AWC 妖精城のワルキューレ・序章C     つきかげ


        
#4128/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/ 9/14   6:55  (186)
妖精城のワルキューレ・序章C     つきかげ
★内容
  エリウスは、不思議そうにユンクを見ている。ユンクは、苦笑した。
「王子、おまえにこんな事を教えてもしょうがないのかも、しれん。ただ、おま
えの兄たちと別扱いをするのもどうかと思うのでな。
  たとえば、犬ということばは、『いぬ』という音が犬を指すという事を知らね
ば、ただの音と変わらない。そのことばに意味されるものを教えられて初めて、
『いぬ』という音に意味が与えられる。
  ホロンは脳に直接作用し、その映像を作り出す。例えば、犬を意味する図形に
意識を集中していると、次第にその図形が細密になっていき、最後には犬の形を
とる。図形はそれが指す対象を要約したものであるが、対象そのもののデータを
内包しているのだ。
  おまえが見ているそのページには、一つの世界が内包されているといってもい
い。そこに立ち現れる図形には、膨大な情報が内包されている。又、一つのホロ
ン言語を読むと、一つの世界が脳の内部へと展開されるといってもいいだろう。
  つまり、ホロン言語を使用すると単位時間で処理される情報量が通常の言語と
比べ、飛躍的に増大する。単位時間あたりの処理される情報量が増えるという事
は、時間が早く流れるというのと同様の意味だ。
  高速の思考を行う者が、通常の速度で思考を行う者と戦った場合、高速の思考
を行う者が必ず勝利する。儂の剣術は、速さにおいて他を圧倒する」
  ユンクは自らの与えた本を、じっと見入っているエリウスを不思議そうに見つ
めた。ホロン言語は、容易に理解できるものではない。ユンク自身、その無数の
点から図形が見えるようになるまで、一年はかかっている。天才というべきブラ
ックソウルは、数日で見えるようになったが。
「王子、おまえそこに画像が見えているのか」
  本に見入ったまま、エリウスは頷く。ふと、エリウスは顔をあげると言った。
「先生、僕の名前は王子じゃなくて、エリウスだよ」
  ユンクは苦笑した。
「判った。これからは、王子ではなく、エリウスと呼ぼう」

  それから数日後、ユンクは所用で一週間の旅に出た。ユンクの下男はまだ見つ
かっていない為、ユンクの小屋の家事はエリウスが一通りこなしている。エリウ
スは、ユンクの飼っている家畜の世話や、ユンクの持つ畑の手入れをしながら師
の帰りを待った。
  明日、ユンクが帰るという日の昼下がり、一人の男が小屋を訪れる。その男は、
ケインと名乗った。目つきが鋭く、荒削りの顔立ちをした男である。凛とした緊
張感を、周りの空気に纏った男であった。
「そうか、先生は明日帰るのか」
  ケインはそういうと、闇に咲く花のような美貌を持った少年を、感心して見つ
めた。昏い麻薬の夢の中にあらわれる、幻覚の妖花を思わせる美しさだ。
(この子供がエリウス王子か)
  伝説の王の名を持つその少年は、茫洋と霞のかかったような瞳でこちらを見て
おり、なんとも捉え所がない。まるで美しさゆえ神の寵愛をうけ、すべての苦痛
から解き放たれたような呑気さに見える。
「じゃあ、ここに泊めてもらって待たせてもらおうか」
  エリウスは頷くと、部屋へケインを招きいれる。ケインのほうが心配になる程、
警戒心がない少年だった。
  客用の部屋へケインを案内すると、エリウスは出ていこうとする。それを、ケ
インは呼び止めた。
「なあ、王子」
  エリウスは、首を振る。
「僕は、エリウスです」
  ケインは苦笑する。
「じゃあ、エリウス。少し、話しをしないか」
  エリウスは、困った顔をする。
「朝しかけておいた、罠の様子を見に行きたいんだけど。兎が掛かっているかも
しれないし。罠にかかっていれば、今晩ごちそうできますよ」
  ケインは中原で最も古い王国の王子に、晩御飯の支度をさせていいものかと一
瞬考えた。結局、とやかくこだわらない事にする。
「判った、エリウス。それじゃあ、一緒に罠を見に行っていいかな」
  エリウスが頷く。二人は一緒に罠を見にいくことと、なった。

  エリウスは、丘を下ったところにある森の中へ入って行く。エリウスは、道ら
しいものが無い森の茂みの中を、驚くような速さで進んで行った。ケインは、も
しも一人とり残されたら、帰れる自身はないなと思う。
(一体この子は、何を目印にしているのやら)
  ケインは人がとうてい通らぬような森の奥へ入っていくエリウスを見て、そう
思った。ふと、ケインはいやな気配を、感じる。人の入らぬ森の奥には、古い魔
族の遺跡などに、妖魔が棲家を作っていることがたまにあった。
  そうした場所へ踏み込むと、魔法的生命体である妖魔に取り殺される事がある。
どうも、この気配はそんな感じだ。悪夢の中で出会う夢魔たちの、非現実的な恐
怖と背徳の薫り。
  突然、エリウスが立ち止まる。
「今日は、濃いな」
  エリウスの呟きを聞いて、ケインはあきれた。
(こんな危なそうなところを、よく通っているのかよ)
  しばらくして、薄く霧が出てくる。魔法によって生み出されたような、邪悪な
意志を感じる霧だった。霧は異様な気配を内に秘め、景色から色を奪っていく。
ケインは、手首につけた水晶剣を鞘から出し、手の中へ降ろした。
(剣が役にたつか、判らんが)
  気配が、どんどん濃くなっていく。時空間が横滑りし、まるで夢の中のように
非現実的な世界へと、足を踏み入れてしまった気分になる。無形で不可視の妖魔
たちが、全身に絡みついているようだ。
  やがて、女の子の笑い声が聞こえてきた。遠くで鈴の音が鳴るように、きらき
らとした笑い声がする。
  ケインは覚悟した。霧の奥で光が見える。その周囲に独特の異様な気配が漂う。
妖魔らしい。いわゆるダークフェアリーと呼ばれる種族だ。
  光は、蒼く輝く軌跡を描きながら、高速で移動している。光の線が、一瞬現れ
消えていく。あたかも白い宇宙を駆け抜ける、蒼ざめた流星のように。
  ダークフェアリーは、体長十センチ程の虫である。ただ、その体は人間の少女
に驚く程似ており、少女の笑い声のような音で鳴く。その全身はたいてい蒼く、
発光している。
  ダークフェアリーは魔法的生命であり、人を魔法的空間に迷い込ませ、歩き回
らせて弱ったところで血を吸う。ただ、剣で斬ることにより、殺せた。もっとも、
稲妻が走るようなそのスピードに、剣が追いつけばの話であるが。
(やるしかないか)
  ケインは、高速世界の感覚を呼び覚まそうとする。ホロン言語によってもたら
される超速の世界。その世界に身を置いた時にこそ、ダークフェアリーを斬れる
だろう。ただ、ユンクの一番弟子といわれるケインにしても、一か八かの賭であ
った。
  ケインの周りの空気が、突然液体に変わったように重くなる。ケインの中で世
界が変貌しつつあるその瞬間、エリウスの体から一瞬光が疾った。
(え?)
  ケインは、我が目を疑った。エリウスの体から発せられ、白い霧に包まれた森
の空気を、閃光となって貫いたそれは、まぎれもなく水晶剣である。白い霧を裂
いて飛んだ、その紙より薄い水晶の刃は途轍もなく速かった。もしもケイン自身
が超速の世界へ移行しつつある時でなければ、とてもその光は見えなかっただろ
う。
  高速で移動していた蒼い光は突然途切れ、笑い声も消えた。エリウスの発した
水晶剣が、ダークフェアリーを斬ったらしい。
  霧が晴れていき、邪悪な気配が消えた。水槽から水が流れ出していくように、
あたりから白い霧が消え、木々に色が戻ってくる。エリウスが何事もなかったよ
うに、歩きだす。散歩の途中でちょっと犬に吠えかけられた程度にしか、感じて
いないようだ。
(まいったな)
  ケインは心の中で呟いた。エリウスもユンクの弟子であるから、水晶剣を使う
のも不思議は無い。ただ、イリスに聞いたかぎりでは、弟子入りして、半月ほど
のはずである。
(こいつの剣は、おれより速いかもしれねぇ)
  もしも、そうであれば、怪物といってもいい。まさに、伝説の王の名に相応し
い少年である。
(ブラックソウルを超えるかもしれないな)
  ケインは、この少年を確かめて見たくなった。

  その夜、王子の作った兎の料理に舌鼓をうった後、ケインはおもむろに言った。
「なぁ、エリウス。食後の腹ごなしに、剣の練習につきあってくれないか」
  エリウスは、少し困った顔をする。
「剣は僕、習ってないから」
  ケインは、目を剥いた。
「おまえ、ここに剣を習いに来てるんじゃないのか?」
  エリウスはにっこり笑うと、頷く。
「僕はここで毎日、先生の身の回りの世話と、家畜の世話と、畑の手入れと、食
事の支度をしてるよ」
  ケインは、眩暈を感じた。
(下働きをしながら、あれほどの技を身につけたってのか)
  ケインは立ち上がる。
「まぁ、いいから道場へ来い」
  エリウスは、素直にしたがう。

  練習場で、ケインとエリウスは対面して立った。その右腕には、赤い布を巻い
ている。二人の間の距離は、5メートルといったところか。
  ケインは、エリウスに説明する。
「いいか、水晶剣で、右腕につけた布を斬るんだ。速いほうが勝ちだ。簡単だろ。
判ったかい」
  少年は、夢見るような黒曜石の瞳でケインを見つめ、頷く。すでに陽は落ち、
煌々と輝く満月が、練習場に黄金の光を落としている。その月の輝きの下で、最
も偉大な王の名を持つ少年は、伝説の詩歌から抜け出したような美貌にあどけな
い笑みを浮かべ、佇んでいた。月は少年の黒く艶やかな髪を愛でるように、光で
愛撫する。
  ケインは、白い布を取り出した。
「この布が床に落ちた時から、始める」
  ふわっ、と白い布が月の光を身に集め、宙に舞う。月光の中で真白き妖精が舞
うように、布はゆっくりと落ちていく。ケインの意識の中で、その月の光で輝く
布の動きが止まった。
  世界がガラスでできた水で満たされたように、清冽で透明な空気に変わる。月
光の粒子が、無数の砂金が降り注ぐように、ゆっくりと舞い落ちていく。影が蒼
ざめた光を帯びたように、薄く輝いていた。
 白い鳥がゆっくり舞い降りるように、布は床へ落ちる。ケインは海底にいるよ
うに、重たい左手を動かす。透明な光を凝固させたような水晶剣が、液体化した
ような空気を裂いて走る。
  実際には、肉眼で捉えられぬ程の高速で移動している剣であるが、ケインの意
識の中では這うような動きであった。そして、ケインはエリウスも同様に水晶の
欠片を放ったのを見る。
  エリウスの放った水晶剣は、月の光を跳ね散らし、凍った風のようにケインの
右腕を目指して疾った。その速度はケインの剣より多少、速そうだ。
  ケインは指を動かし、水晶剣の角度を変える。透明な刃は魚が身を翻すように、
重い液状の空気の中で方向を変えた。
  ケインの水晶剣は、エリウスの剣に繋がる糸を目指す。糸さえ斬ってしまえば、
水晶の破片はコントロールを失い、彼方へと飛んでいく。
  ケインの刃がエリウスの糸に触れようとした瞬間、エリウスの水晶剣も軌道を
変えた。二振りの剣は、風の精霊が乱舞するように、煌めく月光の滴を跳ね散ら
しながら、練習場の中を飛び回る。
  ケインは次第にエリウスを追いつめていく手応えを、感じていた。速度では多
少落ちるかもしれないが、剣の扱いについてはケインのほうが上である。
  ケインが糸を斬れると思った瞬間、エリウスの水晶剣はケインの想像を遥かに
超える速さで身を翻す。水晶片は煌めく風となり、ケインの右腕へ向かった。
  避けられる速さでは、無い。ケインの右腕につけた赤い布が血飛沫のように、
ふわっと宙を舞う。ケインの意識は、通常の速度に戻っていく。
  ケインはエリウスを見て、愕然とした。その瞳には、金色の光が宿っている。
それは、断じて月の光を受けて輝いているのでは無く、魔族の魔法の力を秘めた
輝きであった。
  突然、その煌めきは消え、エリウスは元の平凡な少年に戻る。黒い瞳の中には、
何もない。ケインは、白昼夢を見た気分になる。
(何かの間違いだったか)
  心の中で呟くケインに向かって、エリウスは微笑みかける。
「僕の勝ちなの?」
  ケインは放心したように、頷いた。





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