#4225/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/11/30 12:42 (190)
そばにいるだけで 17−7 寺嶋公香
★内容
「わ、私はちょっと」
「十一月にお化けと言われても」
「鳥目なもので」
富井、井口、町田の順に言い訳をするのを聞いて、相羽は一瞬、唖然として、
次に肩をすくめた。
「涼原さんは?」
「……私に、あなたと二人で入れと言うの?」
腰に手を当て、抗議口調になる純子。
相羽は慌てた様子で、手を何遍も振った。
「ち、違う違う。そういう意味じゃなくて……一応、みんなの意見を聞いてか
らと思って」
ところが、純子達の会話を聞いて、考え直す者が出た。
「あ、二人きりだったら、入ってもいいなぁ」
「私も」
例によって、富井と井口だった。
相羽は困ったように息をつくと、苦笑いをした。
手芸部のファッションショーを観て大いに笑ったあと、遠野のいる文芸部や
美術部の展示、理科部の実験といったところを見て回った。理科部に化石や星
の展示がなかったのが少し不満だった純子だが、充分に楽しんでいた。
行く先々で、たいてい、唐沢が女子と話し込んでいるのを見かけたのには、
苦笑してしまう。何しろ、相手の女子が、見かける度に違っているのだから。
(よくやるなあ、唐沢君て。芙美とは別の意味で、手広くやってる感じ。度が
過ぎると、信用されなくなるんじゃないかしら)
余計な心配をしてしまう。
「あとで、家庭科部にも行くからねー!」
唐沢はのんきな調子で、純子達に手を振る。町田が呆れたように肩をすくめ
た。その横の相羽が反応を見せる。
「唐沢なら大歓迎だぜ」
「おお、アリガトサン。割り引きしてくれるか?」
「一年生にそんな権限があるとは思えないけど、女子を十人以上連れて来てく
れたら、考えてもいいかな」
相羽もなかなか言う。
唐沢は難しい顔を作って、「うーん、努力してみるか」とうなっていた。
それから、調理部のライバルと言えなくもない、茶道部に足を運んだときだ
った。
「あっ」
声を上げたのは、相羽、町田、それに純子。
相羽はそこに勝馬達の姿を見つけたから。
町田と純子は、白沼がいるのを見つけたからだ。
「どこ行ってたんだ? 探したんだぜ」
「遅れてくる方が悪い。時間もったいなくて、色々見てたんだよ」
「そりゃ分かってるけどさ」
男子とそんなやり取りをする相羽に、白沼が声をかける。
「来てくれたのね、相羽君。急がしそうだったから、不安だったのよ。よかっ
た」
「いや、覚えていたわけじゃなくて」
相羽の弁明を聞いていない勢いで、白沼は畳の上に引っ張り込む。
その有り様を見つめながら、純子と町田はひそひそ話をした。
「白沼さんて、茶道部だったのね」
「そうみたい。知らなかった」
茶道部と言っても、厳密な作法に則ったものではないらしい。それではお客
が敬遠してしまうという読みだろう。それでもポスターを見ると、時間を決め
て正規の実演が何回か行われると謳ってあった。
(相羽君は、白沼さんが茶道部って、知ってた様子だけど。白沼さんが話した
んだろうな。あの人、積極的だから)
考えていると、純子の肩をつつく者が。富井と井口だ。
「あの人が白沼さんね?」
「ええ。あ、そっか。郁江も久仁香も、まだ直接には会ってなかったんだっけ」
「うん。顔は見たことあるわ。結構、目立ってる人よね」
「成績もいいし。上位者の名簿にあった」
ひそひそ話の輪が大きくなって、普通のお喋りの様相を呈してきた。
いくら今は肩肘張らないお茶の時間とは言え、少しまずかろう。
「どうする? 結構、人が多いし、出ようか?」
「ええー、相羽君は?」
富井が不満そうに言って、畳の上を振り返る。半ば強引に座らされた相羽は、
目の前に茶碗を置かれて、白沼から何かと講釈を受けているらしい。
「あれだと、だいぶ足止めされそうよ。それに、勝馬君達がいたんだから、も
う私達は」
「つまんないの」
「お店やってるときも、さんざん話したくせに」
少々、からかい気味に言ってやると、富井と井口からは見事な逆襲が返って
来た。
「純子こそ、フレッシュ・レディの格好して、仲よくやってたでしょうに」
「そうだ、そうだぁ」
「あ、あれは、仲よくとかじゃなくて、ほんとにもう、話す暇もなかったんだ
から。小さい子に髪を引っ張られたり、お尻を突っつかれたり……」
ため息混じり答えた純子。思い出すだけで、疲れがぶり返してくる。
「そんなことよりも」
町田がくたびれたような口調で言う。
「どうすんの。このまま待ってたって、私らがお茶を飲む番が回ってきても、
その間に相羽君、勝馬君達と行っちゃうわよ」
「それに、家庭科室に戻らなくちゃいけない時間まで、あと少し」
いつまでも出入り口付近に陣取って、茶道部の営業妨害するつもりはない。
純子は町田と一緒になって、引き返すことを提案した。
富井と井口は名残惜しそうにしていたが、最後に「相羽君も時間に遅れない
ようにね」と言い置くことで、満足したらしかった。
「うまいっ」
さっきから同じ言葉を繰り返すのは、唐沢。
十人とは行かなかったが、四人の女子を連れて、本当に家庭科部の喫茶にや
って来たのである。
「このあさりの風味が、何とも言えず」
「あのねえ、あんた」
呆れるあまりか、唐沢をそう呼んだのは町田。
「いくら誉めてもらっても、こっちはちっとも嬉しかぁない。ほとんどがイン
スタントなんだから」
「いえいえ、そういうもんじゃない。家庭科部の人達が、心をこめてよそって
くれただけで、味が違う」
「ったく、調子いいんだから」
今は先輩部員がいないとは言え、ここまで明け透けに冗談を言われては、怒
りたくもなるかもしれない。だが、四人の親衛隊?を引き連れた唐沢を、同じ
女子の町田がどやしつけるのは、数の上で明らかに不利。
矛を収めた町田は、肩をいからせるようにして息を吐くと、カウンター代わ
りに並べた机の向こうに入った。
「まるで漫才だね」
洗った皿を布で拭きながら、純子が低い声で話しかける。
「あほだら経だわ。どうしてあれがもてるのか、分からん」
「ルックスでしょう、やっぱり」
横手から、井口が口を挟む。
「純粋に、顔だけ見比べたら、相羽君よりもいい線行ってるかもしれないよ、
唐沢君」
「ええ、そうかなあ? 唐沢君は、ちょっとにやけすぎ」
富井が反論。たちまちにして、井口と論争になってしまった。声が次第に大
きくなる。
「あのぐらいが、テニスに似合ってる」
「相羽君はテニスよりサッカーだもん」
「あ、あの、二人とも、本人達に聞こえるよ」
純子は冷や冷やしながら、止めに入った。
唐沢は女子四人とのお喋りに夢中らしいが、相羽は部屋の隅で、ごみをビニ
ール袋に詰めている。聞こえるかもしれない。
(……こっち向いてない。がさごそ音を立ててるし、聞こえてないわよね)
そちらの方をそっと覗き見て、思う純子。
と、相羽が袋を持って、立ち上がった。
「捨ててくる」
短く言って、後ろの扉から静かに出て行った。
この頃になってようやく、富井達も声量を落としていた。
安心すると、あくびが出そうになった。無理にかみ殺しておく。それなのに、
続けざまに出そうになるものだから、急いで口に手をあてがった。
「ふあ、ねむ」
安心したと言うよりも、忙しいこの半日がそろそろ終わりそうなので、気が
抜けたのかもしれない。
「子供のお守りで、疲れた?」
隣で町田が、歯を覗かせて笑う。
「うーん、そうかもね」
答えるのと時を同じくして、前の戸口を通って、新たなお客さんが来た。
その姿を見て、純子は声を上げる。
「あ、藍ちゃん!」
「おねえさん、こんなところにいたっ」
小学校の体操服姿で、二年生の女の子が飛び跳ねる。
「ねえねえ、何でここにいるの? 家庭科部だった? 何で何で」
家庭科部じゃなくて調理部よ、と訂正するのは簡単だが、そんなことはどう
でもいい。
「それより先に、藍ちゃん。保護者……お父さんかお母さんは?」
カウンターを出て、しゃがみ込むと、純子は藍ちゃんの両肩に手を添えた。
「一人。ここぐらい、一人で来る。もう二年生なんだからぁ」
「そ、そう? だけど、お友達は?」
「同じ組の子と一緒に来た」
それは一人とは言わないんじゃないのと疑問に感じるも、敢えて口には出す
まい。
「その子達はどうしたのかな」
「みんな、ばらばらー。時間ないから」
「そっか。それで藍ちゃん、何か注文してくれるのかな?」
にこにこしながら尋ねると、思わぬ注文が返って来た。
「涼原のおねえさん、フラッシュ・レディにならないの?」
「えっ」
「午前中に来た友達がいてねえ、その子から聞いたんだよ。フラッシュ・レデ
ィのレイがいたって。おねえさんでしょ?」
「う……うん」
表情を固まらせて、うなずく。
「セシアもいたって聞いたけれど、そっちは、えっと、あの人でしょう? あ
の、スケートの下手な」
「そうだけど」
純子が答えるのに合わせたように、タイミングよく相羽が戻って来た。小さ
な男の子を連れている。よくよく見れば、六年生のとき、スケートで相羽がペ
アを組んでた子−−洋司だ。
「その子、どうしたの?」
富井が尋ねると、相羽は洋司を椅子に座らせてから答える。
「ごみ捨ての帰りに、偶然。中庭で迷ってたんだよな、洋司?」
洋司は足をぶらぶらさせながら、黙ってうなずく。
「友達は一緒じゃなかったのかい? はぐれたんだ?」
「て言うか、トイレに行ったら、道が分からなくなって……」
ぼそぼそと喋る洋司に、藍ちゃんがとことこと接近。
「あんたって、本当にどじね。圭君にずっと引っ付いてたらよかったのよ。そ
れなのに」
「そんなの、言われたって……」
泣きそうになる洋司の頭を、相羽は片手で撫でた。
「心配すんな。いざとなったら、おにいちゃんが連れて帰ってやるから」
その声で、藍ちゃんははっきり思い出したらしく、相羽を指差しながら叫ぶ。
「あ、スケートの下手なおにいちゃん!」
「−−あははは。確かに、あのときは周りに迷惑かけまくったな」
苦笑と自嘲が入り混じったような、相羽の表情。
「ねえねえ、それよりセシア、やってやって!」
「え? どうして知ってるのさ」
相羽がきょとんとすると、藍ちゃんは純子を見やってきた。それにつられる
風に、相羽も視線を動かす。
「……最後のお仕事、しなきゃいけないみたいよ」
純子はひきつった笑みを見せつつ、そう促した。
−−つづく