AWC ディスタンス〜勇敢な恋の詩3rd〜(下) 穂波恵美


        
#4133/5495 長編
★タイトル (PRN     )  97/ 9/23   1:37  (167)
ディスタンス〜勇敢な恋の詩3rd〜(下) 穂波恵美
★内容
 二年B組の喫茶、「ぽんぽんありす」は、外に風船のオブジェを飾った可愛い雰囲
気の店だった。
 人気も高いようで、列が廊下の端まで続いている。
「空条、やっぱお昼時は混むな」
 桐生仁志が、パンフをうちわ代わりに扇いでいた。桐生は高校に入ってから知り合
ったが、出席番号が一つ前だったのがきっかけで、今ではクラスで一番の親友だった
。テニス部のため、一年中日に焼けている。長身で、僕より十センチ高い。
 バレー部の僕としては、しみじみと羨ましいところだった。
「そうだな。まあどこの店も飯屋はみんな混んでるだろ」
「飯食ったら、どこ行く?」
「三年D組のクイズ形式の劇が結構面白いって、聞いたけど」
「そうか、じゃまずそこだな」
 桐生が、パンフで回るクラスを確認しているうちに、僕達は入り口についていた。
「いらっしゃいませ」
 アリスをイメージしてるんだろう、裾に風船のついたエプロンをつけている女の子
が、にっこり笑った。
「二名様ですね?」
「はい」
「食券はご購入済みですね?」
「はい、これ」
「じゃ、あちらのテーブルにどうぞ」
 女の子が、指さしたテーブルには、ピンクのうさぎが揺れていた。
「ぴんうさ、二名様」
 短いスカートを翻して、女の子が奥に叫ぶ。
 僕達は、うさぎ型の風船を目印に、席に着いた。
「いや、結構いい制服だな」
 桐生が、揺れるスカートの裾にちらっと視線を送ってニコニコ笑う。
「うーん」
 僕は、複雑な気分で唸った。
「何だ、空条。ミニスカートが嫌いなのか?」
「そうじゃない。俺だってミニスカートは好きだ。ただ、紫野先輩がああいう格好し
て他の客の前にも立つのかと思うと……」
 桐生は、プッと吹きだした。
「な、なんだよ!」
「いやあ、夏生ちゃんてばかっわいいねえ」
 笑い続ける桐生を睨んでいると、聞き慣れた声がした。
「いらっしゃいませ」
「し、紫野先輩!」
 僕は、期待と不安の混じった気分で顔を上げ、思わず風船に額をぶつけそうになっ
た。
 紫野先輩は、真っ白いうさぎの耳と、タキシードを身につけていた。胸ポケットか
ら、金時計が覗いている。どうやら、アリスではなくてウサギの格好をしているみた
いだ。
「ご注文の、ハンプティ・サンド二つにコーヒーです」
 そう言いながら、サンドイッチとコーヒーをテーブルに置く。
「がっかりした?」
 くすっと笑って紫野先輩が問いかける。
「ははは……」
 僕は、乾いた笑いを浮かべた。正直、ほっとしたようなそれでいてがっかりしたよ
うな、複雑な気分だった。
「空条君の、お友達?」
 紫野先輩が、桐生の顔に視線を向ける。
「あ、僕桐生仁志。空条の親友です」
 桐生は、素早く自己紹介する。
「私は、紫野佐和子。どうぞ、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
 その時、別の客が入ってきた。
「じゃ、ごゆっくりね」
 紫野先輩は、最後に僕の顔を見るとくるりとターンした。
 僕は、しばしその後ろ姿に見とれていた。
 長いふわふわの耳が揺れている。
 これはこれで、すっごく可愛い気がした。
 ぼーっとサンドイッチを摘んでいる僕に、桐生が話しかけてきた。
「紫野先輩って、噂とは結構違うんだな」
「え?」
「噂だと、笑いもしないし鉄面皮のお堅い女って話だけど……結構美人だし、感じい
いじゃん」
 僕は、何だか自分が褒められたようなくすぐったい気分で胸を張った。
「それに、すっごく可愛いんだぜ」
「……何故そこで、お前がいばる?」
「いいじゃねーか。少なくともお前よりは紫野先輩のこと知ってるんだし」
「あー、はいはい。俺はいまさら挑戦しようとは思いませんよ」
 桐生は、呆れたような顔をしてサンドイッチにかぶりついた。
「…………俺は、しないけどね」
「え?」
 桐生の呟いた言葉を聞き返そうとしたとき、入り口から男の声が聞こえてきた。
「佐和子ちゃん!」
 僕の目に、入り口付近のテーブルをふいていた紫野先輩が、振り返ったのが映る。
「こんな所で会えるなんて……佐和子ちゃん、佐和子ちゃんだよね? 俺のこと、覚
えてない?」
 優しげ、というのだろうか。多分俺より、一つ二つ年上の私服の男が、紫野先輩に
向かって話しかけている。薄い茶色のセーターがよく似合っていた。
「浩……くん?」
 紫野先輩が、確かめるように男を見つめる。
「そう! 久しぶりだねえ、十年ぶりくらいじゃないかな?」
「本当に、浩君なのね。信じられない」
 紫野先輩の横顔は、ものすごく懐かしそうで、それでいて嬉しそうだった。
 呆然と二人を見ている僕に、桐生がぼそっと呟く声が聞こえた。
「幼なじみってヤツ?」
 男が、紫野先輩にさらに近づく。
 僕は、反射的に立ち上がっていた。
「紫野先輩!」
 男と紫野先輩が振り返る。
「空条君?」
「佐和子ちゃん、君の後輩?」
 男が、紫野先輩に問いかけた。
「空条夏生君、お友達よ。いい子なの」
 紫野先輩が、僕を見て言う。
 イイコナノ?
 一瞬、胸の奥で何かがぐらっと煮えた。
「そうか、佐和子ちゃんのお友達なんだ。あ、俺は水沢浩。佐和子ちゃんとは、小学
校の時同級生だったんだ」 
 紫野先輩が、水沢とかいう男を見上げて微笑む。
「浩君とは、幼稚園前からの仲良しだったのよ」
「そうそう、佐和子ちゃん昔は僕より背が高くて、よく僕のことかばってくれたんだ
よね」
「浩君が、こんなに大きくなるなんて、何か不思議」
 二人の間には、過去の時間が流れていた。僕は、一人取り残された。
「じゃあ、俺もう行きます」
「あ、待てよ空条」
 桐生が背後から追いかけてくるのにかまわず、僕はひたすら前を向いて歩いた。
 何だか、自分がすごくみじめだった。
 

 人には、過去がある。
 十六年生きてきたのなら、十六年分の過去が。
 そして、僕より一年早く生まれた紫野先輩の過去を、僕は殆ど知らない。
 今まであまり意識しなかったそれが、急に重く感じられた。
「ただいま」
 僕は、何だかものすごく疲れていた。
 文化祭自体は、結構大盛況だったらしい。
 僕のクラスも、賞こそとれなかったが客数は一年でも二番目くらいだった。
「お、帰ってきたのか。楽しかったか?」
 兄貴が、リビングから顔をのぞかせる。
 何だか機嫌が良さそうで、僕はわけもなくむかっときてしまった。
「ああ、楽しかったよ! 兄貴はいいよな、彼女が幼なじみで!」
「……なに、怒ってんだ?」
「怒ってないよ!」
 八つ当たりだ、と自覚はあった。でも、どうしても口調があらっぽくなる。
「俺も、幼なじみ好きになれば良かった! そうすりゃ知らないことないし!」
「夏生、本気で言ってるのか?」
 兄貴の声の、トーンが下がる。
 僕は内心まずいかもしれない、と思っていたが、動き出した口はそう簡単に止まら
ない。
「本気に決まってんじゃねーか!」
 言い捨てたとき、急に兄貴が近寄ってきて、僕の襟をぐいっと掴んだ。
「え?」
「ちょっと、来い」
 そのまま、ずるずるとリビングに引きずっていく。
 ドン、とソファに投げ出された。
「わっ!」
 兄貴が、向かいのソファに腰を下ろす。怒ってる表情ではない、でもとてもまじめ
な顔だった。
「いいか、何を勘違いしてるか知らないが、自分以外の人間のことを、幼なじみだろ
うと何だろうと、知らないことがないなんて、あるわけないんだよ」
 冷静な、でも冷静すぎるくらいの声で、兄貴は言う。
「お前は、俺が美雪と幼なじみだからうらやんでるみたいだが、それは違う。幼なじ
みだから、知らないことがないなんて、あるわけない。知らないことだらけだ。思い
出を幾つ共有したところで、相手の全てが分かるわけないだろ? そんなことより、
大事なのは、現在だ。今の相手を、どれだけ理解しようとしてるか、どれだけ大事に
出来るかだ。お前の好きな子は、すぐ会える場所にいるんだろ? だったら、手を伸
ばせばいい。その努力をしないで、相手を理解なんて出来るわけがない」
 不意に、兄貴は美雪さんに、すぐに会えないことに気付いた。電話は、毎日彼女の
声を届けても、表情や仕草までは伝えられない。兄貴は、ふれられなくても毎日手を
伸ばす努力をしてるのに、僕はちょっと手が届かなかっただけでいじけていたのだ。
「…………うん」
 僕は、うなだれた。自分が、どれだけ子供か見せつけられた気がした。
「分かったか?」
「うん、ごめん兄貴」
「分かったんなら、いいさ。そういや、紫野佐和子って子から電話あったぜ」
「う、うそ!」
 僕は焦って立ち上がった。
「電話したらどうだ? 例の紫野先輩なんだろ?」
 慌てて電話に向かう僕の背後で、兄貴が呟く声がした。
「そ、問題は現在なんだよな」
 美雪さんと何かあったのかな、とちらっと思ったが、とりあえず僕は初めてプッシ
ュする電話番号に心臓をドキドキさせていた。




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