AWC そばにいるだけで 15−7   寺嶋公香


        
#4142/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 9/30  16:38  (200)
そばにいるだけで 15−7   寺嶋公香
★内容
 と、いきなり、ドアが開いた。
「−−なんだ、いたのね」
 顔を覗かせた相羽を、純子は非難口調で迎えた。
「早く出てよ。こっちはてくてく歩いてきて、足も腕も疲れてるんだから」
「……ああ」
 相羽は、ワンテンポ遅れたような反応を見せる。目つきは、いつも以上にぼ
んやりしている……と言うよりもむしろ、細く、真剣な光をたたえていた。
「涼原さん、か」
「? 何言ってんの? あらかじめ、言っておいたじゃない。今日もおかず、
届けたげるって」
 床にある鍋を指差しながら、純子は興奮を通り越して、呆れた調子で言った。
「うん。ありがとう」
 ため息混じりの謝礼に、純子は戸惑いを感じてしまう。
(変なの……。一人暮らしも四日目で、寂しくなったのかしら?)
 ともかく、鍋を持ち上げ、相羽に手渡す。
「いい? 手、放すわよ」
「うん」
 相羽はそう返事したものの、どう見ても危なっかしい。折り曲げた指を取っ
手に、単に引っかけただけの持ち方だ。
「ちょっと。おかしいわよ、相羽君?」
「そうかな」
「貸して。私が運んであげるから」
 半ば奪うように鍋を取り返すと、純子は肩を隙間にねじ込む要領で、ドアを
開けた。
 靴を足だけで脱ぎ捨て、上がらせてもらった。
「どこへ置けばいいの?」
「うん……台所」
 そう言いながら、キッチンへ通じるドアを開ける相羽。
「台所は当たり前でしょっ。台所のどこ? コンロの上でいい?」
「うん」
 相羽の声量が、普段に比べて極端に小さかった。
 訝しみつつも、風呂敷を外した鍋を、コンロの上に置く純子。
「まさか、もう温めるなんてことはないわよね?」
「うん」
「……ちょっと」
 生返事を続ける相羽に、純子は詰め寄った。唇を尖らせ、両手は腰の横に。
「相羽君、あんたねえ、おかしいんじゃない?」
「そうかな……そうかも」
 真っ直ぐ見つめ返してきながら、意味不明の答をよこす相羽。
(な、何を言ってんのよ。もう、分かんないっ)
 純子はもはや完全に呆れて、冷やかしでもしなければ、やってられない。
「もしかして、相羽君……寂しいんでしょ?」
「え?」
 台所を出ようとした相羽が、途中で振り返る。
 その目が、見開かれているのがよく分かった。
「おばさんが出張して、四日目だもん。寂しくもなるわよね」
 腕を組んで、うんうんとうなずいてやった。
 すると。
「……そういうんじゃない、よ」
 そしてキッチンを出ると、自分の部屋へ入ろうとする相羽。
 唖然として、一歩出遅れた純子は、急いで追いかけた。
「あ、あの、ちょっと!」
 閉まりきっていない扉に両手の平を当て、押し開ける。
「怒ったの? だったら、謝る。ごめん。冗談のつもりでした」
「用事、終わったんだろ?」
 かすれ声の相羽が言った。
「もう帰ったら?」
「……こんなの、嫌よ」
 冷たい口調にどきりとしながら、何とか言葉を継いだ純子。
 机に片方の肘を突き、向こうを向いて座る相羽。
 その背中に声をかける。
「こんなつまんないことで、喧嘩したくない。私が悪かったんなら、はっきり
言って!」
「言えないよ、そっちは悪くないから」
「嘘。何で不機嫌になるのよ」
「不機嫌なんかじゃ……」
 突然、相羽の言葉が途切れた。
 かと思うと、しゃくりあげるような音がした。
「−−相羽君?」
 相手の名を呼んだきり、純子は口をぽかんと開けてしまった。
 いつの間にか胸の前に持って来ていた両手を、しっかり組む。
 数歩踏み出し、相羽のすぐそばまで来て、立ち止まった。向こうへ回ること
は、できない。
「……どうしたの……?」
 肩に指先で触れてみた。
 相羽が片手を目の辺りに当て、鼻をすするのが分かった。
「泣いてる……の?」
 混乱する頭で、必死に理由を考える。
(何で? どうして泣いてるのよ?)
 そのとき、不意に相羽が振り返った。「泣く」という単語がスイッチだった
かのように。
 席を離れると、純子の真正面に中腰の姿勢のまま、立つ。
 この短い時間に泣きはらした目が、しっかり見えた。
 彼の表情に気を取られていた純子に、相羽の両腕が降りてくる……。
(えっ−−?)
 気が付くと、抱きしめられていた。
 「いやっ」と声を出そうとした純子だが、まだ相羽が泣いているらしいと分
かって、拒絶の気持ちよりも戸惑いが一気に膨らむ。
(泣いてる……あの、相羽君が……泣いてる)
 信じられない。
 全身の力が抜けていく。
 相羽に引かれる形で、純子も絨毯に両膝をついた。
(どうして? 何かあったの? 私にできることがあったら、言ってよ)
 言葉はたくさん浮かんでくるが、声にならない。
 置かれている状況は気にならない。
 ただ、相羽の様子に、ショックを受けただけ。それだけのことで、声が出な
くなる。
「寂しいって、当たってる」
 急に、相羽が喋り始めた。
 黙って、こくりとうなずき、続きを待つ。
「一人は、もう、嫌だ」
「……うん」
 純子は相づちという形で、やっと声を出せた。
 それに促されたように、相羽が続ける。
「さっき、電話あって……母さん……倒れた……って」
「−−」
 視界が一瞬、白くなったような気がした。
 純子は、自分の胸の内で、肩を震えさせている相羽を見下ろした。
「信じたくない、けど、本当みたいだ……一人は絶対に嫌だっ」
「−−あ、相羽君。だ、大丈夫なんでしょ、おばさん? 倒れただけですぐに」
「分かんないよ! 知らない、何も教えてくれなかった!」
 ようやく顔を少しばかり起こした相羽が、嫌々をするように首を振る。
「安心しろって言うだけで……どうやって、安心できるんだよっ、ちくしょう」
「相羽君」
 純子は、だらんと下げたままだった両腕を持ち上げた。その手を左右から相
手の背に回す。
「大丈夫よ……信じなきゃ。教えてくれなかったのは、必要ないから。心配な
いからだって。ね? 弱気になったらだめっ」
 相羽の身体をしっかりと、精一杯、受け止めた。
「純子……ちゃん」
 また泣きそうになるのをこらえるかのような、かすかに震える声で、相羽は
純子の名を呼んだ。
「ありが……とう」
 相変わらずかすれていたけれど、染み入るような響きがあった。
 と、唐突に顔を起こすと、相羽は純子との間に空間を作った。両手を前から
純子の肩に当て、伸ばす。
「ごめん、何か、無茶苦茶だ。変なことまで話しちまって」
 声にならない笑いを見せながら、じんわりと頬を赤くしていく相羽。
 見ていて、純子も今さらながら、恥ずかしさを実感してくる。
「い、いいの、いいの。ほら、相羽君のお母さんて、私にとっても、大事な人
でしょ。だ、だから」
「わがまま聞いてくれて、元気づけてくれて……助かった。感謝してる」
「そ、そう? あぁ、よかった。ほ、ほんとに、焦った。泣くなんて、思って
もいなかったもん」
「ははは、は……。このこと、みんなには内緒にして」
 ようやく声を出して笑った相羽に、純子はしっかりとうなずき返した。
「そ、それよりさ……相羽君、一人が嫌だったら、その……私の家に……来て
もいい……わよ」
「……」
 何と応じるべきか、困っている様子の相羽。口をもぐもぐと動かし、右手を
肩の高さまで軽く上げる形でストップがかかっている。
「ご、誤解しないでよっ。変な意味じゃなく、一緒にご飯食べたら、寂しくな
いんじゃないかってことなんだから」
「それは分かってる。……やっぱり、遠慮する」
 力が抜けたのか、身体を斜め後ろに倒すと、両腕で支える相羽。
「嬉しいけれど、そこまで迷惑かけられない」
「迷惑って、今の時点で料理、運んであげてるんだから、大きな違いなんてな
いでしょうが」
「でも、どっちにしたって、家を空けられないから」
 一瞬、また寂しげな表情に戻る相羽。
「電話、かかってくるかもしれない」
「あ」
 口に手の平を当てる純子。自分の忘れっぽさ、考えのなさが嫌になる。
「そ、それじゃあさ、私が一緒にいたげる」
「え? 何て?」
「ここで一緒に御夕飯、食べてもいい……わよ……って」
「本気で言ってる?」
 腕をつくのをやめ、身体を起こした相羽。
「本気よ。電話で、お母さんに話したら、きっと、いいって言ってくれる」
「それでも、家族団らんを邪魔するのは、気が引ける……」
「あなたを独りぼっちで放っておく方が、よほど気が引けるわ。−−あ、私一
人じゃ、不足なのね。だったら、みんなも呼んで」
「−−あはは」
 急に笑い声を立てた相羽。天井を見上げ、辺りを気にすることなく、笑って
いる。威勢のよさはないが、揺れていた感情が元に戻りつつあった。
「何がおかしいの」
「おかしいと言うか……はは。涼原さんて、優しいな。ありがとう」
 相羽が微笑み混じりに見つめてくるのを、純子は若干、後ずさった。どきり
とする。
「や、やあね。これぐらいのことで。当たり前でしょ」
「とにかく、嬉しかった。−−うん、信じよう」
 吹っ切れた口振りで言うと、相羽は勢いよく立ち上がった。
「さて。ご飯、炊かないと。涼原さん、さっき言ったことが本気なら、早めに
電話して確かめてくれるかな。お米の量が違ってくるからさ」
「え、あ、そうね。電話、貸してね」
 純子がそう言って、前を横切ろうとすると、相羽はさらに意外そうな声を上
げた。
「あの……涼原さん。本当に、本気? 真剣に言ってたの?」
「決まってるじゃない。何だと思ってたのよ」
 純子の問いに、相羽は片手を後頭部にやり、「参ったな」とでも言いたげ。
「私がいたら、迷惑だとでも?」
「ううん。それはない」
「じゃ、決まりね。今、相羽君を一人にしたら、心配でたまらないわ」
 年上のような口を利く純子を目の当たりにして、相羽は肩を上下させるほど
に、大きく息を吐いた。

 調理中も食事中も、相羽の母の様子を知らせる電話はなかった。
 食べ終わって、皿や鍋なんかを洗ったあと−−。
「遅くなるよ。涼原さん、心配かけない内に、帰った方がいいんじゃ……」
「まだ大丈夫。なるべくいたげるから。おばさんのこと、私も知りたいし」
 純子の返事に、相羽はうなずくだけだった。
 その両手は、キーボードの上に乗せられている。ワープロを起動させ、画面
に向かっているのだが。
「……だめだ。ちっとも進まない」
「何やってるの?」
「推理劇の……劇じゃないな。推理小説、書こうとしてるんだけど」
「あっ、恵ちゃんのリクエストした?」
「うん。だけど、今夜はやっぱり、進まないみたいだ」

−−つづく




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