#4206/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/11/28 14:33 (197)
お題もどき>幽霊>境界線を越えるとき 1 永山
★内容
五年一組の教室内は授業中にも関わらず、ざわざわしていた。ときに、笑い
声の花まで咲く。でも、岸田先生は特に注意をする様子もない。
それも当然。クラスが五人ずつの班に分かれて、学級新聞を作ることに決ま
った。今の時間は、その中身の相談をしているのだ。
「幽霊屋敷?」
僕の言葉に反応した四人の声は、見事に揃っていた。しかし、それじゃあ、
よその班に聞かれてしまう。
「しーっ! 声がでかいよ」
立てた右手の人差し指を口元に当て、そう言った僕自身の声も、かなり大き
かった。ごまかすための咳払いをして、話を続ける。できる限り声を潜めて。
「やっぱり。誰も知らないみたいだな。いいか、特ダネかもしれないんだから、
絶対に秘密だぞ」
「秘密にするのはいいけれど、なあ」
都築敬介が、はっきりしない言い方で、僕をちらっと見た。そして次に、隣
の江川俊太郎へ目を移す。
「幽霊なんて、いる訳ありませんよ」
マッシュルームカットにした髪を揺すって、いつも通り、馬鹿みたいに丁寧
な言い方をした江川。ちょっと落ち窪んだ目で、僕を疑わしそうに見つめてく
る。気に入らない。向こうも僕を気に入らないと思っているだろうけど。
「俺だって、いるって言ったんじゃないさ。いるかどうか、調べてみようって
ことだ」
「幽霊はいません。調べるまでもなく、それが真実です。つまり、東山君がや
ろうとしていることは無駄です」
僕は思わず、頭をかきむしった。
「面白くねえこと言うなよなあ」
「まあ待てよ、昭雄」
敬介が下の名前で僕を呼ぶ。当然のように、僕も敬介を下の名前で。
「何だよ、敬介。こいつの味方するんなら、おまえでも遠慮しないぞ」
「そうじゃない」
苦笑する敬介は、いちいち様になっている。僕ら五班の中の女子二人−−榊原
友恵と守中良子も、ほら、楽しそうに敬介を見ている……ような気がする。
「昭雄のさっきの言い方がまずいんだ。幽霊屋敷に関する噂の真相を探ろう、
とこう言えば、突っ込まれずに済んだんだ。な、江川?」
「ぼ、僕は別に。何と言われても、幽霊はいませんから」
首をすくめる江川を、守中が指差した。
「あらぁ、江川君。あんた、恐いんじゃないの? 何だかんだ理屈をこねてる
けれど、本当はびびってるんだ」
守中の口が、意地悪く横に広がる。こいつからは、女子らしさってものが、
全然感じられない。
「じょ、冗談言わないでくださいよ。恐くなんかありません。無駄を省きたい
だけなんです」
江川の抗弁に、守中は「へえ、そうかしら?」と、両腕を頭の後ろに組み、
からかうような眼差しを作っている。
「榊原さん、何か意見ある?」
敬介が話を向けると、それまで静かに笑っていた榊原が、長い髪を軽くなで
上げ、「そうねえ」と始めた。
「天神森の奥に古くて大きなお屋敷があるっていう話は、聞いたことがあるわ」
「だろ?」
僕は必死になって、同意を求めた。
僕の出した案が認められるかどうかの瀬戸際だからではない。いいや、それ
もあるけれど、それ以上に、榊原に味方になってほしい。極端なことを言えば、
榊原が幽霊を否定するのなら、僕も否定に回るってことさ。
「でもね、幽霊が出たなんていう話は、耳にしないわ。おばあちゃんにこの辺
りの昔の話を聞くことあるんだけれど、そういう幽霊話はなかった」
「じゃあ、榊原さんも反対……」
僕の声は小さくなっていた。
ところが、続いて出た彼女の返事に、息を吹き返す。
「ううん。面白そう。はっきりしないことは、はっきりさせる。それだけで記
事になると思う」
「よしっ」
僕はガッツポーズを作り、他の三人を見た。さあ、どうする?
「僕も基本的に賛成」
敬介が言った。やった。これですでに過半数を確保したぞ。
「私は、どっちでもいいんだけど。まあ、面白そうだからいいかな」
守中が、全然興味なさそうな顔で言う。どうも、何を考えてんだか分からな
いところがある。ま、知りたいとも思わないけど。
「江川。あとはおまえだけだぞ」
僕は江川に詰め寄った。何も、ここまで大げさにすることないんだけど、江
川相手だと張り合ってしまう。だいたい、今の班分けが決まったとき、「げ、
何でこいつなんかと」と思ったもんだ。でもまあ、思ってたよりは楽しい学校
生活になってるけど。
「多数決は民主主義の基本です」
また訳の分からないことを、澄まして言いやがる。
「だから、従いますよ。ただし、幽霊はいないという僕の主張は曲げられませ
ん。それは理解しておいてください」
「分かってるよっ。ようし、じゃあ、決まり。幽霊屋敷の探索がトップ記事!」
僕が気負い込んで言うと、四人の視線が集まった。みんな何故か、非難めい
た目つきだ。……ああ、分かった。
僕の声は、また大きくなりすぎたようだ。
日曜日の朝は、やたらとまぶしかった。
今日、幽霊屋敷の探索をすると決めていたのに、昨日の土曜はつい、夜更か
しをしてしまって、寝不足だ。ゲームをやり過ぎたせいもあって、目が痛い。
「遅い!」
集合場所の公園に着くなり、やけに元気いっぱいの声で、守中にどやされた。
「何だよ。まだ時間、過ぎてないはずだ」
「言い出しっぺが真っ先に来なくて、どうすんのよ」
公園には守中の他、榊原と敬介も来ていた。僕を含めて全員、リュックを背
負っている。探索なんて言っても、一種のピクニックだ。向こうで昼御飯を食
べて、時間が余れば適当に遊んで帰ることになるだろう。
もっとも、天神森は広くて、昼間でも暗い場所さえたくさんある。そんなと
ころに僕らだけで行くと言えば、お母さんやお父さんは危ないからと、許して
くれるはずがない。天神森なんて、全然恐くないのに。
だから、みんなで口裏を合わせて、天神森とは正反対の、見晴らし山にみん
なで行くということにした。
「あとは江川だけだな」
公園にある時計を敬介が見上げた。もうすぐ、約束した九時半になる。
そのとき、江川の声が届いた。
「おはよう。みんな、早すぎるよ」
腕時計をわざとらしくかざしながら、江川は笑った。
「おまえなあ……」
絶句してしまいそうになる。江川の格好を見たからだ。
僕はTシャツに紺のトレパン。敬介も似た感じだ。女子の方は、榊原はブラ
ウスの上から厚手のチョッキを羽織り、クリーム色のキュロットスカート−−
って言うんだっけ?−−に、長いハイソックスをきちっと履いている。守中は、
長袖の凝ったデザインのシャツに青いジーパン。靴は全員、運動靴だ。とにか
くみんな、それなりに動きやすい格好をしている。
それなのに、江川と来たら、とてもじゃないけど、森の中を行こうという物
じゃない。いい布で仕立てたのが一目瞭然の、チェック柄の上下だ。靴も、何
だか光ってるぞ。
最悪なのは、江川が眼鏡をしていないことだ。つまり。
「江川君、コンタクトをしたままなの?」
榊原が、気遣う口調で尋ねる。ふん、江川なんかにもったいない言葉だ。
「うん」
江川が何の悪気もないような表情で、こくっとうなずくもんだから、呆れて
しまう。
「森の中で落としたら、どうするつもり? 探したって、きっと見つからない
わ」
そこまで言われて、初めて気付きやがった。
「ちょ、ちょっとだけ待っててください。眼鏡、取りに帰って来るから……」
そう言い置くと、荷物を背負ったまま、江川は駆け出していった。どこまで
も抜けている奴。
「三十分遅れだな、これは」
敬介もまた呆れたように言って、公園のベンチに腰を下ろした。皆、それに
倣う。
「昭雄、誰から幽霊屋敷の噂を聞いた?」
「沼沢から。三組の」
敬介の質問に、僕は四年のとき同じクラスだった友達の名を挙げた。
「沼沢が見たのかな、幽霊を?」
「違うよ。沼沢も話を聞いただけだって」
「誰から?」
「えっと、横井って言ってた」
「じゃあ、横井が本当に見た?」
「さあ? 知らない」
僕と敬介のやり取りを聞いていた女子二人が、くすくす笑い出す。守中なん
て、すぐに、腹を抱えて笑うようになった。
「何だよ。何がおかしいんだよ」
「−−あははははは。だって、いい加減だもん。あやふやな話を、何の下調べ
もなしに、いきなり確認しに行くんだから」
「悪いか。手っ取り早いのが好きなんだよ、俺は」
「反対してるんじゃないわよ。私も面倒なのは嫌いだしね」
そう言って、守中は榊原に目配せをした。今度は榊原が口を開く。
「凄く、東山君らしいと思う。だけど、都築君とは正反対のやり方だなって…
…それがおかしくて」
「正反対? そうかな?」
僕は敬介の顔を見た。これだけ気が合ってるのに、正反対と言われる意味が
分からない。
しかし敬介は、認めるようにうなずいた。
「正反対と言えないこともないよな。僕は元々、調べられるだけ調べてから、
確かめようと考えてたんだけど……東山クンたら、せっかちで強引なんだから」
冗談口調になった敬介が、こっちを肘で小突いてくる。
「や、やめろよ、その気色悪い喋り方」
僕がやり返そうとしたところへ、はあはあと息を切らす声と足音が。
江川が戻って来たかと思ったら、違った。公園の出入り口を振り返ると、そ
こには小柄でやせっぽちの男の子が立っていた。間違いなく、僕らよりも年下
−−と言うのも、僕らはそいつのことを知っているのだ。
「浩二!」
守中が立ち上がり、怒鳴りつけるように言った。
「あんた、何しに来たのよ?」
「お姉ちゃん、僕も行く」
男の子−−守中浩二は、自分の身体よりも大きいんじゃないかと思えるほど
のリュックを背負い、汗を浮かべた顔で笑った。半ズボンから覗く膝小僧が、
やけに白っぽい。
守中はつかつかと歩み寄ると、姉貴面して説教する。
「だめって言ったでしょうが。あんたには十年早いっ」
「お姉ちゃん十一歳で、僕九歳だよ。二年じゃないの?」
「そういうことじゃなくって」
いきなり予想外の反撃を食らって、守中は疲れたようにため息をついた。気
を取り直したように顔を上げると、表情をきつくする。
「とにかく! あんたみたいな弱っちいのが来たら、足手まといなの。天神森
は、危ないんだから」
都合のいい理屈を言うが、口では、浩二もなかなかしぶとかった。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんだけなら僕も心配だけど、他に榊原のおねえさんや、
昭雄にいちゃん、敬にいちゃんがいるんだから」
「あ、あんたねえ」
姉弟の漫才のような言い合いに、榊原がまたくすくす笑い始めた。
「いいんじゃない、連れてってあげても? 大勢の方がにぎやかで、楽しくな
るわ」
「榊原おねえさんも、そう思うよね、ね」
「友恵ちゃん、弟を甘やかさないでよ」
二人同時に言う。やかましいったらない。
「都築君はどう思う? だめ?」
榊原が僕らの方へ小首を傾げる。きれいな髪がさらさら揺れた。
「いや、いいけど。一人ぐらい増えても、面倒見られるよ、多分」
「東山君は?」
「あ、ああ。いいよ。どうせ、今から追い返しても、親に言い付けるつもりな
んだろ、浩二?」
慣れ親しんだ調子で、僕は浩二に聞いてやった。予想通り、嬉々とした態度
でうなずきが返って来た。
「連れてかないと、お母さんに言うよ、お姉ちゃん?」
「わ……分かった。連れて行く。ただし、あんた、勝手なことしちゃだめよ。
迷惑をかけるようだったら、その場でロープで木にくくりつけて、帰りまで放
って置くから」
守中が言うと本気に聞こえるから、恐いと思う。実際、浩二の全身が震えた
みたいだ。
−−続く