#4217/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/11/30 4:42 (187)
防壁密室の殺人 7 永山
★内容
その言い方に、ちょっとした棘を感じた。アイドルらしくないと言う以前に、
本当に嘲笑しているような……。
「誰がやったかはあとにして……他に起き出した人はいるんで?」
「ISSの三人さんは、慌ただしく動き回っているわ。少しは責任感じてるん
でしょうね。食事の準備をして、お湯を沸かしているみたい。おかげで、お化
粧できなくて」
そこまで言うと、彼女はあらという風に頬へ片手を当てる。
「素顔、見ましたね」
「え? ええ」
今さらそんなことを言うか。やはり、まだ完全には目覚めていないんじゃな
いだろうか、彼女。
ともかく、私は給湯室での洗面をあきらめ、トイレに向かった。
そうこうする内に、他の人達も徐々に起き始めた。最後に若山が起きてきて、
全員が揃う。
食事の席には、昨日から持続する緊張感に加え、活力のようなものもあった。
あと半日ほどで、確実にここから抜け出せる。その思いが各人を元気づけるの
かもしれない。ただ、朝を迎えてもシャッターが降りているおかげで暗い室内、
蝋燭を並べての食事は、見た目が陰気だ。
法川は早々に食べ終わると、昨日できなかった分をとばかり、質問を始めた。
焦りがあるのか、彼にしてはストレートに過ぎる聞き方だったので、私は内心、
冷や汗もの。
「問三の暗号解読に集中したいんですが、どうも気になるんですよね。誰が遊
佐さんを殺したのかが」
そんな風に切り出した。途端に、場の空気の緊迫度が増したよう。
「さっき教えてもらって、皆さんご存知だと思いますが、どうやら犯人はパネ
ルをいじった節があります。それは失敗に終わったようですが……。朝になっ
たとは言え、建物の中がこう暗くては、隙を見せればまたパネルをいじりに来
るかもしれない。犯人を逃さないようにするためにも、見つけたいんです。協
力してください」
「……そりゃあ、協力は惜しまないさ。できることなら犯人を見つけたいのは、
君だけじゃないだろう」
三谷はあくびをかみ殺しながら言う。
「だが、警察の科学捜査の及ばない状況で、犯人が特定できるとは思えない」
「同感だねえ」
右手にコップ、左手はフォークでスパゲッティを巻き取りながら、ふんふん
とうなずく扇田。手元がおろそかになったか、ソースが若干、飛び散った。
「犯人が分かったとして、そいつが我を失い、暴れ出しても困るからな。自分
達は、脱出だけを考えて、三つの問題に取り組んでいればいい」
「その方が、よっぽど危ないと思います」
「何だって? どうしてそんなことが言える」
扇田が目を細くする。法川は腕を伸ばし、パネルの方をびしっと指差した。
「犯人はパネルを開けようとしています。何故でしょうか」
「そりゃ、ここから逃げ出すためだろう」
「僕も最初はそう考えていました。だけど、おかしいんです。現時点−−と言
うよりも、遊佐さんが殺されてから、誰も疑われていません。なのに、今逃げ
出したら、自分から犯人だと名乗るようなものですよ」
「……うーん……」
扇田がうなり、交替する形で津込が言った。
「システム解除だけをして、逃げ出さずにいるつもりじゃないかな? 脱出可
能の状態になったのに誰かが気付けば、みんなで揃って出ることになるだろう
から、犯人は怪しまれずにすむ」
「絶対ないとは言い切れませんが、そんな理由で行動を起こすぐらいなら、最
初から今日の夜七時を待つ方が得策でしょう。夜、会議室に忍び込み、ごそご
そとパネルを触ってるところを誰かに見つかったら、それこそアウト」
「……だが、現実は、誰かがパネルを触ったんだ」
「さあ、そこです。まずお聞きしたいのは、パネルをいじったのは、本当に犯
人かどうかと言うこと。殺人犯でないけれど、早く外に出たい一心で、パネル
をいじった人がいれば、名乗り出てくれませんか」
法川は席を離れ、皆を見渡した。誰も何も言わない。
「蝋燭があれだけ溶けたんだから、皆さんの手元に残った蝋燭を調べれば分か
るかもしれませんよ。それとも、巧妙に補給しましたか? 会議室にはまだ数
本、蝋燭が残っていましたからね」
揺さぶりをかける法川だが、無反応には変化がない。彼は唇をひとなめして、
攻め方を転じてきた。
「では、殺人犯がパネルにも触れたとします。そうなるとどういうことが推測
されるか。壁の厚みから考えて、パネルの蓋を開けたら、中は奥行きが結構が
あると思うんだけど。そう、ちょうど金庫みたいにね。考えたら、あのパネル
は金庫としても使える。それで僕は閃いたんですよね。あの中には、犯人にと
って何か大事な物が入っているんじゃないかって。推理ゲームとは全く無関係
に」
法川の当てずっぽうとも言えるこの台詞は、意外にも効果をもたらした。
ISSの社員全員と円城寺、三谷、若山……要するに私と私の知り合いを除
く全員が大なり小なり、同様を露にしたのだ。
「このまま七時が来れば、警察に通報だ。当然、あのパネルも開けられる。中
から何が出て来るのかは知らないけれど、犯人にとっては致命的な何かが隠さ
れている。僕はそう睨んだんですが……いかがですか?」
「犯人じゃなくてもね、困る物が入ってるのよ」
口を開いたのは円城寺だった。隣の三谷が、「ま、舞!」と慌てて手を伸ば
すが、それを全く相手にしない円城寺。
「アイドル続けるには、ちょっと困る写真を、死んだ社長さんはどこからか入
手されてね。それをだしに呼ばれた訳よ、この推理ゲームに。公にされたくな
かったら、自力で問題を解いて、取り戻せってね」
自嘲気味に語る円城寺は、実に堂々としていた。彼女と対照的に、三谷は天
井を仰ぎ見、額を手で覆う。
「あーあ、言っちまった……」
「間違いないですね、円城寺さん、三谷さん?」
法川の確認を求める声に、二人はうなずきを返した。そのあとに続けて、円
城寺が他の面々を順に見ていく。
「さ、皆さん。これで話しやすくなったでしょ? 殺人犯じゃないんなら、さ
っさと白状した方が、賢いと思いますけど。特に、ISSの社員さんなんて、
どうして参加なさるのか不思議でたまらなかったわ。いくら社長命令があった
としても」
その挑発に乗ったのは、広崎。何かをこらえていた彼女だったが、箸を置い
た右手を胸の前できゅっと握ると、意を決したように口を開く。
「私も同じです」
「遥子っ」
焦った表情を見せたのは、彼女の左に座る津込。恐らく、彼ら二人に関わる
問題なのだろう。
恋人の生死にも関わらず、広崎は強い態度で続けた。
「事実を認めるだけよ。社長に何を掴まれていたのか、その内容までは言えま
せん。よくあることと想像してくれればいい」
「……津込さん、あなたはどうです?」
充分に間を取った法川の呼びかけに、津込はうなだれ、やがて認める意志表
示をした。それから顔を起こし、これまた激しい口調で言う。
「だが、僕らはやってない。僕も彼女も、社長を殺したりはしない!」
「結構です。今は、その話は置いておきましょう。−−さあ、次はどちら?」
「い、言ってもいいけどな」
若山は震え声を振り絞りながら、法川を指差した。その腕も震えている。
「そっちの三人に、何もないって言い切れるのか? 僕が言うのは、それがは
っきりしてからだ」
本人はプライドを保っているつもりらしいが、その言動自体が、何かの弱味
を遊佐氏に握られていたと認めているようなものだ。それなのに、若山は気付
いてないようで、鼻息も荒くふんぞり返っている。
「ないよ」
法川が言った。
「私もなーい」
風見が場にそぐわない明るさで答える。
「僕もないんだ。何せ、遊佐氏とは昨日が初対面なもんでね」
最後に私が答えると、若山は呆けたような面構えになり、やがてがっくりと
肩を落とした。
「……僕も」
言いかける彼を、法川は首を振って押しとどめる。
「もういい、分かったから。最後に残った扇田さん。言ってくださいよ」
扇田はにやりと笑って、他のISS社員の方を見やった。
「君らなら知ってると思うが……ま、全部を明かすのは避けておくか。そうだ
な、経営上のトラブルということにしておいてもらおう。遊佐社長とはしょっ
ちゅうもめていたよ。だいたい、あいつは私と陣内との三人でこの会社を創っ
たというのに、年上だからというだけでいちいち親分面しやがって、前から気
にくわなかった。誰がやったか知らんが、あいつを殺してくれて感謝してる」
そこまで言うと脱力したのか、扇田は椅子に全身を預けてもたれかかった。
「あの、ちょっといいですか。陣内とは一体誰です?」
「副社長です」
私の質問に答えるのは、扇田ではなく、広崎。
言われてみれば、昨日、ここへ来た最初の頃、法川の口からその名を聞いた
ような記憶が……。
「そう言えば、陣内副社長も遊佐社長とはよくトラブルを起こしておられまし
たけど……今度のゲームには呼ばれてませんね」
自分の言葉に不可解さを感じ取ったらしく、広崎は首を傾げる。
「はっ。副社長だからだろ。社長の昨日までにやり残した仕事を、代わりにや
ってるんだ。あいつはそれで助かったな。容疑者扱いされずにすむ」
扇田が吐き捨てた。
法川はしばらく考えていたらしかったが、唐突に聞き込みを再開した。
「僕ら三人を除いた全員に動機があったと見ていいですね。犯人は手っ取り早
く鍵を奪うため、遊佐さんを殺した。だが、鍵は偽物で、本物もどこにあるか
分からない。当てが外れて焦った犯人は、昨晩、パネルを開けようとボタンを
あれこれいじってみたが、でたらめに押しても正解には至らず、あきらめざる
を得なかった、と」
「状況は変わってないわね」
からかうように、円城寺。
「全員が容疑者と分かっただけで、絞り込めないんだから」
すると、法川は、いささか自信を失ったように質問を発した。まず、彼が思
い付いた毒混入方法を説明し、それに続けて尋ねる。
「どういう順番で、コーラが遊佐さんに渡ったか、確かめたい。皆さん、覚え
ていますかね?」
対するに、若山が真っ先に声を上げる。
「あ、お、俺、あのコーラには指一本、触れてないぜ」
「どうだったかしら?」
円城寺の茶々に、若山は顔色を変えたようだったが、蝋燭の炎程度では判然
としない。とにかく、反論する。
「触ってないって! ほら、みんな見てたでしょう?」
だが、誰一人として肯定の意を表さなかった。若山が嘘を言っているとは考
えにくかったが、それはあくまで印象であり、その場にいなかった私は多数の
証言を信じるしかない。
「私は無罪放免にしてもらえるのかな」
扇田が落ち着いた口調で言った。声とは裏腹に、顔は嬉しそうに相好を崩し
ている。
「何しろ私は、缶を配り始めたとき、個室にいたんだからな。永峰さん、あん
たも知ってるだろう?」
「ええ、見ました。悲鳴のあと、部屋を飛び出したのを。その前に、僕は広崎
さんと長話をしていて、ずっと廊下を見通せる位置にいた。あなたが、廊下側
のドアから六一二号室に入るのも無理でしょうね」
私が言い添えると、満足そうにうなずく扇田。
「ひとまず、容疑の枠から外れますね」
にこりともせずに言う法川。
他に自分の有利を主張する者はいなかった。主張するだけの自信が、当人に
もないというのが本当のところだろうか。
「昨日の……そうだな、夜十時から今朝の六時頃まで、会議室を出入りした人
は名乗り出てほしいな。もしくは、出入りするのを目撃した人でもいい」
だが、これにも有益な証言はなし。特に、目撃証言が出ないのは事実誰も何
も見ていないのか、嘘をついているのかは分からない。
「分かりました。仕方がない」
言うなり、法川はパネルの前まで歩み寄り、しゃがみ込んだ。蝋の跡を子細
に観察しているに違いない。
「今朝、一番最初に会議室に入ったのは、どなたですか」
その姿勢のまま、振り向きもせずに聞く法川。
−−続く