AWC 防壁密室の殺人 4   永山


        
#4214/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30   4:37  (199)
防壁密室の殺人 4   永山
★内容
「でも、すぐに開けられないのですか」
「キーワードを入力するか、鍵を使うしかありません」
 津込の平淡な言い方に、場に沈黙ができる。
 円城寺がそれを破った。
「非常ベルのボタンはないのかしら? あれを押せば、消防署に通報が行くっ
て聞いたような気がするんだけどな」
「もちろん、普段なら正常に作動していますが、今回、防壁システムを作動さ
せるに当たって、連動を解除してあるんです」
「どういうこと?」
「本来は、システム作動と同時に、消防救急に連絡が行くようになっています。
だが、今回は余興ですから……」
「なるほどね」
 呆れたように言って、首を傾げる円城寺。それから彼女は片手を顎先に当て、
再び質問を発した。
「結局、最初の二つの手段しかない訳ね。鍵はないんじゃないの?」
「それは……あるはずなんです。社長ご自身がキーワードを知らないのであれ
ば、緊急時に備えて、鍵は必ず……」
「誰かが鍵を隠したのかしら? ひょっとしたら、遊佐さんを殺した犯人が」
 ここまで聞いて、円城寺の台詞はドラマの探偵役のものとだぶってきた。
 探偵ぶりが様になっている彼女の横で、三谷がぶるぶると首を振る。
「そ、それじゃあ、犯人は我々をここに閉じ込めて……」
 その先は口にするのも恐ろしい……そんな風に首をすくめた三谷。
「そうとは言い切れません」
 法川が言った。それまで、会議室内の方々に視線を走らせていたようだが、
皆の会話は聞いていたのだろうか。
「他に可能性があるかしら?」
 円城寺が、少し不機嫌そうな声になる。が、法川は気にせずに応じた。
「遊佐さんが最初から本物の鍵を隠しておき、推理ゲームスタートの時点で僕
らに見せたのが偽物だった、とは考えられませんか」
「……そうね」
 円城寺は何度かうなずくだけ。
 彼女に代わって、扇田が口を開く。
「あの人の性格から言って、あり得なくはない。人を担ぐのが好きだった。私
がここへ駆けつけたとき、社長が倒れているの見ても、『ああ、またやってる』
と感じたぐらいだからな」
「隠すとしたら、鍵はどこにあると思います? 心当たりがあれば」
「そんなもの、ないよ」
 吐き捨てるように扇田。
「虱潰しに探すほかない。この階のどこかにあるのは確かなんだ」
 取るべき行動は決まった。システム解除の鍵を手分けして探す。
 時刻は午後四時になるところであった。

 約二時間後、私達の間に漂う空気は、重苦しいものとなっていた。
 九名による捜索にも関わらず、本物の鍵は見つからないでいる。会議室や遊
佐氏の六一二号室はもちろん、各自の部屋や給湯室、トイレにシャワールーム、
果ては空いている二部屋まで、六階の隅から隅まで探したつもりなのだが、見
つからない。
 全てを見回ったあと、改めて遊佐氏の身体や衣服を調べてみたが、これも空
振りだった。
「遊佐さんには、隠すための時間が充分あったんですね?」
 六一二号室との間にある扉を閉め、全員が再び会議室に集まった中で、法川
がISS社員に聞く。広崎が応じた。
「それはもう、余裕があったでしょう。社長はいつでも六階に来て、自由に動
き回る時間をこしらえられたと思いますから」
「壁のコンセントの板を外し、その内部に鍵を隠してから、またネジを締めて
おく、なんてことも可能ですね。ドライバーはありますか?」
「ああっと、六一二号室で見かけた記憶がある」
 津込が言って、問題の部屋に向かいかける。
「あ、今はいいです、津込さん。他の可能性も考えたい……そう、たとえば」
 右手の人差し指を立てた法川。例示の際の癖だけでなく、頭上を指差したつ
もりもあるらしい。
「蛍光灯の中に隠す手もある。一つだけ作り物の蛍光灯を用意し、その中へ隠
しておく」
「だが、この部屋の蛍光灯は全て点灯しているぜ」
 私の指摘を、法川は微笑とともに否定する。
「この部屋とは決めつけていないさ。他の部屋の蛍光灯かもしれない。廊下か
もしれないし、トイレかもしれない。あとで全てが正常に点灯するかどうか、
チェックするんだ」
「だったら、非常灯の箱もあるんじゃない?」
 円城寺は目を輝かせ気味だ。調子に乗ってきているのかもしれない。それに
しても、彼女が普段でも探偵気取りとは思わなかった。
「あと、電灯のスイッチそのものや、非常ベルの中とかもね」
「物が小さいから、何にでも隠せる。トイレももう一度調べてみた方がいいか
もしれない」
 法川も負けじと言う。
「液体石鹸や洗剤の容器、タンクの中までは調べなかったでしょう? 捨てて
あるトイレットペーパーの芯も怪しい」
 こうして、新たに調べるべき場所をリストアップしてから、再度の捜索にか
かった。
 だが、これも失敗に終わったのだ。
 通常の夕食の時間はとうに過ぎ、各面々には疲労が目立ち始めていた。
「さっき見つけたんですけど……空調ダクトに沿って、外に脱出できませんか」
 皆が壁に持たれてへたり込んでいる状況で、若山がぽつりと言った。
「ドライバーでネジを取れば、蓋が外れて行けそうですよ」
「ふむ。かなり狭いが……」
 扇田がうなずき、視線を経巡らせる。と、私の方を向いて止まった。
 いや、違う。正確には、私の隣にいる法川と風見を見て止まったのだろう。
「子供なら何とかなるかもしれない」
「待ってください。この子達にやらせるんですか」
 私は責任もあって、強い調子で言った。この場に法川の親父さんがいれば、
絶対にそんなことはさせないだろう。
「専門の配管工ならまだしも、危険すぎる。反対だ」
「見取り図、ないんでしょう?」
 法川が言った。見取り図さえあれば行こうと言うのか。
 果たして、扇田の返事は。
「ない」
 私はほっとし、法川は舌打ちをした。
「あとは、どんな手段があるって言うんだ。明日の夜七時まで待つのか?」
 徒労感に襲われているらしく、三谷の声は暗く、震えてさえいる。顔色が青
白いのは、蛍光灯の光を浴びているせいだけであるまい。
「あるじゃないですか、方法は」
 法川はあくまでも明るい調子だった。ほとんどの者の目が、彼を捉える。
 充分に間を取ってから、法川は軽いため息とともに答えた。
「問題を解けばいい。うまく行けば、一時間もしない内に出られるでしょう」
「はっ!」
 鼻で笑ったのは三谷と扇田だった。推理ゲームに参加する気は、元から全く
なかったらしい。
「解けるぐらいなら、鍵を探してなんかいないさ」
「一人で解こうとすれば、三十時間でも厳しかったかもしれません。でも、状
況は変わったんですよ。今や賞金なんてどうでもよくなった。違いますか?」
「……」
 沈黙した三谷と扇田に代わり、若山が反応を示す。
「全員で協力して解こうってことかい?」
「そうだよ。当然、そうすべきだと思いませんか、皆さん?」
 結果的に、この提案は満場一致で採択された。
 そして話し合ったところ、三人単位で分かれて一問ずつ取りかかろうという
ことに決まった。
 扇田、津込、広崎のISS社員グループは一問目を、円城寺、三谷、若山の
グループは二問目を、そして私と法川、風見の三人で三問目を担当する。早く
終わった者は、他のグループの応援に回る。
 が、その前に、いきなり取りかかるのはしんどい、腹ごしらえをしようとの
声が上がって、広崎、円城寺、風見の女性陣が食事を作ることになった。調理
と言っても、ほとんどが温めるだけあるいはお湯を注ぐだけの物なので、彼女
らのすることは、お湯を沸かすだけと言ってもいいだろう。そして食品の開封
は、全員監視の下で行われた。これは、遊佐氏の死に様を考え、毒物混入の恐
れを排除するためである。
「一気に食うのはやめましょう」
 津込がスプーン右手に、何とも言えない戸惑いの色を見せていた。
「みんなで見ていたからと言って、残念ながら安心はできない。犯人がどんな
方法で毒を入れてくるか分からない。実際、あれほど警戒されていた遊佐社長
は簡単に毒殺されてしまった……」
 彼は部屋の後方にある六一二号室へ通じる戸へ、一瞥をくれた。
 遺体発見時人にこの場にいなかった私は、あとから、遊佐氏が間違いなく未
開封の缶コーラを受け取り、自分の手で開け、しかもストローを挿して飲んだ
と知らされた。にも関わらず、遊佐氏は毒殺された。ストローは自身が管理保
有している物であり、この吸い口や内部等に毒を塗布することは不可能。コー
ラへ直接の毒混入も無理だと考えられるのだが……。
 なお、遊佐氏が脅迫状を受け取っていた話やこの社屋ビル内で飲料関係の物
に異物が混入されていた事実については、法川達にも伝わっている。
「とりあえず、一口というか、ほんの舌先だけ着けて、確認してから食べるよ
うにするのが賢明」
 津込が改めて言うまでもなかったろう。誰もが緊張した面持ちで、慎重に食
べ物を口に運ぶ。
 私も恐る恐る、インスタントのスパゲッティを口に入れてみた。
 −−うん。精神を集中しすぎたせいか、妙な味わいではあるが、何ともない。
毒等の異物は入っていない。
 その他の皿も同様だったらしく、このときばかりは皆、ようやくほころんだ
表情を見せた。
「食べるときぐらい、置きなさいよ」
 風見が法川を叱っている。何かと思えば、法川は食事中も、例の冊子を読み
込んでいるのだ。
「少しでも早く、ここから出たいだろ?」
「そりゃあ、そうだけど」
「だったら、うるさく言わないでほしいな。僕は君のためにやってるんだぜ、
ひそか」
 途端に、風見の耳元が赤くなるのが分かった。
 端から観察していた私は馬鹿馬鹿しくなって背を向ける。でも、彼らを見て
いると、どうにかなるだろうという楽観的な気分になれる。悪いことじゃない。
 七時を前に食事が終わると、皆、各部屋に閉じこもる形を取った。グループ
内であれこれ議論するのもいいが、今は個人個人で考える。そして二時間後、
つまりは午後九時になれば、成果があろうがなかろうが、各グループ単位で集
まり、話し合うという段取りだ。無論、問題を解いたという自信があれば話は
別で、いつでも他の者に知らせるとする。
「あと二十四時間か」
 それまでに何とかしたい−−少なくとも犯人を除く全員の願いのはずだ。

 部屋に引きこもった私であったが、自分に与えられた務めに取り組む前に、
一つ、気掛かりがないでもない。
 名探偵を自認する法川が、殺人が発生したこの状況下で、静かにクイズを解
いているとは思えないのだ。きっと、先ほどの提案−−全員で協力して問題を
解く−−は他の者のいる手前、言ったまでで、実際は犯人を見つけたいと考え
ているに違いない。
 私は滞在時間十五分ほどで部屋を出ると、法川の六〇六号室のドアを叩いた。
「はーい!」
 返って来たのは、かわいらしい女の子の声。
 こいつは……。
 私は握り拳を作り、力を込めた。
「入っていいかな?」
「いいよー」
 ずっと風見ひそかが答えてくれる。
 私は入室し、後ろ手にドアを閉めると、中の様子を確認した。
 法川はベッドに寝転がり、天井をにらんでいた。その枕元付近に、風見がち
ょこんと腰を下ろしている。二人とも、いつの間にか寝巻き姿になっていた。
「ひそかちゃん、何をしてるんだい?」
 私はこの部屋唯一の椅子に座って、片肘を机に突いた。
 いつものこととも言えるので、法川を咎める気はない。ただ、風見ひそかは
単にいるだけで、問題を解こうとしているようには見えなかった。
「統のお手伝いかなあ。今の永峰さんみたいに、人が来たとき、応対するため
にいるのよ。邪魔されたくないんだって」
 風見は澄ました顔で答えた。なるほど、理屈には合っている。
「それで法川は、どっちを考えているんだろう? 実際の殺人事件を解こうと
してるんじゃないのかい?」
「もちろん」
 法川が、子供にしては低い声で言った。横になったまま、顔だけかすかに起
こしたので、喉が圧迫された格好だ。
「防壁システムが作動している間は、殺人犯だって逃げられないはずだ。明日
の午後七時までの時間を有効に使うさ。問題なんて、解けなくていいんだ」

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE