AWC お題もどき>幽霊>境界線を越えるとき 3   永山


        
#4208/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/28  14:36  (193)
お題もどき>幽霊>境界線を越えるとき 3   永山
★内容
「あーあ、疲れた」
 喋りながら歩いたせいか、喉が渇いた。水筒を開けて、中のお茶を三口ほど
飲む。さすがにじんわり汗ばんできてたから、冷たさが心地いい。
 と、顔を上に向けてたおかげで、足下がお留守になってしまってた。
 張り出した木の根っこにつまずき、危うく転びそうになる。
「あ、大丈夫、東山君?」
 すぐ後ろにいた榊原が、駆け寄ってきた。バランスを崩した僕の手を取って
までくれる。やっぱり、優しくて女らしい。
 榊原に比べると、守中は僕がこけそうになったのを、指差して笑いやがった。
しかも、大口を開けて。
 僕は榊原に「ありがとう」と礼を述べてから、足を止めて、守中の真ん前に
詰め寄った。
「人の不幸を笑うなよ」
「いやいや、そんなつもりはないのよね。ただ、あまりにも頼りない案内人だ
なと思いまして。へっへー」
「案内人? 俺のことか、それ?」
「他に誰がいるっての? 噂を知ってるのは、あんただけなんだから」
「だったら、黙って着いて来い」
「それじゃあ、お伺いしますけどね。こっちで方角は合ってるのかしら?」
「……奥に向かってるんだから、合ってるだろ」
 相手のにやにや顔が癪に障って、僕はぶずっとして答える。
「まじな話、どうなんだ? 結構歩いたと思うんだけど」
「敬介なら知ってるだろうけど、この辺までは来たことないからな。それだけ
奥に来たのは、間違いないさ」
「それで、方角は?」
「とにかく奥へってことしか分からないから。行けるところまで行く。それで
いいじゃんか」
「なあ、昭雄」
 困ったような声を出す敬介。
「見つからない場合も考えて、どこまでやったら引き返すってのを決めてた方
がいいぜ。この森、広いんだし」
「そんなの、いらねえよ」
「いらねえよじゃなくて、そうしないと危ないだろうが」
「危ないって、どういうことだよ」
 心外だ、と思った。
「迷ったら、帰れなくなるかもよ」
「まさか! そんなの、なる訳ない!」
 笑い飛ばさずにいられない。
「どんだけ広くたって、遊び場だぜ。こんなの、抜けるのなんて簡単。森を出
たら、どっか道があるから、そこを歩きゃいい」
「……それもそうだな」
 敬介が納得したら、他のみんなも異議を唱えることはなかった。気に入らな
いが、敬介の方がテストでいい点を取るんだから、しょうがないかもしれない。
「江川、何時?」
 敬介が聞くと、僕らの中でただ一人、腕時計をしている江川は、これ見よが
しに袖をまくった。
「十一時……二十四分ですね。公園から一時間半近く、歩いています」
「この調子だと、森の中で昼御飯になるな。足場が悪いけど、何とか」
 敬介の言う通り、地面は落ち葉や苔でもさもさしてて湿っぽい箇所があるか
と思うと、木の根っこや石ころでごつごつした場所もある。ビニールを広げて
座れそうな平らな空間は、見当たらない。
「池があったんじゃなかったっけ?」
 不意に、守中が言い出した。
「ああ、あったあった。池というか、沼だぜ。緑沼のことだろ。この近くだ、
多分。でも、それがどうしたんだよ」
「あそこなら、平たい地面があったでしょうが。森の中でお弁当食べるんだっ
たら、池のそばがいい」
「だめだよ、遠回りになる」
「もうとっくに、遠回りしてるんじゃないの?」
「どういう意味だよ」
「道に迷ってるんじゃないのかってこと」
「迷ってるもんか」
 また言い合いになりかけたところを、榊原と敬介が止めてくれた。
「よせよ、昭雄。いいじゃないか。時間あるんだし、そっちに行こう。僕は覚
えてないんだけど、緑沼の方向、分かるんだろ?」
「あ、ああ」
 榊原に何やら話しかけられている守中を見やりながら、僕はうなずいた。
 それから僕らは方向転換し、緑沼を目指した。僕の記憶と勘は冴え渡り、十
分足らずで到着。
「……何だか、色が濃くなってる」
「ああ、僕もそう思う」
 久しぶりに見た緑沼は、昔の鮮やかな緑色から、濃い、濁ったような色に変
わっていた。気持ち悪い感じさえする。
「苔の種類が変わったか、落ち葉が底に降り積もったせいでしょう」
 得意げに、鼻の頭をこする江川。そんなこと言ったって、確かめようがない
じゃないか。
「早く食べようよ」
 すっかり元気をなくしていた浩二が、息を吹き返した。食い物の効力は、偉
大だなぁ。
 もちろん、僕ら五年生だって腹ぺこなのは同じ。一所にスペースを見つけて
陣取った。敷物の上には、おにぎりにサンドイッチ、卵焼きやウインナーソー
セージ、果物の詰め合わせなんかが並ぶ。
「交換しよ、交換」
 女子二人が、おかずの取り替えっこをやっている。
 親が買い物する場所は、近くのスーパーに決まってるんだから、同じ物を食
べたいならすぐだと思うんだけどな。味付けが違うってことかな。
「薄暗いよなあ」
 真昼だっていうのに、森の中は日差しが乏しいから、たまに寒々とする。で
も、食べている間は、身体が熱くなる感じがずっとあった。
「恐いの? これから幽霊屋敷に行くっていうのに」
 守中の地獄耳め。余計なことまで聞きつける。
「そんな意味じゃねえっ。折角外で食べるってのにだな、こんな暗かったら、
もったいないって意味で言ったんだ」
「へいへい、分かりました」
 守中が苦笑いしながらうなずいたあとに、変な間ができた。誰も喋らなくな
る。その隙を狙ったかのように、悲鳴みたいな物音がした。
「な、何だっ?」
 僕が真っ先に反応して、敬介と二人して、きょろきょろ首を動かし、悲鳴の
正体を探ろうとした。
 榊原と守中、それに浩二の三人は身を寄せ合って、固くなってる。
 江川が平然としているのが、意外だった。江川の奴、僕らの方を見て、憎た
らしい感じに笑った。
「何だよ、おまえ。笑ったりなんかして」
「焦ることないですよ。さっきのは、悲鳴でも何でもありません」
「どうして、そんなの、言い切れるんだ」
「よくあることじゃないですか。さっきのあれは、動物の声です。鹿はさすが
にいないでしょうから、多分、鳥かな」
「鳥? とてもそんな風には聞こえなかったがな」
 敬介が納得しかねると、首を傾げる。無論、僕も同様。
「鳥じゃないぞ。人間の声っぽかった」
「いいえ、鳥ですよ。あらゆる鳥の、出せる全ての鳴き声を聞いたことがあり
ますか? ないでしょう。人間の女性の悲鳴みたいな鳴き声を出す鳥や獣って、
いるんですよ」
「江川、もうやめろ。意味ない」
 敬介が言った。
「鳥が似たような声を出せるからって、さっきの悲鳴が鳥だと言い切れるかど
うかは、五分五分だろ」
「そうだけど……何度も言いますけど、幽霊なんていないんだから」
「こっちだって、幽霊の声だと言った訳じゃない。もしも、本当に女の人が襲
われてたら、大変だ。それを調べる価値はある」
 一気に喋ると、立ち上がった敬介。その視線がこっちを向いたので、僕は急
いで続いた。
「行こうぜ」
「ああ。二人で充分だから、みんなはここで待ってろよ」
 僕の言葉に、榊原と浩二、江川の奴は不安そうに表情を曇らせた。だけど、
守中だけは笑った。空元気なのかもしれないが、度胸が据わってる。
「分かった。デザートでも食べて、待ってる。あんた達も食べたかったら、早
く戻って来なさいよね」

 悲鳴が聞こえた方向に、僕ら二人はほぼ横に並んで、進んでいく。何だか知
らないけど、森の、より深い位置に向かっている感じがある。僕一人の気のせ
いなんだろうか。
「どんどん暗くなってるな」
 敬介に水を向けてみた。
「うん」
「寂しい印象って言うか、薄気味悪い」
「あんまり言うなよ。僕だって恐いんだ」
「お、俺は別に、恐いなんて言ってない」
 見透かされた気がして、僕は早口で言い訳した。喉が渇く。
「それならいいんだ、うん」
 敬介はまた前方に意識を集中し始めた。見えるのは草木ばかりで、虫さえい
ないようだ。鳥の鳴き声だとしたら、姿を見かけてもいいものなのに。
 いや−−僕は頭を振った。
 そういう考え方をするんなら、人間の悲鳴だとしたら、その人間を見かけて
もいい頃のはずだ。もしくは、その人間に悲鳴を上げさせる元となった、何か
を見かけていなくちゃならない。僕らはそれだけ歩いたんだから。
 その両方ともが見つかってないんだから、どっちとも言えないはず。
「おかしいな。これだけ来れば、何かいてもいいんだけどな」
 敬介も似たような思いだったのか、こうつぶやいた。
「よっぽど臆病な鳥で、俺達が来るのを感じて、さっさと逃げたんじゃないか」
「そうだな。でなきゃ……悪人は恐れをなして、身を潜めたっていうのは?」
「それ、いい!」
 僕らは調子に乗って、ふざけて、「さっきのことは、全部見てたぜ!」とか
「そこにいるのは分かってるんだぞ!」と大声でわめいてやった。
 もちろん、茂みからは何の反応もない。
 僕と敬介は派手に笑いながら、今来た道を引き返した。
 戻るなり、座り込んでいたみんなが立ち上がって、「どうだった?」と聞い
てくる。その顔がどれも真剣に不安を浮かべているから、またおかしくなる。
 にやけていると、守中が不平そうに口を尖らせた。
「何がおかしいのよ。さっき、変なわめき声聞こえたし、かと思ったら、馬鹿
笑いして……心配だったんだから」
「ああ、悪ぃ悪ぃ。ほんの冗談。まじになるなよ」
 守中はほっと息をついたが、僕の説明の仕方が気に入らなかったらしく、す
ぐに厳しい表情になると、凄い勢いできびすを返し、自分の荷物の置いてある
ところにずんずんと向かった。
 そして乱暴な手つきでナップサックを拾い上げ、肩に掛ける。
「あーあ、損した。早く出発するに限るわっ」
 聞こえよがしに言って、僕らを急かす。
「何かあったの?」
 ひそひそ声で榊原に尋ねると、彼女は首を横に振った。
「別に何もないわ。ただ、本当に心配してたみたい」
「へえ、あいつがね?」
「榊原さんは、心配してくれなかったの?」
 敬介が横合いから、おどけた口調で言う。
「わ、私は、この程度のことなら、心配ないって思ってたから」
「そうです。幽霊なんていないんですから、心配無用」
 江川が余計な口を挟む。気分が壊れるから、黙ってろってんだ。
 そういう文句を言ってやろうとするが、その前に、浩二が効果的な一言を発
した。
「よく言うよ。待ってる間、ずっと震えていたじゃないかぁ」
「あ、あれは寒かったから」
 江川の言い訳を聞く耳持たず、浩二は姉貴を追っかけて、「お姉ちゃーん」
と叫びながら走り出した。
「あ、待て」
 宙に浮かした腕をどうしようか困惑してる感じの江川を、僕と敬介はにやに
やと眺めてやった。
「−−日差しがないから、肌寒いんです」
 江川が、今度は僕達に対して抗弁を始めたが、そんなもの、無視するに限る。
榊原を入れて三人で、逃げるように駆け出した。
「待ってくださいよー」
 情けない声が聞こえてきて、僕らはまた笑った。

−−続く




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