#4145/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 9/30 16:42 (150)
(2/2) 手 常
★内容
ごくっという音がした。牛島が喉を鳴らしたみたいだ。
「何してんの! 早くして」
横谷さんが、長い髪の毛越しに、僕達に目を向けるのが分かった。
すぐには気付かなかったが、やがて、僕ら三人の顔つきから、どこがどうな
っているのか、思い当たったらしい。
「きゃあ! な、何、じっと見てるのよ! いやらしいっ」
誰も答えなかった。ただただ、口元に笑みが、勝手に浮かぶ。
「もう! いい加減にして! 早くしないと、怒るわよ!」
横谷さんの早口は、どれくらい続いていたのだろう。
一番最初に我に返った……と言うか、罪悪感を覚えたと言うか、とにかく、
真っ先に彼女の言葉に反応したのは、僕だった。
「あ、ご、ごめん。その、つ、つぃ……」
「いいからっ。早く、起こして!」
僕はどこを向いていいやら分からなくて、目をおどおどさせながら、手を伸
ばした。
その手を急に掴まれた。かなり力が入ってて、ちっとも動かせないほど。
顔を上げると、志村の仕業だった。
「な、何を。放せよ」
「もうちょっと、いいじゃねえか。なあ?」
薄ら笑いをしながら、志村は僕を立ち上がらせた。
「見たいと思わないか?」
「ぼ、僕は−−。こんなの、だめだっ。やめよう」
「まさか、自分は見てなかったって言うの? へえ、口、ぽかんと開けて、見
取れていたくせに」
指差されて、僕は思わず、口に手をやった。自分の間抜け面が、思い浮かん
だからだ。
下で、横谷さんがわめいていたが、内容はよく聞き取れなくなっていた。
僕らは三人で、相談を始める。
「二人とも、正直に言うんだぞ」
口火を切ったのは、志村。
「坂川、牛島。おまえら、横谷さんの……裸、見たくねえか?」
「は、は、裸っ?」
僕はどもりながら反応し、牛島の方は目をいっぱいに見開いて、また喉を鳴
らした。
志村は口に人差し指を当て、しかめっ面になる。
「馬鹿。声、小さくしろよ。どうなんだよ」
「それは……」
僕は、横谷さんの方をちらりと見た。今の彼女は、僕らが見ていないことで
ひとまずほっとしたのか、ぶつぶつ言ってるけれども、さっきよりは静かにな
っていた。
「じゃあ、クラスの女子で、一番好きなの、言ってみろよ。俺は横谷だ」
志村は、横谷さんを呼び捨てにした。
「な、何でそんなこと、言わなきゃ」
顔を赤くしながら、牛島が聞き返す。
「いいから、言えって。どうせ俺と同じだろ?」
志村の囁きに、僕と牛島は顔を見合わせ、それからゆっくり、同時にうなず
いた。
志村もまた、満足したように首を縦に振る。
「決まってるよな。横谷以外、うちの女子は大したことないもんな」
そう言うよりも、横谷さんが飛び抜けて美人で、他の女子は損をしているの
だと僕は思ったが、口に出しはしない。それよりも、志村の話の続きの方が、
重要だ。
「このままじゃ、あとで言い付けられる。だから、黙らせるために」
声を潜める志村。聞き耳を立てた僕に、視線を合わせてきた。
「カメラ、持って来いよ」
「カメラって……」
「ないなら、使い捨てのでいいから、買って来るんだ」
僕は、志村が何をやろうとしているのか、すぐに分かった。けれど、そのこ
とを確かめようとは思わない。
「あっ、牛島の店に行くな。他のところだぞ」
牛島のお父さんは、写真店をやっている。そこを避けろということは、やっ
ぱり……。
「う、うん、分かった」
「頼むぜ」
志村に背を押され、僕は再び教室を出た。
戻ってみて、僕は唖然とさせられた。
横谷さんは、すでに椅子から離されていたが、手錠をかけられたまま、床に
転がっていた。その口は、タオル−−さっきまで使っていた黄色いタオルを噛
まされている。
怯えているのか、横谷さんは固まったように動かない。目だけが、じっと僕
らを観察している。
「早かったなあ。カメラ、貸せよ」
僕が何も言わない内に、志村は僕の手から使い捨てカメラを取った。
「あの、なあ、やり過ぎじゃないか」
僕は横谷さんと顔を合わせないようにしながら、志村に囁いた。
「タオルのことか? 静かにしないから、しょうがないだろ。人が来たら、や
ばい」
こともなげに言って、彼は横谷さんに近付く。
「言い付けたかったら、やっていい。でもな、これから、写真撮るから。その
格好の横谷さんの写真。それ、誰かに見られたら、困るよなあ。違うか?」
横谷さんは喋ることができず、うーうーと唸るしかない。
「牛島んち、写真屋だから、現像も秘密にできるんだぜ。だよな?」
「ああ」
抑揚のない調子で答える牛島。
それからあと、教室で起きたことは、わざわざ書くほどのことじゃない。
一つだけ断っておけば、小学生の僕らは−−少なくとも僕は、セックスの具
体的なやり方なんて知らなかったから、そういうことは一切やっていないし、
できなかった。単純に、女の裸に興味があって、横谷さんを脱がせ、じろじろ
眺め回したり、胸やお尻を触ったりした。パンツも脱がせて、股の間を触ると
き、さすがにおっかなびっくりになって、恐る恐る、手が震えた。何よりも、
女の身体って、僕が想像していたのとかなり違っていた。あんなところにああ
いう風に穴があるなんて考えてもいなかったから、気持ち悪くさえなった。
いつの間にか、外は赤くなっていた。
そろそろ用務員が見回りに来るぞという、志村の冷静な言葉に、夢中になっ
ていた僕と牛島は、はっとなった。
さっさと帰り支度をしながら、横谷さんをどうするのかと思った。
志村は、服を脱がされ、壁に寄りかかって嗚咽してる彼女の前に行き、カメ
ラをちらつかせた。横谷さんが下を向いたままだったので、無理に顔を起こし
て、囁く。
「分かってるよな。誰にも言うなよ」
横谷さんは、震えながらうなずいた。
すると志村は僕に向かって、「鍵、投げろよ」と言ってきた。
一瞬、何のことか分からなかったが、手錠の鍵だと察した。急いでズボンの
ポケットに手を突っ込み、鍵を取り出す。投げるとき、自分の手も震えている
のが分かった。
志村は鍵を片手でキャッチ、慣れた動作で横谷さんの手を自由にしてやった。
その途端、横谷さんは口のタオルを取ろうともせず、手に引っかかったまま
の上着や、散乱する下着を拾い集め、教室の隅に走った。
「行こうぜ」
志村は僕ら二人の背中を押して、教室の外に出た。
そのあと、どうなったか。
劇の話は、どうでもいいだろう。僕は私立中学を受けさせてもらえず、横谷
さんは受験して、合格した。
何故、受けさせてもらえなかったのか。
ばれたのだ。
同級生の女子を裸にして、いたずらしたなんて、隠し通せないほどの大事で
あるのは間違いない。内申書の査定もある私立中学受験が、認められずはずも
なく、それどころかお情けのような形で、学区通りの中学に進ませてもらう始
末だった。
それよりも不思議なのは、ばれたのは、僕一人だったと言うこと。
だらしない顔をした僕が、裸の横谷さんに手を出している写真が、何故か先
生の手に入っていた。
僕は無茶苦茶に怒られ、殴られた。教師の暴力は認められていないけれど、
このときばかりは、親まで一緒になって僕を殴ったから、誰も味方してくれな
かった。
殴られる間中、僕はずっと考えていた。
写真を撮ったのは、志村か牛島に間違いないだろう。僕がやっているとこを
撮るのはまあ、許すとしても、どうして外に流れたんだ?
それに、写真には横谷さんの顔もはっきり写っていたから、彼女にも話を聞
いたはずだ。なのに、どうやら横谷さんは僕一人にやられたと言ったみたいだ。
何故、志村や牛島の名前は出さなかったんだ?
そのこともあって、中学に入ってから、志村達とは疎遠になってしまった。
今さら、聞ける雰囲気じゃない。一度だけ、牛島に聞いてみたのだが、はぐら
かされてしまった。あまつさえ、横谷さんにひどいことをした覚えなんか、全
くないと言い切るのだ。こんなんじゃあ、いくら問い詰めたって無駄だ。僕の
手元には、横谷さんの裸を見たのは三人だという証拠は、何一つない。
よく、こんなことを空想する。
横谷さんは、僕を凄く嫌っていたのだ。僕と同じ中学に行きたくなかった。
だけど、僕はそれなりに成績よかったから、このままでは二人とも合格するだ
ろう。かといって、横谷さん自身がわざと落第する訳にもいかない。
そこで考えた。志村と牛島を抱き込んで、芝居を打った。僕一人を、小学生
にあるまじき色欲人間に仕立てるために……。
と、ここまで空想して、いつも馬鹿馬鹿しくなる。
そんなくだらないことのために、裸をさらすはずがない。
僕が好きになった横谷さんが、そんなはずない。
僕はそう信じている。何の根拠もないけれど。
−−幕