AWC 代償   第三部  7    リーベルG


        
#4249/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/12/12   2:10  (157)
代償   第三部  7    リーベルG
★内容

                7

「どうやら中に入っているのは、携帯電話が一つのようです」
 祐子宛に届けられた宅急便は、VHSカセットぐらいの大きさの箱だった。誰
もが爆発物の危険性を考慮したため、爆発物取り扱い経験のある兵藤が、近くの
公園まで箱を運び、手持ちの乏しい装備で検査を行った。そして1時間後、いか
つい顔にはっきりわかる安堵の表情を浮かべた兵藤が宣言した。
 その頃には、大野川も駆けつけていた。榊と大野川は少し相談した後、とにか
く開けてみるしかない、という当然の結論に達した。
「よし」額から流れる汗を拭おうともせず、榊は兵藤に命じた。「開けてみろ」
 兵藤がナイフを使って、運送会社のマークの入った包みを切り裂く間、榊と大
野川は数歩後ずさっていた。やがて兵藤の大きな手に、メタリックグレイのデジ
タル携帯電話が握られてきた。
「これです」
「変な携帯だ」一目見て大野川が言った。
 あちこちで無料で配られているようなありふれた機種だったが、一つだけおか
しなことがあった。ボタンの数が極端に少ない。ダイアルすべき数字キーが一つ
もないし、他の機能ボタンも取り去られていた。 実際、あるのは通話ボタンと音
量ボタンぐらいだった。つまり、機能としては受信しかできないわけである。
「差出人は誰だったんだ?」
 大野川が思い出したように訊いた。榊は何かを考え込むような顔で答えた。
「それが奇妙なんです。差出人は小沢律子となっていました」
「小沢律子……ああ、この前届いた写真の女の子か」
「ええ。調べましたが住所はでたらめでした」
「橋本由希だな」大野川は断定して、もう一度、機能が半減した奇妙な携帯電話
を見た。「どういうつもりだろうな。こんなものを送ってきて」
「連絡を待て、ということでしょうかね」
「誰に対する連絡だ?」
「橋本由希が私や刑事さんに電話をかけるわけがないですからね。お嬢さんでし
ょう。お嬢さん宛に届けられたことだし」

 10分後、二人は朝倉家の応接間にいた。祐子の父親は8月いっぱい海外へ出
かけて不在であったし、メイドや運転手は祐子が帰してあった。
 榊が用意した大量の人員は、すでに解散していたが、兵藤と数人が、今も朝倉
家の周囲を巡回していた。
 祐子はテーブルの上に置かれた携帯電話を見つめたが、なかなか手を出そうと
しなかった。
「つまり、どういうことなの?」
「わかりませんな」祐子に劣らず困惑した榊が答えた。「とにかく、これが鳴る
のを待つしか……」
 その途端、まるで祐子の目の前の置かれるタイミングを計ったかのように、携
帯電話が鳴り出した。三人とも、思わずびくっと腰を浮かせて、携帯電話を凝視
した。
「鳴ってますよ」榊が間の抜けた言葉をつぶやいた。
「見ればわかるわよ」祐子は腹立たしげに言うと、鳴り続ける電話に躊躇いがち
に手を伸ばした。「まさか、出た途端に爆発するとか……」
「それはありません。その点はチェック済みです」
 祐子はまだ躊躇っていたが、いつまでたっても鳴りやまないと知ると、意を決
して携帯電話を握り、音量を最大にしてから通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『朝倉祐子さんだね?』
 聞き覚えのない男の声だった。耳を傾けていた榊と大野川もそろって首をかし
げた。
「そうです。どちらさまですか?」
『あんたの妹を誘拐した』
 祐子は凍りついた。榊と大野川は絶句して祐子の顔を見た。
『一度しか言わないからよく聞け』相手は言った。『言うまでもないが警察には
通報するな。連絡はこの携帯を通じてのみ行うから、常にスイッチを入れておけ。
バッテリーは充分持つはずだ。そこにあんたの協力者たちが何人かいるだろうが、
それ以外の人間にこのことを話すな。もちろん父親にもだ。母親の方には、あん
たから適当な口実で連絡しておけ』
 ようやく口がきけるようになった祐子は、携帯電話に噛みつかんばかりに叫ん
だ。
「ちょっと、あなた誰なの!?亜紀は無事なの?」
『1時間後にまた連絡する』相手は祐子の叫びなど気にも止めなかった。『こっ
ちはお前の家を監視しているし、電話も盗聴している。警察へ電話をかけたり、
誰かが家から出たら、妹の命はない。ただの脅しだと思うのは勝手だが、その場
合、必ず代償は払ってもらう』
「待って!ちょっと」
『1時間後だ。こっちのルールを守らなかったり、電話に出なかった場合、妹の
命はない。じゃあな』
「ちょっと待ちなさい!待って!」
 通話は切れた。空しいツーツーという音だけが耳に残っている。
 祐子は反射的に携帯電話を床に叩きつけようとした。が、すんでのところで思
いとどまるとソファに沈み込んで頭を抱え込んだ。
「妹だと?」大野川が困惑した声を出した。「何のことだ?聞いてないぞ」
 祐子は答えなかった。代わりに榊が口を開いた。
「実はいるんですよ。妹さんが。ただし、血はつながっていませんが」
「どういうことなんだ?」
 祐子の母は、祐子が2歳のとき病死していた。以来、祐子の父親は仕事だけを
生きがいとしていたが、4年前、何を思ったか突然再婚した。相手はやはり夫に
死に別れた女性だった。彼女には前夫との間にもうけた女の子がいた。歳は祐子
より5つ下になる。名前を亜紀という。
 祐子は、突然生活に割り込んできた新しい母親には、ついに打ち解けることが
なかったが、亜紀とだけはなぜか仲良くなった。結局、この新しい家庭は2年足
らずで分裂することになるのだが、祐子はその後も時間を見つけては亜紀に会っ
ていたのだった。
「当然、予想してしかるべきでしたね」榊の顔には、してやられた、という表情
が浮かんでいた。「わざとお嬢さん本人に注意を集中させ、その裏で肉親を狙う
とは。いや、肉親の誰かを狙うのではないか、という可能性は考慮していたんで
すが、結局、お嬢さんの肉親というと父親以外にはいないことになるのでね」
 突然、祐子が顔を上げた。榊と大野川は、思わずそちらを見たが、祐子は二人
の存在など忘れたような顔で自分の携帯電話を取り出すと、メモリーに登録され
ている番号を呼び出してコールした。
「お嬢さん、何を?」
 榊が訊いたが、祐子は無視した。
 電話はすぐにつながったらしく、祐子は傍目にもわかるほど努力しながら平静
な声を出した。
「あの……祐子です。ご無沙汰しています……ええ、元気です。父も元気です。
ええ……はい、はい……実はそのことでお電話したんです。ええ、今、ちょうど
父が旅行に出ているものですから、亜紀ちゃんに遊びに来てもらっているんです。
こうでもしないとなかなか会うことを許してもらえませんし……はい、すみませ
ん。急に思い立ったものですから。私の性格はご存じでしょう?……今、お風呂
に入っているんです。ええ、夜になったら電話するように言います……いや、大
丈夫ですよ、私の着替えがありますから……はい……はい、せめて2、3日ぐら
いは一緒にいたいんです……はい、わかりました。帰りはちゃんと車で送ります
から。それじゃあ、また。おやすみなさい」
 祐子は電話を切った。額に汗が浮いている。
「向こうでも心配してたわ。塾から戻ってくる時間をとっくに過ぎてるのに、何
の連絡もなかったからって」
「本当に橋本由希が誘拐したのか?」大野川が訊いた。
 私が知るもんですか、という顔で祐子は大野川をにらんだ。
「少なくとも偶然ではないでしょうな」榊が言った。「まず間違いないでしょう。
妹さんは、ええと中学2年生でしたか?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「橋本由希の考えが読めてきたような気がするんですよ。つまり、まず妹を失う
苦しみをあなたにも味わわせようとしているのではないでしょうか?」
「しかし、何の関係もない女の子を……」
「理性や道徳で推し量れるような問題ではないですよ、刑事さん」
「別に彼女を弁護するわけじゃないが、生徒の間で人望の高い教師だ、という事
実には変わりがない。演技というだけでカバーしきれるものじゃない」
「何が言いたいんです?」
「本質的に彼女は優しい人間だ、ということさ。だから、亜紀ちゃんに危害を加
えるとは思えないな」
「そんなことわかるもんですか!」祐子は叫んだ。「あの女は頭がおかしいのよ」
「いや、彼女は常軌を逸してはいるかもしれませんが、狂ってはいませんよ」榊
が囁くように言った。「我々に厳重な警戒を張らせておいて、それを嘲笑うかの
ように、お嬢さんにダメージを与えたんです。綿密に計算したことですよ」
「それがなんなのよ」
「お嬢さんが苦しむとわかれば、橋本由希は妹さんを苦しめるでしょう。だから
あなたは、妹のことなどほとんど忘れていた、という態度で接しなければなりま
せん」
「そんなことをしても無駄だよ」大野川が言った。「どうでもいい相手なら、わ
ざわざ危険を冒してまで誘拐するわけがない」
「それはそうかもしれませんが……どこへかけるんです?」榊は、大野川が携帯
電話を出したのを見とがめて訊いた。
「県警だ。これはもう、誘拐事件として扱うべきだ。そうすれば、おおっぴらに
警察力を投入できる」
「駄目ですよ。これは営利誘拐ではないんです。犯人は身代金を受け取る必要も
ないし、人質を大切に扱う必要すらないんです。それにさっきの男の言葉は、単
なる脅しではありませんよ」
「じゃあ、どうするつもりだ」
「何としてでも、橋本由希の居場所をつきとめ、人質を奪回するしか手はありま
せんね」
「どうやって?」
「うちの本職はリサーチです。あらゆる手段を講じて探してみせます」
「それまで、どうするの?」祐子が訊いた。
「待つことです。私もできるだけの手は打ちます」
「手を打つって、電話は盗聴してるって……」
「この家の電話でしょう。デジタルの携帯電話は盗聴できません。部下を総動員
して、情報を集めさせます」
「よし、おれも自分の情報網をあたってみよう」
「そして私は待つしかないのね」
「その通りです。とりあえず、1時間後に相手が何と言ってくるか、それによっ
て、こちらの出方も決まってくるでしょう」





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