#4238/5495 長編
★タイトル (NKG ) 97/12/11 23: 2 (197)
絶対、運命……(2/6) らいと・ひる
★内容
下校途中にある廃屋。
もとは立派な洋館であったその場所は、今では住む者はいない。ただ、時の中に
置き去りにされ寂れていく。
周りも空き地が多いこの場所は、家から学校までの近道にあたる。ただ、なるべ
く余裕のある時ならば遠回りでも商店街の道を通っていきたい。
なんとなく不気味な感じのする場所なのだ。
ここには野良猫が多く、夜道で黒猫が目を光らせているものなら、ついついびく
りとしてしまう。
今はまだ夕刻だから、まだ辺りは少し明るい。
居残りなんかさせられなければなぁ、と深く反省しながら家路を急ぐ。こんな日
に限って親に用事を頼まれたりなんかしている。
あーあ、とため息をつきながらさらに足を早める。
−マァーオ
どこからともなく猫の甘ったるい鳴き声が聞こえてくる。
猫は嫌いじゃないけど、あんまりいいシチュエーションじゃないな。そんな独り
言をいい、廃屋の角を曲がる。
あ。
一瞬、足が止まる。
塀の上に座る黒猫を見上げる少女。
それは、あの宮内籐子だった。
猫は甘ったるい声を出しながら彼女を見つめ、彼女は微笑みながら何か猫に話し
かけている。
夕日に照らし出された彼女の顔が眩しく感じられた。
忘れてはいけないことは、簡単に忘れられる。しかし、忘れようと思ったことは
なかなか忘れられるものじゃない。僕の心の片隅に残った彼女への想いのかけらが、
未練を断ち切れない。
本当に彼女を忘れたいならば、そのまま無視して走り去ってもよかった。
しばらく、彼女の横顔を見つめていたらしい。
「やだ、天野クン?」
そう声をかけられて、自分がそこに立ち止まっていることに気づいた。
たぶん彼女は、自分のしていたことを他人に見られたことに恥じらいを感じてい
たのだろう
「猫、好きなのか?」
見つめていた目線を照れ隠しにそらすと、僕はなにげにそう聞いた。
「うん。天野クンも?」
見つめていた視線を猫と勘違いしたのか、そう聞いてくる。
きみを見つめていたんだよ、などとキザな言葉なんか言えない。
「いや、夕陽が眩しくてさ、誰かなぁと思って」
結局、また嘘をついてしまう。
「わたしね、よくここの猫とお話しするの。毎日ここの道通ると、絶対この猫がい
てね。わたしを待っていてくれるんだか、気まぐれなんだかわからないんだけどね。
もうすっかり顔見知りなの」
目の前の猫に顔を向け、僕にそう説明してくる。
「へぇー」
彼女の新たな一面を見られたことが嬉しくて、関心したような返事をする。
「他の人なら絶対笑うのに、天野クン笑わないね。おかしいでしょ? 猫と喋れる
となんて思いこんでいるのよ、わたし」
「いや、おかしくないと思うよ。僕だって猫と友達になれたら楽しいと思うし」
自分でもおかしいなと思いながら、そんなことを真面目に話している。彼女のペ
ースに巻き込まれているわけではないが、心の隅で眠っていた夢がぽろりと出てし
まう。
「ほんと?」
彼女の目がまるで子供のように輝いた。また新たに彼女の魅力を見つけてしまう。
こんな表情、クラスメイトの前では絶対しないんだろうな。そんなことを思いなが
ら「うん」と返事をする。
「優しいね。天野クン」
急に寂しげな表情になる彼女。いったいどうしたんだ。
「そんなことないよ。それより……」
どうしたんだよ? と訊く前に彼女の方から言葉が漏れる。
「ヒロにそんなこと話したら、絶対嘲笑されるもの」
心がずきんと痛む。
そうだ、このコにはきちんと彼氏がいたんだ。
「もしかして彼氏の……」
「あ、ごめん。こんな愚痴、天野クンに話してもしょうがないもんね」
うつむいてしまう彼女。なんとかしてあげたい。
「そういうことは胸の内に溜めておくのはよくないよ。もしキミがよければ話して
くれてもいいんだよ」
そう言ってしまってから後悔しかけた。彼女のことは忘れるはずだったのに。そ
れとも僕は何かを期待しているのか?
彼氏がいることがなんだってんだ?
邪な考えが頭をよぎる。
本当にその覚悟ができているのか?
自問する。
たとえ二人の間に入り込んだとして、彼女が僕の方を振り向いてくるとは限らな
い。それでも……。
後悔はしたくない。それは傷つくよりも辛いかもしれないから。
「あ、アクトゥールがいない」
彼女がそう言って辺りを見回す。
「アクトゥール?」
「わたしが勝手に付けたあの猫の名前。天野クンと話してるうちにどっかいっちゃ
ったみたい。いつもだったら、家の近くまでついて来るのに」
なんだか、さらに落胆したようすの彼女。
「ごめん。僕が話しかけちゃったから」
「ううん、いいの。天野クンと話せたことも楽しかったし……あ、もし……もし迷
惑でなかったら、家の近くまででいいから送ってくれない」
彼女の言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「え?」
「ううん、迷惑ならいいの」
記憶中枢から、さきほどの言葉がフィードバックされる。彼女を家まで送ってあ
げる?
むろん、それを断る理由もない。でも、いいのか?
「迷惑なんかじゃないよ」
それは本心からだ。迷惑どころか、それは僕が心の中で望んだことだった。
「わたし、この道は近道だからいつも通っているんだけど、人通りが少なくていつ
も怖い思いしているの。最近はアクトゥールがいてくれるから心強かったんだけど、
今日はフラれちゃったからね」
一言、吐息をついて彼女は微笑みをこちらへ向ける。
「ありがと」
あーあ、また眠れないよ。
彼女のことは忘れるんじゃなかったのか?
自分の中のもう一人の自分が問いかけてくる。
後悔したくなかっただけ。
彼女が自分に好意持ってくれたんじゃないかって、勘違いしているだけじゃない
のかい?
勘違いだっていいんだ、彼女のうれしそうな笑顔を見られるなら。
結局、自己満足か?
恋なんてほとんどがそうだろ。しかもこれは典型的な片想い。己の満足なくして
彼女を見つめていられるかってんだ。
それが傷つく結果に終わっても?
いいんだよ。今が楽しければ……きっと、いい想い出になるって。
少々寝不足気味。
いろいろと考えていて、気がついたら朝日が眩しかった。でも、気分はそれなり
にすがすがしい。たぶん、彼女のことを想うことが気力の充実になっているのかも
しれない。
彼氏との間に入り込めなくたってかまわないんだ。
「おはよう!」
元気にクラスメイトたちに挨拶をする。
いつもと違った僕の態度に何か違和感を感じているようだが、そんなことも気に
ならなかった。
鞄を机に置くと、廊下の窓際に並ぶ個人ロッカーに古語辞典をとりにいく。一時
間目の古典の時間も、なんだかすがすがしい気分でうけられそうだな、そう思いな
がらふと窓から下を見る。
中庭を挟んで向かいの1階の廊下に、知っている顔を見かけた。
宮内籐子。
朝からラッキーと天を仰ぐと、もう一度彼女の方へと視線を落とす。
ん?
隣を誰かが一緒に歩いている。
彼氏?
よく見えないな、しかも彼女の表情が少し暗め。
まあ、いいや。もし、またあの場所で会えたら訊いてみてもいいし……それより、
石塚に彼氏の情報でも流してもらおうかな?
「はぁ? おまえあきらめたんじゃないのか?」
何か胡散臭いという顔で石塚はそう答えた。
クラスで聞くのはやはりまずいと思い、昼休み学食に石塚を呼び出した。もちろ
ん、一番安いB定食をおごるという条件付きでだ。
「まあ、いいじゃないか。石塚には迷惑かけないって」
気分がいいので軽くそう言い返してやった。
「2年の宇佐見先輩って知ってるか?」
石塚はあきれた顔でしばらく僕の顔を見ていたが、あまりにも脳天気な態度に折
れたのだろうか、素直に知っている情報を話してきた。
「ああ、フェンシング部の部長だろ。県大会の優勝者だって有名じゃないか。朝礼
のときも表彰されてたし、何回か見ている」
「それが宮内の彼氏だよ。はっきりいっとくけどな、おまえには絶対太刀打ちでき
ない相手だぞ」
「わかってるって、サンキュ」
「不気味だな……その顔は玉砕覚悟ってわけじゃなさそうだし、何を企んでいるん
だ?」
石塚はまだ何かを疑っている。
「別に企んでなんかいないって。ある意味ふっきれたっていうか、彼女のファンの
一人としているのもいいなって思えてきたんだよ」
素直に自分の感情を説明する。
「言ったろ! 宮内はやめとけってって。あいつには関わらない方がいいんだよ」
強い口調で言い切る石塚。
「だから、なんであのコをそんなに特別扱いするんだよ。そんなにあのコをみんな
でのけ者にしたいのか? それとも新しいイジメの方法か? そういえば宇佐見先
輩ってかなりモテるらしいからな、その腹いせで彼女を孤立させようって魂胆か!」
「たしかに女子の間じゃそれもあるだろうけど、でも俺が言いたいのはそういうこ
とじゃなくて……」
「やっぱりそうなのかよ! 汚いよな人間て」
僕は何か言いかけた石塚の言葉も聞く気になれず、そのまま食堂を飛び出した。
やはり、あのクラスで感じた違和感は意図的なものだったのか。
昨日のことを思い出す。周りの人間からひどい仕打ちをされて、彼女、人間不信
になりかけてたんだろうな。
頼れるのは、彼氏と猫だけ。そんなのは虚しすぎるよ。
もしかしたら僕だって彼女の心の支えになれるかもしれない。いや、なれるもの
ならなってあげたい。
彼女の笑顔を守ってあげたい。それが、僕の望みだから。
嘘だろ?
たった今、宇佐見先輩と腕を組みながら宮内籐子が僕の横を通り過ぎていった。
彼氏と一緒なんだから、もっと嬉しそうで、まだ見たこともないような笑顔を彼
女はしていると思っていた。
それが……。
遠くから見たとき、腕を組んで寄り添う二人を見て、絶対入り込めない世界がそ
こにあると思っていた。
僕はそれでも良かったし、そんな姿を見れば彼女を虐めている奴らなんか蔑む必
要なんてないと思っていた。
ふと横を通り過ぎる時に、あまりにも残酷なものを見てしまった。
まるで人形のように無表情な彼女の顔。
感情をすべて凍らせたその仮面。僕の知っている宮内籐子はそこには存在しなか
った。
なぜ?
僕はその場を動けなかった。
そして、あまりにも残酷なその後ろ姿を見送ることもできなかった。