#4119/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/31 13:18 (191)
そばにいるだけで 14−4 寺嶋公香
★内容
具体的な説明を打ち切って立ち上がると、相羽は机の引き出しから手の平サ
イズの小箱を取り出した。十字にかかった赤いリボンの他は、包装紙も地味で、
飾り気はない。
「中身は?」
「ブローチ」
声を潜める相羽。部屋の外の母に聞かれたくないに違いない。
「……ただのブローチ?」
拍子抜けした思いで、重ねて聞く純子。
「そうじゃないよ。手作りなんだ、一応」
「手作り、なるほどね」
奇術が得意で、彫刻刀の扱いもうまい、手先の器用な相羽のことだから、結
構、立派な物を作ったのではないかと想像できた。
「さあ、そろそろお祝いの言葉を言おうかな」
「あ、その前に。CD、新しく持って行かないか?」
相羽の誘いに気持ちが揺らいだが、純子は「今日はいい」と断った。
「早く、親子水入らずにさせてあげたいもんね」
「……僕はどちらでもいいんだけどな」
「何言ってるのよ。お母さんを大切に!でしょ」
自分の台詞に合わせ、巾着袋の口をきゅっと締める純子。
「じゃ、今度こそ」
そう言って、部屋のドアを静かに開けると、純子は相羽の母のいる方へせか
せかと歩み寄った。後ろに続く相羽は、どことなく気恥ずかしげに頬を赤くし
ている。
なあに?という具合に振り向いた相羽の母へ、純子は幾分固い口調で始めた。
「あの、相羽君から聞きました。今日がお誕生日なんですよね?」
「あら」
びっくりした目をしたかと思うと、相羽の母は純子から息子へと視線を移す。
「そんな話をしていたのね、この子は」
正確には、さっき話したのではなく、中学校のテニスコートで話したのだが、
訂正しても仕方がないとばかり、相羽は肩をすくめる。
「あ、あの、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとうね。三十の大台に乗ってからは、あまり数えたくないんだ
けれど」
わずかにしわを作って笑う相羽の母。
「ええっ? お、おばさん、三十歳になってたんですか?」
「そうよ。見えないかしら」
「見えません。すっごく、若くてきれい……」
憧れの眼差しになる純子に対し、相羽の母はくすくす笑い始めた。
「嬉しいわね。だけど、私がもし三十になってないとしたら、信一が生まれた
の、いつになるかしらね」
言われて、計算してみた。
(二十九だとしたら、十三を引いて、十六! うわ、確かに、若すぎるわ)
想像して、顔が熱くなるのを自覚した純子。慌てて両手を頬に当てた。
(で、でも、三十歳台としても、十三を引いたら二十歳前後……若いなあ)
「やめてよ、そういう話」
相羽の呆れ声が後ろから届いたので、この話題は打ち切り。
言おうかどうしようか迷っていたモデルの話は、結局、やめておいた。
「じゃ、じゃあ、もう帰ります。お邪魔でしょうから」
「そんなの、気にしなくていいのよ。純子ちゃんなら、私も信一−−」
という、母の台詞が終わらぬ内に、相羽が「わーっ!」と大声を立てた。
「な、何? いきなり」
わけを尋ねるのは純子だけ。相羽の母は、すっかり分かっているらしく、小
さくうなずいてから席を立った。
「いや、何でもない。叫びたくなっただけ」
「変なの」
訝しくなって、上目遣いに見上げてみたが、相羽は顔を逸らしてしまった。
仕方なく、本当に帰るため、玄関へ向かう。そして見送りに並ぶ相羽とその
母に対し、頭を下げた。
「お邪魔しました」
「また、いつでも来てね。私は留守がちになるかもしれないけれど、いるとき
は歓迎するわ」
「は、はい」
「−−そうだわ。純子ちゃんのお誕生日、いつかしら?」
「えっ……十月の三日ですが」
答えてしまってから、質問の意図が分かった気がする。
「十月三日ね、覚えたわ。楽しみに待っててね。素敵な物、考えさせてもらう
から」
「あ、あの」
「いいの、子供は遠慮しないの」
「……でも……」
女同士のやり取りに、相羽は手持ちぶさたげにしていた。
が、そんな彼が、突然、切羽詰まった声を。
「−−す、涼原さん」
その声の調子の緊迫ぶりに、純子のみならず、相羽の母も、何ごとかと目を
丸くして振り返る。
「どうしたの、信一?」
「涼原さん……どこか、怪我をした? そ、それとも、汚れるような場所、あ
ったっけ」
そう言って、相羽は一点をためらいがちに指差した。
その一点に、純子も相羽の母も視線を落とす。
相羽が指差したのは、純子のズボンの前、ちょうど真ん中の下辺り。
「あ」
赤っぽいような茶色いような、チョコレートに似た色の染みが、白い布地に
薄く浮き上がっている。
(来たとき、こんな汚れはなかったのに。相羽君の部屋で汚れたとも思えない
し……)
そこまで考えた純子の前に、相羽の母がふわっと立った。ちょうど、相羽の
視線を遮るように。
純子の両肩に手を置き、相羽の母は、静かだが強い調子で言った。
「信一。あなたは部屋に行きなさい。出て来てはだめよ」
「な−−分かった」
何故?と理由を尋ねたさそうだったが、相羽は母親の口調から某かの緊張感
をかぎ取ったのだろう。素直に部屋に戻っていく。
「あ、あの、おばさん……」
見上げる純子。わけの分からないまま、状況が流れていくので、嫌でも不安
を感じてしまう。
「純子ちゃん、こっちへ来て」
優しく背中を押され、向かったのは、小さく仕切られた部屋。一度だけ借り
たことがあるから、そこが浴室だと分かっている。
中に入ると、相羽の母は慎重な様子で扉を閉めた。それから純子の目の位置
に視線を合わせ、語りかけてくる。
「純子ちゃんはひょっとして……初潮はまだだったのかしら」
「初潮?」
突然の言葉に戸惑った。そして、イエスの回答をする前に、今、自分の身に
起きている変化を悟る。
「あ−−」
足の間に両手を挟み、ぺたんと腰を下ろしてしまいそうになるのを、相羽の
母が支えてくれた。
「だめよ。座ったら、余計に」
「あ、は、はい。あの、私」
急に現れた兆候に、どきどきして、目が泳ぐ。
「痛みは感じていないのね?」
「は、はいっ。痛みも何も……」
答えてから、意識してみると、何となく、股の間が濡れている感触があるよ
うなないような……。
「あの、どういうのが普通なんですか」
「普通って?」
「その、痛くないとおかしいんですか。病気とか。何にも−−」
「落ち着いて。小学校で、教わらなかった?」
柔らかな物腰で尋ねられ、うんとうなずいた純子。だけど、今のこのパニッ
ク状態にあっては、小学生のときに教わった知識なんて、すぐには出て来ない。
「人によって、違いがあるのよ。何ともないから。ええっと、純子ちゃんは生
理用品、当然、持ち歩いてないわね」
「は、はい」
「じゃあ、一人でできるのなら、私が使っているのを渡すけれど?」
「い、いえ。分かりませんっ」
すがる気持ちから、声が大きくなる。そこを、相羽の母が、人差し指を一本、
唇に当てた。
「聞こえちゃうかもしれないから、ね」
「は、はい……」
「とりあえず、清潔にしないと。よく拭いてから、ナプキンを当てる。これだ
けでいいの。簡単でしょう?」
一発で飲み込めたわけではないが、ようやく最初の恐慌が去りつつある。身
に着けた知識が、徐々によみがえってきた。
そんな純子の目の前に、生理用品が差し出される。
「サイズとか形とか色々あるんだけど、緊急事態だからね。ティッシュを重ね
るよりは、ましだと思うわ。使い方は、テープを外して……」
説明を受ける度に、いちいち純子はうなずいた。
「分かった? それじゃあ、やってみて。ズボンとショーツはおばさんに貸し
てね。汚れたら、早めに手洗いしないと、残っちゃうから」
「あ、あの、着る物が……それだと」
「ああ、そうね」
初めて困った顔を見せる相羽の母。
「今日は純子ちゃんにあげるような服は置いてないし、私のじゃあ、いくら何
でも無理があるかしら……。よし、こうしましょう」
話を、息を飲んで聞き入る純子。
「一応の処置ができたら、おばさんが純子ちゃんをお家まで、車で送るわ。そ
れなら服装は気にしなくていいでしょう? だから、ズボンは仕方ないけど、
このまま。ショーツだけ洗う。いい?」
「うん−−は、はい」
不安もあったが、とにかく純子はうなずいた。
全ての準備が終わって、純子は、短パンの上から借りたタオルを当てた格好
で、靴を履いた。
「信一。お母さん、ちょっと出かけてくるから、留守番していてね!」
閉じられたままの子供部屋に、大きく呼びかける相羽の母。
すると当然、ドアが開き、中から相羽が顔を覗かせた。
「どこへ行くの?」
「こーら、覗いたらだめって言ったでしょうが」
部屋の前までいき、息子の頭を軽く叩く相羽の母。
「だけど」
「涼原さんのお家よ。送ってくるから」
「−−涼原さん、やっぱり怪我か病気なの?」
身を乗り出さんとする相羽。
玄関でうつむき加減にして待っている純子は、その視線が恐くて、急ぎ、背
を向ける。
「あなたは心配しなくていいの。大騒ぎするようなことじゃないから。ね?」
「だ、だけど。……僕もついて行く!」
「だめよ。大人しく、留守番してて。いい子だから」
「何で? 心配だよ」
「えっとねえ……あなたが同じ車に乗ると、純子ちゃんが、ますます調子悪く
なっちゃうのよ。そういうものなの」
言い聞かせ、きびすを返そうとした母親に、相羽はさらに食い下がる。
「じゃ、じゃあ! 僕は自転車で行く」
「何を言うのよ。いい子だから、言うことを」
「違うよ。涼原さん、自転車で来たんだ。うちの車じゃ運べないでしょ? だ
から、僕が代わりに乗って行ってあげてさ。帰りは、母さんの車で」
自転車のことを忘れていたらしく、感心した風に何度か首を振る相羽の母。
「いいでしょ? いいよね?」
「……分かりました。信一は自転車で来なさい。ただし、あんまり飛ばすんじ
ゃないわよ」
やっと話がまとまった。
純子はほっと安堵した。
(でも、相羽君……気が付いてるかしら……)
泣きたい気分になる。寄りによって、人の家に来たときにこんなことになる
なんて。それも、同級生の男の子の家でなんて!
気が重くなる純子を、相羽の母が促した。
「行きましょう。タオルで隠すのは、さりげなくしておくといいわ。大丈夫だ
から」
−−つづく