AWC 終天と始天  8   永山


        
#4234/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30  22:25  (197)
終天と始天  8   永山
★内容
「何度も言うが、おまえ、その考えを皆に吹聴するのだけはやめておけよ。尾
藤を守りたい気持ちは分かるが」
「なっ……」
 短く叫んだ海聞だったが、やがてあきらめた風に両手を肩の高さに挙げる。
「やっぱ、ばればれですか、俺?」
「そうだな。私のようなぼんくら教師でも、その気持ちが見抜けるぐらいだか
ら、ばればれなんだろう」
「ははは。先生は何でもお見通しってか」
 空虚さまで漂う笑い声を立てると、海聞は私に背を向け、戸口に向かった。
「しつこいようだが、やりすぎるな」
 嫌われてもいいと思って、そう忠告した。
 すると意外にも、海聞は笑みをよこしてきた。その上。
「先生はぼんくらなんかじゃないからな。ありがたく、注意を聞くよ」
 こんなことまで言い放って、駆け足で去って行った。

 私はまた、事件について考え始めていた。
 海聞から新たな情報をもたらされたとは言え、生徒を疑う気にはなれない。
 もしも、もし仮にだ。生徒を容疑者として数え、なおかつ理知的に解釈する
ならば、動機があって機会もあったのは、平野ただ一人になってしまう。彼女
が人殺しをするところなんて、とても想像できない。
 だいたい、憧れている苫井を殺してから、ライバルの弓山を殺害するのはど
うも変だ。最低限の条件として、犯行の順序が逆でなければいけないと思う。
 無駄な思考はよそう。生徒は犯人でないんだ。
 しかし……弱気も鎌首をもたげてくる。
 海聞が言った通り、残る四人を犯人と想定するのにも、無理があった。心理
的にも論理的にも。
 八方塞がりだな……心中で何度もそうつぶやいているといつの間にか時間が
過ぎ去ったらしい。部屋の中が暗くなっていた。
 電気を点けようと、壁のスイッチをまさぐっていると、呼び声があった。
「夕御飯、先生はどうするんですか?」
 尾藤だ。いつも彼女だ。優しい心根の子だなと、思わずにいられない。
「作ってくれたのかい?」
 各人が勝手に食べることにしたのにと思いつつ、ドアを開けた。
「私達じゃなくて、西牟田さんが作りましょうって言ってくださって……」
「え? 礼子さんが?」
 やっと体調が戻ってくれたかと、肩の荷が降りた心持ちだ。少しだけ、楽に
なった。
「そうです。私達−−と言っても、私と海聞君と部長、副部長の四人ですけど
−−は、お手伝いをしただけなんです」
「そうか。よし、ごちそうになろう。他のみんなにも集合をかけたんだろう?」
「はい。今晩は南館の食堂です」
 私達は、急ぎ足で食堂を目指した。
 着いてみると、何やら騒がしい。
「え?」
 目を疑った。と言うのも、人だかりができていて、その中央では礼子さんが
また倒れていたからだ。話が違う、と叫びそうになる。
「どうかしたのか」
 急いで駆け寄り、その場にいる者に尋ねる。
 答えたのは生徒ではなく、旦那の靖之さんだった。どことはなしに、言いに
くそうな態度で彼は説明した。
「それが……礼子の奴、急に気分を悪くしたとかで」
「ま、まさか、無理をさせてしまったのでは……申し訳ない」
「いえいえ。そうじゃありません。礼子の方から申し出たのだから……」
 靖之さんは門馬先生と、困った風に顔を見合わせた。短い相談の後、二人で
礼子さんに肩を貸して、運び始めた。
「あの、お手伝いしましょうか」
 渡辺が言ったが、それには首を振って、三人は食堂を出て行く。礼子さんの
部屋に向かうのが垣間見えた。
「身体の弱い人なんですね」
 尾藤がつぶやくように言ったが、私は首を傾げたかった。礼子さんはこうも
何度も倒れるほど、不健康な人ではない。少なくとも、私の記憶ではそうだ。
無論、流産を経験してしまったり、殺人事件が身近で起きているという理由が
あるのかもしれないが……どうも腑に落ちない。
「君らは気にしなくていい。もうできてるんだろう、料理は? 食べ始めよう
じゃないか」
「あ、でも、まだ久米君が」
 渡辺が言うのと同時ぐらいに、堂島が困惑顔でやって来た。どうやら、彼が
北館の久米と平野を呼びに行ったらしい。平野はすでに来ている。
「あ、先生。久米の部屋を何度もノックしたんですが、返事がないんですよ。
鍵までかかっていて……」
「本当か? 呼び掛けてみたか?」
 焦燥感を押し隠し、私は尋ねた。
「もちろんです。ドアを開けるため、鍵を門馬さんから借りましょうか」
「いや、確か合鍵はないと言っていた。一本しかない部屋の鍵を久米が持って
るのだとしたら、どうしようもない。……ようし、私が行ってみよう。君達は
ここにいてくれ」
「先生、俺も行きます!」
 手を挙げたのは海聞。止めても言うことを聞かないだろうと思わせるほど、
気迫に溢れている。
「……じゃあ、来い」
 私と海聞は、競うようにして食堂を出た。
 南館を出て、北館へ向かう二十メートル足らずの距離を走っているとき、ふ
と、ホースが目に留まった。散水のためのホースが真っ直ぐに伸び、放り出さ
れている。しかも、蛇口から外れているのだ。外付けの水道の下に、乱雑に置
いてある。誰かが使ったらしいが、蛇口からホースを外すとは……?
 不審に感じ、そちらに行ってみて、本来の目的を思い出す。窓が開いている
としたら、ここから久米の部屋を覗ける。
 私は海聞にその旨を告げ、二人で久米の部屋の窓を探した。
「奥から三つ目だから、ここですよ」
 海聞が指差した窓に、私は両手を伸ばした。格子の隙間から手を入れ、分厚
い磨りガラスの表面に手を当てる。果たして、窓は音もなく横滑りした。
「−−久米? 寝ているのか?」
 金属の格子を鬱陶しいかたが、その隙間から中を見渡してみる。
 いた。久米は机に向かって、全身の力が抜けたようにだらんと座っていた。
上向きがちの顔の前に長髪がかかっていて、表情はしかと見えない。机上には
ワープロが載っている。
「久米? どうしたんだ? しっかりしろ!」
「久米!」
 二人がかりでわめき立てるように呼び掛けたにも関わらず、久米はぴくりと
も動かない。居眠りしているのではないようだ。ということは……。
「海聞−−」
「は、はい?」
「すまないが、門馬先生のところへ行って、事情を伝えてくれないか。本当に
合鍵はないのかどうかを尋ねて、ないのなら、戸を破ることになりそうだと」
「わ、分かりました」
 さすがの海聞も、この事態に泡を食っているのが、ありありと分かった。そ
れでもしっかり、駆け出していく。案外、頼りになる生徒だと、私は彼に対す
る認識を新たにした。島に来て何度改めたことか、忘れたが。

 門馬先生が用意した斧でドアのノブ付近を壊し、できた穴から手を突っ込み、
鍵を解除する。
 一縷の望みを託し、善田だけを送り込んだ。蘇生させてやってくれ!
 しかし、それは空しい願いだった。善田はしばらくの間、久米の身体を診て
から、私のいる廊下側へ向き直ると、首を横に、静かに振った。
「何てことだ……」
 一人、ぽつりとつぶやくしかなかった。
 今、この場にいるのは、私と善田のみ。最悪の事態を予想して、生徒達は来
させなかった。門馬先生には、あの子達の相手をお願いしてある。
「どうして……久米は死んだんだ?」
 何ものかを振り絞って、私は聞いた。
「毒−−恐らく、青酸カリだ。午後四時半、いや四時から六時の間のことだろ
うな。それより阪谷、これをどう思う?」
 善田が指し示したのは、机の上のワープロ。電源が入っており、画面が薄ぼ
んやりと光を発している。
「……何か、書いてある……」
 私は文字を目で追った。
<二人を殺したのは、私です。理由は聞かないでください。ただ一つ言えるこ
とは、二人はひどく悪い人間だったから。それが私は許せなかったから、殺し
てしまいました>
 これは遺書か? まるで、罪を認めた犯人がしたためるような文面に、落雷
のようなショックを受けた。
「覚悟の自殺……とは思えないんだろ、阪谷?」
「あ、ああ。そうだとも! 誰がこんな……認められるかっ」
 怒りに任せて、ワープロを殴りつけそうになった。寸前で思い止まる。
「ワープロなら、誰にでも打てるよな。ただ、問題なのは、この部屋が密室状
態にあったこと、だな」
「密室?」
「そうだろ? ドアには鍵がかかっていて、窓は開くようになっていたものの、
格子がはまっていて人の出入りは無理。密室での死なら、自殺と判断する材料
になる」
「待ってくれよ。久米が持たされた鍵はどこだ? それがこの室内になかった
ら、密室とは呼べない。違うか?」
「いや、その通りだ。鍵を探すか?」
「そうだな。頼む」
 我々二人は、鍵を探しにかかった。そして呆気なく見つかる。
 私は鍵を、ズボンの尻ポケットから発見した。そう、久米が履いていたスラ
ックスの後ろ、右側のポケットだ。やや湿り気のある布地で、引っ張り出すの
に手間取ってしまったが、この部屋の鍵に間違いなかった。
「これは厄介だな。尻ポケットか」
 密室状態だったと証明されて、落ち込む私に、善田は意味不明なことを言う。
「厄介とはどういう意味だ、善田?」
「うむ……窓が開いていたから、殺人犯が戸に施錠したあと、中庭に回って窓
を開き、鍵を投げ込むという手もあるなと考えていたんだが、その線が潰れた
ようだから、な」
「……尻ポケットに投げ込むなんて、不可能だという意味か」
「そういうこと」
「……糸か何かを張って、それに鍵を通せば、ポケットの中に落とし込めるん
じゃないか。窓からズボンまで、糸を張るんだよ。鍵には穴が開いているから、
そこに糸を通して、ロープウェイの要領で」
「ポケットに糸……できないことはないだろうが、座る姿勢が難関だぞ」
 善田は久米のポケット部分を指差した。
「窓からは完全に影になっている。つまりだ、糸を張っても、彼、久米君か? 
久米君の身体が邪魔になって、つっかえる。鍵が無事、ポケットに滑り込みや
しないんじゃないか」
 忠告されてみると、私の糸の案では、難しそうだった。だが、久米が殺人犯
で、しかも自殺したとはとても思えない。その気持ちに変わりはない。絶対に、
他の方法があるはずだ。
「俺だって、これが自殺とは思えないね。青酸カリを用意できる高校生は、ち
ょっといない。医者の俺でも手に入れるのは面倒なんだぜ。おまえのとこの学
校には、化学室に青酸カリが置いてあるのか?」
「まさか」
「だよな。だいたい、毒を手に入れたなら、人を殺すときにも用いないのはど
うしてだってことになる」
「そうか。じゃあ……」
 この島にいる「大人」の顔が次々と浮かぶ。
「誰なら、青酸カリを手に入れられるんだろう?」
「まあ、さっき言ったように、俺自身、不可能じゃないけどな」
 苦笑してから、考える体で顎に手をやる善田。
「大学に長く出入りした経験のある人間なら、薬学部とかに知り合いを作って、
毒を持ち出すなんて芸当もできるんじゃないかね」
「そんなことを言い出したら、君も僕も、それに門馬先生まで含まれてしまう。
多分、靖之さんや礼子さんだって総合大学の出だ」
「……そう言や、西牟田靖之ってのは、建設業の偉いさんだっけ」
「ああ。若くして、順調に出世コースを歩んでる」
「そんなことはどうでもいい。建設業か。塗装なんかとは関係あるのかな?」
「塗装? そりゃあるだろう。だが、一体、何の関係が……」
 そんな単語を持ち出したいとが見えず、私は善田との間合いを詰めた。
「塗装……メッキには青酸ソーダを使うんだよ。青酸ソーダは青酸カリと同じ
ような毒性を持っている」
「ほんとか? それってつまり……靖之さんは青酸系毒物を手に入れられるっ
てことか」
「そうなる。理屈の上ではな」
「靖之さんがうちの生徒を……全然、ぴんと来ない」
「動機が見つからないのは、誰を取っても同じだろ。現時点ではドライにやる
しかないんじゃないか。どうせ、明日までの辛抱だ」

−−続く




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