#4188/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 13:14 (200)
紅の鋼騎兵(19) 赤木 錠
★内容
ハッサンの顔から笑みが消え、アミーナを見おろした。
無骨な顔がいたわるような視線をなげかけ――そして、小柄な少女のからだをい
きなり抱きしめた。
息がつまるほどの抱擁だった。
アミーナは、われをわすれて顔をうずめた。
熱い体温に狂おしくつつまれた。
意識から巨獣への恐怖が遠のいていく。
そのまま、時間が静止したような感覚が流れこんできた。
絶望的な状況下にもかかわらず、あふれるような安心感が胸の奥底からつぎつぎ
にわきだしてくる。
もうだいじょうぶだ。
そして――このまま死んでもいい。
と――あい矛盾する言葉が交互に胸の内部でおどり狂っていた。
そのふたつを統合しているのは――あふれるような至福感。
子どものようにその華奢な全身を相手にまかせきって、アミーナ姫はつきせぬ幸
福感に酔いしれていたのであった。
そしてとうとつに、その至福感におわりがおとずれる。
「お、おい、姫よう」
いいながらとつぜん、ハッサンが姫君の両肩をぐいとつかんで、乱暴にゆさぶり
はじめたのだ。
「ちょ、ちょ、ちょっとハッサン」いきなりのゆさぶりに目をまわしながら姫はい
った。「なんだというのです? そんなにゆすらないで」
「ああ、すまねえ」あわててハッサンは両肩から手をはなし、「だけど、見ろよ!
おれたちゃ、どうやらお目こぼしいただけたみたいだぜ」
嬉々としながら前方を指さした。
ふらふらしながらアミーナもふりかえり――
巨獣が、その巨大な背中をむけて遠ざかりつつある光景を目撃した。
「な? 見ろよ。おまえさんのいうとおりだったぜ。やっぱり、敵対行為を見せな
い相手には危害を加えねえんだ。ああ、姫さんよう。あんたはおれの命の恩人だぜ。
あんたがいなけりゃ、やつらとおなじくおれだって絶対に攻撃を加えてたはずだか
らな」
いいながら荒っぽくアミーナの背中をつかんで前後にゆすりつづける。
その乱暴な動作に、どことない心地よさをおぼえながらアミーナは、ぼうぜんと
した視線を去りつつある巨獣の背中にむけていた。
その視線がふいに――いぶかしげに見はられる。
お? と、ハッサンもまた、姫君の背中に手をかけた姿勢のまま首をつきだした。
ぎり、ときしみ音をたてながら、再度、巨竜の視線が背後にむけられたからだっ
た。
青白く燃えさかるその両の目は――ハッサンとアミーナをとおりこして、さらに
背後の闇へとむけられていた。
そしてその闇の奥から――暗黒にしずむ平和な地下迷宮を理不尽にふるわせる、
獰猛な異音がおどり出てきた。
エンジン音。そして、バール・システムの駆動音。
またたくまに近づいてきたその轟音を追うようにして、後方の曲がり角から異様
な黒影が出現した。
長方形の、まがまがしい漆黒にぬりこめられた巨大な箱。威嚇する野獣の角のよ
うに、大小いくつもの不気味な砲塔がその表面に不規則につきだしている。
ハッサンとアミーナははじめて目にする、エアガレーの威容であった。
曲がり角を曲がって寸時進行し、強力なフロントライトに照らしだされた前方に
異様な怪物の姿を発見したためかふいに停止する。
つづいて、二機、三機と、おなじ機体が矢つぎ早に出現した。最初の機体により
そうようにして、やはり静止する。
その静止に対して入れかわりのように、ずずず、と四周を激烈にふるわせながら、
怪竜がその巨体をふたたび重々しく前進させた。
ハッサンとアミーナを横目に、そのながい首をつきだして光る双眸を、理不尽な
侵入者にじろりとすえる。
そしてふたたび、咆哮した。
びりびりと周囲が震動する。
すさまじい咆哮であった。
その咆哮におそれをなしたか――先頭のエアガレーの、砲塔のひとつが真白い燐
光をはなちはじめた。
「やばい、伏せろ!」
叫びざま、ハッサンはその巨体でのしかかるようにしてアミーナ姫を地におした
おす。
それが合図ででもあったかのように――砲塔が白熱する光の球を吐きだした。
闇を裂いて飛来した光子弾が、巨獣の腹部に炸裂する。
閃光に、ハッサンもアミーナもかたく目をとじた。
その耳に、苦悶の悲鳴とも、怒りの轟声ともとれぬおそるべき大音声がひびきわ
たった。
巨竜の咆哮であった。
それをおさえこむかのように、つづけざまに放出された光子弾が、巨竜の首のあ
たりではじけとぶ。
化物の咆哮がふいにとぎれ――
顔をあげたハッサンとアミーナの頭上で、裂けるほど大きく口をひらいた巨獣の
のどの奥が――異様な光を発していた。
何かをためるようにして後方にひかれていた巨竜の首が――
つぎの瞬間、ぎぎ、と音をあげながら前方にむけて一直線にのばされた。
そして怪物の口もとから――戦艦の大口径砲が放出するような、信じられぬほど
巨大なエネルギー束が噴きだしてくるのを、ふたりはぼうぜんと目撃していた。
白熱の光条は巨大な嵐のように、一瞬にして前方に停車した三台のエアガレーを
のみこみ――
ふいにとぎれた。
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衝撃とまばゆさに翻弄されたふたりの視界が、ながい時間を経過してようやくの
ことで回復したとき――そこには異様なふたつの光景がひろがっていた。
ひとつは――溶けただれたバターのかたまりのような、不気味な残骸をさらした、
エアガレーのかわりはてた姿。
あの一瞬の光条の照射で、搭乗していた人間ごと完膚なきまでに、溶解させられ
てしまったらしい。
想像力を根こそぎうばってしまうほどの、狂気じみた威力であった。
しかも不気味なことに、おなじ攻撃の照射をうけたはずの背後の黒い壁は、焼け
こげひとつ残さぬまま、それまでとまったくおなじようにそこにそそり立ったまま
なのだ。
ぞっと背筋をふるわせながらふたりは顔を見あわせ――
そして、もうひとつの異変に気がついた。
光子弾の直撃をうけてやはりダメージをうけたのだろう。
そのながい首をがっくりと床上にたれてたおれ伏した巨竜の、黒い巨体からつき
でたいくつもの突起。
その無数の突起うちのひとつが、どくんどくんと心臓が波打つようにふるえなが
ら、青白い光の明滅をはなちはじめていたのである。
「なんだこりゃあ」
つぶやいたハッサンの眼前に、そのときふいに、半透明の蝶のようなものがおど
りでてきた。
ふたりをここまで先導してきた“案内者”である。
それは、まるでたたずむふたりにむけて必死に何かを警告でもするかのように、
せわしなくその羽をばたつかせながらめまぐるしく上下左右に飛びはねていた。
そのむこうで、無惨な傷口をさらす首すじから不気味な粘液をどろどろと噴出さ
せながら巨竜までもが、よろよろと力なくその頭をもたげて――アミーナとハッサ
ンにその顔をむけたのである。
燐光をはなつ両の目が、意味ありげにふたりを見つめる。
「……どうしたんだ?」
不気味そうにハッサンがつぶやき、
「……傷ついて、力つきて……」アミーナ姫は、かすれた声でおそるべき言葉を口
にした。「最後の武器を発動させようとしているのかもしれません……」
「最後の武器?」
すっとんきょうにききかえすハッサンをふりかえり、姫君は、はい、と大きくう
なずいた。
「前におまえに説明しかけたことがあるのですけれど――ラルシザーク文明の地下
迷宮にふみこんだ調査隊のなかには、行方不明になったもののほかにもうひとつの
悲劇に見まわれた者たちがあったんです。それは――」
「それは?」
とききかえしながらハッサンはごくりとのどをならす。
そのとき、かたわらでびくびくとふるえる巨竜の突起の、べつのひとつが、最初
のそれとまったくおなじように、びくびくとふるえながら点滅を開始した。
と同時に、飛びはねる“案内者”のあわてぶりが、それを見ていっそうはげしく
なったように思えた。
ぎょっとハッサンは目をむく。
アミーナもまた不安そうに巨竜を見やりながら、さきをつづけた。
「それは、地下大迷宮全域におよぶ巨大な爆発と、遺跡の崩壊でした」
「なんだと……?」
と、ハッサンは目の色をかえた。
あらためて巨竜の背中に視線をむける。
震動しながら明滅する突起は、三つ――いや、四つに増加していた。
見守るうちに、さらにつぎつぎに突起がふるえ、点滅しはじめる。
舞いおどる“案内者”が、督促するようにせわしない動作で、アミーナたちと遺
跡の奥――ふたりがむかっていこうとしていた方向とを、しきりにいきつ戻りつし
はじめる。
まるで、はやくこの場を立ち去れ、とでもいいたいかのように。
「つまりこれは……時限爆弾が作動したって意味なのか?」
「そのように……思えます」
いってアミーナも、ごくりとのどをならした。
「冗談だろ、こうしちゃいられねえ」
叫びざま、ハッサンはアミーナの胴を横抱きにかかえ、一目散に走りはじめた。
背後にむけたアミーナの視線のさきで、巨竜の青白く光る眼がかすかにうなずい
てみせたような気がした。
せわしなくその透明の羽をふるわせて飛翔する“案内者”を追って、ハッサンは
無我夢中で走りつづけた。
が――ふいに、立ちどまった。
「どうしたのですか?」
横抱きにかかえられたままのきゅうくつなかっこうでアミーナは、背中ごしにハ
ッサンを見あげた。
大男は、ぼうぜんとした顔をして立ちつくしている。
その、惚けたような視線のさきを追って――アミーナは、あっと声をあげた。
あわててハッサンの腕をすりぬけ、走りよる。
力つきたかのように、床上に落ちた半透明の蝶にむかって。
“案内者”はまるで、断末魔に苦しんででもいるかのように、ぴくぴくとその羽を
ふるわせながら伏していた。
アミーナがおもわず手をのばしかけると、ふれた部分が結晶のような粉と化して
くずれ落ちた。
「あっ」
叫びながら、あわてて手をひく。
そしてなすすべもなく見守るうちに、蝶はついにぐったりとうごかなくなった。
端から、粉となってくずれ落ちていく。
寿命がつきたのか、それとも、巨竜の死と連動でもしているのか。
いずれにせよ、アミーナとハッサンは“案内者”をうしなって立ちつくすことと
なってしまったわけである。
無言で見おろしていたハッサンが、やがてぽつりとつぶやいた。
「これまで……ってこと、らしいな」
アミーナは、はじかれたようにハッサンをふりむき――
泣きながら抱きついた。
大男も、目を伏せてそっと小柄なからだを抱きかえす。
「もっと、抱きしめなさい!」声をあげて泣きながら、アミーナが叫んだ。「もっ
と、力いっぱい!」
「バカ」ささやくようにハッサンがこたえる。「おれが力いっぱい抱きしめたら、
姫さんなんざばらばらになっちまうよ」
「それでいいのです。ばらばらになってしまうくらい、わたくしを抱きしめなさい」
叫びながら姫は、言葉どおり力いっぱい、ハッサンの巨体に抱きついてきた。
「おまえを愛しています」
そしていった。
「おまえを愛しています、ハッサン」
くりかえした。
ぼうぜんとハッサンは目をむいて少女を見おろし――
やがて、力をこめて小柄なからだを抱きかえした。
力をこめて――やさしく。
そして、その可憐な耳もとに、ささやくようにしていった。
「おれも……あんたのことが好きだぜ。……姫さんよ……」
アミーナ姫が、はっと顔をあげた。
てれたようにハッサンは後頭部をぽりぽりとかきながらも、今度はその視線をは
ずさなかった。
見つめあい――
やがて、少女は静かに目をとじた。
「ハッサン」
かすれた声で、静かに呼びかける。
ごくりとのどを鳴らしてハッサンは少女を見つめた。
可憐な美貌が、目をとじてこころもちくちびるをつきだしながら、つまさき立ち
で背のびをしたままじっと待っていた。
あふれるほどのいとおしさが、胸の奥底からわきあがる。