上のピークレベルをカットされたロ
ックのように中途半端な状態にあった。
 意識は失っていなかったものの、完全に目覚めているとは言い難かった。自分
が危険な状態にある、という警告のため、努力して外界との接触を保っていなけ
れば、正体もなく眠り込んでしまっただろう。
 車に乗っている。いつものベンツではない。わかるのはそれだけだった。なぜ
車に乗っていて、どこに向かっているのかは謎だ。
 しかし、こういうことを考えられるようになっただけでも、いい方向へ向かっ
ている証拠だ、と祐子はうれしく思った。少し前までは、思考することそのもの
が重労働だった。
 自分が何かを注射されたことを思い出した。睡眠薬ではなかったらしい。おそ
らく強力な鎮静剤の類だろう。そして、今、次第にその影響から脱しつつある。
 よろしい。とにかく今は、ともすれば奈落の底に落ち込んで行こうとしている
意識を鮮明に保つよう努力をしなければ。自分はどんな窮地だって、切り抜けて
きた。私は生き残るタイプだ。諦めてしまうのは負け犬のやることだ。私は絶対
に諦めない。
 でも……何を諦めないのだろう。
 その答えはわからなかった。
 身体を動かそうとしてみた。同じ姿勢で長い時間座っていたため、首や背筋に
負担がかかっている。せめて位置を変えたかった。
 懸命に努力した結果、首の位置が1センチほどずれ、右足を前の方にずらすこ
とができた。完全ではなかったが小さな勝利だ。この調子で他の部分も動かして
みよう。
 祐子が自分の身体のコントロールを取り戻すことに懸命になっている間に、車
が上下に揺れるようになった。おそらく舗装されていない道に入ったのだろう。
 車は何度も右折と左折を繰り返し、やがてゆっくりと停車した。
「降りなさい、朝倉さん」
 聞き覚えのある声がそう言った。祐子は本能的に反発を感じ、身体を動かさず
に固まっていた。だが、相手は祐子の自発的な行動など、最初から期待していな
かったらしく、助手席のドアを外から開けると、祐子の身体を引きずり出した。
「早かったな」
 別の人間の声が聞こえた。男の声だ。聞き覚えがある。今日、何度も聞かされ
た声だ。
「運びこんで。準備は?間違いなく追ってくるわ」
「できてる」
「そっちが片づいてから、ゆっくり料理することにしましょう。ちゃんと眠って
もらった方がよさそうね」
 その言葉に危険な響きを聞きつけた祐子は、のろのろと顔を上げようとした。
だが、腕にちくりと痛みを感じた途端、祐子は再び闇の中へ引きずり込まれてい
った。



「念のために、橋本由希の車には発信器をつけてあります」榊は説明した。「6
0秒間隔のパルス発振なので、探知機を使ってもおそらく引っかからないでしょ
う」
 今、運転しているのは大野川だった。榊は持ってきてあったノートパソコンの
画面に、CD−ROMから読み込んだカーナビ情報を表示して、発信器からの座
標データを重ね合わせている。
「停まっていますね」榊はつぶやいた。「中之島町です。県道56号から、東へ
行った場所です。広い敷地ですねえ。花津工場とあります」
「よし、行こう」
「榊だ」榊は携帯電話から指示を下した。「A班からD班は、武装して中之島町
16番地の花津工場へ向かえ。A班、B班は県道56号から進み、200メート
ル手前で集合。C班は旧国道から迂回し、A班のリーダーと連絡を取って同じ時
間的位置で止まれ。D班は昭和町のゲームセンターの駐車場で待機。
 E班は対警察用に情報操作および陽動を担当。できるだけ離れた場所で、派手
な事故でも演出しろ。死人が出ないようにな。場所は任せる。
 各班のリーダーは、連絡を絶やすな。何かあれば、いつでもおれの指示を仰ぐ
こと。以上だ」
「たいした機動力だな」
「とにかく金に糸目をつけずに、人数と車だけはかき集めました。各班、7人か
ら10人です」
「臼井相手じゃ、烏合の衆じゃないのか?」
「下手な鉄砲も数撃てばあたりますよ。人数をそろえたのは、その意味があるん
です」
「おい、まさか、銃器は持っていないだろうな?」
「各班に二人か三人ぐらいは、ショットガンを持っているはずです。拳銃でもマ
シンガンでも持たせたいぐらいだったんですがね。検挙されたら目も当てられな
いので。今さら、びびったんですか?」
「そうじゃない。だが、一般市民に被害が及んだら、おれはその場で消えるから
な」
「たぶん大丈夫でしょう。花津工場は何年も前に操業をやめてますし、周囲に住
宅はありませんから」
「ならいいが。おれたちはどうする」
「我々はどちらも相手に顔を見られてはまずい立場にあります。特に、刑事さん
はね。だから、後方から指揮を執りましょう。あいつらにはたっぷり日給を弾ん
でいるんです。それだけの仕事はしてもらわなければ。D班と合流しましょう」
「わかった。昭和町だな」
 やがて、各所から連絡が入り始めた。先行する3つの班は、次々に指定された
位置に到着しはじめている。距離的に近いこともあって、予備兵力として残した
D班はすでにゲームセンターに着いていた。
「C班、あとどれぐらいだ?」
『サツがいたんで、散らばってやり過ごしたところです。あと、7、8分見てく
ださい』
「よし、急げ」
「臼井が相手だってことは言ってあるのか?」
「まさか」榊は肩をすくめた。「そんなことを言ったら、半分ぐらいは逃げ出す
でしょうからね」



 花津工場から西へ200メートルの地点で、20人以上の男たちと、8台の車
が待機していた。
 もっとも、実際には待機などと言えるものではなく、おおっぴらにタバコに火
をつけ、ばか笑いしながら缶ビールに喉を鳴らしている者がほとんどだった。誰
もがある程度は腕に自信があり、自分は大抵の奴より強い、と思いこむぐらいの
度胸もあった。
 そこは錆で土色になった重機が数台置かれている他は、背の高い草が生い茂っ
ている空き地だった。一応、杭と鉄条網で囲まれているところを見ると、花津工
場が存続していれば、倉庫か駐車場が生まれていたのだろう。
 闇に紛れて6つの黒い影が接近してくることに、男たちは全く気付かなかった。
 這うような姿勢にも関わらず、影たちは歩くよりも速いぐらいのスピードで接
近していった。ほとんど音らしい音もたてない。
 ショットガンを持った男が、車にもたれてビールを飲んでいる。影の一つが、
不意にその足元から立ち上がった。男が気付いたときには手遅れだった。手袋を
はめた手が男の口を塞ぎ、もう一方の手に握られたナイフが喉を深くかき切る。
すきま風のような音とともに、男は静かに崩れ落ちた。ビール缶が男の指からこ
ぼれ落ちたが、黒い編み上げ靴のつま先がそれを受け、そっと地面に降ろした。
 別の場所で別の影が、同じように動き、静かな死を与えていた。
 影たちが最初に狙ったのは、銃器を持つ者だった。残りの男たちが、ようやく
異変に気付いたのは、全てのショットガン射手が絶命した後だった。男たちは優
位に立つ機会を永遠に失った。
「おい!」悲鳴に似た声が不意に上がった。「こいつ、死んでるぞ!」
 男たちは一斉に立ち上がった。タバコが投げ捨てられ、ビール缶は放り投げら
れた。
「こっちもだ!スケオの奴が死んでやがる!」
「注意しろ!」リーダーらしい男が叫んだ。「車に乗れ!身体を隠すんだ」
 男たちは車に向かって走った。音も立てずに死んだ数人の仲間の姿を見れば、
のんびり走っている余裕などなかった。
 走る男の一人が、車にたどり着いてほっと一息ついた途端、待ち受けていた影
がむくりと身を起こした。男が悲鳴をあげようとしたとき、ナイフが一閃し、男
の右腕は手首から切断されていた。
「わぎゃあああ!」
 男の絶叫は、仲間たちの動揺を激しくするだけだった。すでに影たちは、隠密
行動を取ることをやめ、堂々と姿をさらけ出して、男たちを片っ端から殺戮しは
じめているようだった。
「ばか野郎!散るな!まとめてかかれ!」
 ようやくリーダーが指示らしいものを喚いた。その声に4、5人の男たちが反
応しひとかたまりになって、ドスや日本刀を構えた。
「がしんたれがあ!来やがれ!」
「どうした、来いやあ!」
 影の一人が立ち止まって、密集体型を取った男たちを見つめた。そして肩をす
くめるような動作とともに背中に手を回した。次に男たちが目にしたのは、自分
たちを狙っているハンドガンの銃口だった。サイレンサーが装着されている。
「おい」男たちの一人が呆けたようにつぶやいた。「汚えぞ、そりゃ」
 トリガーは無言で絞られた。
 正確無比な銃弾が男たちに襲いかかる。眉間と心臓に一発づつ。聞こえるのは
空気を切り裂くシュッという音だけ。二人ほどが勇気というよりも恐怖に駆られ
て突進したが、あっさりと銃弾を撃ち込まれて倒れた。
 別の場所でも、ハンドガンが使用されていた。忍び寄った影たちは、フェアプ
レイや一対一の戦いという考えを全く持っていないようだった。あらゆる手段を
使って敵を倒すことだけが至上命令なのだ。
 20人以上の男たちが全員動かなくなるまで、数分しか要していなかった。
 ある意味では、榊の責任だった。誰を相手にしているか、という正確な情報を
与えていれば、男たちはもう少し慎重になっていたに違いない。もっとも結果は
同じだっただろうが。



 榊は次第に募ってくる焦燥を何とか抑えながら、呼び出しを繰り返した。4人
ほどに携帯電話を持たせてあったが、そのどれにかけても空しく呼び出し音が鳴
るだけだった。
 大野川がそれに気付いた。
「おい、どうしたんだ」
「ちょっと黙ってて下さい!」語気荒く応じた榊は、次の瞬間恥じるような表情
になった。「すみません。A班、B班からの応答がないんです」
「電話の故障かバッテリーじゃないのか?」
「4つが同時にということはないはずです」
「まさか……」
「わかりません。とにかく様子を探らねば」榊は別の番号を呼び出した。「榊だ。
C班はA班から最後に連絡を受けた地点へ急行しろ。A班B班からの応答がない。
敵の奇襲に注意しろ。連絡を絶やすな。行け」
「敵の奇襲?まさか」
「D班」榊は、今自分が合流しているグループのリーダーに呼びかけた。「C班
と合流しろ。合流地点はA班B班が待機していた地点だ。十分に警戒するんだ」
 すぐにゲームセンターの駐車場から、4、5台の車が出ていった。
「我々も向かいましょう。ただし、少し間隔を取って」
 大野川は1分待ってから車を出した。
「C班、どうだ?」
『誰もいませんよ。もうすぐ見えると思います』
「D班、どうだ?」
『別に異常ありません』
『A班の車が見えました。ライトは点いていません。人影は見あたらないですね。
寝てやがるのかな』
「注意しろ。さっきから全く応答がない」
『D班です。こっちでも車を確認しました』
「注意してゆっくり進め」
『クラクションを鳴らしてみます』受話器を通して、クラクションの音が2回聞
こえた。『誰も出てきませんね』
『死体だ!』突然、叫び声が聞こえた。『B班の奴だ。ひでえ!』
『こっちにもあるぞ』興奮した叫びが伝わってきた。
『げえっ!みんな死んでやがる』
 不意に榊は理由のわからない不安を感じた。ノートパソコンの画面を見る。
 全ての戦力が同一地点に集結している。
「下がれ!」榊は叫んだ。「すぐに、そこから後退しろ!全員だ!」
 答えは永久に返ってこなかった。
 激しい爆発音が、受話器から聞こえてきた。続いて悲鳴と、さらなる爆発音が
耳に突き刺さる。向こうの携帯電話が地面に放り出されたらしく、ガリガリと砂
を噛むような音が聞こえた。
「おい、見ろ!」
 大野川が車を急停止させると、これから向かおうとしていた方向の空を指した。
 オレンジ色の炎と濃い黒煙が高々と立ち昇っていた。






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