#4148/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/10/ 6 21:25 (200)
そばにいるだけで 15−5(訂正版) 寺嶋公香
★内容
そんな気持ちから、純子は早速、挙手。
見れば、男女合わせて十余名が手を挙げていた。
「黒板に名前を書いてもらったら、手を降ろしていいよ」
そう言う立島自身も、百メートル走を希望している。
その後も似たような調子で進行。運動が得意な子は百メートル走とリレーへ、
苦手な子はむかで競走とけんけん競走もしくは大玉転がしに集まる傾向が、は
っきりと現れた。当然と言えば当然だが、ジェスチャーレースを希望する者は
いない。女子はもちろん、男子だってたとえやりたくても、恥ずかしくて言い
出せないに違いない。
「全員、どれかを希望してる」
黒板にある名前を確認してから、立島に告げる前田。
「人数オーバーしてるのは、男女の百メートル走と男子のリレーよ。あとはそ
のまま決定ね」
「じゃあ、人数が多い種目は、それぞれ集まって……相談で決まるとは思えな
いから、ジャンケンか何かで決めていくことにしよう」
立島の言葉に従い、純子も席を立った。
女子で百メートル走を希望するのは六名。二人があぶれることになる。
(……待ってよ。ひょっとして、百メートル走からはみ出ちゃったら、空いて
いる競技は)
前に向かいながら、黒板を見る純子。焦りの色が浮かんだ。
(むかで競走かジェスチャーレースしかないじゃないの!)
状況はすでに切羽詰まっているんだと、今さらながら気が付いた。
「どうする? ジャンケンでいい?」
希望者の一人、峰岸が言う。
同じく希望者の町田が、早くも握り拳を作って応じた。
「いいんじゃない? 手っ取り早くて」
「タイムで決めるという手も、あることはあるけど」
「だけど、早い順に出られる人を決めるのって、面白くない」
みんなの話に、純子も加わる。
「これに出られなくなると、むかで競走かジェスチャーよ? 一応、慎重にな
った方が……」
純子が言って、初めて他の者も気付いたらしく、顔を見合わせ、真面目くさ
った表情で考え込む様子。
「ジャンケン一発勝負は、確かに恐いわね」
握り拳を解いた町田。
「でも、くじ引きにしたって、何にしたって、運に頼るのは一緒よ」
「そ、それは分かってるけど」
口ごもる純子。
(私って、どうでもいいときはジャンケン強いけど、こういうのって意外と弱
いから。−−いけない、いけない)
慌てて首を振る純子。
(弱気になったら、ますますそうなりそう。勝つんだと思わなくちゃ)
決定方法は、ジャンケンで落ち着いた。
「どうせなら、最初に負けた人がジェスチャーレースに決定ってことでいいん
じゃない?」
勝負寸前になって、町田が提案してきた。
「そうね、あとでもう一回、二人でやり直すより」
「二人同時に負けたときだけ、もう一回すればいいのよ」
なし崩し的に、町田提案の採用も決まった。
「じゃ、行くよ。−−ジャン、ケン、ポン」
最初の脱落者は、一回目で決まった。
席に戻った純子は、頭を抱えた。
「頑張ってねー、涼原さん」
後ろの席の唐沢が、陽気な調子で声を掛けてくる。
「えーん。ちょっとはなぐさめてよー」
悔しくて、泣き真似をしながら振り返った。だが、唐沢は笑うばかり。
「涼原さんがジェスチャーレースなら、俺、やってもよかったなあ。なんちゃ
ってね」
「もう……」
あきらめて前に向き直る純子。両腕を枕に、机に突っ伏した。
「男子は、誰がなるかな」
激戦?を勝ち抜いて百メートル出場権を獲得した唐沢が、手でひさしを作っ
て前を見る。その他の三人は、立島、長瀬、清水となかなかのメンバーが揃っ
た。
何故だか知らないが、リレーの方がなかなか決着しないらしい。六人が何度
も「あいこでしょ」を繰り返している。
が、その三回あとに、ついにけりが着いた。こぼれ落ちた二人の内、一人は
相羽だった。
そこへ百メートル走に落選した三人が加わる。
(……どうせ恥ずかしい思いをするんだったら)
五人の顔ぶれをぼーっと見ながら、純子はふっと考える。
(あいつがいい……かもね?)
焦点を合わせた先は、相羽。
(これまで、あいつには散々、恥ずかしいところを見られたし……。もう、ど
うでもいいんだけど)
はあとため息をついて、右手の人差し指で、机の表面に文字をかたどる純子。
指の動きが、ともすれば、単なる円や渦巻きになった。
そのとき、不意に声がとどろいた。
「よっしゃ!」
最後の二人に残ってしまった相羽は、ガッツポーズを作る相手の前で、天井
を仰ぎ見ていた。
純子の土壇場での希望は聞き届けられたようだった。それが積極的な願いだ
ったかかどうかは別として。
「はぁ」
おかずを届けに行く道中、何度もため息をついた純子だった。
(『頑張ろう』って言われてもね、ああいう競技だと、『うん、そうね』なん
て答えにくいじゃないの)
これから行く先にいる相手を思い浮かべ、ぶつぶつ文句を脳裏に唱える。
(そりゃあ、決まったからには一生懸命やるけどさ)
ナップサックを胸に抱き、昨日と同様、エレベータに乗って、五階を目指す。
(置いたら、すぐ帰ろう)
心に決めて、箱から降りる。
部屋の前まで来て、呼び鈴のボタンを押し込む。反応があるまで、しばらく
間があった。
もう一度押そうと、手をぴくりと動かしたとき、ドアが開いた。
「お待たせ−−あ、涼原さん。待たせてごめん」
「遅い。トイレにでも行ってたの」
別に文句を言うほどの時間を待たされたわけじゃない。でも、あまりにも素
直に謝ってきたので、かえって言いたくなってしまった。
「違う違う。電話に出てたんだ」
「あ、そうなの? だったら、早く戻って」
「いいんだ、もう切ったから」
相羽の視線が、純子の手荷物に向く。
「あ、これ」
取り出そうとすると、相羽の台詞が被さった。
「ちょっと待って。タッパー、取ってくる」
ダッシュで行って、戻って来た。両手には、きれいに洗って乾かしてあった
とおぼしきタッパー。
「朝も言ったけど、おいしかった。ごちそうさま」
空っぽのタッパーとおかずを詰め込んだタッパーを交換する。
「体育があったから、腹ぺこ。昨日以上に、おいしそうに見えるよ」
「うん。それじゃあね」
空のタッパーを仕舞い込み、髪をなで上げながらきびすを返そうとした純子。
そこを呼び止められた。
「あ、あのさ」
「何? 急いでるんだけど」
足を止める純子。
(特に用事はないけれど。運動会のことを思うと、何か顔を合わせるのって嫌
なのよね……)
果たして、相羽は純子の心を読んだかのごとく、その話題を口にした。
「ジェスチャーレースのことなんだ。でも、急いでるんだったらいいや」
「またその話? 学校でいいじゃない」
「……うん」
何故かしばらく考えてから、うなずいた相羽。
その数秒が、純子の気を引いた。
「ジェスチャーレースが何なの?」
「急いでるんだろ。いいよ。届けてくれて、サンキュ−−」
「いいの、大した用じゃないから」
家の中に引っ込もうとした相羽を呼び止め、話を聞き出しにかかる。
「気になるじゃない」
「……簡単に言ったら、ジェスチャーレースで、なるべく早く伝える方法を考
えてみたんだ」
「え−−?」
純子が目を見張ったのに気をよくしたか、相羽はかすかに微笑むと、ウィン
クをした。普段の彼にしては珍しく、明らかに意識しての気取った仕種だった。
いつもより長いホームルームの時間、教室は騒がしさを持続していた。
仮装行列の班分けと、それに続く相談のためである。
「どうして、こういうメンバーになるのよー」
半ば無理矢理引っ張り込まれた純子は、不平を漏らさずにいられない。
九人ずつ四班が作られた。それぞれが別個に、何らかの仮装を行う手順にな
っている。一クラス四班が十クラスある訳で、都合四十の仮装ができあがり。
先生や見に来た父兄達の投票によって、順位を決めようという趣向もある。
「何が気に入らないのかしら」
にやにや笑って、町田。
純子達の班−−三組の三班だから、3−3班と呼ばれる−−のメンバーは、
純子と町田の他、女子は前田に遠野、それに白沼。男子は、立島、相羽、清水、
勝馬。つまり、ほとんどが元の六年二組の顔ぶれで占められているのだ。唯一
違う白沼が加わっているのは、彼女が入りたいと強固に主張したから。
「私と一緒じゃ、嫌かね?」
「そんなことない。けど……ねえ。白沼さん以外は小学校のときと同じってい
うのは、何だか嫌な予感が」
「あら、それ、どういう意味?」
事情を知らない白沼が、興味深げに輪に加わる。
町田は面白がっているのも明白に、嬉々として詳しい説明にかかった。
「ふふん。純は、六年のとき、劇で男役をやったのよ。まあ、それにもちょっ
としたいきさつがあるんだけれど、今は省略。要するに、また仮装で男の格好
をさせられるのを恐がってんのよねえ、純?」
「男役だろうが何だろうが、目立ちたくないよ、もう。劇のときで懲りた」
純子が肩をすくめるのへ、白沼が不思議そうな目を向ける。
「目立てるのって、チャンスだと思うわよ」
「じゃ、じゃあ、白沼さんが仮装の主役してよ」
口を尖らせ、ここぞとばかりに言ったが、白沼は簡単には首を縦に振らない。
「そうねえ、どんな仮装なのかにもよるわ。何かアイディア、あるのかしら」
班のみんなを見渡す白沼。
清水が真っ先に応じた。顔がにやついている。
「何でもいいけど、主役は男にしようぜ。それを、女子の誰かがやる」
「まだそんなこと言う!」
先頭を切って反対するのは、もちろん純子。
「絶対に反対! もしそうなっても、私はやらないから」
「女が男役をやったら、面白いと思うけどな。なあ」
「ああ」
清水が同意を求めると、勝馬だけうなずいた。残る面々は、どちらとも決め
かねている様子。
「私はそれでもかまわないけど」
町田が口を開いた。慌てて顔を見やる純子。
(芙美ーっ、何考えてんのよ?)
純子の焦りを知ってか知らずか、町田はそのまま続ける。
「ただし、私達が男役をやるんだったら、そっちはみんな、女の格好をしても
らおうかしらね」
「いっ?」
調子に乗っていた清水が、言葉に詰まる。
「な、何で、俺達が」
「あら? 嫌だって言うの? そんな不公平って、ないわよねえ」
「そうよ。自分達だけ、面白がろうなんて、ずるいわよ」
町田に続き、前田も攻撃を開始。
こうなると形勢逆転。遠野は大人しいから何も言わずに見守っているが、純
子と白沼も男子達に女役をやるよう求め始めた。
「完全に逆にするなら、やってもいいわよ」
「そうそう。どうせなら、スカート、はいてもらいたいわね。頭にはリボンを
着けて、胸はリンゴでも何でも」
「清水、こっちの負けだぜ、これは」
立島が後ろから声をかけると、清水はあきらめた風に肩を落とした。
「女役なんか、やりたくねー。まともに行こうぜ」
「最初からそう言えばいいのよ」
ようやく基本的な方針が決まって、具体的に何をするかに議題は移る。
−−つづく