AWC そばにいるだけで 16−7   寺嶋公香


        
#4165/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/10/31  17: 4  (197)
そばにいるだけで 16−7   寺嶋公香
★内容
「どうしてですか」
 立ち尽くす純子本人に代わって、母が聞いてくれた。
 父は威厳を示すためか、わざとらしい咳払いのあと、腹を突き出すようにし
て背筋を伸ばした。
「ご近所にみっともないじゃないか。顔を知られるなんて、ろくなことになら
ないぞ」
 口から出て来たのは、かわいげのある感情論だった。
「ファッション誌に載ったのは、どうなんです? あなたも許可したじゃない
ですか」
「あれは……おまえと純子が勝手にやって、そのあとで頼んできたから仕方な
くだな」
「あら。喜んでましたよ、お父さんも」
 口ごもった父を見て、少し吹き出しそうになるのと同時に、かわいそうに感
じた純子。
 と、純子の表情の変化に気付いたらしい父親は、ターゲットを絞ってきた。
「純子。おまえはまだ中学生だ。中学生としてやるべきことがあるだろう。そ
れをきちんとして−−」
「純子はちゃんとやってます」
 母は完全に純子の味方だ。
「成績が落ちたなんてことはないし、お友達もたくさんいます。そうだと思わ
ないんですか、あなたは」
「そりゃ……分かった、ちゃんとやってる。認めよう」
 簡単に白旗を掲げた父は別の理由を求めているらしく、上目遣いになって天
井をにらんでいる。手も自然と腕組みの形に。
「−−うむ。どんなコマーシャルなんだ。場合によっては」
「それが、まだ分からないの」
「はあ? 何だって」
 純子の返答に、力が抜けたように首を前にし、怪訝な表情をなす父親。
「何も分からない内から……」
「ううん。清涼飲料水のコマーシャルなのは決まってるのよ。その中身が分か
らなくて」
「……うーん」
「それにね、まだ言ってなかったけど、本当に出るって決定した訳じゃないん
だから。他にもいっぱい、候補がいてさあ。なのに、お父さんもお母さんも、
どんどん話をしちゃって」
 純子が説明を付け加えると、父は安心したのだろう、目元に笑みを浮かべた。
「何だ、そうなのか。で、選ばれたら、おまえはやる気なのかい、純子?」
「うん……。お父さんがだめだって言うなら、考え直すけど」
 うつ向きがちに言う娘にほだされたか、あるいは大勢の候補から選ばれるは
ずがないと判断したのか、純子の父は物分かりのいい笑顔を作った。
「かまわんよ。やりたいって言うのなら、できるところまでやりなさい」
「ありがとう、お父さん!」
 言って、父の手を取る純子。
 自分自身やってみたい気持ちも膨らみつつあったし、相羽の母に約束した手
前、何もしないで断るのは嫌だった。
「よかったわね」
 台所から戻って来た母が、純子の頭をふんわりと撫でた。

 運動会の翌日、学校は休みだった。
 だから、学校で相羽に返事を伝えようと思っていた純子は、思惑が外れたこ
とになる。
(返事は早い方がいいだろうから……ここは電話ね。これなら昨日の内に電話
しとけばよかった)
 そこまで考えて、電話の前に立ったが、送受器に手を掛けた時点で再び思い
直す。
(かけても、おばさんがおられないんじゃ、意味ないわよね。夜の方がいいか
しら)
 気をもんでいると、電話の呼び出し音が。
 びくっとして、数秒間、思考停止状態に陥ったが、落ち着くと送受器を取り
上げた。
「はい、涼原です」
「−−はーい、元気?」
 町田だった。出たのが純子だと知って、声のトーンを変えたようだ。
「元気だけど。芙美、何かあったの?」
「大した用事でもないわよ。試験勉強、また集まってするんだったら、早めに
決めておきたい思って」
「あ、そっか。中間試験ね」
「運動会が終わった途端で悪いんだけど、あと三週間ほどしかないでしょ」
「芙美の責任じゃあるまいし」
 ひとしきり笑った。それが収まってから、日にちを決めにかかる。と言って
も、候補は最初から土日に限られているのだから、話は早い。すぐにまとまっ
た。
「郁江や久仁香の都合は大丈夫なのかな?」
「問題なし。同じ日で行けるよ。−−話は換わるけど、昨日、相羽君のお母さ
んと何話してたのかなぁ?」
「まさか、見てたのっ? 先に帰ったんじゃあ……」
 送受器を握る手に力を込める純子。
「ちらっとね。帰りしな、相羽君のお母さんが来てるのに気付いたから、何と
なく見てたら、純を呼び止めて話をし始めたから……ああ、これはお仕事の話
だなと思って、その場は遠慮しました」
 あっけらかんとした相手の調子に、純子はどうにか救われた。
「代わりに今、教えてもらおうかな。どんな話だったのよ?」
「……芙美、電話の目的は、それがメインね」
「どっちでもいいじゃない。さあ、吐くんだ」
「世間話をしただけ……と言ったって、信じてくれないだろーなあ?」
「当ったり前。おばさんがわざわざ待っていたんだから、仕事の話なのは確実
だとにらんだわよ」
 町田の鋭さに、純子は背中に冷や汗が浮かぶのを感じる。
(抜け目ないわ。もう、できるだけ正直に話そう)
 そう決心して、切り出し方を考える。
「……ごめん。今度のは、本当に秘密にしとかないと」
「ん? 今までのモデルとは違うの?」
 察してくれたか、町田の口調に、怪訝に思う響きが混じった。
「うん……。それにね、まだ本決まりじゃないのよ。だから言えない」
「なるほど。言い触らしてから、あの話はなくなりましたじゃ、確かに格好悪
いわ」
 電話口でしきりにうなずく町田の姿を、純子は簡単に想像できた。そのため、
思わず微笑んでしまう。
「決まったら、教えて」
「ええ、もちろん」
 友人の気遣いに感謝しながら、純子は返事した。

 十月になるのに合わせて、季節は急速に秋めいてきた。
 先日までの残暑が嘘みたいに、冷え冷えとした朝を迎える。
 そんな月変わりを迎えて三日目。
「どうしたの。呼び出したりなんかして」
 学校が終わって、帰ろうとした純子を、相羽が玄関口で呼び止めた。用事が
あると言うから、人のいない中庭に回る。
 金木犀やポプラなどの木々に囲まれたスペースは、この季節のこの時間帯、
ちょうど日陰になって、涼しいというよりも肌寒いぐらい。
「これ」
 相羽がそう言って差し出してきたのは、ビニールコーティングされた紙の包
みだった。手の平から少し、はみ出す程度の大きさ。かさは割とある。
「何、それ?」
 きょとんとして、包みを指差す純子。視線を紙包みと相羽、双方へ行き来さ
せた。
「その……誕生日、おめでとう」
「−−ええっ? どうして相羽君が私に?」
 純子が聞き返し、相羽が答えようとする。
 が、それよりも早く、純子は答を見つけた。
「あ、なーんだ。おばさんがくださったんだ? そうでしょ?」
「え、えっと……」
 たじろいだ様子の相羽の手からから、紙包みを取り上げる純子。
「わざわざ、ありがとう。今、開けていい?」
「い、いいよ」
 承諾を得、音を立てて袋を開ける。中から出て来たのは、二つの品だった。
洒落たデザインの高価そうなハンカチと、桃色がかったうさぎのぬいぐるみ。
ぬいぐるみの方は、長い耳、くりくりした眼、突き出た前歯二本がデフォルメ
されている。
「わあ、かわいい! ……でも、何で二品?」
「それは、ええっと……僕、母さんに聞かれたんだ」
「何を」
 珍しく歯切れの悪い相羽を、純子は追及する。
 相羽は鼻の頭を二度ほどこすって間を取り、ようやく口を開いた。
「涼原さんが欲しがりそうな物は何かって、聞かれた。僕はよく分からなかっ
たから、その、適当に……ぬいぐるみかアクセサリー辺りじゃないかって答え
たんだ。だから、母さん、その両方を用意したんだと思う……」
「ふうん」
「−−気に入らなかった?」
 不安そうに顔を曇らせる相羽。
 純子は急いで首を横に振った。
「ううん、そんなことない。ぬいぐるみ、好きよ。ハンカチも大切に使わせて
もらうから。おばさんにお礼、言っておいてね。次に会うとき、きちんとお礼
言うつもりだけど」
「言っとく。それから……」
「ん?」
 若干目を見開きながら、純子が聞き返すと、相羽はそれでもしばらく言い淀
んで、やっと口を開く。
「……あの、コマーシャルの話だけど、本当にいいの?」
「? うん。だめでもともとって気分だから。……あなたは反対?」
「もう口出ししないことに決めた……つもりだよ。涼原さん自身がやりたいん
だったら」
「もし、相羽君がお母さんと喧嘩する原因になってるんなら、やめる」
「そんなことないよ。気にしないで。選ばれたら、頑張れ」
「−−うんっ」
 嬉しくなって、笑みで答える純子。
 相羽の方は、そんな純子を見てようやく落ち着いたらしくて、吐息混じりの
笑顔になった。

「何かいいことあったの?」
 帰り着くなり、母親から言われた純子は、鞄を背に回した姿勢のまま問い返
した。
 洗濯物を畳む手を止め、母は純子の鼻の頭辺りを指差す。
「気味悪いくらい、にこにこしちゃってるから」
「そうかなあ? 顔に出てる?」
 前に持って来た片手で、頬を撫でてみる。
「出てる。それで、何があったの」
「えへへ、誕生日プレゼントもらっちゃった」
 得意になって答えた。
「そう。富井さん達から?」
「違うわよ。そりゃあ、郁江達からもカードとかシールとかもらって、『おめ
でとう』って言われたけれど」
「じゃあ、誰?」
「相羽君のお母さんから。ほら」
 後ろに隠していた紙袋をお披露目だ。
 母は小首を傾げてから、袋を手に取る。
「まあ。よかったわね。あとで……」
 中身を覗いた母親の台詞が途切れたので、純子は一緒になって絨毯の上に膝
をついた。
「どういう組み合わせなのかしら、うさぎとハンカチ……」
「あ、それは」
 純子は相羽から聞かされた説明を、そのまま伝える。
 説明が終わると、純子の母は眉間にわずかにしわを寄せた。
「純子はそれを信じたわけね」
「ええ。何か変? 疑るようなところなんて、何にも」
「はいはい。あちらも大変だわ」
 ため息混じりに言って、再び洗濯物の整理に精を出す母親。
「何よ、お母さん。何が大変なの」
「大した話じゃありません。−−暇だったら、手伝って」
 タオルやら靴下やらを一握り、差し出された純子は、大慌てで手を振った。
「暇じゃないもん! 宿題あるし、テストも近いし。だいたい、誕生日ぐらい、
いいじゃない」
「そうね。だったら、お夕飯まで頑張りなさい。ごちそうを作って上げるから」
 何だか話が逸れたままのような気もしたが、純子は楽しい誕生日を送りたい
一心で、自分の部屋へ直行した。

−−『そばにいるだけで 16』おわり




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